上 下
158 / 310
三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

158、授業開始 2(小魔合戦) ◆

しおりを挟む




 頭を上げると、火を握りつぶしたのであろうジーンと、にんまりと笑うラツィラスの姿があった。ラツィラスの指先に、小さく風が渦を巻いていた。数は二つ。

 一つはウォーフへのものだろう。もう一つは―――

(二つとも、彼へのものと 思いたい……一句……)

 アルベラは自分の思考に目を据わらせた。すぐに表情を呆れから接待の笑みへと移し変える。

「お分かりと思いますが、今のはウォーフ様が勝手に」

 ―――パシャン

 アルベラの目の前で小さく張った水の壁が何かを受け止めて音を上げた。ふわりと体の周りに風が四散し、髪や服を揺らす。

 ニコニコとした表情のままアルベラは固まる。

「本当だ。アルベラ上達してるね。前は水を集められるだけだったのに」

(念のために張っただけなのに……あの王子様、躊躇なく人の頭目掛けて風ぶつけようとしやがった……。いや、それとも私が頭の前に壁作ったせいか?)

 「この野郎」という念を込めて視線を向ければ、ラツィラスが「こいこい」という風に手の平を上に向けて指を振っていた。

(へえ、殿下公認で手出して良いと……)

「ほら、アルベラ嬢、煽られてんぞ。手貸せ」

 ウォーフがボフボフと小さな火の玉を連発する。それを同じくらいの火の量で作った小さな壁をいくつも出し、ジーンが止める。

「コマ合戦だよ。一回くらいはやったことあんだろ?」とウォーフ。

 雪合戦ならぬ、小魔合戦だ。

 どちらか一方に、一発でも食らわせられれば勝ちである。

「やった事ございませんことよ」

「そうか。なら今のこれ見て分かるな?」

「まあ……」

 教室後ろの空いた空間に下がりながら攻防を繰り広げ、ウォーフはジーンとラツィラスの二人と距離を取り始める。

 小さな壁をいくつも同時に張りながら、ジーンはウォーフへの攻撃の手も緩めない。その後ろからラツィラスが、空きスペースへ移動するウォーフと、まだ席前にいるアルベラに向けて水や風、電気等の多属性の魔法を放つ。

 全く注意しにくる気配のない大人達から察するに、大きな魔法を展開する事は禁止だが、魔力を抑えた小さい魔法であれば幾つでも展開して良いようだ。

 小さな玉が飛んでくるピンポイントの場所に、小さな壁を展開しなければならない。適当に大きな壁を作るより、集中力と操作性が要るのでいい練習だ。

(ちょっと面白そう……いやいや。無関係な人間の頭狙って来やがったわけだし、あの王子に報復してやらないと…)

 ラツィラスからの玉を弾きつつ、アルベラはウォーフ側へ後ずさる。

 どうせなら一杯食わせてやりたいと思い、アルベラはあることを思い付く。

(ん……? ああ。そういうのもありか……こうなったら不意打ちでも一発入れてやる)

 彼女はニヤリと笑むと、防御の合間、分かりやすく一発ずつ、ラツィラスとジーンの顔面目掛けて水を放つ。

「受けてたちますよ」

「決定だな」

 ジーンがくつりと笑い、アルベラにも遠慮なく火の玉を向け始めた。

「負けたチームには勝ったチームから罰ゲームね」

 ラツィラスの言葉に、ウォーフが「いいぜ」と返す。

 隙をつくような場所を狙ってウォーフが魔法を放つので、アルベラは分かりやすく正面突破な場所へと放つ。攻撃に集中しすぎると防御への手が緩むので、やるならどちらかに寄せるべきなのだろう。

(出来るだけ防御に集中して、攻撃は任せるべきか……)

 アルベラの取りこぼした玉を、ウォーフが拾ってくれているという現状だ。

(このままじゃお荷物……私にこの三人と同じペースは無理だ。壁に集中……たまに攻撃……あ)

 壁に集中し始めたというのに、取りこぼしが出てウォーフの火がそれを防いだ。

(これじゃあ二対一と変わらない!) 

