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三章 エイヴィの翼 前編(入学編)

181、学園の日々 11(感じのいい店主の罠)

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(あの子、絶対何かしらの自覚はあるのよね)

 露店へ歩いていく二人を、エリーが馬と共に見届ける。

(……なのになんでかしら。……ずっと何も無いような顔して。……考え中? ……今後の方針を模索中なのかしら)

 エリーは、いつかの顔を逸らす少女の姿を思い出す。目にしたのは一度や二度ではない。かといってそんな頻繁に見るわけでもないのだが……。何度か見たあの動作は、エリーには少女なりの細やかな防衛行為に思えた。

 エリーの表情がだらしなく崩れる。

(あぁ……だめ。駄目ね私。……あんなの見せられたら、つい弄繰いじくり回したくなっちゃう)

「ふふ……ふふふ……ふふふふふふ……」

 抑えきれず、彼女の口からは気味の悪い笑い声が漏れていた。

 壁際でニタニタしながら人の群れを眺めている美人に、不気味さを感じた周囲の人々は目を合わせないよう注意しながら通り過ぎていく。

(こんな偶然そうそうないもの……普段は流してあげてるんだから。たまのたまにはこういう悪戯したっていいじゃない。………………ふふ、あの子、落ち着いたふりしてあの時のあの目……。一体どんな顔して戻ってくるのかしら。…………駄目ね。私の意地悪……。けど、……ふふ、ふふふ……)

「ふふふふ……ふふふふふ……」





(あのオカマ。どういう気まぐれか知らないけど、私はいつも通りでいさせていただきますからね)

 アルベラは後方のエリーをチラリと睨み視線を前に戻した。前を向き直る際、視界の端に鮮やかな赤が張り込みむ。アルベラは小さくため息をついた。

(まあ、確かに護衛としては十二分ですとも……)

「なあ。何で奇襲なんて受けたんだ? 誰の差し金か分かったのか?」

「さあ。まだ帰ってきたばかりだし何も……。後でお母様に報告しようとは思ってるの」

 「心当たり何て幾らでもあるでしょうしね」と自分と我が家の事ながらアルベラは呆れたように呟く。

 公爵家という家柄上、学園で出会う上級生も同級生も、皆始めは大げさなくらいにアルベラに丁寧だ。

 打ち解けて、彼女との距離感を掴み気兼ねなく接する者達もいるが、それは全体的に見れば少数だ。お互いの立場をわきまえた上で親しい関係を築き始めた者達がいる反面、自分にあまりいい目を向けていない者達がいるという事にアルベラは気付いていた。

 彼らの顔を思い浮かべ「今回の黒幕があの中にある事はありえるだろうか?」とアルベラは考える。 

 目的の露店の店主の表情が見える辺りまで来ると、後ろからジーンが声を上げた。

「あそこよりそっちの店行かないか?」

 彼は数個隣の同じような魔術具店を指さす。

「良いけど何で?」

「あっちの店の方が感じがいい」

「そうなの?」

「さあ……。勘だ」

「へぇ、勘……」

 確か前にも見事に勘が的中するのを拝ませて頂いたなと思い、アルベラ面白い事を考えたというような笑みを浮かべた。

「じゃああそこで買った後、一応そっちの露店も見てみましょう。『感じのよさ』ってのを比べてみたいの」

「いいけど……あんまり期待するなよ」

「ええ。お遊びみたいなものだし」

 小さく笑みを溢しアルベラは数個先の露店へと向かった。





 アルベラはテントの下に並んだ品を覗き込む。

 暇を持て余していたのか、新聞を読んでいた店主が「いらっしゃい」と気の抜けた挨拶をした。彼は新聞を横に置き、訪れた客人を見てぎょっとする。

 客人が纏う上等な外套。更にその下に覗く上等なドレス。その他諸々の細かな高級品が目に入り、店主は困ったような表情を浮かべる。

 彼は嫌そうな表情にならないよう気を付けながら「あ、あの……どちらかの貴族のお嬢様で?」と尋ねた。

 緊張が優先し、店主は笑みを浮かべるのも忘れていた。

 尋ねられたアルベラは数秒間を置き、答えを決めて口を開く。

「ええ。それなりの地位よ。覚悟なさい」

 この格好なのだ。もうそうとしか見えまい。と開き直って胸を張る。

(こいつ……)

