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一章 10歳になって
25、初めての舞踏会 2(聖女の素質)
しおりを挟む正面の少年の顔を見上げるが、目元は仮面で隠れていて全く分からなかった。短いベージュの髪をオールバックにしているので長さが足りずにツンツンと毛先が立っていた。黒地に、金で植物のレリーフが施された仮面。目の部分には布が張ってある。外からは全くその中を見ることができず、付けてる者の視界がどうなっているのかいささか気になる位だ。
「なあ、お前名前は?」
(踊りに誘っといてお前とは失礼な)
「アルベラ・ディオール。そちらは?」
「『ルー』とでも呼んでくれ。さっき見てたぜ。あの女共への強気な態度」
「………ああ。あれを」
「やけに気の強いご令嬢がいると思ったんで、誘ってみたってことさ。アルベラ、幾つだ?」
「今年10になりました」
「10?! 思ってたよりガキだな。俺は12だ。今年12になった」
(大して変わらんじゃないか)
「中等学園には入るのか?」
「ウチは親の方針で、中等学問は家で行う予定です。王都の高等学園へは行く予定ですが」
「へぇ、じゃあ高等学園では俺は先輩だな」
王都の高等学園は中等部と併設されている。敷地が横に並び、中等にいる者は大体がエスカレーター式にそのままそこの高等学園へ入る。
「ルーは、王都の中等学園生ってこと?」
「いや。来年からだ。年齢的に。けど王都のに入るかは決めてないな。国外の方も考えてるから」
「優秀だろ?」と自慢げに言われ、アルベラは「はあ」と心なく答えた。
踊りの最中、終始ルーの自慢げな話に付き合わされる。優秀な兄がいるだの、弟がいるだの。腹違いの弟が生意気だの。曲が終わり向き合いお辞儀をした時には当然のような顔で「で?」だった。
「は? 『で』とは?」と全く意図がつかめず聞き返すと、「だから、どうだった? 俺と踊って。惚れたか?」と尋ねられる始末だった。
(すごいなぁ。メンタル鋼なの? どこでその自信フル装備したの教えて?)
前世で言う「ウェーイ系」の匂いを感じ、真面目にやりあってては精神が削られそうなのを感じた。
「いえ。まったく」とそっけない返事をすると、ルーは大げさに身をのけ反らせる。
「ああ?! お前見る目ないぞ!」
「その点はよく承知しております」
「ったく。もっと目磨いとけ!」
「はぁ」
「ーーーおぉ、いい女! あ、じゃあな、もうちっとでかくなって色っぽくなったらまた踊ってやるよ。それまでしっかり教養つけろよ! 俺頭悪い女はごめんだから」
「じゃ、」と去っていくルーの背に「クソガキが!」と反射的に吠えたくなったが何とか抑えて不愛想に手を振る。正直羨ましい性格かもしれない。いや、完璧にああなりたくはないが多少は見習いたい。あの口の悪さとメンタルの強さはどこで鍛えられるのだろう。家庭教師がいるなら紹介してほしいくらいだ。
(はあ。慌ただしかった。攻略対象にはあんな子はいなかったと思うけど中々個性的だったな)
あまりあてにならないゲーム情報を思い出してみるが、ベージュ色の髪で「ルー」という本名、または愛称のキャラはいなかったはず。
(人を疑ってたらきりがないけど、疑心暗鬼にならずにはいられないよな。もうちょっと人との関係に余裕を持たなきゃ。………偉そうに人に言えたもんじゃないなぁ)
アルベラは先ほど、どこぞのご令嬢に自分が言い放った言葉を思い出し頭を掻いた。
「あ、の………あ、あ、ア」
声をかけたいのに、名前を呼ぶだけで緊張してしまう。今しがた踊りの輪から出てきたアルベラを見つけ、スカートンは勇気を出す様に胸元のロケットを包み込む。
(大丈夫。大丈夫。私には王子がついてる。本物の王子もあそこにいる。あら、あのご令嬢、どちらの方かしら? 王子とまた踊る気なの? たしかさっきの曲でもお誘いして、………不仕付けだって分からないのかしら? 一体どういうつもり? 王子は皆の王子なのに、貴方が回数消費してしまっては皆で分け合う時間に偏りが出てしまうじゃない………あ、私ったらいけない! アルベラが行ってしまう! まぁ、あのご令嬢、王子に断られたからってジェイシ様にまでご迷惑を! 困ってらっしゃるじゃない! ジェイシ様には王子を側で守るというお勤めがあるっていうのに!! あ、アルベラが行っちゃう―――、あ、王子、何なのあの女?! あぁ、アルベラが———)
「―――ぁぁぁアルベラぁぁぁぁぁ………!」
「ヒィ!」
殺意や怨念がこもった冷気を乗せて、背後から呼び止められ、アルベラは鳥肌を立ててふり向いた。
「………あら、スカートン」
バクバクと心臓が早鐘を打つ。この寒気や恐怖は一体………。
(なんだろー。すっごい怖い顔してる。私何かしたかな?)