「スカートン、キリエ! ウェンディ様、テリア様! 加勢をお願いします。皆であの二人を袋叩きにしてやりましょう!」

 「いいよ、できるもんなら」と笑ったのはラツィラスだ。

 ジーンとラツィラスの実力を知るキリエは、「うん!」と迷わず、アルベラとウォーフへ加勢する。

 スカートンは声をかけられ、ぶんぶんと首を振った。

「あ、アルベラ、駄目よ。王子相手だもの」

「大丈夫! 防御だけお願い!」

「そ、それなら……」

 ヒュン、っと小さく飛んできた玉を、スカートンの風が受け止める。

「お二人もお願いします!」

「うわぁ、この人数差……。けど面白そうなので加勢しますね!」

 そう言ってテリアもアルベラ達へ付いた。中等部で王子側の実力を知っている彼女も、アルベラ達への加勢に迷いがなかった。ウォーフとアルベラの前に身を低くして出て、壁を展開する。

「ジーン様、化け物ですね……。あんなに攻撃受け止めながら反撃まで……殿下も、壁は丸投げかと思いきや、ちゃっかり防御してますし……」

 いざ参戦して攻防両立の難しさを実感し、テリアが呆れと感心の混ざった声を上げる。

「私防御に集中します! 他の人攻撃お願いしますよ!」

「おう頼んだ。一発当ててやっから任せな!」

 ウォーフが答えて次々に火を飛ばす。その火の中に石は見当たらない。

 「あいつ、ちゃんと手加減できただな」とジーンはぼやいた。

 涼しい顔で防御と攻撃を同時にこなすジーンへ、キリエはスキを突くように電気を放つ。が、ラツィラスがジーンの見落とした範囲の穴を埋める。

「ア、アルベラ様。二対六は流石にバランス悪すぎるのでは……」

 今だ加勢せずに躊躇うウェンディだが、「大丈夫だ」と全く無関係だった声が割って入る。

「フォルゴート様?」

「殿下、俺も手伝います」

 下で観戦していたミーヴァがラツィラス側に着いた。

「わぁ! たっのもし~」

 嬉しそうに声を上げるラツィラスの横から、ミーヴァが挨拶とばかりに魔法を連射する。

 「タタタタタッ」と五発、威力は無いが少し早めの攻撃に、スカートンとテリアが「きゃあ!」と慌てたような驚いたような声を上げて、多めに壁を作り魔法を受け止めた。

「ミーヴァ……」

 助太刀しに来た彼の顔を見て、アルベラの中になぜか当たり前のように「コテンパンにしてやらねば」という使命感が生まれる。

 防御合間のアルベラの攻撃が、分かりやすくミーヴァへと集中し始めた。

「アルベラ嬢、確かあいつに恨まれる心当たりないとか言ってなかったか?」

 ウォーフが尋ねる。

「ええ、全くありませんわね。なんで嫌われてるか全然わかりませんの」

 片手で魔法を放ち、空いた片手を困ったように頬に当てるアルベラ。

 キリエが隣で苦笑した。

 呆然と眺めているウェンディへ、テリアが手招きする。

「ほらラン! 王子に実力見せつけるチャンスだよ! 一婚約者候補の腕の見せ所!」

「サ、サリーナ……婚約者候補って言っても、アルベラ様もスカートン様もいらっしゃるわけで」

「もう! ちょっとは夢見なさいよ! 大体あの三人に五人じゃ結構人手不足なの! 当てるの嫌なら防御手伝って! 勝って一緒にあの三人に罰ゲーム考えましょ!」

「おう! 罰ゲームの内容はお嬢様方に任せるぜ? 王子様とお茶会とか、あちらの三人、お嬢様方と一対一で散歩とか、何でも言ってやれよ」

 ウォーフの言葉に、ミーヴァは心の中「絶対嫌だ!」と反応して攻撃の手を強めた。

 だが、ウェンディにとってはそこそこ魅力があったようで、「やります……!」という声と共に防御役へ加勢に入る。

(あの公爵女とだけは絶対嫌だ!)

 と、ミーヴァが思う一方。

(一対一。ジーンとあの王子様とは結構絡む機会あるけど、ミーヴァとは……。面白そうね)

 アルベラは意外と肯定的だった。

 彼女にとって、一対一と聞いた際の唯一の不安要素はラツィラスだが、ここ最近は彼への感覚が慣れてきたのか麻痺したのか、出会った頃と違い、話している時常に感じていた「誑し込まれそうになる危機感」というのが無くなってきていた。

 気まぐれか悪戯心かで、業とらしく己の魅力を色濃く振りまいて疲れさせてくれることも多いが、普通のテンションの時は普通にお茶して普通に会話もできるのだ。散歩の気が乗らなければ乗らないで、お断りしても本気で怒ったりする相手ではないだろう。

(拗ねられたら面倒だけど、罰ゲームみたいな軽い奴ならなおのこと……。けどミーヴァは、エリーと一緒にくたくたになるまで連れまわしてやるんだから。あわよくば八郎の置いていった薬の試し台に……)

