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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)
249、目的の地 4(竜血石の眠る地)
しおりを挟む村に来て一日目の夜の事。パーティーメンバーで酒盛りをしようと、スナクスはアンナの半ば強制的なお願いにより宿の亭主に酒とつまみを貰いにカウンターを尋ねていた。
無人の古びたカウンターに置かれた日焼けしたメニューを見ながら、スナクスはベルを鳴らす。
まだ夕食を終えて少ししか経っていない時間帯もあり、亭主は割と早く呼び出しに応えて出てきてくれた。スナクスは彼へ用件を伝え金を支払い、亭主が持ってきた酒と肴を一度に運びきれない物かと持ち方を模索し始める。
満タンの瓶を片手の指の間に四本ずつ掴み、その腕の脇に五本ほどごっそりと抱え、額につまみが盛られた皿を乗せようとしていた時だ。
「なあ兄さん」
亭主が呼びかける。
「ん?」
「あんたら冒険者かい?」
「ああ」
「この村には何しに来た」
スナクスは口元に笑みを浮かべると、額に乗せようとしていた皿をカウンターに置き戻し、横にあった椅子にひょいと腰かけた。右腕に掴んだり抱えたりとしたままのボトルがぶつかり合ってカチャカチャと音を立てる。
「なんだい旦那。何か言いたい事があるみたいだな?」
別に威圧したわけではない。ただ、相手が何もなくそんな事を聞いてくるとも思えず、それがなぜなのか知りたかったのだ。
カウンターに身を乗り出した青年を前に、亭主はまた淡々と質問を重ねる。
「あんたら、もしかしてあの森へ行くのか?」
スナクスは考え初老の男を観察した。どこまで信用していいものか、相手の空気や言葉、表情を見て経験則で判断する。結果―――
「そうだ」と自分達の目的を認め、「旦那、あの森に何があるか知ってるのかい?」とスナクスは尋ねた。
「ああ。竜血石だろ。前にも何度かな、それを探しにきた連中がこの村を訪れたんだよ。この間は商人が来た。その前は冒険者。その前も冒険者だったかな……。まあ随分と前だ。はっきりとは覚えてねぇ。―――その酒や肴は前に来た商人がが置いてったもんだ」
「へぇ。通りで品ぞろえがいいと思った。もっと詳しく聞かせてくれ」
スナクスは銀貨をカウンターに置く。亭主は銀貨をみて僅かに首を傾げ、折角だしといういう風にそれを受け取り胸ポケットに入れた。その様子に、「金銭関係なく幾らでも話してくれるつもりらしい」と踏んだスナクスは遠慮なく質問させてもらう事にした。
(都会と違って良心的だな)
「その商人は? 前にも来たって奴らはどうなったんだ?」
スナクスの問いに亭主は首を横に振る。
「どいつもこいつも帰ってこやしねぇ。金は先に貰ってるから良いんだが……。気のいい奴だと思ったのまで帰ってこねぇとなると気が滅入っちまう」
亭主の言葉にスナクスは冒険者の集まる酒屋を思い浮かべた。よく顔を見たり何度か言葉を交わしたり。そう言った面子がぴたりといつからか全く見なくなる事がたまにあるのだ。そして少しして自分の知らぬ間に彼らが死んでいたのだという事を知る。冒険者になってからというもの何度となく―――ここ最近にも味わった亡き者への憐憫。それを思い出し目の前の男もあの感覚を味わったのだろうと想像した。
「気持ちは分かるよ」と、スナクスは同調する。
「そりゃあ、まあ……だろうな……」と亭主は息を吐いた。
「あの紫髪の嬢ちゃん等は貴族だろ。アンタらはその旅の雇われって所か?」
「お、正解。なんでわかったんだ?」
「飯の食い方や仕草で育ちが良いのは分かる。あとあの二人の男とめっぽう美人な姉さん、何かとあの嬢ちゃんの指示を優先してるように見えたからな。貴族じゃなきゃどっかの金持ちかなんかかと思っただけだ」
どうやら貴族かただの金持ちかと言う点では当てずっぽうだったらしい。
