アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~

物太郎

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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

149、寮入り 5(晩餐会会場へ)

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「アンラーク」

 ローサ・アンラーク。伯爵家のご令嬢。去年入ってきた一個下の見習い騎士だ。

「あの、お疲れ様です! お二人の対戦、とてもカッコよかったです! ………あの、えっと、あの、………すっごい勉強になりました!!」

「そうか、良かったよ」

(正直、あんな力押しなやりあいは参考にして欲しくないんだけどな………。技術も何もあったもんじゃない)

 ジーンは思い出し、呆れながら土埃に塗れた頭を軽く叩く。

 そんな彼の姿にも、ローサは頬が熱くなるのを感じた。

「そ、それで不躾とは思うんですが、今度の訓練、………よ、良ければ私と、手合わせしてもらえないでしょうか?」

「手合わせ? それくらい別に良いけど、お前」

「ありがとうございます!!」

 ローサは頭を下げる。

「なんだ。訓練所で女かどわかしてんのかぁ、騎士様。良いご身分だな」

 ウォーフはそう言いながら、馬の上から年上の女性騎士に手を振る。

「か、かど………?!」とローサが若干うろたえる。

「違う。ていうかお前に言われたくない。………アンラーク、手合わせの方は了解した。どうせまた明日も訓練だ。お互いタイミングが良ければよろしくな。副長、本当にご迷惑を。あと、ありがとうございました。整地の方は明日の朝しますので………すみません、お先に失礼します」

「ああ。晩餐会楽しんでおいで。殿下にもよろしくね」

「はい」

「邪魔したな!」

 二人の馬が訓練所を去っていく。

 それを見届け、ローサはほっと息をついた。副長はそんな彼女を見下ろし、色々と理解した上での苦笑を浮かべた。





 訓練は、副長の号令を持って正式に締めくくられた。

 見るからにご機嫌に表情を緩めるローサを捕まえ、友人たちが詰め寄る。

「ロォォォォサァァァァァ! 逃がさないわよ!」

「何嬉しそうにしてるのかなぁ?」

「見てたわよ。さっき先輩と何話してたの?」

「………えっ、あ、いや、訓練の事を」

「へぇ、それであんな嬉しそうな顔?」

「嘘下手か!」

「いいから全部吐け!」

「いや、だから本当に手合わせをお願いしただけで、」

 この後、ローサをがちりと捉えた彼女たちは、貴族御用達の通りにある、美味しい食事処に向かった。

 そこの個室でローサを囲み、夕食という名の女子会が開催されるのだった。





(アンラークの奴、俺と手合わせすると動きが悪くなるんだよな………あいつの相手、適材じゃないとおもうんだけど)

 一時期は、自分と目も合わせてくれなかったほどだった。本当に大丈夫かと、ジーンは後輩を心配する。

「おい」

 先を駆けていたウォーフが、ジーンの隣に馬を並べる。

「今日の試合、楽しかったぜ。ありがとな。………お前、前に手合わせした時、色々と本気じゃなかっただろ」

 八歳だったか九歳だったか。以前に会った時との彼との手合わせを思い出す。

『………ジーン。勝っちゃだめだ』

 自分の主が、とっさに説明もなく、そう呟いた。だから自分はそれに従った。

 ジーンは息をつき、「ああ」と頷く。

「まあ、あんときは面倒なギャラリーがいたからな。確かに、お前は負けとくのが正解だった。それは分かってた。分かってたけどな………何となく、思い出すたびに気分が悪くなりやがる」

