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一章 10歳になって
8、人攫いと美女 2(ヤブガラシ)
しおりを挟む派手な色味の金髪を高めの位置で緩めに纏めた美女は、憤慨した様子で牢の中を眺めていた。
(なに? 悪人同士で喧嘩?)
アルベラ同様、捕まった子供たちも新たに現れた女性に困惑しているようだ。
「あの人はどこ!? 今すぐ話をさせて頂戴!」
美人はフン! っと鼻を鳴らし、青髭やホネカワ達へ視線を向ける。
「ね、姉さん……、頭はいつ帰るかわからねぇぜ。商談があるとか、頭自身もどれくらいかかるか分かんねぇって言ってたから」
「そう、じゃあしばらくここで待たせてもらうわ。構わないわね!」
美女は壁際に置かれた椅子を引き、スカートの裾を「バサリ」と靡かせて大げさな動きで脚を組んだ。男達の視線がその美脚に吸い寄せられる。
「ほら! ボケっとしてないで上でカード遊びの続きでもやってらっしゃい。私はここで静かにしててあげるから」
その言葉に、悪党たちはお互いの顔を見合う。
代表したようにホネカワが「分かったよ、ねーさん」と頭を掻いた。
彼の言葉で他の三人がぞろぞろと上へあがっていく。
「頼むからその牢屋には手を触れないでくれよ。ガキら逃がしたりしたら俺らの命もねぇんだ。きっと姉さんだってただじゃおかれねぇ。最近の頭は見境ねぇし、んなことになった日にゃ、俺たちで止められる自信はねぇよ」
「ハイハイ。この子たちを勝手に出したりはしないから安心なさい」
組んだ脚の上に肘をつき顎を乗せ、美女はホネカワの方へ見だけ向けて手を払った。
男たちが去ると美女はそちらへベーと舌を出す。
(何しても絵になるな。羨ましい)
『頭』とやらの恋人か何からしい彼女の姿に、アルベラはそんな感想を抱く。
美女は暫く自分を見つめる子供たちの姿を眺め、少し置いてため息をついた。子供たちの視線に期待が混じっている事を感じたのだろう。彼女は仕方なく口を開く。
「聞いてたとおりよ。あなた達を逃がすわけにいかないんですって」
「ごめんなさいね」と語尾にハートのついた言葉を聞いて、数人の子供たちがしゅんと視線を落とした。
(けど、あの男はぼっこぼこにしてやるから楽しみにしてなさいな。全員お縄に繋いで安全になってから出してあげるから)
美女は片手を広げて真っ赤に塗った爪を眺める。
(今逃がしたって階段使わなきゃ外に出れないしね……。上にいるあの子達は話せばわかるし、『ドグズ』だけ黙らせれば十分ね……。ハァ……――顔と体がちょっとタイプだったから近づいたけど……妙にきな臭いと思ったらこんな……――私が惹かれる男って何でいつもこうなのかしら……)
彼女はオレンジの淡い明かりの下、今までの男性経験を思い出し悩まし気なため息をついた。
アルベラは引き続き逃走について思考していた。
美女と男たちの乱入の際、壁際でずっと立っていたので思い出したように腰を下ろす。
ユリが無邪気に「びっくりしたね」とアルベラへ笑いかけた。
「あの人凄いキレイだね。悪い人じゃなさそうだし、みんなでお願いしたら出してくれないかな」
「ユリ、あの人も期待しないでって言ってたし。頼りにしない方がいいよ」
そう言ったのはミーヴァだ。
彼は厳しい視線を牢屋の外に向けていた。どうやらあの美人を相当警戒しているようだった。
鉱石の淡い明かり、身じろぐ音、子供のひそひそ声。
何も新しい動きが起きないまま数十分が経った。
「お前、それなんだ?」
いい案が思いつかず、ずっと手に持った小袋を眺めていたアルベラへミーヴァが尋ねた。
「露店で貰ったの。花の種」
「種……ちょっとみせてくれ」
どうぞ、とアルベラが手渡すと、ミーヴァは明かりに近づき中身を掌に出した。
「へー。エリグランジェの種か。珍しいな」
「みたいね」とアルベラは頷き、「ミーヴァは物知りね」とユリは感嘆の言葉を漏らした。