「あの嬢ちゃんの護衛があんた等の仕事なら、身を守るためにもこれは伝えといてやれ。『あそこに行った奴は多分皆死んだ』ってな。嬢ちゃんが駄々をこねるようなら、あんた等がその仕事を断るのも手だろう。案内だけしてその先はご自身でどうぞとでもな」
「ははは。気遣ってくれてどーもな。取り合えずそれは伝えさせてもらうよ。んで? 旦那はなんで皆死んだって思うんだ?」
「前にな、目的地まで行って戻ってきた奴がいんだよ。護衛の人数は随分減ってたがな。そいつは穴に呪いがかかってたから準備して出直すっつって、目的の品については俺にしつこく口留めして言葉の通りまた出直してきたさ」
「―――そういやこの村の人間は竜血石の事知ってんのか? 皆こぞって取りに行きたがるんじゃないか?」
「皆が皆知ってるかは知らねぇな。けど、この村のもんはそこには行かねぇよ。ずっと昔だけど、そこに住んでた奴らといざこざがあってな。それ以来『互いに干渉しない』ってのが絶対のルールだ。もう誰もいねぇとは知ってるが、小さい村に残った古い仕来りって奴だ」
「ふーん……。実際外から来た人間がどんどん消えてくんだもんな。そりゃ気味悪がって行かねぇか」
「そういう事だ。―――で、戻ってきた奴だが、呪術師だの解術師だのそういうのが得意な人間を連れて来て、色々手は尽くしたがそいつも結局死んだんだと」
色々やって死んだとは、「随分雑だな」とスナクスは笑う。
「連れてこられた呪術師だとか解術師だとかが戻ってきたんだよ。そいつ等もボロボロになってたな。呪いは解けないし雇い主は奥に行こうと暴れるしで大変だったんだと。そいつらは数日うちで療養して出てったが、『奥に何があろうと、あそこは入るべきじゃない。他の奴らにもそう伝えてやれ』って忠告を残してったってわけだ。『前の奴らは全員死んだだろう』ってのは、俺がそいつらと話した時に聞いたんだよ」
―――『ここに荷を置いて戻ってこなかった人達は、もうとっくに亡くなってるでしょう。荷は遠慮なく売り払うなり、家族に送ってやるなり、あなたの好きにするといい』
亭主はその時呪術師に言われた言葉を思い出す。
一応、食品系以外については律儀にとっておいたのだ。あとで戻ってこられた時、泥棒だ何だと騒がれたら面倒だと思ったのもあったが、数日の関わりで「勝手に売ってしまうのも哀れか」と思える程度に好感の持てる相手もいたからだ。だが、呪術師の忠告を受けて、その後に亭主は遠慮なくその品々を売り払った。身元が分かるものがあれば一応手紙でその人物の死を伝えてやり、荷物についても確認を取ったりとやり取りをした。それが地味に面倒で、それ以来亭主はあの森に宝探しに行こうとする者が来ては訊いているのだ。
一通りの事情を聞いたスナクスは、亭主の言葉に嘲て笑いふざけたトーンで返す。
「人が優しく忠告してやってるってのに、どいつもこいつも宝に目をくらませた挙句逝っちまうってか」
「そういうこった」
「―――悪いな」
スナクスは笑みを弱め小さく告げる。
「多分、俺らは明日変わらず森へ行く。今日様子を見に行った仲間も、もう目的地を見つけて帰って来てるしな」
「そうかい。そりゃぁ……俺からしたら『ご馳走さん』」
今まで散々客の荷で稼がせて貰った亭主は苦い顔で諦めたように片手を振った。
「あんたらの荷は、一週間戻らなければ俺が処分する。良いか? もしもの時のため手紙を残しておきたいなら部屋に置いて置け。一緒に送っておいて欲しい荷があったら、それもセットで纏めとくんだな。せめてもの情けだ。あんたらが戻らなかった時にちゃんと送って置く」
「ありがとよ旦那。聞いた話は全部皆に伝えとくさ」
(つっても誰一人手紙の準備しないだろうな)
そう思うも、唯一人に言われた事を律儀に守る人物―――ミミロウがせっせと頑張りながら手紙を書く姿を思い浮かべてスナクスは苦笑する。
「あー、そうそう。でな、荷の事はともかく、他に何か竜血石について旦那が知ってる事ってあるかい? あとこの村と喧嘩した奴らって竜人族の事か? 仲間の報告だと、宝の近くに人里の跡があってそこの奴らが祀ってたらしいって。そいつの見立てだと、その里が竜人族のものだったんじゃないかってさ」
