アスタッテの尻拭い ~割と乗り気な悪役転生~

物太郎

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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

174、学園の日々 4(ご令息の勘違い)

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 アルベラは相手の胸元の校章を見る。

 金の糸で刺繍された紋章の上中央には、小さな宝石が縫い付けられている。その色が学年ごとに異なり、今年の一年は青、二年は黄色、三年は赤だ。

 赤い宝石を見て、「三年か」とアルベラは相手を見上げた。

「お前、アルベ……とか言ったか? どうしてくれる? 私の服にも水がかかった」

 アルベラはゆるりと首をかしげ、申し訳なさそうな表情を作る。

「すみません。すぐに乾燥の魔術の出来るものが来ますので。それか新しい制服をご用意いたしますわ」

 縦じま髪の先輩は「は? 新しい服?」と鼻で笑う。

 彼女の耳元へ顔を寄せ、周りに聞こえないよう声を潜める。

「そんなのすぐに準備できないくせに。……見栄張るなよ。もっと簡単に許してやる。私は寛大だからな」

「まぁ……」

 アルベラは正面に顔を向けたまま目を細めた。

(『見栄』、か……この言い方……)

 彼は多分、自分がディオール家であることを知らない。そう思った。

(顔、名前、家柄。皆が皆ちゃんとチェックしてるわけじゃないのね。怠けてるのは私だけじゃなかったみたい。良かった)

「謝罪と弁償以外で許していただけるなんて、寛大です事。先輩は何をご所望でして?」

「気になるか?」

 彼は満足そうにアルベラを見下ろす。その肩に腕を回した。

 察していないのか動じていないのか、その紫髪の後輩は全く表情を崩さない。縦じまの彼は後輩の彼女の肩に手を置き、空いた片手の指先に水色の毛先をくるくる巻き付けて遊ぶ。

「仕方がないな。これも善意だ。貴族への謝り方、私が懇切丁寧に教えてやろう」

 ご令息の声は、ユリと同じ席のリド、ニーチェ、ゴルゴンの耳にも届いていた。アルベラがどこの誰かを知る彼らは、ご令息へ困ったものを見る目を向ける。

(あ、この人……)

(やっぱり……)

(ディオール様の事……)

(知らないんだ!)とユリは背を伸ばし、口を開いた。

「あの、先輩この人は……」

 「むぐ、」とユリは後ろから口を塞がれた。テーブルを挟んで斜め前に座っていたリドが、テーブルに上半身を乗せてユリの口に蓋をしていた。

「大丈夫だよユリ。このままいけば痛い目見るのはアイツ」

「そうだけど、もしアルベラに何かあったら……」

「ないないない! 絶対ない! だってほら、あそこにあの超絶美人の使用人の人いるし、あっちにはあの超絶イケメンの使用人の人が……え? あれ? ご令嬢と楽しそうにお茶してる……?」

「え? ……あ! エリーさん!」

「え? 『エリー』?」

「あの美人な使用人の人、エリーさんっていうの」

「へえー。……あのイケメンは?」

「あっちの人は……知らない……」

「ちっ……」

 二人が小声でそんなやり取りをしている間に、この席に向かって一人の人物が歩いて来ていた。

「何してるんですか、先輩」

 極平然とした声が割って入り、その場にいた面々の視線が赤髪の彼へ集まった。

 縦じま髪のご令息は小さく「ニセモノか」と呟く。その呟きが聞こえたアルベラは目を据わらせた。

「これはこれはジェイシ様」

 ご令息は大げさにニコニコと頭を下げ、「殿下の腰巾着が何の御用だ」と頭の中で言葉を続ける。辺りを見回し、ラツィラスの姿がない事で彼は安心した様に息をついた。

「ジェイシ様。流石元平民ですね。彼等とは仲がよろしいのでしょうか?」

 ジーンは「ん?」という顔をし、猫かぶり顔のアルベラを見て、テーブルの面々を見た。

「同級生なので、まあ……」

 先輩のいう「彼等」の言い方が、アルベラも含んでいるように聞こえ違和感を感じた。

 テーブルの面々は、名前の知らない女生徒と、魔法学で同じクラスのゴルゴン・ロックは兎も角。ユリがリードリー・ロイッタに斜め後ろから口を塞がれていたのが異様だった。そのユリはと言えば、頭から水を被ったように服が濡れている。足元には氷が幾つか散らばっていた。

