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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)
248、目的の地 3(エリーという生き物の営み)
しおりを挟む宝探しをする二日の間、拠点とする宿でアルベラとエリーは相部屋となった。
宿は全部屋にベッドが二つあり、公爵ご令嬢一行は全部で五部屋を取っていた。ガルカは部屋は要らない、むしろそこら辺で寝たいとの事で、女性部屋二つ男性部屋三つの計五つで収まったのだ。多分だが、ガルカはエリーのすっぴんを知っているが故に、彼女と同室になるのは自分かアルベラかの二択であり、だとすると自分があのオカマと同室にさせられる可能性が高いのではないかと踏んでそれを回避したのだ。
(まあ、別に私はもうエリーと寝る事に何の抵抗もないから良いんだけど)
村に着いその日の夜。エリーは風呂では汗だけを流し、湯を張った桶を自室に持ち込みこっそりと化粧を落としていた。
アルベラはベットの上でうつ伏せになりその様子を眺める。もりもりと体のラインが頼もしく変わっていく麗かった使用人の姿……。
(わぁー、化粧ってすごーい……)
アルベラの思考はこの件に関し深くを考えないようになっていた。
「お嬢様、何かありました? 表情がうかないようですが」
「……え、そう?」
アルベラは自身の片頬を軽くつまむが、自分自身では平常時の表情と大して変わりない気がした。
もしも自分の表情が物思い気に見えるのであれば、原因は先ほどのガルカとのやり取り位だ、とアルベラは考える。
(まあ、本人否定してたし……、でなくても普段から学園でご令嬢方と火遊びしてるみたいだし、実際その延長線上のおふざけって言われたら納得できちゃうんだもんなぁ……。―――けどもしあの否定が嘘だたら……なーんて………………ははは。それこそ思い上がりもいい所。やめやめ。本人がああ言って切り上げたんだし、白黒つけなきゃいけない状況でもないし、自分がそういう感情持ってないなら相手にはそう返すしかないわけだし……)
アルベラは半笑いを浮かべ、ぱたぱたと足を揺らしベッドを足の甲で叩く。一人で考え空笑いを浮かべるお嬢様にエリーは疑問符を浮かべる。
(こういう時、エリーならどうするんだろう。相手が魔族じゃなきゃ遠慮なく好意を受け入れそうだけど……)
目の前には人生経験豊富な人材。アルベラは興味が湧き思いついた疑問をそのまま口にしようとした。
「エリーは、」
―――エリーは意外な相手から好意を寄せられていると知った時どうする?
「……」
「なんでしょう?」
こんな旅先で、脈絡もなくこんな質問。旅の間に誰かしらと何かあったのではと思われかねない聞き方だ。
アルベラは脳裏で旅を共にする男性陣七名中、既婚者であるゴヤとタイガー、そして犬猿の仲のようになっているナールと、カスピが気になっているであろうガイアンにバツをかけつつ言葉を変える。
「エリーってモテるじゃない?」
「はぁ、ええ……」
身支度を終え、ベッドに腰かけて顔に化粧水を馴染ませていたエリーが不思議そうに顔を上げた。
「リュージの事好きじゃない?」
「ええ!」
キラリ、と青い瞳が熱を帯びて輝く。
「それ以外の男の人に言い寄られた時ってどうしてるの? ……って聞かなくてもそれは大概わかるんだけど、手を出さない事ってあるの? ていうかエリーの『手を出す』って何なの? 服脱げば生物的には男ってバレるよね? 相手びっくりするよね? 相手だけをひん剥いて済むなんてことある?」
質問相手がエリーだったためにアルベラの質問が目的の題材から逸れ、今まで気になっていた事が口を付いて出てしまう。も、聞いた本人も自覚しており後悔はなかった。
「あらあら、お嬢様ったら……。もう……そう言うのが気になるお年頃なんですね」
エリーは嬉しそうに片手を頬にあて笑み、アルベラの隣へと腰を下ろした。「なんでこっちきた」というアルベラの言葉を無視し、今は熊のような雄々しい外見の彼女はアルベラの頬をツンツンと突く。
「一つづつお答えするとぉ、まず、私は基本据え膳は全て丸のみです」
「丸のみって……」
「たまぁに好みや相性でご遠慮する事はありますけど。で、営みについてですが……営みについてお聞きですよね? 聞きたいんですよね?」
やけにノリノリなオカマに、アルベラはやや冷ややかにした視線を向け「具体的だったり過激な描写は控えて」と希望する。エリーは「んも~、しかたないですねぇ~」と楽しそうにお嬢様の頬をつついていた指でぐりぐり押した。