―――『生え代りの角に装飾して部屋の北の壁に吊るしてた。こりゃ竜人族の古くからの風習だ』
そう言ってちゃっかり、保存状態が良く装飾の美しい角を持ち帰ってきたナールが、その角を見せ説明していたのをスナクスは思い出す。
「ああ。そうらしい。俺も人伝えにそう聞いてるだけだがな。この村で竜人を見た事ある奴なんていねーがな」
「そうか。そいつらがいたのは旦那が生まれるよりもっと前だよな? 何か爺様やばあ様から聞いてる話やら歌なんかは無いか?」
「はいはい……」と頭を掻き、亭主はいままでにも何度か訊かれた問いに慣れたように答えた。
竜人族とは体の所々にドラゴンの特徴を持つ民だ。人により多少の差は出るも、彼等の殆どが角や牙、ドラゴンと同じ物を見る瞳や強靭な鱗を持つ。翼はなく生活基盤はあくまでも地上だが、彼等はドラゴンと意思の疎通ができるためドラゴンと共に暮らす里もあり、そう言った者達は空も自由に行き来しているそうだ。
(『ある日森に星が落ちた。それからしばらくして竜と共に生きる民はそこを去った』か)
彼等の里があった場所を過ぎ、地図の示す宝の地に辿り着いたアルベラは今朝朝食時にスナクスから伝えられた話を思い出す。
冒険者たちは昨晩の酒盛りの前に彼からその話を聞いていたので、地図の場所に行くかどうかの意思確認は既に取れていた。
騎士達は賛成とも反対とも言わずアルベラに視線を向け、エリーも同じく。ガルカは「手紙の代筆でもしてやろうか?」などと嘲ていた。彼は自分を縛る魔術により主を見殺しにすれば苦しむことになるので、意見を聞こうが聞かずが従がわざるを得ないのだ。だから自分の意思を口にする気も起きないのだろう。
ガルカから呪いの事を聞き、ミミロウがその対策になり得る事も聞いていたアルベラは、迷わず「とりあえずその場所には行く」と答えた。
洞窟の前に着いてから、冒険者たちは辺りを探り色々と場所の把握をしようとしていた。
ナールとゴヤはここに来る際に通り過ぎてきた里を調べてくるとの事で途中で別れた。
アンナ、スナクス、ビオ、ミミロウはアルベラと共に洞窟に来ており、スナクスとビオが洞窟の左右へ回り周辺を調べ、アンナとミミロウが洞窟の正面側から中に入る材料集めをしているようだ。
やがてスナクスとビオが戻って来て、この大穴以外からは中に入れそうにない事を伝える。
「呪いの端っこでも漏れてる所があればそっから打つ手もあったのにな」とスナクスが残念そうに零していた。
正面側を探っていたアンナは、外から呪いが溶けそうにないか調べていたらしいが「こりゃ中からかけられたもんだね。外からじゃ呪いの気配なんて全く感じやしないし、何も知らなきゃ気軽に入って調べたくなりもするわ」と呆れたように頭を振った。
「ミミロウ、そっちはどうだい?」
洞窟を前にじっと立ち尽くし、外から中を眺めているミミロウの隣にアンナはしゃがみ込む。
「うん。呪いある。三十歩位行った所。どんどん濃くなる。奥にドラゴンいる。ずっと奥」
「ドラゴンねぇ……。ドラゴンが住んでるにしてはその形跡がなさすぎる。石の事かい?」
ミミロウはアンナを見て首を傾げ、穴の奥に目を戻し「多分」と答えた。
その様子に「ミミロウさん、呪いが見えるんですか?」とアルベラが隣にいたビオへ尋ねた。
「ええ。ミミロウは色々と優秀ですよ」
なぜ見えるのか、他に何ができるのかなどには触れずビオはやんわりと返す。その返答にアルベラは「ちぇ……企業秘密か……」と残念に思う。
「どうだい? ミミロウはここ行けそう?」
「うん。けど、皆は絶対入っちゃ駄目」
「はいはい。お前が言うんだ。それは絶対だな」
アンナがわしゃわしゃとフードの上からミミロウの頭を撫でる。ミミロウは両手を持ち上げフードを抑えた。アンナの手自体を払いのけはしないので多分嫌ではないのだ。アルベラからは喜んでいるようにも見えた。
