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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)
175、学園の日々 5(彼の事情)◆
しおりを挟むジーンは一度自室へと戻り、部屋にはラツィラスとギャッジと二人の女性の使用人がいた。
ラツィラスはテーブルに肘をつき、頬杖をついて考えていた。
(今日、何話したらいいだろう……)
人に言ってしまいたい事ならたくさんあった。
父の事。母の事。祖父や祖母の事。城に来てから知った事。自分の頭に取りついて離れない幾つかの葛藤の事。
その中でも今一番頭を悩ませる、第一妃殺害の事―――。
思い浮かべた「殺害」という言葉がどこが自傷的に感じ、彼はクスリと笑った。
(全部話しちゃえばきっと楽なんだ……。けど……)
自分が今企てている事や、それに関する事は話してはいけない。
自分に手を貸してくれるという確信があるならいい。だが、その行いに対して反発するようなら、止めようとするなら……。障害が増えてしまうのはごめんだ。
今から来る彼女はどちらだろう。「好きにすればいい」と傍観を選ぶ気がする。その場合、「知っている」という事が彼女の危険にもなるかもしれない。
(手を貸してくれるにしても、あちらに敵が増える事になっちゃうし。ジーン位強ければ安心して手を借りたいけど……ましてや彼女自身は、一応『か弱いお嬢様』なんだよな……)
「つい忘れかけちゃうけど」と笑い交じりに心の中で呟く。
精神的に大人びているような所があるのでつい頼もしく思えてしまうのだが。魔力や体力、魔術等の技術面で、彼女は自分達よりも大分「か弱い」のだ。他の大人達やジーンと同等に頼ってしまうわけにはいかない。
(僕の寵愛に自力に抵抗できるってだけでも大分有難いんだけど。つい……それ以上を期待しちゃう……)
ラツィラスは瞼を伏せる。
使用人たちが準備するお茶やお菓子の匂いがした。
お茶会を純粋に楽しめなくなったのは城に来てからだったっけ。
ふとそんなこと思う。
その前までは何も知らなかったから、何も考えずに楽しむことが出来た。
皆優しくて、自分を好いてくれて。人間同士というのはそれが当然なんだと思っていた。だから自分も「彼等」に対し、向けてくれる好意と同じくらいの好意を返して向き合っていた。
けどそれは、結果「彼等」の正当な自己防衛の機会を奪ってしまったのだ。
自分を大事に思ってくれた。
それが彼等の判断基準をおかしくしてしまった。
城に来て父の話を聞いて知ってしまった。
今思い出してもぞっとする、血眼になって自分を守ろうとする彼等の姿。あれは普通ではなかったのだ。
あの時の光景を見てしまった。自分に何の疑いもなく好意を向けてくれる人々の末路を知ってしまった。
それからというもの、人と顔を合わすたびに雑念で頭の中が濁る様になった。
ふとした時に、人と時間を共にし笑いあう事に罪悪感を感じた。
―――あの笑顔は本物なのか。
―――あの好意は本当に彼女や彼の心から生まれた物なのか。
そ言った疑念を普段は無視して過ごした。
だが、完全に忘れきって笑おうとすればそれを拒むように、心臓の辺りが煩わしくチクチク痛んだ。
何も知らず何も考えず、自分へ笑いかけてくれる人たちに好意を向けることが出来たあの頃が恋しかった。
屋敷の使用人、近所の雑貨屋、花屋、飲み屋の店主達。
懐かしい面々を思い出そうとするが、もうその顔ははっきりと思い出せない。
記憶の中で彼らの顔を覆っているのは煙だ。
分厚く焦げ臭い煙。
その煙を払って彼らの顔を細かく思い出そうとすれば、煙は炎に変わりその頭部を真っ黒に焦がし焼き尽くしてしまう。
聞こえてくるのは焼けただれた気道から絞り出された掠れた声。
『カクレテ』
『ニゲテ』
『ナカナイデ』
『ダイジョウブ。ワタシタチガゼッタイ アナタヲマモルカラ』
『リッパナ王様ニナッテ』
『ダイスキヨ ラツィラス』
***
「ラツ」