 ジーンは視線を前にしたまま、遠くを見るように目を細めた。

「………俺も、人に手を抜かれるのは嫌いだ。悪かったな」

 心底「悪いことをした」と謝っているような静かな言葉。

 ウォーフは「ふー」と深く息を吐き、馬の速度を速めた。

「あの件は今日のでちゃらにしてやる。次も手は抜くなよ、騎士殿」

「ああ。また俺が勝ってやる」

「はっ! 抜かせ!」





 二人が学園の寮に戻る頃には、辺り一杯に美味しそうな夕食の香りが漂っていた。

 結構ぎりぎりの帰宅。

 ジーンとウォーフは急いで泥や汗を流し、休む暇もなく晩餐会へと向かう事となった。





 ***





 晩餐会の時間になり、アルベラはエリーとガルカを連れて自室を出る。

 「キィ」と高く、極小さな音を上げて開いた戸は、丁度隣の部屋の住民のそれと丁度タイミングがかぶった。

「あ………」とラビィ。

「あらぁ」とルーラ。

 アルベラはあからさまに嫌そうな反応をしたラビィへ向け、満面の笑みを浮かべる。

「まさかお隣がお二人だった何て。奇遇ね。これからよろしくお願いいたします」

 控えていたエリーとガルカも部屋から出ると、一応二人へ自己紹介させる。

 エリーは見覚えのある少女たちに、「大きくなられましたわね」とほほ笑んだ。

 相変わらず、ラビィはあの時の当事者とは気まずそうだ。だが、ルーラは図太いのか、子供の頃と割り切っているのか、他人事のように「ご迷惑おかけしました」と謝り、ほほ笑むほどの余裕もあった。

 ガルカの挨拶に、打って変わって、ラビィは瞳を輝かせていた。

(分かりやす……)

(分かりやすいわぁ)

 アルベラは呆れたように笑い、ルーラはほほえまし気に見守っている。

「ガルカさんは、お幾つ? 生まれはどちらなのかしら?」

「私は一応十八でございます。生まれは少しあやふやなんですが、王都から南の地で育てられました」

「あら、色々訳アリですのね。素て………あ、いや、ご苦労なされたのね。アルベラ様とは隣の仲ですし、私達の部屋へは気軽に息抜きしにいらっしゃって良いのよ」

 ラビィとガルカの会話に、アルベラは声を潜める。

「あの子、貞操観念とか大丈夫? それとも友情だけで世界が成り立っているとお思いの子?」

「あ~。知識として貞操観念は学んでるはずなんですが、イケメンを前にするとそこら辺まで頭が回らなくなって、ただ仲良くなろうとしちゃう子、ですかね」

「そ、そう………。だから何とか無いけど。………あの子の部屋ってルーラの部屋でしょ? いいの?」

「まあ、………むしろその方がいいですよね。あの子のブレーキ替わりは必要でしょうから。それに私もガルカさんならウェルカムですよ」

「………あなた、『私(アルベラ様)の使用人だから大丈夫だろう』とか思ってるわね?」

「あら。ご明察ですわ」

「言っておくけど、私、あの二人の事制御しきれないから! 一晩の間違いがあっても私は責任取らなくてよ!」

「そ、それ胸張って仰いますか。………分かりました。ラビィの方にも、ノリで出会ったばかりの男性を連れ込まないようによく言っておきます」

「ええ。もし必要なら、あいつをけしかけて体で分からせてやってもいいですことよ」

「そういう制御は可能なんですね」

 ルーラは苦笑する。

「そういう大事が起きる前に、ラビィにはよく言っておきますわ。もう十五ですものね。残念ですが、淑女としての自覚をもって貰う頃ですよね………」

「あなた、大事でなければ見逃そうとか思ってない? 随分あの子で楽しんできたんじゃないの?」

「………あらまぁ、分かります?」

「身近に貴女みたいのがいるの」と、アルベラは後ろに使えるオカマの顔を思い浮かべる。

(お嬢様、早速お友達作られて。昨日の敵は今日の友ね………)

 一番後ろから見守りるエリーは嬉しそうに目頭に手を当てていた。





 ラビィとルーラは、自身の使用人には会場で待つように言っていたようだ。三人が食堂に着くと、彼女等の使用人が深々と頭を下げに来た。以前あった彼等と同一人物かは不明だ。アルベラはそこまでは覚えてなかった。

 晩餐会の最中は、使用人は主人の邪魔にならない位置で待機だ。挨拶して早々、彼等は壁際へと離れて行った。

 ちなみに、学園内での彼等の仕事は主人の身支度や部屋の掃除、衣類の洗濯。後は小間使いだ。それだけならエリーだけでも十分そうだが、ガルカはガルカで、きっと父から何か言いつけられてきているのだろうとアルベラは想像する。

(まあ、きっと必要と思って付けたんだものね。有難く使わせていただきましょう。仲良く二人が仕事を分担する様は想像できないけど)