「んじゃ。あいつ等はそのうち合流するだろうし、とりあえずミミロウにはもう中に入ってってもうらうか。何かあったら腰の紐引っ張るなり通信機使うなりしろよ? 外に向けて思いっきり炎出すでもいいけど……あ、そしたら紐が切れちまうな。ミミロウ、火吹くときは紐にかからないように上の方にな?」
「うん」
彼等のやり取りを耳に通しつつアルベラは考えていた。
(壊してもらうか、持ってきてもらうか……)
アルベラは竜血石と言う者について、本に書いてある程度の知識しかない。それは大まかにとても珍しい石だという事と、「命に力を与える」と言われている事。他には、傷を治すだの心臓になるだの肝臓になるだのと兎に角凄くて素晴らしいのだと称えるような話ばかり。
だからこそ余計に不安だった。
アスタッテの匂いがするならば、その夢のような石がどんな毒を伴っているのか。
前の緑の玉は、本人―――つまりその玉曰く、多大な命や魔力を代償にその者達の願いを一つ叶えるという物だった。
だがその願いの叶え方は誰一人幸せになるものではなかった。
なら今回の竜血石はどうだろう。
多分蘇生系で大いに役立つ代物だ。シンプルに想像すれば、蘇生で使ったとして、石を使われた者や使った者が死ぬという不幸が手軽だろう。だがあの緑の玉がああだったのだ。そんなその場限りの少ない犠牲で終わるだろうか。あの賢者様の喧嘩真っただ中の神への恨み、世界を滅ぼし神を悲しませようとした憎悪の種がその程度不幸で満足するだろうか。
(石を破壊してもらう? その方が安心だろうけど……私への指示にあるのって……)
―――『 ヒロインがヒーローからもらったプレゼントを取り上げる 期限:三年時 』
そう。破壊ではなく「奪う」のだ。今まで壊して良いものには「奪う、又は破壊する」「壊す」等の言葉が書かれていた。
(破壊が指示されてないならそれは避けた方が良いか)
そう結論し、アルベラは「ミミロウさん」と呼びかける。
彼の元に行くと、アンナ同様しゃがんで視線を同じくし、彼女は軽く頭を下げた。
「お願いします。出来れば綺麗な形でもってきて欲しいけど、無理はしないで。危なかったらすぐ戻って来てね。はい、これ」
アルベラは腰の荷物からあの緑の玉が入りそうなサイズの袋を取り出した。アンナが「準備がいいね」と声を上げる。
袋の中には同じサイズの袋が二つ。どれもこの村の雑貨屋で入手した革袋だ。できるだけ丈夫なものを頼み、その一つ一つにガイアンが呪具を封じる陣を施していた。呪封じの陣は厳重なものになると描くのに一~二時間程時間がかかる。その時間がかかる陣を二つ、ガイアンはもしもの時に備え皮紙に描いて持ち歩いていた。二つの袋はその二つを使い、残った一つは昨夜訓練の後にお願いしていたのだ。
「石はこの中に、袋が三重になる様にお願いします」
「うん」
ミミロウはぐっと親指を立ててみせた。袋を受け取りローブの中に入れる彼の様子に、アルベラは彼のローブの中がどうなっているのか暫し気になった。が、その好奇心は抑える。
「あとな、ミミロウ。中で死んでる奴らがいいもん持ってたらそれも貰って来てくれ」
アンナの言葉にミミロウはぶんぶんと首を振る。
「死体……触るの嫌」
「ミミロウ様ぁ! そこを何とかぁ!」
「うーうん。嫌」
そんなやり取りをし、そこにいる面々に見送られミミロウは迷いなく洞窟の中へ入っていった。
***
岩壁に縦に亀裂がはいったような穴の前。アルベラはそこに張られた綱や、この国の文字で書かれた札を眺めていた。穴の入り口を邪魔しないよう、縄や札は亀裂の上の方に張られて、風が吹くたびに揺らめいていた。穴の左右には大きな文字が一文字ずつ彫られており、生した苔やその他の植物がどれほどこの場所が放置されて来たのか、管理する人間がいなくなってどれほど経つのか時間の経過を表していた。
「そろそろナールとゴヤも飽きてこっち来るかねぇ」
とのんびり地面に腰かけ木に背を預ていたアンナがぼやく。
(ミミロウさんは一人で大丈夫かな)
とアルベラはアンナの握る、ミミロウへと繋がる綱へ視線を移した。