 ジーンは呆れる。

 店主は苦笑を漏らした。

「そ、そうですか……。では一応ご忠告を」

「なにかしら?」

「ここは庶民に向けた安価な物しか揃えてないんですよ。お嬢様のご満足されるような品があるか」

(良心的な忠告ね)

「そう。分かった。それでもいいわ。庶民向けの質ってどんな感じかしら?」

 今まで普通に露店を使用したことがあるので知っていたが、アルベラは店主を試すようなノリで聞いてみる。

 店主はテーブルと地面に広げた商品の内、丁度アルベラの正面にあった卓上の品を示す。ジーンは横でしゃがみ込み、地面に並べられた子供向けの遊び道具の類を眺めていた。

「使用期間が短いですね。媒体が安物なので。例えばこの品、ここだと使い捨てで一週間ですが、いい所のいい質の物なら四~五年持つのがあります」

「へぇ。なるほど」

(これとかは木だものね。直ぐに陣が焼き消えちゃいそう)

 アルベラが「五百」と書かれた札の近くにあった指輪を手に取って眺める。

「それ何かは殆ど使い捨てですよ」と店主は肩をすくめる。

 素直に話を聞いてくれるお嬢様に、店主の緊張も和らいできたらしい。

 彼が普段の接客で浮かべる自然な笑みが作れるようになった時、お嬢様の横にいた人物が立ち上がってテーブルの上の品に目を向け始めた。

「何買おうとしてたんだ?」と、彼はお嬢様へ尋ねる。

「ああ、お連れさんで……」

 軽く会釈をする彼の目を見て、店主はまたもぎょっとした。

(お、王族……?!)

「保温の魔術具をね。こないだルーに借りた時結構良かったから……。貴方はこういうの使わない?」

「保温の魔術ぐらいなら自分で展開すればいいし、いざとなれば火を纏えばいいし……あんまり」

「魔力お化けに訊いた私が馬鹿だったわ。どうもありがとう」

 魔術具には魔力の居る物と要らない物がある。生活用に改良を重ねられているものは、誰でも使用できるように魔力が必要なかったり、必要でも微量でよいものが多い。

 アルベラが探している「保温系の魔術具」は、印や陣は何パターンかあるが魔力が要らない又は微量で済むタイプが一般的だ。

 魔力の籠った石がはまっている物や、それを顔料に塗装されている品を眺めながら、アルベラは目的の物を探す。





 店主は興味深げに赤髪の少年を眺めた。

 彼が身にまとう外套や腰に付けた剣はどれもまあまあ質のいい物だ。王族がふらりと外出するにしても納得の範囲である。だが、剣の柄に入れられた城の騎士団の勲章が目に入り、店主は彼が王族でない事を確信した。

(四の騎士団に王族がいるなんて話聞いたこと無いよな……ってことはニセモノか……?)

 少年が王族でないことに落胆と安堵の入り混じった気持ちとなるが、ふと店主は目を細めた。

 差別対象である人間がこういったものを身に着けられるにはそれ相応の努力や運がいる。

 城の騎士団に所属できたとして、きっとそこでも揉まれている事だろうと想像し店主は「逞しく生きてんだなぁ」と感慨深い気持ちとなった。

「おじ様」

「はぁ、はい! 何でしょう?!」

「保温の魔術具はここに並んでる物が全部かしら?」

 「ええ。はい」と店主は申し訳なさそうに頭を掻く。

 アルベラは「別にこれくらいで腹は立てなくてよ」とどこか意地悪な笑みを浮かべる。

 区切りに張られた説明書きには、毎日日中の使用で一週間。一月。一番良くて一冬効果が持つ物があるらしい。使用可能の期間が同じでも、媒体や形は様々だ。指輪だったり、ネックレスだったり、髪飾りだったり。

