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一章 10歳になって
26、初めての舞踏会 3(賑やかな夜会)
しおりを挟む曲が終わる。
ホールの中央で踊ていた者たちが自身のパートナーへ向かいお辞儀をする。アルベラはその中に両親の姿を見つけ手を振った。父が恥ずかし気に笑い、母はいつもの涼し気な笑顔でお上品に手を振り返してくれた。
自分の発言のせいではあるが、少し居ずらい空気だ。話題を変えようと口を開き、その方向性を間違えたことに気づいたがもう遅かった。
「そういえば王子とは踊らないの?」
(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! 私の馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!)
自分が吐いた言葉に頭を抱えて悶絶する。スカートンに王子話題はご法度だというのになんという失態。
その様子に事情を知らないキリエはきょとんとしていた。
馬鹿や阿呆という安い言葉で自分を罵倒し、マシンガントークがいつ始まるかと覚悟していたが隣からは言葉が返ってこない。アルベラが両手で頭を抱えていると、言葉の代わりに「ボンッ」と爆発音のような物が聞こえる。両手を解きスカートンを見ると隣のストーカー少女の顔は真っ赤になっていた。
「お、おうじと………おどる。わ、わわわ私なんかがラツィラス様と踊るだなんて、そんなめっそうも」
「僕がなに?」
横並びに椅子に座っていたアルベラとスカートンの間に金色の頭が割って入る。
突然現れた王子にアルベラはびくりと肩を揺らして驚いた。この距離感、無意識に心拍数が上がる。王子信者のスカートンは私とは比べ物にならない位大変なことになっている事だろう。右隣のキリエからも「うわぁ!」と声が上がったほどだ。と、先ほどまで彼女のいた席をみるがそこには誰もいなかった。
アルベラの視線に王子は頭を上げてその席を見る。腰に手を当て不思議そうに首を傾いだ。
「あれ? さっきまで人が座ってたはず?」とアルベラの方を見て目を丸くする。
アルベラは「え?」と自身のドレス等を見て何か変なものでもあるかと確認するが、耳元に小さく「はぁ、はぁ」という誰かの吐息を感じて振り返り絶句した。
(―――スカートン!!!! ………い、いつのまに)
一瞬の隙にどうやってキリエとアルベラの間に身を滑り込ませたのか。スカートンは電柱に隠れる不審者顔負けに息を荒くし、人の影から憧れの人を見つめていた。この荒い息は驚きからだろうか。興奮からだろうか。きっと両方だろう。
「はぁ、」と溜息をつきアルベラは動物をなだめるようによしよしとその頭を撫でてやる。
「もう、殿下もスカートンも私の心臓を止める気ですか? 今のはちょっと怖かったですよ。反省してほしいです」
「ははは、ごめんねアルベラ嬢、キリエ君。スカートン嬢、こんばんは。先ほどぶりです。皆さん楽しんでおられますか?」
「ら、………」
ラツィラス様………、とスカートンの絞り出すような小さな声がアルベラの耳に届いた。
ちゃんと答えられず、顔を真っ赤にしてアルベラの肩に顔を埋めてしまったスカートンの代わりにアルベラが答える。
「ありがとうございます。私もスカートンもキリエも、存分に楽しませて頂いてます。ところで王子、今どちらからいらっしゃったんです?」
「どちら? あちらですよ」
指さすのはホールの中央だ。
「丁度曲が止まった時、三人の近くに出たんです。なのでこっそり後ろに回ってみたんですが以外に全く気付かれないものでしたから。つい」
悪戯に悪びれた様子がないどころか、思っていたよりうまくいって嬉し気に王子は笑った。
「王子、反省してほしいです」
アルベラはじとりと目を座らせる。その様子は彼女の肩に顔を埋めているスカートンにもその後ろのキリエにもとても自然に見えていたが、アルベラは必死だった。緊張している。先ほど間近に頭が降ってきた時の心拍数も収まっていない。それでもうまく平常を保ってみえているのは昼の経験値のおかげかもしれない。
スカートンはアルベラの後ろに隠れながらごく普通のやり取りに「アルベラ、すごい!」と小さくこぼしていた。キリエも同性のはずなのに地位の差からか緊張し言葉を発せないでいたのでスカートンのその言葉に同感だった。
「………すみません。やり過ぎてしまいましたね。反省します。スカートン嬢、落ち着けましたか?」
「え、ええ。わたくしも、すみません。王子は和ませようとしてくれたのに」
か細く震える声でアルベラの後ろから顔を出さずに答える。
(ス、スカートンさん。背中、布、引っ張りすぎ。首がきつくなってきた)
ギューッとアルベラの服を両手で握るスカートンはアルベラの苦しみに気づかない。唯一その異変にきづいたキリエがなんとかそれをスカートンに伝えようと慌ててその肩をゆすっていたが、今のスカートンに彼の言葉届かなかった。
「あの、お二人とも、次の曲、よろしければ僕と踊って欲しいのですが?」
ナチュラルな王子の誘いに、アルベラは声も出せず首元を片手で押さえつつ、後ろを指さして王子へ意思表示する。
先に彼女から頼む、と。
アルベラの指さしに応じて、王子はその背後に隠れるスカートンの正面へ向かう。隠れることに必死で下ばかり見ているスカートンはそのことに気づかない。
「スカートン嬢」
「―――?!!」
「僕と一曲、踊ってくださいませんか?」
片膝をつき、優し気に片手を差し出す王子の姿にゆでだこのようになったスカートンが「ふぁ、ふぁい」と答える。もう曲は始まっていた。
王子にリードされ、スカートンはホール中央へと離れていく。
器官が解放され、アルベラは深い呼吸を繰り返す。
「だ、大丈夫、アルベラ? ボク、何か飲み物持ってくるよ」
「キリエ、ありがと」
ぱたぱたと慌ただし気にキリエが遠ざかっていく。
アルベラが踊り始めた二人を見届けていると、スカートンの座っていた椅子にどさりと誰かが腰掛ける音と「はぁ」というため息が零れた。
赤い髪の少年、ジーンがそこに座って恨めし気にホール中央で踊る王子を目で追っていた。
「ジーン、お疲れ様」
「ああ」
「初めての舞踏会はいかが?」
「………疲れた」
でしょうね。見るからに。
「あいつに付き合わされて、ずっと踊ってたんだ。まったく———」
アルベラは中央で大人に紛れて踊る王子とスカートンを目で追う。大人たちの間を上手く縫い行く王子。ずっと踊ってただけあってその動きは滑らかで手慣れている。真っ赤になってフラフラのスカートンだったが、王子のリードのお陰か全く問題なく踊って見える。
「ふふ、気の許せない仲ってやつ? 二人共本当に仲がいいのね。………従弟か何かなの?」
それはつまり、ジーンも王族という事になってしまうのだが。もしそうだとしたらなぜ彼は「騎士見習い」で「王子の側付き」なのか。
アルベラは自身の腿に肘をつき、呑気な気分でダンスを眺めていたが隣から返答はない。
(……………………ん? ……………あれ?)
小さな沈黙に、つい先ほどのスカートンの時との空気がデジャヴする。
(コレハマタ………地雷ヲ踏ンデシマッタノデハ………?)
アルベラの全身に嫌な汗が浮かんでくる。
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