「ふふ、ふふふ……」

 ミーヴァの体が意識とは別にぶるりと震え、鳥肌を立てた。

「? ……?」

 この寒気はなんだろう、と彼は片手で首元をさする。

(悪趣味な事考えてる時の顔……)

 ミーヴァに視線を向けてニタニタと笑っているアルベラが視界に入り、ジーンは目を据わらせた。





 更に攻撃に集中できる体制になったウォーフ側に、ジーンは他の二人へ声を上げる。

「俺、そろそろ防御に集中するぞ」

「うん、任せたよ」

「穴は俺が埋めます」

「頼んだ、フォルゴート」とジーンが返す。

 「にしても」と攻撃しながらラツィラスが苦笑する。

「……アルベラ、あからさまだねぇ。好かれてるなぁミーヴァ」

 あちらの壁が増えたことで、彼女が攻撃を挟む回数が増えていた。それのほとんどがミーヴァへ向けられていた。

「本当にやめてください」

 好かれてるの一言に身震いし、ミーヴァも負けじとアルベラへ集中砲火する。





 警備の騎士達が教室の後ろで行われる小魔合戦を楽しげに眺めていた。他にも、教室に残った数人の生徒が彼等の合戦を興味深そうに観戦している。

「先生、後は私が見ときますよ」

 二人残っていた教員の一人が、もう一人の年配の教員へと声をかける。

 年配の彼は「じゃあ後はお願いね、コロッポ君」と言って先に去っていった。

「……殿下、そろそろ」

 お付きに促され、ルーディンは「ああ、そうだね」と思い出したように笑う。

「ラツ、結構楽しそうに過ごしてたんだね。まあ聞いてはいたけど」

 主の呟きに、御付きの騎士は顔をゆがめた。

「あんな奴、気にすることありませんよ。早く行きましょう」

「ふふ、ごめんごめん」





「ねえ、ウォーフ様」

 アルベラは飛沫を嫌がる様に片手を持ち上げ、相手から口もとが見えないように腕で隠す。

「なんだアルベラ嬢」

「あなたは正々堂々とかこだわるタイプ? それとも勝てばそれでいいタイプ?」

「まあ、勝てば何でもいいってとこもあるが、あんまり姑息すぎんのはごめんだぜ?」

「……そう。そこまで姑息でもないし常識の範囲かしら……? 私、多分ミーヴァの隙作れると思うから、そこを一気に攻めたら勝てないかしら?」

「どうだろうな。あからさまな隙なら、あの二人が埋めるだろうし。策があるなら一先ずやってみるか?」

「いいかしら?」

「おう。生かせる隙なら生かしてやるよ」

「そう……。なら、」

 アルベラは両手をミーヴァに向け、ガンガンと水の球を放つ。

 暫くその状態を続け、ハッと驚いたように攻撃の手を緩めた。

 視線を動かし、すぐに戻す。

 防御を手伝いつつ、口の端を小さく持ち上げた。

 相手に届かない声量で、「いいわよ」と呟く。

「……リー」

「……?!」

 アルベラの様子に警戒していたミーヴァが鳥肌を立てて後ろを振り向く。声は聞こえなくとも、口の動きで察してしまった。

 攻撃の手は止めないまま、敵から視線をそらしてしまう。

「あ、れ。居ない……」

 ―――ピシャン

 ―――ボフッ

 壁に弾かれたのとは異なる、人の体に当たって弾ける水音が上がる。ともに火の玉が当たり消滅するような音もした。

(しまった!)

 ミーヴァは慌てて、衝撃も何も感じなかった体を見た。そこに攻撃を受けた形跡は無い。

「……騙したな!?」というミーヴァの声と「くそ!!」というウォーフの声が上がったのと同時。

 立て続けに「パパパパッ!」と自分の近くで水が壁に弾ける音がした。

「は?」

 ―――パパッ!

 ―――パンッ!

 ―――パンッ!

 ―――パシャパシャパシャ!!!