(この素材とこの素材は同じような耐久なのか。なるほどねぇ)

 木と石という全く異なる素材の品が同じ期間の区切り内に入っているのを見て、アルベラは面白いもんだなぁとそれらを観察した。

「とりあえず、一番長いのでいいかしら。それより上はここでは扱ってないのよね?」

「ええ。すいません……一定の額以上の品は揃えてないんですようちは。一週間のと一月のも、あくまで目安でそれより短く駄目になってしまうのもありましてね。もし、もっと質が良くて長命な魔術具探してるなら城の裏側の『ライルシャイルズ』って店がおすすめですよ。フォルゴート様もご愛用されてるそうです」

「まあ。素敵な情報を有難う。お礼にお代は弾ませていただくわ。それで、この中だとどれがおすすめかしら。デザインはシンプルでいいんだけど」

 店主は一冬持つ物の中から、耳飾り、ブレスレット、ブローチの品を手に取り、「こいつらですかね」とアルベラの前に並べた。





 「じゃあこれで」と特に考えず、アルベラは一度使用経験のあるブレスレットを手に取る。

 ルーから貰ったものより少々幅はあったが細い方だ。

(シンプルだし、質はそんなに気にならないかな。今みたいな服には不相応だろうけど、まあ普段使いにはいいか。学園にいる時だって殆ど屋内で使わないだろうし……。もしもの時程度にポケットに入れておくか)

「こちら五千リングです。お支払いはそちらの彼でしょうか?」

 店主は迷いなくジーンを見てそう言った。

 彼に悪気はないのだ。

 だってこういう際、支払いと荷物持ちは従者がするのが一般的なのだから。

 店主は騎士の彼がお嬢様のお付きなのだろうと思い込んでいたし、ジーンもそれを何となく感じていた。

(まあいいか―――)

 そう思い懐に手を入れ、ふと彼の頭に漠然とした幾つかの言葉が過る。

 ―――「もしここで自分が支払ったら、プレゼントになってしまうのか?」と。

 その後に続く「ラツィラスの婚約候補者」「自分の立場」「彼女の家柄」という言葉。

 結果浮かび上がる、「ここで自分が安易に買ってしまっていいのか?」という不安。

 懐に手を入れ、急に動きが鈍くなったジーンに店主は不思議そうな目を向ける。

「おじ様、彼は私のお付きじゃなくてよ?」

「え? ああ、そうでしたか」と店主が笑う。

 「だから支払いは私」と言いたかったのだが、アルベラの言葉は続かなかった。

「お嬢様の『好いい人』でしたか。これは失敬」

「いっ……」

 「好い人」―――つまりは「恋人」……。

 アルベラが硬直した。

 ジーンも硬直した。

 「ではこちら、」と店主が微笑ましそうに支払い用のトレーを二人の前に置く。

 アルベラは目が回るような感覚を覚えつつ、必死に頭を巡らせた。

(こういうのは勢いのまま『違う』と言ってしまうと言った方は『相手に何か悪かったかも』っていう罪悪感と、言われた方は拒絶や異性としての質を否定をされたようなダメージを後々食らう訳でだからと言ってこのままジーンに払わせてしまうというのは私のお付きではないし立場的に正当ではないというか……あ、そっか、今は払って貰って後で私がお金返せばいいんじゃない? よしそれだ!)