(クソ。『エリーの夜事情』……悔しいけど好奇心に抗えない……)
嫌そうにしつつもこのお嬢様が自分の話を止めようとしなさそうなのを察し、エリーは遠慮なく答える。
「それについてはその時時ですよ。もちろん自分は脱がないなーんて時もありますけど……―――あ、ちなみに私はそういうプレイも結構好きなので抵抗ないです。お相手の可愛いい姿を冷静な頭でじっくり観察できるんですよ? もうゾクゾクしちゃって。……ああ、はいはい。大丈夫です。これ以上は抑えますって。―――互いに一糸まとわずで過ごす夜も勿論ありますよ。そういう場合、道具を使ったり相手の意識を混濁させたりと、こちらの『体』について気づかれないようにする手は色々とあるんです。ばれてしまう事もありますが、そうなったらもう仕方ないですよね……。けど大半は、バレてもそのまま続けてくれる殿方の方が多いですよ。ふふふ……そこは腕の見せ所ってとこでしょうか。―――因みにこの界隈、催眠系の魔術が人気でして―――あ、道具は幾つか持ってきてるのでご希望でしたら使い方のレクチャーしましょうか? 見たいですか? 見ます? 勿論見たいですよね?」
にこり、とエリーが笑んで立ち上がろうとした。アルベラは心がざわつき咄嗟に彼女の服を掴む。
(み、見たい―――けど、)
「見ない!!!」
好奇心がくすぐられる……も、彼女の意地っ張りな面が全身全霊で理性を働かせた。
「見ない。絶対、見ない」
(オカマ―――ていうかエリーの道具……気になる! 何かエグそうだけど……めっちゃ気になる……! けど私、ここで負けるな!)
「そういうのはもっと淡白でいやらしさのない理性的な生物学者みたいな人に動物の生態を解説してもらうみたいに淡々と解説してもらう。淡々と、清い水のようにさらさらと、いやらしさなく、ね! だからエリーからはいい。絶対いい!」
もの言いたげなエリーの視線と断固拒否のアルベラの視線が絡み合った。
「あらまぁ……。私、これでも結構その道では上品な方なんですけど……。お屋敷で働きだしてからはさらに磨きがかかったんでよ? 試しに一つだけでもどうです?」
「嘘つけ! あとお菓子勧めるみたいに言うな! ―――絶対ここで出すんじゃないわよ! 無理! 嫌! 信用できない!」
(ほ、本当はめちゃくちゃ気になるけど……)
エリーはお嬢様の拒否を受け入れたのか浮かせた腰をベッドへ戻した。アルベラも彼女から手を離し、空いた両手はバシバシとベッドを叩き八つ当たりしていた。
「あと旅先になんてもん持ってきてるわけ変態。てか意識を混濁とか睡眠って犯罪臭いんだけどそれ大丈夫なの?」
蔑むような目を向けられ、エリーの呼吸は嬉し気に乱れ頬はほんのりと紅潮する。
「もう! お嬢様が物欲しげに訊くから答えてあげたのにぃ! ―――むしろ旅先だから持ってきたんです! 人生一度きりなんですから一期一会の素敵な出会いを全身で楽しまなくてどうするんですか!」
「開放的か!」
「あと、事に及ぶこと自体は互いの了承もありますから犯罪じゃありませんよ! 了承なく押し倒したりしませんって!」
「へ、へぇー……」
「もぉ~、何なんですかその全く信じてない目―――」
アルベラと話し合っていたエリーの視線が僅かに動いた扉へと向き、彼女の体が一瞬でそちらへ移動する。エリーはニコニコと、それでいて厳しい剣幕で扉を抑えた。ミシリ、と扉が軋む。
「アンナちゃん……何かしら?」
そう問うエリーの声は化粧時の女声だった。まったく気づかなかったアルベラは驚いたように「え、姉さん?」と返す。
『よぉう! お二人さん!』と扉越しにアンナの陽気で酒気を感じさせる声が返る。
『まだ起きてるみたいだからぁ、ご一緒させてもらおうかなぁって~。なぁなぁ、女四人でガールズトークと行かないかい?』
女四人、という言葉にアルベラは既に平均的な女性としての姿を脱ぎ捨ててしまったエリーに目を据わらせる。アンナはエリーの性別事情については知っているが、すっぴんを見たことは無い。今出てはいい肴にされ、あわよくば酔った勢いで他の者達へ言い広めかねない。そう踏んでの今のエリーの行動だろうとアルベラは察する。
(ていうかビオさんいるの? 全然気配ないんだけど、)
とアルベラがエリーの下へ行き扉に耳を当てると、息絶え絶えに「タ、タスケ……」というビオの声が聞こえた。
(び、ビオさん今日は負けてる……!)