「キャア!」

 攻防が止まり静まった室内に、冷ややかな空気が流れる。

 途中まで音だけしか聞こえていなかったミーヴァだが、事の最後は見ることができた。王子とジーンから集中攻撃を受けたアルベラが、頭から幾つかの水を被ったのだ。

「……は? なんだ? ……あの、一体何が?」

 ミーヴァが呆然と尋ねると、満面の笑みを浮かべたラツィラスが「僕らの勝ちだよ」と返す。彼は一仕事終えたというように、ぱっぱと手を払った。

 外野から疎らに拍手が上がる。

 観戦していた生徒と警備のもの達だ。

 教室に残っていた生徒は数人。

 彼らはバラバラと教室を出ていく。一人がジーンに向けて苦笑しながら片手をあげて出ていった。「確か騎士見習いだったな」とミーヴァは思いだす。

 最後の一人は取り合えずといった様子で、軽く会釈して出ていく。

 アルベラの周囲では、ウォーフとキリエが呆れた表情を浮かべ、スカートンとウェンディが困ったような視線をアルベラへ向けた。

 テリアは「何が起こったのか訳が分からない」というように、床に手をつき皆の顔を見回している。

「ひどい仕打ちね」

 アルベラが呟いた。

「お前……相応の対応だ。あからさまだったな」

 ジーンがため息交じりにこぼした。

 彼女はびしょ濡れの髪を払いあげ顔をあげる。

「何のことかしら!」

 なんとも堂々とした表情だ。

「よくそんな顔できるな……」とジーンはあきれた。

(ちっ……不意打ちも駄目だったか……。けどこの水、外した奴かと思ったのに……)

 ラツィラスが放った幾つかの水は、アルベラの頭の上を通過していく高さだった。だから見送ったと言うのに、それをジーンが打ち落としたのだ。頭上に来たタイミングで、全て。

 水玉は見事に破裂し、アルベラは派手に頭から水を被るに至ったと言うわけだ。

(あの破裂の仕方、今思えば元からそれを狙ってたの? あんなの一人じゃ防ぎようがないじゃない。相変わらず息ピッタリだし……。てか二人とも確かにこっち見てなかったはず。なんで反応できた……)

 アルベラは「仕方がないか」と気分を切り返す様に息つをく。

(……まあ良い)

 彼女は胸を張る。その姿には一切の後ろめたさもない。

(あとは……シラをきり通すのみ!!)

 表情だけ見れば勝者に見えなくもない。濡れていなければ完璧に勝った側に見えるだろう、見事な「堂々顔」だ。

「フォルゴートのはまだセーフだと思うけど、最後のは無いぞ」とジーンが言えば、「だから何のことかしらァ!」とアルベラから勢い押しの返答が飛ぶ。

「ちょっと間違えただけなのに、御二人とも非道ですこと。それに、彼女に対してもよってたかって……紳士が聞いて呆れますわね。恥ずかしくなくて?」

 アルベラが指さしたのは自分の足元だ。

 ウォーフとアルベラの足元には、前で壁を張っていたテリアが床にへたり込み、両手を合わせてごめんなさいのポーズをしていた。

「それについては集中力きれちゃって……ていうか普通に手と目が追い付かなくてですね! ごめんなさい! 本当ごめんなさい!!」

「崩れそうな壁狙うのは当然だろ。真っ当なやり方だ」

 ジーンが「当然」と肩をすくめる。

 ウォーフはアルベラとジーンのやり取りなど聞いてないかのように、先程からずっと悔し気に唸っていた。

「ああ……くそ……。俺としたことが、テリア譲が押されてること全然気づけなかった……。くっそ。あの連射はそこから気を逸らすためだったか……。ああ! くっそ! くっそ! 情けねぇ!!」

 ジーンはウォーフへ視線を移した。その瞳に、僅かに挑発的な色が浮かぶ。

「二勝一敗だ」

「うっせえ! 分かってるっつうの!」

(ジーン様が、分かりやすく嬉しそう……)

 ウェンディはその姿に珍しさを覚えた。彼女が関わる範囲では、ジーン・ジェイシは表情の起伏が小さく、気持ちの読み取りにくい人物なのだ。ラツィラスや、他の信頼しているのであろう友人と話している時に笑う姿というのは稀に見るのだが、今回の姿はそれらとはまた違い人間らしさがあった。

「くっそが……見てろよニセ騎士! すぐに二勝三敗に塗り替えてやるよ」

「だからその呼び方やめろって言ったよな?」

「ああ言った。確かに聞いた。けど止めねえ」

 ウォーフは威圧的にジーンを見下ろす。ジーンも望むところだとメンチを切り返す。二人の周囲に抑えめな火の粉が舞う。

 「ニセ騎士」という言葉がツボに入ったのか、ラツィラスは腹に手を当てて声を抑えるように笑ってた。

(……この一連を全部、ルトシャに見せてあげたい)

 ウェンディも小さく笑いながら、ジーンへ思いを寄せている友人を思い浮かべる。

「……そうか、あっちの壁が先に崩れて」

 ミーヴァの呟きにラツィラスが涙目を拭いながら頷いた。

「そうそう。正々堂々と僕らの勝ち。君がちょっと位目を逸らしたって、僕らの防御は崩れないよ。しかもあっちに始めに当たった水、君がよそ見しながら出したやつ。知ってた?」