「ジーン……」

「これでお願いします。あと、俺『好いい人』じゃなく、ただの学友なんです。ご期待に添えられず申し訳ありません」

(た、逞しい……)

 アルベラはジーンへ尊敬の目を向けた。

「え、そ、そうでしたか。それはすみませんでした。とんだ勘違いを。……金額の方は………………あぁ。ありがとうございます。少々お待ちを……」

 チップが足されていたお代に店主はお嬢様が「お代は弾む」と言っていたのを思い出し、感謝を伝え受け取る。

 支払いが無事済みジーンは安堵の息をついた。

「悪い」

「何で謝るのよ」

 店主はアルベラの選んだブレスレットを取り、包みに入れる作業をしていた。

 すぐつけるからそのままでいいのに、とアルベラが見ていると、小さな紙袋に封をした後、仕上げとばかりに可愛らしい模造の花が貼られた。

 店主はにっと人の良さそうな笑みを浮かべ、それをジーンへ渡す。

「はい。では、ご学友さんにプレゼントですね」

「え」

 僅かに面喰い、ジーンは小さく息をつく。

(そうきたか……)

 店主の人の言い笑顔とわざわざプレゼント用に整えてくれた紙袋を見て、諦めたように彼はそれを受け取った。

 彼は「どうぞ、お嬢様」とアルベラに紙袋を差し出した。

 アルベラは気恥ずかしさを感じつつも紙袋を受け取る。

「ええ。どうもありが、と……」

 赤い瞳と目が合った。

 ジーンがはっとしたような表情を浮かべ、素早く視線を逸らす。どこか困ったような、気恥ずかしそうな顔が露店の淡い明かりに照らされていた。

(う゛っ……)

 彼の反応とその表情に、アルベラは自分の顔がカッと熱くなるのを感じた。

 頭の中が一瞬で沸騰し湯気で覆われてしまうかのような感覚に襲われる。

 出来れば「素早くさっと」顔を逸らしたかったが、彼女の理性がそんな露骨な動作はだめだと引き留めた。

 店に並ぶものへ目が引かれたような動作をしながら、アルベラはできる限り彼の位置から自分の顔が見えない角度へと顔を伏せる。

 彼から視線を逸らしきると、たがが外れたように心臓の音がバクバクと大きな音を立て始めた。

(な……ななななな……。何緊張してんの……? 何緊張してんの……?! ただ品物を受け取っただけでしょ……?!)

 アルベラは「落ち着け、落ち着け……」と自分に言い聞かせ、強張った体から力を抜こうと意識した。目をぎゅっと閉じ、自分の胸に手を当てる。

(………………よし。大丈夫大丈夫……)

 チラリと顔を上げると店主と目が合う。

(み、見られ……)

 彼女の頬がヒクッと動き、引き始めていた赤みが一気に増した。一瞬の感情の高まりに髪の毛が魔力でぶわりと膨らみゆっくりと元に戻る。

 ジーンは視界の端に入った髪につられ彼女の方へ目を向けた。

「お、おい。アルベラ?」

 「どうしたら良いんだっけ、どうするべきなんだっけ、何してたんだっけ……」と思考を巡らせている中、突然の呼びかけに彼女は「ヒッ」と声を上げそうになった。

 声の方は何とか抑え、アルベラは内心頭を振る。

 違う、そうじゃない。堂々としろ、と彼女は自分に言い聞かせた。

 ぐっと顔に力を入れ、いつの間にか乾ききっていた口を開いていつもの声を出そうと努める。

「な、何?」

 気丈な表情を浮かべ視線を上げたお嬢様だがその顔は明らかに赤い。

「………………もう、行くか」

 平静に聞こえるジーンの声に、「ええ」とアルベラも出来るだけ普段通りに返す。

 自分の顔が赤くなっていることなど重々承知だ。だが、それを必要以上に隠すのは逆効果な気がした。

(あ、あれは緊張して当然の流れだった。いつも通り。緊張してるのと顔が赤いの以外はいつも通りで良い。ど、堂々としてなさい! お嬢様でしょ?!)