 よく見ればアルベラは手元に空になったコップを持っており、先輩のご令息はと言えば、胸元に水が僅かに跳ねているようだ。

 ジーンは状況が分かったような分からないような、微妙な心境になりつつ、手早く乾燥の魔術を展開した。先に多めに水を被ったユリを、続いて先輩の胸元を乾かす。

「ソイツが先輩にご迷惑をおかけした……という事でよろしいでしょうか?」

「ああ。だから世間知らずの平民へ、貴族への謝り方を教えてやろるところなんだ。彼らに金銭での謝罪を要求するのは酷だろう? ……気にせずに行ってくれ。君の手を煩わせるほどじゃない」

 その言葉に、先ほどの違和感が気のせいではない事を確信する。

 「ではなぜそんな勘違いを?」という疑問符を浮かべつつ、ジーンはとりあえず、先ほどから目障りに感じていた彼の手に腕を伸ばした。

 水色の毛先を指先に巻いて遊ぶ動作を止めさせ、「失礼。その腕を下していただいても?」と声をかけ、肩に回していた腕を下させる。

 「ニセモノが紳士気どりか」と小声で毒づく彼にジーンは息をつく。

「先輩。勘違いされてるようですが彼女は平民ではありませんよ」

 縦じま髪の彼は、一拍遅れて「は?」と言う顔をした。

 確認するようにアルベラへ目をやると、彼女は「ええ」と言って静かに微笑み返してきた。だがすぐには自分の勘違いを受け入れられず、「いやいや」と彼は眼鏡に指をあてて小さく首を振る。

(まて。まてまて、落ち着け俺……。平民と仲良くして呼び捨てにされるような者だぞ。それほど距離が近いという事は、どうせ領地を持たないような男爵か準伯、騎士の家柄とかだろう。……いや。だけど待てよ。この顔、どこかで見た事あるような……)

 彼がそんな事を考えている間に、ジーンが事をややこしくしている張本人を軽く睨む。「どういうつもりか知らないがさっさと名乗れ」と言われているのを感じ、アルベラはわざとらしく艶やかな笑みを返した。

 視線を先輩へと戻し、アルベラは軽くスカートをつまんで首を垂れる。

「公爵家のアルベラ・ディオールと申します。お初にお目にかかりますわ。先輩」

「こっ……こぉっ……?!」

 縦じまの彼は言葉を失った。

「それで、謝罪と弁償以外で、先輩は何をご所望でしょう? 我が家の微々たる財で賄いきれる内容だと良いのですが……」

 アルベラは口に手を当て、不安げに睫毛を軽く伏せる。そのわざとらしく作った「さあ、可憐と言え」とでもいうような表情に、ジーンは内心イラっとする。

「あれ? ジーン、まだ食事頼んでなかったの? ん? やあ、アルベラ。お疲れ」

 先輩の後ろからぞろぞろ合流してきた三人が不思議そうに場を眺める。ミーヴァがアルベラに気が付き嫌そうな顔をし、キリエはその逆でパッと嬉しそうな空気を放つ。

「で、殿下……これはこれは」

 縦じま髪の彼は苦い表情を浮かべた。

「こんにちは、先輩。えぇと……スタッフィング家の……」

「すみません、殿下。私は授業の準備がありますので、これで」

「そうですか? ご機嫌よう、フィブル先輩」

 ラツィラスが悪意のない顔で彼のファーストネームを明かす。

(スタッフィング、フィブル……フィブル・スタッフィングか……)

