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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)
226、 初の前期休暇 7(王子様と冒険者 1/2)
しおりを挟む「殿下の事ですので、貴方の二個上のお兄様の誕生日会で起きた事は一通り把握済みかと思いますが」
「ああ……。どれかな。ストレートに『君とルーディンが関わった件』でいいのかな。飲み物に寄生生物の卵が混入されていた」
「はい。その件です」
(どれだけ知ってるんだ。……あ、そう言えば)
ふとあのお姫様の顔が浮かび、アルベラは尋ねる。
「一つ質問ですが、ユリの件は犯人は見つかったんですか?」
「ユリ嬢のは残念ながら。配ってた使用人も、使用されたグラスも見つからないんだ。あの時医務室の先生が採血と唾液の接種もしてたんだけど、毒の種類も特定できなくてね」
「そうですか……。見つかると良いですね」
(お姫様怖……)
「だね」とラツィラスは頷き、「それであの手紙は?」と尋ねる。
手紙を渡した義兄弟への不信。彼等の母への嫌悪。彼等が自分の友人に関わることへの不快感。
問う言葉の裏で、ラツィラスは自身の心がそれらの感情を抱いていることを自覚していた。
「この質問、なんか嫉妬してるみたいだね」と彼は自分で言って笑う。
「ですね……」
王子様の冗談めいた言葉を、アルベラは「はいはい、またそういう冗談ね」と受け流す。
「ルーディン様に何か分かったら情報を共有させていただけないかお願いしましたので。手紙はその報告だそうです」
「ああ、なるほど」
ラツィラスは目を細める。その表情が冷たくなったのを感じ、アルベラは「殿下も全てご存知で?」と尋ねた。
ラツィラスはどう答えるか、アルベラの表情を見て考える。
「私はまだ手紙を見てませんので、あの時騎士に引き渡した男性から聞いた『多分ダコク』という事しか知りませんよ」
「ああ。ダコクの事は知ってたんだね」
「やっぱりダコクなんですか……」
「うん。やっぱりダコクだね」とラツィラスは冗談っぽく笑む。
お嬢様へ挨拶をしに来たジーンは、先程から浴びていた貴族達からの視線とは別の視線を感じそちらに目をやった。
そこにいたのは数人の男女だ。
高価そうな衣装を着ているが、何となく彼らの雰囲気が貴族と異なる気がした。
特に、彼らの中心で膝に子供のような人物を乗せ椅子に座っている女性の視線は、自然と警戒したくなるような類いだ。
じっとこちらを見つめる彼女の目に、ジーンは素知らぬフリをし王子様とお嬢様の方へ顔を向ける。
(こいつ、チンピラとつるんでるしな。今年はそういう輩まで招待したのか?)
「……ね、ジーン。懐かしいね」
ラツィラスの問いに、話を聞いていなかったジーンは正直に「何が?」と尋ね返す。
「ダコクだよ、ダコク」
「ああ……。そうだな、懐かしいな」
ジーンは随分前のトラウマに目を座らせ、棒読みの返答を返す。
「何がです?」と言うアルベラに、ラツィラスは楽しそうに微笑んだ。
「ジーンもあれ、ここに来た頃盛られたんだよ」
(え゛……)
「お、お召し上がりになって? 美味しかった?」
まさか本当に食べてはないだろう、と考えていたアルベラだったが、彼の返答はまさにその「まさか」だった。
「味は無かったけど、膜張ったゼリーみたいな感じで普通にデザートみたいだった」
それは当時彼が抱いた素直な感想。
「た、たべ……?!」とアルベラは驚いた声を上げそうになり、はっと口に手を当てた。
「うん。まんまと食べたよ」
ラツィラスはくすくす笑う。
ジーンの口元は僅かに苦そうにゆがめられていた。
「ザリアスが気付いて大騒ぎになってさ、その後暫くすっっっっっごい不味い薬を数か月飲まされる羽目になったんだよね。いやぁ、あれは可愛そうだったな」
「味見しましたね」
「うん、少しね。指先に付けて舐めただけで劇薬だと思ったよ。それをジーンはこのグラス一杯分くらいを毎朝飲まされててさ。その期間のジーンってば、薬を飲んだ後会うと毎回必ず涙ぐんでて―――」
「やめろ」
「あら可愛い」
大き目なジーンの静止と、茶化すようなアルベラの相槌がかぶさった。
アルベラとラツィラス、二人ぶんのくすくす笑いが上がる。それに挟まれ、ジーンは迷惑げに息をつく。
「周りのゼリーみたいな部分は噛んだみたいだけど、それでも卵は羽化できちゃうのね」