 俯きたがる頭を意識で抑えつけ、彼女は背筋をすっと正した。

「おじさま、ありがとう。失礼するわ」

 アルベラは外套をつまみ軽くお辞儀をして立ち去る。

 ジーンも「どうも」と店主に会釈し速足で道の端へ向かう彼女の後を追った。

「……へ、へい! …………まいどありぃー……」

 店主はニコニコと返し二人が立ち去った後、胸元の服を握りしめる。

(み、見てるこっちがドキドキしちまったぜ……畜生)

 彼は先ほどの、顔を真っ赤にして俯くお嬢さまの姿を思い出す。

(ったく。憎いねぇ……)





 立ち並ぶ露店の裏へと回った暗がり。

 アルベラは壁に向かい手をつき、ジーンは壁に背を預けてしゃがみ込み、どちらも疲れ果てたように項垂れていた。

(……心臓に悪い)

(……心臓に悪い)

 アルベラは深く息を吐き頬に手を当てる。

(……大丈夫。もう落ち着いた。顔も熱くない。頭もはっきりしてる。大丈夫……大丈夫……)

 笑顔を繕う準備をするように、手で軽く頬をさすり、マッサージをするように動かす。

 片手に持った紙袋を見て、彼女は「あぁ、」と思い出したように呟いた。懐に手を入れ、財布を取り出す。

 アルベラは硬貨を手にジーンへ目をやった。

 彼は僅かに目蓋を伏せ考えているような、ただぼーっとしてるかのような顔で通りを見てた。

「ジーン」

 赤い瞳が向けられる。

(う……)

 アルベラは内心僅かに面食らう。が、先ほどに比べれば充分隠せる程度だ。

 「はいこれ」と彼女はお金を差し出した。

「ありがと。律儀に私が言った通りお代弾んでくれてたし」

 ジーンは息をつきながら「いい」と答える。

「折角だし、色々と礼とか詫びだと思ってくれ」

「そう? じゃあ遠慮なく。ありがと」

(大丈夫。私の心はこれごときではもう乱されない)

 アルベラは余裕の表情で袋から出したブレスレットを手首にはめる。

 ジーンはその様子を眺めながら気が抜けたように肩を落とした。

「悪かったな。つい……。好い人とか言われた後に買った品を手渡すとか……。なんか気まずくなった」

「ええ。お互い変に緊張したわね。……人柄を値踏みするような事したからバチが当たったのかも」

「ああ、……かもな」

 そう言えばそんな話しもあったと、ジーンは聞いて思い出す。

 ぼんやりと通りを眺め人や車の行き来を目で追う。

 そんなつもりなどなかったのに、ふと先程の真っ赤になったお嬢様の顔が頭に浮かんでしまった。

(……)

 また深く項垂れる騎士様に、アルベラが「どうした」と尋ね「……なにも」と力ない声が返った。

 自分が先に目を逸らしたのだ。てっきりいつものように揶揄われるかと思い急いで体裁を取り繕っていた。

(なのに……)

 予想外の反応に面食らってしまった。つい、更に緊張してしまった。騎士団の昇格試験何かとは比べ物にならないくらいだった。

(……別に……あんな空気になれば誰だって緊張するだろ)

 彼は地面を睨み付け眉を寄せる。

(………………支払いの時だって、ラツの事とかこいつの事とか……気を回し過ぎたってどうしようもないってのに……プレゼントならプレゼントで、友人同士の物の授受なんて普通にする。こんな事でいちいち考えすぎてたら余計に―――)

「―――……」

 赤い眼が細められた。

 ジーンは「余計に」の先に続こうとした言葉を拒み、強制的に思考を止めた。

 深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

「なあ」

「なに?」

 アルベラは手首にはめたままのブレスレットを眺めながら答える。

(うーん。効果の方は今は服に魔術かけちゃってるから分からないか)

「この話ラツには」

「はいはい。殿下に言うのね。りょうかーい」

「違う。あいつには……俺からは特に何も言わない……。何か聞かれたら答える。だからそんな感じで頼む」

(何……急に何……)

 アルベラの心がざわつく。

(『ラツにもこの件伝えとく。仕事だから』じゃないの……? でしょ)