心当たりが無さすぎる。
「素敵なドレスね。髪もアップにして、凄い似合ってる」
褒められたことで先ほどの殺気は引っ込み、スカートンは顔を真っ赤にしてもじもじしだす。
昼のドレスは、開きかけのアジサイの蕾を逆さまにしたような、裾の広がっていないタイプの物だったため、今着ているダンス用のお椀を逆さまにした形のドレスは大分印象が違った。まとめ上げられたシルバーグリーンの髪も、飾りのコサージュの花とうまく馴染んでいて清楚で可愛らしいブーケのようだった。
「あ、ありがとう。アルベラも、素敵よ。あの、青いバラみたいで、とってもきれい」
「あら、ありがとう。ちょっと座ってお茶でも飲まない? のど乾いちゃって」
「う、うん!」
流石というべきだろう。これだけの人がいるというのに、ちゃんと座れるだけの椅子も準備されているなんて。先ほどいた場所からそう離れてない席に空いている椅子を見つけ、ホールを眺めながらアルベラとスカートンはぶどうジュースを飲んでいた。
そこに約束していた通りキリエも加わる。
「スカートン」とアルベラの呼びかけに、彼女は「はい?」と答えた。
「スカートンは精霊見えるの?」
ちょっとしたおしゃべりのつもりだった。だが、悲しげに言い淀むスカートンの様子に、アルベラは己の軽率な発言に後悔した。
「………私は、お母様のように神の寵愛を受けていないんです」
「………ごめんなさい」
(…………抉ってしまった………)
アルベラは返しに困った挙句シンプルに謝る。
(どうしよう)
急に重くなる空気にキリエは笑顔を引きつらせる。口のはさみようがないので、黙って二人の話に耳を傾ける。むしろ席を立った方がいいのかとも悩む。
「いえ、いいんです。寵愛は『センテンテキ』なものですが、ご加護は『コウテンテキ』に得られるとかなんとか、お母様が言ってたので」
「そうなの?」
「ええ。寵愛を受けてるものが、その愛を後継として認める者に受け継がせたり、譲ったり。あと努力で得ることもあるって、そう教わったの」
知らない事、ありすぎる。アルベラは味わう事も忘れて機械的にぶどうジュースをこくりと飲みこむ。
「じゃあ、スカートンがお母様から力を受け継いで、次の聖女様になることもあるの?」
「ええ。まぁ。他に適正者がいなければそれもあるかも………しれない」
「かもしれない………」
「アルベラは、将来ラーゼン様やレミリアス様のように………なりたい?」
「お父様や、お母様? 素敵な夫婦だとは思うし、公爵って地位は凄いけど。うーん。それはちょっと良く分からないかも」
「そう、ですよね。多分私もそんな感じなんだと………思います。なりたいとは、はっきり言えない、分からない、んだと思います。聖女様を目指すシスターが、教会にはたくさんいるの。皆さん、とても真面目に祈りをささげて、神に仕えて。………そんな方たちを見てると、親子というだけで、私なんかが気安くなりたいだなんて、言っちゃいけないような気がして」
アルベラはきょとんとした顔でスカートンを見つめる。
(そうか。この子はこの子で、いろいろあるんだな。この年からそんなことに悩んでたなんて)
自分の先ほどの答え、「両親のようになりたいか」とは悩み方が全く違う。自分は周りを気にして悩んでるわけではない。そうなりたいという欲が本当に自分の中にあるかないか良く分からないからああ答えたのだ。だがスカートンは違う。周りを気にしての答えだ。そこに自分はいない。周りを気にして、自分の意見を殺したうえでその先について考えること自体を放棄してしまってる。
アルベラの前世の経験の中に似たものがあった。スカートンの悩みより大分スケールは小さいが、自身の経験の上で、アルベラはそういった考えの末路を知っている。
幾つか心当りがあったが、すぐ出てきたのは小学生の頃のものだった。クラブ決めだ。それには定員があった。希望者の多いクラブはくじ引きで決める。
自分はあのとき、なにをやりたかったっけ。アルベラの記憶も細かい部分はあやふやだ。
確かお菓子を作ったり、おもちゃを作ったり、実験と称したお遊びが出来たりと、色々できるクラブ。
(ああ、そうか、科学クラブ)
懐かしいような、もう古すぎて若干他人事のような曖昧な感覚だ。
あのとき、自分は入学当初から楽しみにしていたそのクラブの当選を、他人に譲ってしまった。
確か、自分とは関係ない仲良しグループの中の子が一人、抽選もれしてしまったのだ。その子は自分の前の席で、給食の時に横に並んでお喋りをする位の仲だった。よくも悪くもない、ご近所の関係。
その子の仲良しグループから、科学クラブの参加権をその子に譲ってくれと囲まれて頼まれたのだ。別に脅された訳ではない。相手は皆、お願いの姿勢だった。それを前に断りきれなかった。ただそれだけだ。