「ああ。周りの透明な部分は卵本体を保護さるための物らしい。中心に半透明の小さくて固い種みたいのがあって、それが潰れない限りはダコクは生きてるんだと」
ジーンは「あれはもうごめんだ」とぼやく。
「へぇ。けど薬でなんとかなるのね。それ聞いて安心したわ。服毒は他人事じゃないし」
「薬は本当に酷く不味いけどね。きっと君もあの薬を長期間飲むくらいなら毒にうなされる方がましだって思うよ」
ラツィラスは目じりに浮かんだ涙を指で拭いながらそう言い、本筋に戻る質問を重ねた。
「それで。手紙を受け取ったって事は処刑の件について何か聞いたかい?」
「は……?」
手紙の件に戻ったのは理解できたのだが、アルベラは話がつかめ無い。
緩い笑顔のまま「処刑?」と彼女は繰り返した。
「処刑」と聞いて思い出すのは、かの処刑好きと噂される第三王子様だ。
「あの……そう言った物騒な話は先ほどの時点では聞いてないんですが……」
祝いの挨拶も忘れて話し込む三人に、アンナは痺れを切らしていた。
彼女は自らの膝に重石となり乗るミミロウにこそりと耳打ちする。悪魔の囁きにフードの下目を輝かすミミロウ。彼から解放してもらえる算段がつき、アンナはニタリと唇で三日月を描いた。
処刑の単語が出て、アルベラの声は辺りに聞こえないよう潜められる。
「殿下、処刑ってまさか第三王子様が? 誰を処刑したんですか?」
目の前の王子様の顔に、先程の腹違いの彼の暗い表情が重なった。
(あの顔……この処刑の事か……?)
「そうか。そういうのも全部手紙に収めたってわけだね」
ラツィラスは「うーん……」と小さくこぼし辺りを見る。魔術は必要ないと判断し、彼はアルベラに小声で耳打ちした。
「処刑されたのは飲み物を配ったっていう男性だよ。君達が捕まえた」
「彼が……? 一体いつ」
「昨日の昼にね」
(きのう?! 昼?!)
エリーの尻に敷かれ、嬉しそうにデートの約束を取り付けようとしていた彼。
その彼が今はもういない?
かなり短い時間だったが、自分が関わった人物の突然のこの世からの消失に、アルベラは僅かながら戸惑いを感じた。
「そう、でしたか……」
(貴族に毒を盛ったんだし、処刑は妥当か? けど二日と半日しか経ってないのに処刑って普通に考えても早すぎるんじゃ)
本人から事情を聞きだしていたエリーによると、彼は金で雇われたそこらの兵士だったらしい。
突然現れた依頼人から、パーティーでの給仕の作法や会場と周辺の構造についてちょっとした教育をうけただけの明らかな使い捨ての人材。その依頼人とやらも誰かの仲介人でしかないだろう、というのはエリーの見解だ。
(最終的にあのグラスを持っていたのは私だけど、本来の目標はユリだった。その事は捕まった彼が事情聴取の時点で白状しててもおかしくない。今のユリはあくまでも『平民』でしかないはず。まだ正式に聖女候補の認定もされてない……。もし学園に彼女の将来性を知ってる人物がいたとしたら、もっと入念に調べるため、関わった人間を残しておこうとする……よね? ユリの事情を知る人が居なかったとしても、貴族だらけの学園に殺人目的で忍び込んだ時点で重い罪を課せられててもおかしく無いけど……それでももう少しは生かしてるものじゃないの……?)
思考し黙り込んでしまったアルベラに、ラツィラスとジーンが顔を見合わせる。
そこに突然、明るい声と共に一人の人物が割り込んだ。
「嬢ちゃぁぁぁん………………素敵な殿方侍らせて何しけた面してんだい? 私も混ぜなよ」
アンナがアルベラの肩に腕をまわしてのしかかった。
なんの準備もしてなかったアルベラの体がずしりと前のめりに沈む。
『あの馬鹿いつの間に!』と声を潜てめてビオが絶叫した。
カスピが「ミミロウ、どうして降りたの?」と彼へ尋ねれば、ミミロウは銀の硬貨を付き出して見せた。その仕草はどこか誇らしげであり嬉しそうでもある。
「おめぇ、五千リングで買収されたわけか」とゴヤ。
スナクスは苦笑し「現金な奴め」とミミロウの頭にぽんぽんと手を乗せた。
ラツィラスとジーンは、視界に全く入り込まず、気配もなく、突然とお嬢様の隣に現れた女性に内心驚いていた。
ニシシ、と笑うとアンナは三人を見回し声を潜める。
「お三方、祝いの席で処刑の話したぁ良い趣味してるじゃないか」
「姉さん……重……」とアルベラが呻く。
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