 アルベラが驚いたように目を丸くしているので、ジーンがばつが悪そうなむっとした表情を浮かべ言った。

「揶揄われたら面倒なんだよ……」

「ああ、なるほど……」

 心底嫌そうなその表情が、数年前の幼さない頃の彼の姿と重なる。

 アルベラは目を細め空を見上げた。

 さっきはあんな緊張して、かと思えば今度は懐かしいような感慨深いような気持になって。

 「なんだかなぁ……」と彼女は息をついた。

「……ええ、そうね。それでいいと思う。私も普通に答えるからよろしく」

「ああ。頼んだ」

 ジーンは立ち上がり、軽く体を伸ばす動作をする。

「……じゃあそろそろ行くか?」

「ええ。エリーも待ってるし。馬のご機嫌も良くなってるといいけど」

「なんだ。いいのか」

「え?」

 ジーンは通りに並ぶ露店の一つに目を向け「あっちの魔術具店」と言った。アルベラもつられてそちらを見て「ああ、そういえば」と呟く。

「じゃあ折角だし」

 と何の気なしにアルベラは隣へ視線を向けた。

 大通りを見つめる精悍な横顔と、赤い瞳の中ちりばめられた金色の光彩が楽し気に光を反射しているのが目に入る。

 心臓がどきりと大きくなった。抑えたはずの熱がまた再発しそうになり、アルベラは急いで顔をそむける。

 彼女は不機嫌に目を据わらせると「馬鹿……」と心の中、自分に呆れの言葉を零した。





「嫌な奴なのは分かった。けど何か落ち着いた」

 エリーの元へ向かいながら、アルベラは今しがた見てきた露店の店主への感想を零す。

「……そうだな」

 先に買い物をした露店の店主に悪いと思いながら、ジーンは呆れ半分で頷いた。

 二つ目の露店に行ったところ、そちらの店主は見るからにお嬢様のアルベラと王族であろう赤目の騎士様をご機嫌に向かい入れた。

 彼はジーンが本物の王族かどうか確認せずにはいられなかったようで、かなり遠回しに探るような言葉をいくつか投げかけ、ジーンが王族ではないと知ると分かりやすく態度が素っ気ないないものとなったのだ。その店主もジーンの剣の騎士団の紋章を見つけ、「客人は貴族」という認識があったようなので、「素っ気ない」程度はまだましな対応だったのかもしれない。

 その店主からも「可愛らしいお嬢様ですね。恋人様でしょうか?」「彼女さんにこちらなんていかがでしょう? とてもお似あいですよ」など恋人前提としての言葉が投げかけられたが、先の店主の言い方と何が違うのか、それらは容易く聞き流せた。

 精神の疲労という面だけで言えば二つ目の店の方が非常に楽ではあったのだが、欠陥のある品が幾つか、正常なものと一緒に同様の値段で売られていたのを見つけてしまった。それはアルベラでも気付けるような、印や陣の効果に影響してしまうような欠陥だ。

(あの分だと私じゃ気付けない物もあるかもしれないしな……)

 気がだいぶ楽だったというのはあるが、買い物の事を考えるとやはりジーンが進めてくれた方の露店に行って正解だったのかなとアルベラは納得する。





 その後、アルベラとジーンはエリーと合流し学園への帰路についた。

「お帰りなさいませ。いい品は見つかりましたか? …………というか何か面白い事などはありませんでしたか? 何か、いいお話、お聞きできませんか?」

 と満面の笑みで前半は二人へ、後半はアルベラの耳元で囁くように尋ねたエリーに、アルベラは遠慮なしのビンタを食らわした。

「ごめんなさいね。ここに何か、とてもおぞましい虫が止まっていた物だから」

 それはエリーに向けてではなく、ジーンへ向けての言葉だった。

 痛む片手を振りながら冷え冷えとした瞳で見下すアルベラに、エリーは「アァン……!」と喜びの声を漏らし、ジーンは二人の様子に引いたように「お、おう……」とだけ頷いた。

 エリーは終始頬を赤らめて「ハァハァ」と興奮したような呼吸音を漏らし、アルベラはそんな彼女を一切振り返らず居ない者のように扱い、ジーンは「あの空気には関わらないでおこう」と知らぬふりを付き通し、三人は無事学園寮に帰ったのだった。

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