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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)

251、目的の地 6(お宝ゲットと黒い木霊)

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 ***





 暗い洞窟の中、手元に火を灯してミミロウは奥へと進んでいた。

 辺りには所々に、その場で息絶えただろう人の亡骸が転がっている。

 道は迷う事のない一本道。

 こういった洞窟の中では発光植物が光を灯し、虫を行き交いさせているものだがそう言った気配はなかった。奥に行けば行くほどに、植物も虫も住み着かなくなるような瘴気が濃くなっていた。命と言う命が避けたくなるような、本能的に身を遠ざけたくなるような瘴気だ。

 途中ミミロウは足を止め、引き返した方が良いだろうかと考える。

 呪いについては全く問題なさそうだが、この負の空気が怖くなってきた。

「……」

 彼は止めた足を後方に向け小さくなった外の光を見つめる。

 ―――『ミミロウ、お前は自分が思うほど臆病でも弱虫でもねーよ。ちゃんと根のある強い男だ。ほれ、自分の顔よく見ろ。ドンとしててかっこいいだろ。呪いにも負けない強い目をしてる』

 人里で孤児としてうろついていた自分を拾ってくれた彼―――たまに「英雄」だなんて呼ばれてるその彼の大きな手を思い出し、ミミロウは自分のフードを握りしめる。

「怖くない。呪いにも負けない……」

 ミミロウは周囲の死体に胸を痛めながら先へ進んだ。





 奥に行くと大きなドラゴンの骸があった。

 今まで歩いてきた道に比べるとさらに大きな空間。天井も、ここに暮らしていたドラゴンが伸びをしても十分に足りる高さがあった。天井付近の爪痕を見つけ、ミミロウは洞窟の外、端に寄せるように大きな石が転がっていたのを思い出し、アレはここの主が住み着き始めた頃に出た石くずだったのだなと頭の片隅で考えた。

 白い骨が崩れて地に散らばり、大きな肋骨や背骨に覆われるように目的の石が鎮座している。 

 それに近づき、手を伸ばそうとし、亡骸に残された苦しみの記憶がミミロウの肌をじりじりと刺激し粟立たせた。

 自分の手が触れるとともに、その石は固い表面をうねらせ、どくんどくんと脈立たせる。まるで今取り出したばかりの血濡れの心臓に触れているような感覚に、ミミロウは反射的に手を離してしまう。

 僅かに持ち上げられた石はぽそりと地面に戻り、先ほど同様角の多い表面をギラギラと魅惑的に輝かせる。 

 ミミロウはぶるりと身震いをした。いつも体にくっつけて隠している尾も、我慢できずに後方へ伸びてその先まで震えあがる。

 彼はアルベラに渡された袋を取り出すとそれを裏返し、手を入れて手袋のようにして石を掴む。

 石を入れた袋の陣が反応しチリチリと輝くのを見て、このままでは陣が呪いに負けて消滅してしまうと感じたミミロウは急いで他の二つの袋を重ねてその中に石を入れた袋を入れた。

 三重の陣に覆われた石の気配は大分薄まり、一番外側の袋の陣も破られる気配はない。

 ミミロウは安心に息を吐きその場を去ろうとした。

『オサナキコ……ドウカ コノ方ヲ、コノ苦シミカラ……』

 突然の声と青い淡い光に驚き、ミミロウは声にならない悲鳴を上げる。

 ドラゴンの寝室であったであろうその空間に背を向けていた彼が振り返ると、ドラゴンの亡骸の横にぼやけた青い影があった。

 それは何とか人の形を保っているようで、その場所には古びた民族衣装のようなものと、ドラゴンの物とは思えない細かな骨が散らばっている。ミミロウはその辺りをよく見て、後方のドラゴンの骨に紛れて転がるしゃれこうべを見つけた。

「ここで、死んだ人……?」

 ―――つまり「お化け」……?