 心のなかで何度か繰り返し、アルベラは声に出す。

「あら。謝罪については? フィブル・スタッフィング先輩」

 公爵御令嬢にフルネームを呼ばれ、彼は面食らったように肩を揺らした。言外に「顔と名前覚えたからな」と言われた気がしたのだ。

「ディ、ディオール様。申し訳ありませんでした。私はもう全く気にしてはおりませんので……」

「そうですか? ありがとうございます。先輩は本当に寛大ですのね」

「は、ははは。そんなことは……ではこれで」

 スタッフィング先輩は機敏な動作で頭を下げ方向転換する。去り際にちらりとニコーラの顔をみて、悔し気に唇を噛んだ。

 そそくさと去っていく彼の姿に、「おぉ~……」とリドが目を丸くして零す。

「リ、リド。ユーリィが死んじゃうかも」

 ニコーラが慌てて彼女の手を解くように促す。

「うわあ! ご、ごめんユリ! つい力んじゃって」

 解放されたユリはくらりとよろめき、テーブルに肘をついて深く息を吸い始めた。

「お、おい。ミーヴァ。何で殿下と一緒にいんだよ」

「そこで会って……昼食ご一緒するって。……悪い。心臓に悪いのは分かる。悪い」

 ゴルゴンに申し訳なさそうに謝るミーヴァの隣で、ラツィラスは能天気な笑みを浮かべ「突然ですがご一緒させていただきます」と手を振る。

 ユリはそちらの様子にも気をとられつつ、アルベラとジーンへ顔を向ける。

「あの、ジーン様。魔術ありがとございました」

「いいえ。お気にせず」

「あの、アルベラの事もありがとうございます。私達見ているだけで……アルベラ、ごめんなさい。大丈夫だった? ええと……見てただけだった事もだけど、その、……多分だけど、私が声かけちゃったから平民と間違えられちゃったんだと思うし」

 ユリの言葉に、ユリを抑えていたリドが小さな罪悪感に胸に手を当てる。他の二人も「呆然と見ていた」という小さな罪悪感に「うっ」と苦し気な声を漏らし顔を伏せた。

 皆一斉に顔を伏せ、テーブルに来たばかりの三人が不思議そうにその様子を眺める。

「いえ。そんなのは全くどうでも良いの。……折角なら、『平民の謝り方』ってのを参考に聞いておきたかったのだけど」

 「何の参考だ」と目を据わらせるジーンへ、アルベラはワザとらしい笑みを浮かべる。

「ありがとう、騎士様。おかげで助かりましたわ」

 ジーンはため息交じりに「余計なことして悪かったな」と返した。

 アルベラが「本当に感謝してますわ」と言えば、「どういたしまして」とジーンから中身空っぽの言葉が返される。

 ジーンが空いている席に腰を下ろすと、キリエが少し不安気な表情を浮かべ「何かあった?」とアルベラへ尋ねた。その表情が心底心配してくれているようだったので、「本当に大したことじゃないの」とアルベラは苦笑を漏らす。





(ミーヴァ君の幼馴染のユリ嬢……アルベラにすごい親しい感じで接してるけど……)

 椅子に座ったラツィラスは、オレンジ髪の特待生とアルベラの様子を不思議そうに眺める。

(中庭の噂……別に信じては無かったけど。あの感じではやっぱデマか。けどそれはそれとして……なんだろうな)