本当は嫌だった。次の年度でできるとも、来年出来るとも分からない。先生に、あの子と交換してください、と言いに行く道のりの、なんと足の重かったことか。
交換後の暫くは勿論感謝された。だが、それは一瞬の慰めにしかならなかったし、一月立てば彼女たちの中から恩も消えていた。顔を会わす度に笑顔を向けられたり、手を降ったりの行為など始めだけだ。続いたとしても少し面倒ではあるが、あったものが無くなってく様は切なさを感じさせる。席替えをしてしまえば最後、全ては忘れ去られる。
そのご、後悔もあってクラブ換えのタイミングで何度か科学クラブを希望したが、自分がそれをやれる機会は二度となかった。
やりたいことを人に譲るとはそんなものだ。
何も残らない、忘れられる。事によっては、自分が譲ったものを相手がどう使ってくれるかも分からない。結局譲った事が惜しくて、その熱が冷めないうちは後悔に苛まれる。
自分がやりたいと感じた事は、自分でやらなければ意味がない。
今の自分と同じくらいの年齢の頃の記憶。不思議だ。すべて自分だし、今もその延長線上だが、新たな性格や価値観がこの時の選択に反発する。
今の自分がこの記憶無く同じ状況で同じお願いをされても、それに応えることは絶対に無いだろう。
なんて些細な経験談。今のスカートンの悩みと比べ、アルベラは苦笑いを浮かべる。
「スカートン」
アルベラは、出来るだけ怯えさせないように気をつけならがら真面目なトーンで名前を呼ぶ。
「周りに遠慮するのはやめなさい。絶対後悔する」
そんなことしたってあなたには何も残らない。そんな事をして得た誰かからの感謝や哀れみなんて、あなたの遠慮との物々交換にしても安すぎる。
アルベラはそう伝える。
スカートンは自信なさげに視線をずっと下げていた。
「………遠慮なんて。ただ、もっとふさわしい人がいるかもって、」
「それは、『私なんかより』ってこと?」
「………」
スカートンは困ったように顔を上げ、アルベラの目を見る。その目つきが怒ってるように見えて怖かったのか、すぐにまた下を向いてしまった。その後、悩んだ末のように首を縦に振った。
「あなたがもし本気なら、誰かに恨まれる覚悟もちゃんとしたうえで目指せばいいんだよ。その方がよっぽど気持ちは楽だよ。後悔の種類も違う。確かにヘラヘラして大した覚悟もなさそうな奴が、ズルして自分より先に行ったら腹も立つけど、真面目に目指してる人がそれ相応の褒美を貰ったら、単純に『おめでとう』っておもうでしょ?」
「………そう、だけど。みんな、頑張ってるの。私、それを毎日見てるの………」
これも彼女の一面か。アルベラは息をつく。
優しくて臆病。
(めちゃめちゃヤバい怖い一面もあるけど)
優しい人間に突然「意地悪になれ」と言ってなれるわけがない。人に嫌われることを潜在的に恐れてる人間に、「自分のためになるから」と囁いただけで、その潜在的な部分に変化をもたらすことはできない。
人が変わるには、何かを通して本人の意思が揺すぶられないといけない。今自分がどんな言葉をかけようと、アルベラにはスカートンの意思を揺さぶれる自信はない。時間や言葉の量の問題ではない。必要なのは衝撃だ。インパクトだ。スカートンの今までの価値観を瞬間的に揺さぶれる強い何かだ。
「………そうね。………私が今どう言ったって………………………うん。けど覚えててほしい。私、あなたのその考えが嫌い。だから今のうちに言わせて」
「なに?」とその言葉を許す様にスカートンは顔を上げる。
「人に遠慮して自分を犠牲にするなんて馬鹿らしい! ね?」
「………犠牲だなんて、思って………」
スカートンは言葉を反芻するも、聞き入れられないように小さく首を振った。だがそれでもいい。今は、ただこの言葉が彼女の中に残り、いつの日か何かの切っ掛けになる可能性を信じて伝えておく。
「周りを気にしてその道への考えを絶ってる時点で、私には『犠牲』にしかみえないの! まあ、今すぐ考え方を変えなくてもいいから、何か思い悩んだ時の参考の一つにでもして。こう言われたことがあったなって、とっておいて」
スカートンは今の考えが捨てきれないのか腑に落ちなさそうにはしていたが「うん。ありがとう」と弱弱しく微笑んで見せた。
儚げな少女の笑顔にアルベラは強気に笑って見せる。その内心では過去を振り返り、偉そうな自身の言葉を恥じていた。
(本当、偉そうに人に言えたもんじゃないんだよなぁ………)
二人のやりとりを右隣で聞きつつ、キリエは椅子の上まるまるように膝を抱える。
(うぅ。僕邪魔かなぁ………)
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