ジーンの声にラツィラスは「はっ」と顔を上げた。
「大丈夫か? あいつ来たぞ。お前、俺が部屋に来たのも気づいてなかったろ」
「……そういえばいつの間に。ごめん。ちょっとぼーっとしてたな」
くすくすと笑い、「放課後って気が抜けるよね」とラツィラスは椅子に背を預ける。
燃え尽きた屋敷を眺める記憶の中、遠くからノックの音が聞こえたような気はしていた。
扉を見ると、ギャッジが開けてもいいか確認する視線を向けていたので、ラツィラスは「いいよ」と頷く。
***
「いらっしゃい」と招かれ、アルベラは促されるままに椅子に座る。
重苦しい空気だったら嫌だなと思っていたアルベラは、いつもと変わらない王子様の様子に少しほっとした。
「君、本当はお昼食べそこなったんじゃない?」
「いえ。お昼はちゃんと食べました」
「食べたって言ったじゃないですか」とアルベラはギャッジさんに淹れてもらった紅茶を口に運ぶ。
昼食を食べたというのは事実だ。上級生の勘違いの件の後、エリーが急いで自室に軽食を準備してくれたので空腹で午後を過ごすことはなかった。
「噂で聞いたよ? 『公爵のご令嬢がオレンジ髪の特待生に目を付けたらしい』って。中庭で水被せてビンタしたんだって? ……まあ、お昼の時ユリ譲が『目をつけられた』って事否定してたけど。一体誰がこんな噂流したんだろうね。公爵家の評判を落としたい人は少なく無いだろうし、君も大変だね」
呆れてるのか楽しんでるのか分からない微笑みを浮かべるラツィラスの言葉に「迷惑な人もいたもんですね」とアルベラはあまり興味がなさそうに返した。
「本人はあまり気にしてないようでなにより」とラツィラスがクスクス笑う。
何ともない顔の裏、アルベラは例の噂の現状を知り心の中で拳を握りガッツポーズしていた。
(だってソレ、私ですし! ―――あの曲がりに曲がって原形をとどめずにとっ散らかった噂。間違った内容を聞くたびに直して今の形にしたのワタシ!! 良かった! ちゃんと吹聴した通りに広まってる!!)
壁に隠れたり人の耳元に声を届ける囁吹しょうふうの魔術を使ったりした、授業合間の地道な努力を思い出す。
(昨日の時点では『変出者からユリを救った』っていう話は全く聞かなくなってたしこれで一安心。良いイメージが先行されたら動きづらいもの……)
自分の努力の成果を噛み締めるように紅茶を口に含んだ。
ふと、今日は壁際に待機しているジーンが視界に入った。先ほどから気になってはいたが「いつもなら王子様と一緒にテーブルを囲う彼がなぜ?」と疑問の目を向ける。
アルベラの視線に気づいたラツィラスは、「今日はさ」と口を開いた。その声にアルベラは視線を正面に座る彼へと向けなおす。
「アルベラは手紙の件を詳しく聞きたくて来たんだったね」
「ええ。よろしければ」
「いいよ。それで、僕も何を話したらいいか考えたんだけど、あんまりまとまらなかったんだよね。答えられることは答えるから、先ずは君はどんなことを知りたいのかを聞かせてくれる? それについて答えつつ、捕捉があれば付け足すって感じにしたいかも」
「そうですか……では……」
アルベラは少し考える。
思いだすのはルーの言葉と第四王子の護衛の言葉だ。
『あいつが王様に成れたらの話』
『人の心を操って死に追いやる事もできる危険な人物』
そして、ラツィラス本人からは「仲良くない」と聞いていた兄弟間の関係。一部の生徒達の間では「とても仲が良い」と広まっている様だった。
それらが実際どうなのかを知りたい。
「私も殿下の噂なら幾つか……どうでも良い物が殆どなんですが、あなたの話と噛み合わなかったり、凄い不穏なことを聞いたりで気になるのがあるんです」
「なるほどね」
アルベラから一通りの話を聞き、ラツィラスは苦笑する。
「『人の心を操って死に追いやる事もできる危険な人物』か。まあ否定はしないけど」
「え……」
「初めに一つ、ちゃんと伝えておきたい事がある。僕は君に危害を加える気なんてないよ。君だけじゃない。僕の周りにいる人たち皆……大事な人達を傷つけるだなんて、僕も望んでない」