 ユリへ視線を送る王子様に、ミーヴァが不安そうに「殿下、どうかしましたか?」と尋ねる。

 ラツィラスはにこりと微笑むと、耳を寄せるように手招きした。

「彼女、可愛いなーって」

「……?!……な、なぁ……な……」

 「ユリは駄目です!!!」と言いたかったが、相手が相手なこともあり何も言えず、ミーヴァは口をパクパクさせる。

 彼のわかりやすい恋心をからかい満足そうにクスクス笑うと、ラツィラスは「ごめんごめん、冗談だよ」と普通の声量で伝えた。

「可愛いのは否定しないけど、そう言うつもりじゃないから安心してよ」

 ミーヴァは安堵の息をつき、恥ずかしそうに眼鏡をかけ直した。

「……そ、そういうつもりって言うのがなんの事かは分かりませんが……そうでしたか。勘違いしてしまいすみません」

「ふふふ……素直じゃないな」

「な、なんの事でしょう……」

 誤魔化すように視線を逸らす彼へ、ラツィラスは尋ねる。

「ユリ嬢、アルベラと親しいの?」

 ミーヴァは表情を歪めた。

「随分前に知り合っていて。……あの……人攫いの時です。ユリも一緒にいて。……親しいとかじゃないですよ。ユリは誰にでも優しいので……」

「へぇ。そうなんだ」

 ラツィラスは視線をアルベラに移す。親しげに接するユリに対し、アルベラには「無難な対応」を形にしたような僅かな壁を感じた。

 それがいつかの自分達に向けられていたものと似てるように感じ、ラツィラスは首を傾げる。

「アルベラ、良かったら君も一緒にお昼食べない?」

 特待生達が「うっ」と辛そうな表情を浮かべるのがアルベラの視界に入った。

 でなくても殿下と騎士が同席するというのに、更には公爵ご令嬢まで、と彼らの上に圧し掛かる不安が見えた気がした。

(殿下容赦ないな……)

 彼の無邪気さに呆れを感じながらも「それは置いといて」とアルベラはユリへ目をやる。

 彼女は嬉しそうに「一緒に食べよう」と言い自分へ笑いかけていた。

(流石にこの子とはね……)

 恨みなどは当然一切無い。その上、過去の一件で人懐っこく、いい子である事も知っていた。

(そんな子と親睦をふかめたうえで役割クエストこなしていく自信なんて私には……ない!)

 アルベラは社交界等に居る時のように、「上品なご令嬢の表情」を浮かべたまま首を振る。親し気な視線を向けてくるユリへ、必要以上に他人行儀な視線を返す。

「いいえ。私はもう食べ終わりましたので」

「そう?」

 ラツィラスは目を細めると、「じゃあまた今度」とほほ笑んだ。

「ええ。皆さま、お騒がせ致しました。失礼致します」

 アルベラは軽く頭を下げて立ち去っていく。

 その一連の仕草に、ユリは一線を引かれているような寂しさを感じた。





 アルベラは食堂を去りながら考える。

(あの子との接し方に迷うなぁ……。しっかりしなきゃ。中途半端は駄目だ私。役目終えて卒業しちゃえば、ユリに執着しなくて済むんだから。この役目にも悔いは残さない。満足する形でやりきってやる)