ユリの言葉に、ミーヴァは照れ混じりに「じい様が趣味で薬もいじるんだ。調合とかでたまに使うから……」と返す。
「はいはい……」とアルベラは目を据わらせる。
ミーヴァは気を取り直して、種を指先で転がし観察を続けた。
「……これ使えるかも」
ぽつりと零れたその言葉に、アルベラとユリは無言でミーヴァへと視線を送った。
考えに没頭しているようで、ミーヴァは二人に顔を向ける事は無かった。種を見て、壁高くにある講師付きの窓を見て、ぶつぶつと考えを口にした。
「……登れたとして、けど格子は……そうか。格子自体は周りの土くれごと剥がせばいいんだ……。あれくらいならぼくの力だけでもなんとかできそう……けど……――」
ミーヴァはアルベラへ顔を向ける。
「なあ、お前魔法使えるか? 魔術でもいい。水が出せれば何でもいいんだけど」
「水? 残念だけど、私まだ魔法は使ったことないの。ていうか魔法と魔術って同じでしょ?」
「はぁ……温室育ちの上勉強不足か……」
「はぁ!?」
「ごめんねミーヴァ。私も魔法使えないの」
「ユリはいいよ。気にしないで」
(このクソガキめ……)
余りの対応の違いにアルベラは恨みがましい視線を向ける。ミーヴァはそれを無視し、他の子達へも誰か水が出せる者は居ないかと聞いて回った。しかしこの中で魔法を使える子供は一人もいないようだった。
「後で覚えてろ」と思いつつ、アルベラは今は逃げる事を優先する。
「で、フォルゴート。どんな手を思いついたの?」
「えっと……」
ミーヴァは答える気はあるようだが、「あいつが聞いてる」と言うように美女のへ視線を向けた。
だが彼女は会話に特に反応する様子はない。腕を組んだまま目を閉じてトントンと指を動かしていた。
「大丈夫じゃない? あの人、私達には何にもしてくるつもりなさそうだし」
アルベラの言葉に、ミーヴァも納得したようで口を開いた。
「これ、ヤブガラシの種だ」
「ヤブガラシ? 藪を枯らすっていう蔦のあれ?」とアルベラ。
「うん」
その植物なら日本にも存在していたが、果たして同じ植物だろうか。
いや、そこも気になるがなぜヤブガラシの種? とアルベラは首を捻る。
「フォルゴート、これはエリグランジェとかいう花の種よね?」
「ああ、この粒が大きいほうは。けどほら、砂に混ざったこれ。この粒はヤブガラシの種だ」
「へぇ~」とアルベラとユリの関心した声が重なる。
「これ、使っていいか?」
「ええ。出られるんなら全部お好きに」
「……」
「……?」
ありがとう、と言おうとしたがその言葉が素直に出ず、ミーヴァはアルベラを一瞥しただけだった。アルベラは謎の間に首を傾げる。
ミーヴァはその間から逃げるように小窓のついた壁の元へ行った。しゃがみ込み、種の入った袋をひっくり返し、中に残りがないよう弾いて出し切る。
「これをここにこうやって埋める」
そして何やら文様のようなものを土に描く。手をかざし、小さく呪文でも唱えるかのようにぶつぶつと何かを言っていた。ミーヴァの言葉に反応するように、土の中にある種から光が漏れていた。魔力に反応し、ミーヴァの髪も淡く青く輝く。
「これは……?」
何をしたのだろう。とアルベラは興味深く光を見つめた。
「じい様が開発した魔術の一つだ。見てればわかる。――お姉さん。水くれない?」
ずかずかと格子越しに声をかける少年に、赤いドレスの美女は「いいわよ」と快くテーブルに置いてあった水差しを渡す。
「ふふ、何か素敵なことでも思いついた?」
ミーヴァは素早く目を逸らしアルベラやユリ達の方へ戻る。
「あらあら、可愛い」
美女は特に気にした様子もなく椅子へと戻る。
アルベラとユリは興味津々でミーヴァの行動を見守る。
何やら行動を起こし始めたミーヴァへ、他の子供たちも期待の籠った視線を送り始めていた。
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