苦笑し目を伏せる彼にアルベラは首を傾げる。
「言われなくても、何もなくあなたから危害を与えられるだなんて思ってませんよ。実際助けてもらった恩もありますし、そこに悪意や悪人の匂いが大好きな者がいますが彼があなた方に嬉しそうな反応を見せたことはありません。少し性格がお悪いようですが……あ」
ギャッジさんがいた事を思い出し、アルベラはしまったと口に手を当てる。仕事以外の時は気配の薄い彼へ目を向ければ、彼は何も聞いてなかったように柔らかい表情を浮かべでたたずんでいた。
(さ、流石……)
「信頼されてるようでなにより」
「性格が悪い」という言葉を流したのか、受け入れた上でか、ラツィラスはにこりと笑う。そのまま、微笑んでるような通常の顔になり、彼の視線はテーブルのヘリへと向けられる。
「悪意や悪人の匂いか……」
テーブルに隔たれて見えていない筈なのに、赤い瞳はアルベラの座る椅子の下の影を捉えているかのようだ。
露骨にそちらへ視線を注ぐ彼へ、アルベラは以前の誕生日会でコントンの存在を知らない筈の彼が「獣狩り」という言葉を口にしていたのを思い出す。
(まさか……陰にコントンがいるの知ってるとかないよね……)
「え、ええと……エリーも、殿下の事はいい子だと言ってましたよ」
「エリーさん?」
「へー」という顔で彼の視線がアルベラへと戻る。
「はい。随分前ですけど。ガルカもいませんでしたし」
「それは光栄だな。……ところで、なんでエリーさんとそんな話を? 薬の件の後、彼女が僕とジーンの事を嗅ぎまわってるみたいな話をギャッジから聞いたことあるけど」
ラツィラスはにっこりと目を細め、アルベラはぎくりと肩を揺らした。
「?! ……?!」
紅茶が気道に入り咳き込む。
振った話がどれもこれも向いてほしくはない方向へ行く。
(どういうことだ)
アルベラはラツィラスとジーン、そしてギャッジへと視線を走らせた。全く表情を動かさない他二人を背に、ラツィラスは我慢できずに盛大に拭き出して笑う。
「ははは。王室の人材舐めないでよ。気づいてないと思った?」
「今まで全く触れられなかったので。舐めてましたよ。すみませんね」
アルベラは雑にそう言うと、悔しそうに片手で髪の毛をくしゃりと握る。
「ふふ……、まあ、色々とお互い様ってことだよね。それで、どう? 彼女に調べさせて、良い情報はあった? ていうか何調べてたの?」
「ただの人物像とかですよ。周りに黒い噂の一つでもあったら面白いだろうなくらいで、特に目的はありませんでした。……集まった話も一般で聞くような物ばかりで目ぼしいものはなかったですね。恐れ入りました……」
ラツィラスは笑いながら「なにそれ」といい紅茶を口に運んだ。
「プロフィールなら本人に聞いてくれればいいのに。君も遠回りするよね」
「ご本人が捻くれてらっしゃいますから仕方ないですよ」
アルベラは開き直ったように、ギャッジの存在を気にせずはっきりと言い切る。
「他でもない君が本気で頼みに来てくれたら、僕だって真面目に答えるよ?」
ラツィラスはワザとらしくキラキラと華やかな笑顔を浮かべ、人の心を絆すような空気を纏う。
「そういうとこです」
アルベラは冷ややかな目を向け紅茶を口に運ぶ。ガルカも癇に障ったのか、アルベラの後ろで大きめの舌打ちをした。
「そういうとこだよね」とひとしきり笑い、ラツィラスは満足したように目に浮かんだ涙をぬぐった。
ちらりとガルカへ視線へ向け、彼はラーゼンが魔族の使い心地について話していたのを思い出す。
(勘がいい。嘘を見抜く、だっけ)
どんな順番で話をしていくか、自分の中で整理をしていく。
「さて。じゃあまず、本題の兄弟仲が悪いって話をしようか」
「『どうして』『どんな風に』仲が悪いのか。お願いしますね」
くぎを刺す視線に、ラツィラスが素直に頷く。
「うん。了解」
「……」
アルベラから僅かに疑うような空気を感じ、ラツィラスは首をかしげる。
「どうかした?」
「あ、いえ……。答えてくれるんですね」