「じゃあ二人共、好きにしてていいけど節度は守ってよろしくね」

 アルベラはひらりと使用人に手を振る。

 「はい、ラビィはこっちね」とガルカと共に行こうとした彼女を、ルーラが引き寄せる。





「お食事の方はもうご自由にお取りになってください。あとで寮長から挨拶がありますが、それ以外はご自由にどうぞ」

 飲み物を盆にのせて配るスタッフが、そう言いながら会場を回っていた。

(食堂でか………。バルコニー出た時にも思ってはいたけど………。なにあれVIP席? ちょっと嫌らし)

 飲み物を受け取り中を観察していると、「アルベラ、」と手を振って駆けてくる緑髪の友人の姿があった。

「キリエ、こんばんは」

「こんばんは! ついに入学だね、おめでとう!」

 キリエは感極まっている様子だ。目を輝かせ拳を握る姿は、はしゃぎまわりたいのを我慢している子供のようだ。

 キリエの黄緑と桃色の瞳が、気づいたようにアルベラの隣の二人へ向けられる。

「あ、今晩は。失礼いたしました。アルベラ様のご友人方ですね。私はキリエ・バスチャランと申します。東の地のバレージュから参りました。どうぞお見知りおきを」

(キリエが………しっかりしてる)

 その堂々とした挨拶に、アルベラは言葉を失う。彼女が驚いているのを察したキリエは、苦笑し「昨日、お母さまから何回も練習させられたんだ」と小声で伝えた。

 キリエの挨拶に、ラビィとルーラはスカートの端をつまんで頭を下げる。気軽な会という事で、今夜は制服か私服を指定されている。彼女ら二人は私服参加だが、手慣れたその上品な動きは、私服であれども十分に貴族であることを表していた。

「お初にお目にかかります、キリエ様。ラビィ・ケイソルティと申します。北にありますカーホドーイから参りました。よろしくお願いいたします」

「私はカメルーラ・アラレモスと申します。同じく北のダアキから参りました。学園生活、どうぞよろしくお願いいたします」

 ラビィの目が、キリエの顔を見上げキラリと輝いた。どうやら彼女の守備範囲内なようだ。キリエはじっと見上げられ、状況把握できずに困ったように笑顔を返す。

「キリエ、アルベラ!」

「あら、スカートン」

 食堂の入り口から、今しが到着したスカートンがやってくる。

(あの髪、どこかで………ぃ?!)

 彼女の姿に、ラビィがいち早く反応した。気まずさ、後ろめたさという奴だろう。

 五年前にアルベラに絡んだ際、彼女は居合わせたスカートンに危うく窒息死させられかけたのだ。それはルーラも同じなのだが、彼女はスカートンを眺めながら、ぼんやり何かを考えている様だ。

「アルベラ様、お久しぶりです」

 スカートンと共に、数人の知った顔がやってくる。中等部から上がってきた女生徒たちだ。

「ルトシャ様、ラン様、サリーナ様、アプル様。皆様お久しぶりです」

 アルベラはハラハラと片手を振る。

 ラツィラスの誕生日会で会った彼女らとは過去に三回、招いてもらったり、招いたりで、スカートン共にお茶会で顔を合わせていた。去年の殿下の誕生日会を合わせると、今日で会うのは五回目だ。

「お、お友達がいらっしゃったようですので、私はこれで………」

 ラビィが席を離れようとするので、アルベラはその腕を掴み、にこやかに引き留める。

「いえいえ、ラビィ様。折角ですし、ご挨拶なさって行ってはいかがかしら?」

「あ、あなた本当にわざとやってるわね………。その極悪人みたいな面どこで覚えていらっしゃったのかしら」

 アルベラの引き留める少女へ目を止め、スカートンが首を傾げる。スカートンは彼女のミルクティー色の髪をじーっと見つめた。

「アルベラ、そちらは」

「皆さま、お初にお目にかかります。カメルーラ・アラレモスと申します。北のダアキから参りました」

(この子、色々消し去って『お初』にしやがった)