そこに突如、ずるりと目の前に緑の綱だか蔓だかが垂れ下がる。
「……!?」
驚いて後ろに数歩下がり、アルベラはその綱だか蔓だかをじっと観察した。
観察し、幾つかの黒と赤の斑を見つけ、蔓の先にアゲハ蝶の幼虫だかが持つような角を見つけてぎょっとする。
「ま!?」とアルベラはさらに後ろへとよろめいた。後ろにはガルカがいたようで、彼は「ほう、魔獣だな。助けて欲しいか?」とにやついた。
アルベラはさっと視線を走らせ、近くにいたエリーの服を掴み魔獣を刺激しないようそちらへと退避する。
「もう、お嬢様ってばこんな人前で! 積極的なんですから!」
気に食わない魔族より自分が頼られたのが嬉しかったのか、エリーはご機嫌身を悶えさせそう言った。
「な、なんでもいいからさっさとそのすっごい長い芋虫どうにかしてくんない? なにこれ気持ち悪い……!」
「お? キャタピランスネークじゃん」とアンナが声を上げる。
「こいつらがいるって事はいい森だな。魔力やら精霊に恵まれて土や水の質はお墨付きってわけだ。―――けどその割には木霊の気配があんまなかったな……」
と彼女は後半は独り言のようにぼやく。
「嬢ちゃんの方に垂れてんのしっぽだぜ。ほら、頭はこっち」
そう言ったのはスナクスだ。離れた場所にいた彼は自分の隣にある木の上を指さした。
「そっちまで続いてるの!? 長くない!?」とアルベラは悲鳴じみた驚きの声を上げる。
「見た目はあれですけど、危険性はあまりない魔獣ですよ。その角は臭覚ですね。芋虫とかのと同じです。上手く採取すると素材になりますよ。人間にとってはあまり臭くないので、市販品だと香水やお香にも使われたりしますね。結構爽やかな香りになって……あと、獣よけの効果があるので無難な旅時には良いかもですね」とビオが落ち着いた様子で垂れ下がった魔獣の尾を観察し解説してくれた。
「あらあら。害が無くて素材になるなんて。今まで何度か消滅させちゃってたんだけど、勿体ないことしてたわね」
とエリーがビオと一緒に魔獣を観察しだす。
「ふふふ。お嬢様も折角だしどうですか? よく見たらあのクソ魔族よりは可愛げがありますよ?」
「そ、そう……?」とアルベラは警戒しつつ覗き込み、観察した後「どっこいどっこいじゃない?」と零す。
二人のそのやり取りにガルカが目を据わらせ「おい」と口を挟む。
「貴様ら、そんな口をきいていざという時助けてもらえると思うなよ。幾ら泣き喚き散らかそうとも動かん時は動かんぞ」
「ふん。あんたの助けなんて端から必要としてないわよ」とエリー。
「契約上私の事はちゃんと守りなさい。金なら払うわ(払うのは父)」とアルベラ。
最近大した悪さもしていないというのに、この二人の自分に対する評価は何と粗末で生意気なものか。とガルカは苛ついた。
イライラとしている様子の魔族は兎も角と、エリーが「では」と言って魔獣の尾っぽを掴む。
魔獣は驚いたように「ギィィィィィ!?」と声を上げてじたばたと悶えた。魔獣の頭側に居たスナクスも、魔獣の奇声と落ちてきた木の葉や木の枝に「おわ!?」と驚いた声をあげる。
「ビオさん。この魔獣の素材を無駄にしない狩り方と言うのを教えて頂いてもいいかしら?」
魔獣の必死な暴れようにアルベラは内心「な、なんか可哀そう……!」と魔獣を同情する。
そんなエリーを、ガイアンが「あ、お待ちを」と引き留めた。
彼はその場に行くと、「折角なので」とアルベラの両肩に手を置く。手を置き、お嬢様を逃がさないようにその肩を露骨に掴む。
アルベラは嫌な予感に錆びついた動きで童顔で大人しそうな騎士様を見上げた。
「お嬢様、実践はこの上ないレベルアップのチャンスです。ビオさんの言葉に従い、的確にご討伐ください」
「は、はい……」
(この人、本当遠慮無くなってきたよな……)
有無を言わせない騎士様の笑顔に、アルベラは背中に冷や汗が伝うのを感じた。
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