「まあこれくらいは別に。ベルルッティにもこないだ聞かれて話したしね」
「そうなんですか?」
「そう。この間の山の訓練終わりの時ね。お店に行って」
「コユキンボの競争の奴ですか」
「そう。彼が出してた勝った時の本当の報酬、『王族が今どういう状況なのか教えろ』だったんっだよ。まあ、店も彼指定で決まってたんだけどね」
「あら。じゃあ綺麗なお姉様方とはあまり飲まれてないんですね」
「大事な話の時は三人きりになったけど、それ以外の時は綺麗なお姉さん沢山いたよ。そっちの時間の方が長かったかな。ね、ジーン」
ラツィラスは壁際に待機する彼に同意を求める。ジーンは視線を向けられると不愉快そうに眼を座らせそっぽを向いた。
「あの様子だと、『可愛い』とか言って散々弄られたんじゃないですか」
「わあ。正解。良く分かったね」
―――ボゥ……ぷすっ……
「……」
「……」
アルベラとラツィラスの間で、皿に並べられていたクッキーの一枚に突然火が付き丸焦げとなった。
騎士様の赤い瞳が圧をかけるように向けられ、二人は話題を元に戻す。
現在二十歳である第一妃の次男ダーミアスは、現在ニベネント王の兄である公爵家の元に居り領主としての仕事を学んでいるそうだ。パテック公爵家の次女との婚姻が済んでおり、ラツィラスが王座に着いたらダーミアスは公爵となり土地が与えられることが決まっているらしい。そして第三と第四のスチュートとルーディンは、公爵位を与えられる事は決まっているが、領地を与えるか城で官僚になるかを本人達と話し合っている最中なのだという。
「スチュートは僕の事が分かりやすく大嫌いなんだよ。それで、王になるべきはダーミアスだって思ってる」
「あら。自分が王様に成りたいんじゃないんですね」
「うん。彼はただ、僕が王になるのが気に食わないだけだから。ダーミアスは僕に対してあまり関わりたくないって感じなんだけど」
「なんでそんなに嫌われたんです?」
ラツィラスは苦笑する。
「僕、彼に『偽物』って呼ばれててさ」
「……どういう意味です?」
「第一妃の長男、アジェルっていうんだけど知ってる?」
「はい。随分前に亡くなられてますよね」
「そう。どういう訳か、義母様は僕の事をその長男だと思ってるみたい」
アルベラはラツィラスの顔を見て、そしてそっくりな義兄弟の顔を思い出す。
「ではルーディン様のことも?」
「いいや。どういう訳か、ね」
ラツィラスは初めて城に来て、初めて第一妃の前に通された時のことを思い出す。
彼女が自分の母や、その屋敷や、その村を燃やした黒幕であることは父から聞いていた。そしてその報いを受け、体を壊し起き上がれなくなっているという事も。
そのうえで会ってみたいと自分から頼み、時間をおいて十分に大丈夫なことを証明して面会するに至った。
その際、あの三人の兄弟も一緒だった。
妃の療養するあの部屋に通され、三人の兄弟とも初めて顔を合わせた。
彼女はラツィラスの姿を見ると、丸々と目を見開いてこう言ったのだ。
『……ああ、アジェル……私のかわいい子……帰ってきたのね……』
「第一妃がずっと床に臥せてるのは君も知ってるよね」
アルベラは頷く。
「そんな彼女が、僕を見て体を起こそうとしたんだ。長男の名前を呼んで。ダーミアスは凄いショックを受けてるみたいだった。自分達が話しかけても、全く反応しなかった母親が、全く別の子供を我が子と勘違いしてるんだもの。それに、顔だけで言えばルーディンだって長男にそっくりなんだから。違ったのは瞳の色だけ。それだけの違いで彼女は実の子より、殺そうといていた僕を『アジェル』に選んだ。我が子を王座に就かせたくて、あんな田舎の村を手にかけたのに。その結果我が子が分からなくなるなんて間抜けな話だよね」
どこまでも無機質な声。
目の前の少年の見た事のない冷たい瞳に、アルベラは質問して良い物かと暫し迷う。
「えーと……」
「ん……?」
「それに付いてお聞きしたいんですが……第一妃様は殿下を殺そうといたんですか?」
(田舎の村を手を掛けた?)