 「ルーラの開き直った挨拶に、ラビィは「なるほど」とも「しめた」ともいえる顔をした。改めるように「こほん」と小さく咳をすると、ラビィは胸を張って自己紹介をする。

「皆さま、初めまして。ラビィ・ケイソルティと申します。北のカーホドーイから参りました。よろしくお願いいたします」

 スカートンが「ああ」とほほ笑む。

「お二人共お久しぶりですね」

 その一言でラビィは笑顔のまま顔を青くする。その横でルーラが「駄目だったわね」と笑顔で小さく呟いた。





「うわぁ、やっぱり公爵ご令嬢様は敷居が高いなぁ」

 リドが遠くを眺めるように目の上に片手を翳す。

「ねえユリ、お友達なんだよね? 挨拶したいよね?」

「うん。したいけど、後でタイミング見て声掛けに行こうかなって思う」

 ユリは苦笑した。

 平民の特待生たちは点々としている。三人が部屋の隅で話しているのは分かるが、後はばらけているのか、一人でいる参加者たちもそれなりに居るため、ユリには誰が平民の特待生かは判別できなかった。

 最も、自分たちも今三人でいるため、残りはたったの四人しかいない。お貴族様と同等の私服を着ているか、制服での参加であれば見極めるのは難しいだろう。

「ミーヴァ、あの人がキリエさん?」

「ああ。あいつは良い奴だから、何かあったら頼ると良い。あの女がいない時がお勧めだ」

「あの女って、ミーヴァ。アルベラの事だよね………」

 ユリは苦笑する。

 ―――さわ………

 会場が小さく騒めき、音量を下げた。ユリたちの周囲で騒めく声がある。

『王子よ』

『相変わらず見目麗しいわね』

『私服なんて新鮮ね。すっかり制服が板についていたから』

『後でご挨拶に行かなきゃね』

 中等部が同じだったであろうご令嬢たちの話し声が聞こえた。

(やっぱり、王子様だったんだ………。赤い目とワーウォルドって名前聞いたらやっぱりも何もないけど)

 ラツィラスは近くの者達と軽い挨拶を交わしながら歩いてくる。その後ろには当然ジーンの姿もある。そして頭半子分飛び出て、ウォーフが並んでいた。

『おい、ベルルッティ家の』

『公爵家………。ジェイシと仲いいのか?』

『ディオール家とはまた違う風格だよな。ていうかでけー』

(公爵になって一番新しいディオール家と一番古いベルルッティ家。同じ爵位でも貴族間での評価が違うって聞いたけど………本当なのかな)

 ユリは入試の中で必要だった公爵家の名前と、それにまつわる豆知識を思い出す。

「ちょっとユリ、さっき会ったっていう王子様、あの人?」

 リドの囁きに、ユリはこくこくと頷いた。

「うっわー………何ていったらいいんだろう。凄いオーラ。あんな人前にしたら委縮しちゃうよ。何かキラキラしてるもん」

「私も緊張したんだよ。本当に、色々空回りして恥ずかしかったんだから」

 ユリは思い出して苦い顔をする。

 ジーンとウォーフは、何やら言い合いをしているように見える。声を抑えているので周りは会話の内容をはっきり聞き取ることはできないが、随分と盛り上がってる様にも見える。王子はそれを背に随分と澄ました顔だ。まるで別空間に居るかのよう。

 「流石王子………」と隣でリドが感心の声を漏らした。





「ほらみろ、普通に間に合っただろ」

 ウォーフは勝気に隣の赤頭を見下ろす。

「何言ってる。俺が焦らせたお陰だろ」

 ジーンは目を座らせて低く返した。

「お前、よくあのタイミングで女口説こうと思ったな。普通に時間が無いって急いでた途中だったのに」

「そんなの俺様の興味があの時そちらに向いたんだから仕方がない」

「こっちが急かしてやってんのに、『邪魔するなら燃やすぞ』とか………街中で傍若無人にも程がある………」

「ああ? お前結局俺を置いていっただろうが。最後まで面倒見てから物を言えニセモノ騎士様よ」

「その言い方止めろ。別の意味に聞こえる」

「ニセモノにニセモノって言って何が悪い。俺はお前を呼びたいように呼ぶ」

「好きにしろ。けどニセモノと騎士はくっつけるな」

「ああ、それが不服だったか、ニセモノ騎士。………おお、良いな。これはこれで呼びやすい。ただニセモノって呼ぶより格好いいじゃないか。なあニセモノ騎士様」

「………ああ゛?」

 ジーンの周りの温度が上がる。真っ赤な毛先が小さく灯り、微風に揺らめいていた。

 二人の会話を聞きながら、背中に微熱風を感じながら、ラツィラスは結構必死で噴き出すのを堪えていた。



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