「……え、あ?」

 そうだったのか、とミーヴァが驚いたように自分の手を見る。





 状況を理解できないミーヴァとテリアのために、ラツィラスが説明した。

「まず、ミーヴァ君がよそ見した間に放った魔法が、アルベラとキリエ君に当たった。あと僕の火がウォーフに当たった」

「はい」とミーヴァ。

「おお。流石フォルゴート様」とテリア。

「でね、皆がゲームセットって思った瞬間、アルベラが目を盗んで……というか、隙をついたつもりだったのかな。僕らに連射した」

 ミーヴァは「はあ?!」と怒りの籠った声を上げ、自分の壁が崩れた瞬間に起きた出来事だったため、状況を追えていなかったテリアは「えぇ?!」と口に手を当て、純粋に驚きの目をアルベラへ向ける。

「で、僕とジーンが再戦。二対一でアルベラ秒で敗北!」

 髪を絞っていたアルベラは手を止めた。

「『隙をついた』だなんて心外ですわ、殿下。ゲームが終わったことに気付いていなかっただけです。夢中になってたもので……」

 彼女は口に手を当て、上品に笑って見せる。

 その表情に、ウェンディは「あら、そうでしたのね」と騙されかけるが、「どう見ても不意打ち狙った連射だったな」とウォーフは冷静な突込みを入れた。彼はさらに「にしてもあの二人も容赦なかったな」と面白そうに笑った。

 アルベラの性格を知るキリエとスカートンの苦笑を見ても、その嘘は一目瞭然だ。

「お、お前、俺を騙しただけでなくそんな卑怯な……!」

 ミーヴァは合戦中に、アルベラが視線を送った方を示す。

「騙した? 私が何かしまして?」

 頬に片手を当てすっとぼけるアルベラに、「本当に嫌な奴だな!!」とミーヴァの怒りの声が上がった。





(……よし。メモはこれくらいで……続きは後でまとめましょう。彼らも次の授業に備えないと)

 教室の前の席に座り、後ろの小魔合戦を見ていた彼は手を止める。





「いやぁ、白熱した二十分だったね」

 教室の前の方から声があがる。  

「休憩時間はあと三十五分。急げばご飯はちゃんと食べられそうね」

 ぽてぽてとした感じの、小柄で声の高い男性教員が笑いかける。

 いつの間にかもう一人の先生は帰ってたんだなと、アルベラは辺りを見回した。

「すみません、コロッポ先生。すぐ出ます」と答えたのはミーヴァだ。

「あいあい。気にしないでいいから。走って転んだりしないでね。……そうそう。乾燥と修繕はフォルゴート君に任せて大丈夫?」

「はい。やっときます」

「なら良かった。じゃあね。お疲れ様」

 教室の戸締りがあるからと、彼は手を振り生徒達を見送った。

 彼らが部屋を出ていく際、警備をしていた騎士たちが「お疲れさん」と楽しげに投げかける。





 ミーヴァは先生に言われた通り、廊下を歩きながらアルベラとキリエの服を乾燥させ、ウォーフの焦げた服を修繕した。

 ウォーフは感嘆の声を上げる。

「おっまえ器用だなぁ。今度手合わせ願おう」

「ご遠慮しておきます」

(流れるように挑むな……)とジーンは目を据わらせた。

(流れるように断った)とキリエは苦笑した。

「遠慮だ? まあどうせ授業で当たるし……そうなったら俺は容赦しないからな」

(公爵……。あいつみたいに変に目を付けられたくない……)

 ミーヴァは眼鏡をくいっと上げる。

「姑息な手に騙されるような間抜けです。どうぞお構いなく……」

「ははは。落ち込まない落ち込まない。騙す方が悪いんだよ、ミーヴァ」と言うのはラツィラスだ。

「騙されただなんて人聞き悪い。勝手に勘違いしといてよそ見なんて、本当間抜けよね」とアルベラはわざとらしく深い溜め息をつく。

 「ね?」と首を傾げられ、スカートンが困ったように「えーと……」と溢した。テリアとウェンディも、はっきり返さず苦笑する。

(アルベラ様とフォルゴート様ってそういう感じなのね)

(仲良いのかしら? 悪いのかしら?)

「その間抜けの魔法に当たった何処かのご令嬢様もなかなかの間抜けだよな」とミーヴァも負けじと言い返す。

 「あらぁ……?」とアルベラは「生意気な」と言いたげな声をあげ、二人の間に小さく火花が散った。





 賑やかに言葉を交わし合いながら学食へ移動し、彼らの一日目の午前授業はようやく幕を閉じた。



しおりを挟む

処理中です...