「うん。そう。ちょっとした王権争い。お父様が色々と口を封じて、あまり知られてないけど……」
「それ……あまり他言は……」
「しない方が身のためだよ」
ラツィラスはクスリと笑い、話を続けて目を細めた。
「……スチュートは凄かったよ。魔法で大暴れしようとして、騎士に抑えられてた」
「それでお兄様の『偽物』って事ですか。なるほど」
「僕と彼らが仲いいって、多分言ってるのはルーディンだけだ。スチュートは絶対言わないだろうし、ダーミアスは静かだけど僕とは絶対顔を合わそうとしないから。……彼がどういうつもりでそう言ってるのか、ちょっと読めないんだよね。本心か、体裁か」
ラツィラスは考えるようにテーブルの上に視線を落とす。
「王族公爵家の一つ……お父様の姉ノゼットのウォルド家なんだけど。そこは、ダーミアスが王になるべきって主張しててね。あまり表立っては言わないんだけど。彼らは第一妃の家と関りが深いから。それに僕の母は田舎の男爵家だ。そういう面でも、ノゼット伯母さんはダーミアス兄さん推しでね。家柄に拘る人だから。……ちなみに兄の伯父さんと弟の叔父さんさんは僕が王座に就くべきって言ってるみたい」
「王権争いですか……。この代でまた王族公爵家の数が変わるんでしょうかね」
「さあ、どうだろうね。話し合いで済めば増えるんだろうけど。面倒な話だよ」
ラツィラスは小さく息をつく。
「手紙に書いてあった事とルーの話。これで何となく伝わったかな?」
「なんとなくは……。今のお話を聞けただけでも、知らずに関わるのと知ったうえで関わるのとじゃ全然違いますね。ありがとございます。……けど、スチュート様は王族公爵贔屓ですし、成り上がりな私達に今更関わって来ますかね」
「うん。使えると思えば。特に、悪事をなすりつけるのにはもってこいでしょ? 『王権争い』『次期王の殺害』『公爵家の反乱』ってね」
「……そういうものですか」
「彼はそういう奴だよ」
くすくすと笑い、ラツィラスは一息つく。
ジーンの方を見て、「もういいよ」と彼を手招いた。
「ジーンもお勤め止めて、一緒にお茶どうぞ」
「お気遣い頂きありがとうございます」
ジーンはわざとらしく他人行儀にお辞儀をして席に着く。
「あの、ジーンの同席は兎も角……」
ベイリランの話はどうなったのか。そう尋ねようとしたアルベラの言葉に、ラツィラスの言葉がかぶさる。
「待った」
彼は腕を伸ばし、テーブルの上で人差し指を立てる。「しーっ」という動作のような物だろう。
彼が視線を向けると、ギャッジが「はい」と頭を下げた。アルベラは全く気づいていなかったが、同室していたらしい二人の使用人がギャッジの横に並んだ。
「アルベラ、君の使用人も退室してもらっていいかな。廊下で待機でも、必要ならジーンの部屋を待合に使って貰って構わないよ」
「駄目に決まってんだろ」
ジーンが静かに即答する。
「ジーン様。よろしければ私達も同席しますので、少しの間お部屋をお借りしてもよろしいでしょうか? ラツィラス様から合図があれば、すぐに退室いたしますので」
ギャッジからそう言われ、ジーンは「ギャッジさんがいるなら」と了承する。
ジーンから部屋の鍵を受け取ると、彼等は速やかに退室していった。
部屋から追い出され、ガルカは「ふん」と鼻を鳴らす。
ギャッジに「こちらですよ」とジーンの部屋を示され、中に入り椅子を勧められる。
「こちら、よろしければどうぞ」
目の前に淹れたてのお茶が出され、「どっから出した」と思いつつ、ガルカは外行きの笑みを浮かべた。
「私は卑しい奴隷にすぎません。お気になさらず」
「いいえ。私達にっとはあなたも大切なお客様ですので」
そう言って、完璧な執事は使用人と共に壁際に待機する。
(癪に障る顔だ)
親切心に溢れたお茶には手を付けず、ガルカは椅子に座って隣の部屋とを隔てる壁に目を向けた。
(チッ。全く何も聞こえん……)
ガルカは脚を組み、上になった方のつま先を不快感を表すようにぶらぶら揺らす。
隣の部屋で聞いていた際、何となく話に嘘が混ざっているのは聞いて感じていた。これから更に面白い話が聞けるのかと思えば、いい所で追い出されてしまった。
魔法なり魔術なりを使って話を聞きだしたいが、面倒な男が無関心な顔を装って目を光らせている。
(クソ。中途半端におあずけを食らうなら初めから何も聞かなかった方がマシだな)
ジーンはポットを取り自分で紅茶を注ぐ。魔術が施されているそれからは、ギャッジがいつも淹れてくれる、新鮮な香りや風味をを保ったままの紅茶が出てきた。
(スチュートが王権争いに『あの公爵三家』を利用。……確かに罪の擦り付けになら『利用』はあり得る。前々からあわよくばこいつを殺したいって感じだったし……。けど、あいつがこの学園に来た一番の理由は、多分ラツの監視と妨害。それと母親の保護。あいつが今一番気にしてるのはラツの妃殺しだ。第二王子も、多分そっちの方が気がかりだろうな。妃の延命……ルーディンもそれを止めさせたくない気がある)
ジーンはクッキーを手に取り、この間の店での会話を思い出す。
(……妃殺しの妨害、それに乗じた自分の殺害。色々と利用されかねないって話を『王権争いに』なすりつけて説明……ベルルッティの時と大体は同じだな……)
アルベラとラツィラスは、ベイリランの言葉について触れ始めていた。
二人の話に耳を傾け、ジーンは手にしていたクッキーを口に含む。
(こいつ、今日はどこまで話すつもりなんだろ)
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