彼女の勝算は100%では無いらしい。
この酔っ払いに散々付き合わされ、疲れはて、ここに力づくで締め上げられるように引っ張ってこられた図が想像できる細く弱々しい声にアルベラは胸が痛んだ。
(不憫!!)
タイガーとガイアンの部屋はアルベラとエリーの部屋の隣だ。ガイアンは部屋の明かりを消すと、ベッドに仰向けになり古びた木製の天井を見上げていた。
二階建ての宿、他の客はなく一階の四部屋中の三部屋を冒険者六人が使っている。
今しがた一階から冒険者が一人、部屋の前を何かを引きずりながら通過したのを感じ取り、ガイアンはチラリと扉の方を見る。それはアルベラ達の部屋に着き、舌足らずな喋り方で幾つか言葉を交わしていた。
「竜血石か……」と、同じく扉の方へ注意深く視線を向けていたタイガーが呟く。「命に力を与える、なんて迷信があるよな」と彼は、魔術具やそう言った道具類に詳しいガイアンへ自分の知識が正しいか確認するように問う。
「ああ。あと、大昔に頭のおかしい医者が、自分の駄目になった臓器と挿げ替えて使ったって伝承もある」
「はぁ~。そいつはイッてる話だ。ちゃんと生きてたのか?」
「話しの上ではな。本当かどうかは怪しいが」
「へぇ……。要は力あるドラゴンの心臓の化石だもんな。何かしらの力が宿ってても不思議じゃない気もするが……人の臓器に、か。お偉いさんがこぞって欲しがりそうだ。そういう類の素材って、他にも似たようなもん聞くよな。どいつもこいつも後遺症だの副反応だの呪いだの、良くない話とセットだが」
「それだけ蘇生ってのが安くはないって事だ。―――医者の話の真意はどうあれ、精霊が群がってる上魔力も潤沢に内包されてるらしい。もし本物ならかなりの値打ちものだろな」
―――コンコン
ノックの音に、扉側に居たタイガーが起き上がる。
『私。遅くにごめんなさい、』
お嬢様の声にタイガーとガイアンは顔を見合わせる。
「お嬢様? 何か御用で?」
タイガー扉を細く開き廊下を覗くと、心底呆れた表情のアルベラが立っていた。
「手を貸してくれる?」
「手?」
「コレ……」
アルベラが指さしたのは彼女の部屋の前でへべれけとなり崩れたアンナと、ようやく解放され安堵した様に涙を流して目を閉じたビオだった。
「こ、これは……」
二人はアルベラの睡眠薬入りの霧に眠らされたのだが、アルベラの霧の力を知らず、それでいて彼女らが扉の前でやり取りしているのは知っていたタイガーは、話の途中で彼女らが眠気に負け事切れたのだろうと想像した。
エリーが化粧を落とす前であればアルベラも彼女に任せたのだが、もうその後だったために騎士様方に頼りに来たというわけだ。
「姉さんはこのまま放っといて良いから、ビオさんだけ部屋に運んで上げてくれない?」
冒険者達のリーダーへ向けたお嬢様の容赦のない言葉に、タイガーは苦笑を漏らしその指示に従った。
タイガーがビオを背負い一階へ行くと、アルベラは酒臭さに鼻をつまみ、しゃがみ込んでアンナへと手の平を翳した。
彼女が魔力を引き出すと共に風が起き、アンナの体を正面の空き部屋の扉の前までずるずると押していく。大体五メートルほどの距離だ。
「よし」
ぱんぱんと手を叩きアルベラは向こう側へ行った彼女を見て、そのポーズに「うわ……なんかヤムチャ……」と心の中で呟く。
少し待つと、下からタイガーが戻ってきた。
「扱いが手慣れておりますね」と苦笑する彼。そろそろ二年の付き合いとなる師匠その二を前に、アルベラは「そうね」とため息交じりに返した。
***
翌日。
アルベラ達は朝食を食べ、必要のない荷を宿に置き宝探しへと発った。
食事中、眠りにつく前の記憶が曖昧だったアンナは、自分がいつ寝たか不思議そうにアルベラとエリーへ尋ねた。二人は「アンナは部屋には来たが何もせずすぐにふらふらと一階へ下りていった」という事にして口裏を合わせ、アンナもそれに納得しこの件は平和的に解決されたのだった。
そしてその日の正午に差し掛かる頃。
彼女らはガルカとナールの案内の元、森の獣道を抜け、魔法や魔術で競り上がった大地を上り、大昔の小規模な村の遺跡を抜けて目的の洞窟の前へとたどり着いていた。
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