 この役もその後の人生も、髄まで全部楽しんでやるって決めてるんだから。

 そう自分を奮い立たせ、思い出したように視線を窓の外に向ける。

「先ずは今日の放課後……」





***





「ユーリィーと、リドーーー!! ズルい! 王子様とお昼ご飯食べたんだってぇー?!」

 特待生仲間のイレブィー・ヒフマスが彼女らの後ろから両手を広げて圧し掛かる。

 小柄で中等部の一年にも見える彼女は、子供っぽい動作で両手をぶんぶんと振り「ずるいずるい!」と繰り返した。

「いやぁ。私達もびっくり。良いでしょ~。羨ましい?」

「羨ましいよー! 私も行きたかったぁー! 王子様とご飯食べたいー!」

 リドの言葉にヒフマスは素直に返す。

 ユリとリドは午後の授業を終え、自室へ向かうべく寮の廊下を歩いていた。その二人の背を見つけ、隣人のヒフマスが追い付いたのだ。

「キリエ様とスノウセツ様は慣れてきたのに、凄い緊張したよぉー。殿下と騎士様。あと公爵ご令嬢」

「え……」

 ヒフマスは目を丸くする。

「公爵ご令嬢って、あの、背の高い? ディオール様?」

「そうそう。もっと厳しくて怖い人なのかなって思ってたんだけど、普通に丁寧でさ。丁寧過ぎるくらい? なんていうのかな、凄い余裕のある感じ……」

 「うん。アルベラ大人っぽいもんねぇ」とユリは小さく笑う。

「ねえ、ユーリィ」

 遠慮気味なヒフマスの呼びかけに、ユリは「ん?」と彼女に視線を落とした。

「ユリがあの人に目を付けられてるって話聞いたんだけど、心当たりある? 水をかけられてビンタされえたって」

「え? ああ、確かにそんなこともあったけど……」

 ふとお昼の事を思い出し「殿下にも聞かれたなぁ……」と小さくぼやいた。

「え?! あったの?!」とヒフマスは声を上げ、「え?! あれただの噂じゃないの?!」とリドも声を上げる。

「なに? リド知ってたの?!」とヒフマスはまた声を上げる。

「そりゃ耳にはしたけど、ディオール様、ユリの友達だって聞いてたし!」

「え、友達なの?!」

 ヒフマスとリドのやり取りに、ユリは「それが……私も今日、少し分からなくなってきて……」と弱弱しく返した。

「……友達だと思ってたけど、実際に会ったの何て五年前に一度だけだし。……あの時は凄い親しくしてくれたように感じて、私も友達だと思ってて……けど学園で出会ってからは、アルベラ凄い他人行儀に感じるし、なかなか落ち着いて話す機会無いし、……名前は呼び捨てでいいとか言ってくれたけど、もしかしてただ気を使ってそう言ってくれただけなのかもって。今日あった時にふとそんなこと思っちゃって……。初めて会った頃は平民とか貴族とか全然気にしてなさそうだったし、今もそうなのかなって思うのに、なのに……やっぱり小さい頃のようにはいかないのかな……たった五年って思ってたけど。貴族には貴族の立ち居振る舞いっていうのがあって、私の『親しい人への振る舞い方』はあくまで平民的な物で、それをアルベラに求めちゃうなんて、凄い失礼な事なのかなって……。アレがアルベラなりの友達への振る舞いなのか、実はそこまで友達とは思われてないのか、私良くわからなくなってきた……」

「ユ、ユリ……?」

「ユーリィー、どーしたー? 悲しい事でも言われたのー? やっぱりご令嬢に目つけられちゃってるー?」

「ううん。そうじゃないと思うんだけど……ちょっと考えすぎちゃってるだけかも。まだ入学して一週間しかたってないし……。貴族の人たちと一緒に勉強するっていう事、私が甘く見過ぎてたのかなって」

「そうね。確かに酷い価値観の人たちもいるけど、ちゃんといい人たちもいるし。気にしすぎちゃ駄目よ。疲れるようなら無理して関わる事もないし」

 そう言ってヒフマスは腕を伸ばし、よしよしとユリの後頭部を撫でた。

「そうそう。私たちの第一の目的は勉学に励む事と学園の卒業なんだし、それ以外は気にしない気にしない。疲れたら一緒に貴族のいない学園外の図書館にでも行って息抜きしましょう」

 リドもユリの肩をポンポンと叩く。

「ありがとう、二人共……」

 しゅんと肩を落としていたユリだが、ヒフマスが手首にはめていた細いブレスレットを見て、小さく「あ」と零した。

 脳裏に細い赤いラインの入ったブレスレットが思い浮かぶ。

(そうだ。アルベラ、私を気遣てあんな高価な魔術具を……)

 まだ返せずにいたブレスレットを思い出しユリの心が軽くなった。

 本当に自分が彼女に目を付けられていて、万が一嫌われていたとしたら。あんな気遣いはされるはずもないのだ。

(寒い中びしょ濡れで置いていけばいいのに、アルベラは私にあれを渡してくれた)

「二人とも、有難う。私、私……無理せず考えすぎずで、機会があったらまたアルベラに声かけてみようと思う!」

「んー?」

「なんで急にそうなったー?」

「大丈夫。今日は殿下もいたし、それで必要以上にお行儀良くしてただけかもしれないし」

「んー?」

「んー?」

 とりあえず立ち直った様子のユリに、二人は「元気になったならいいけど」と別の話題を投入する。

 部屋に着き、ヒフマスに誘われ、ユリとリドは彼女にお茶をごちそうになる事となった。



 

 ***





 扉が数回ノックされ客人が部屋に通される。

 椅子に腰かけ、肘をつきテーブルに視線を落としていたラツィラスは顔をあげた。

「失礼いたします」

「いらっしゃい。お昼ぶり」

 訪れたアルベラと使用人の魔族に、ラツィラスはいつもの通りの笑みを向ける。



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