 ミミロウは大きなフードの下、目に涙を浮かべ両手をお腹の前でぎゅっと握りしめていた。

 人が死ぬとその人間の魔力が思いに応じてその場に残る事がある。その残された魔力は様々な現象を起こし、人々はその残された魔力や起こした現象を「残留思念」と呼んでいる。実際に死人の魂や意識がその場に残っているわけではない。墓をうろつくゴーストやスクリームとの魔獣とも異なる存在。

 そんな話を聞いたこともあり、目の前のものが娯楽話に出るような幽霊やお化けでは無いと分かってもいるが、ミミロウは一人で―――しかも真っ暗でうすら寒く、生き物がいな上に死体の転がるような場所でこういったものと向き合ったことは無かった。

 いつもならパーティーの誰かが対応してくれた。そしてその誰かは、後で自慢げにミミロウにその話を披露し冒険話の一つとして楽しませてくれるのだ。

 こんな時、彼等ならどうするのだろう。

 ミミロウは困って立ち尽くす。

『オサナキ竜ヨ……ドウカ……ドウカ……コノ方ノ思イヲ……臓ノ 破壊ヲ……』

 ミミロウが見ている先、青く淡く輝く靄は風に揺れるように消えていった。

 亡骸の残した強い思いを、願いを果たしたのだ。

 多分老人の物であっただろう声を頭に、ミミロウは胸に握った袋を見下す。

「破壊……」

 ―――『お願いします。出来れば綺麗な形でもってきて欲しいけど、無理はしないで』

 依頼主の彼女の言葉を思い出す。

 ―――『いいか、ミミロウ。俺らは冒険者だ! プロだ! プロはな、依頼主の要望には応えて当然なんだよ!』

 ミミロウが兄のように慕うパーティーの仲間の一人が言っていた言葉が脳裏をよぎった。

「冒険者、プロ……」

 ぽつりと呟き、ミミロウは袋を抱くように握る。

 これはちゃんと依頼主に渡そう。けど、この事もちゃんと言わないといけない気がする。

 折角手に入れたお宝を「壊せ」などと、そんな事を言ったら気分を悪くしてしまうだろうか。折角仲良くなれたと思ったのに、嫌われてしまうだろうか……。

 そんな不安を胸に、彼は小さな光の点に向かい歩き始めた。





 ***





「どうしたミミロウ。腹減ってないのかい?」

 正面に座ったアンナに尋ねられ、ミミロウは顔を上げる。少しの間をおいて彼はぐっと親指を立てて見せた。

 上手にナイフとフォークを使って肉を切り始めた彼を見て、アンナは「上手くなったじゃん」と褒めた。

「カスピの奴に教えてもらってんのかい?」

「うん。一緒に練習してくれる」

「ははは。あいつほんと世話焼きだよなぁ」





「……」

 アルベラはフォークで料理を取り、それを口に運んだ形のまま右斜め前の騎士を見ていた。

 さきほど、彼が「カスピ」という名に反応しピクリと身を揺らしたのを視界の端に捉えたからだ。

「そういえばカスピさん―――」

 とアルベラが言うと、ぱっと、青い瞳が自分に向けられた。アルベラは目を据わらせる。アルベラの右隣でタイガーがくつくつと笑っているが、彼からは特に何もいう気はないらしい。

「―――って、何処のパーティーの所属なのかしら。彼女もミミロウさんも、臨時でたまに手伝ってくれるとは聞いてるけど、そちらのパーティーについては聞いた事なかったわね」

 とアルベラは左隣のビオと、そのさらに隣のミミロウとその正面のアンナに目をやる。

「ついでに、彼女の誕生日と好きな物や欲しがってた物とかあれば聞かせてほしいなー、なんて」

 ガイアンの反応に気付いていたビオは苦笑する。「ついで」とは言ったが、本命は後半の問いなのだろうと彼女は察して答えた。

「カスピは聖職系や治療系の魔術オタクなので、そう言った魔術道具なら何でも喜ぶと思いますよ。あと、属性が何であれ魔術具系のアクセサリーを貰って喜ばない女性は少ないでしょう。……あ、けど彼女の場合、印や陣といった人工的な道具より、鉱石や植物だったり動物だったり天然系の魔術具の方が喜ぶかもしれません。毛皮はあまり好きではないようですが」

 随分と協力的なビオに、アルベラは内心感謝しつつチラリとガイアンを見た。彼は熱心に話を聞いていた。

(なんてわかりやすい)

 アルベラは自分でもどういう視点かは分からないが「まあ可愛らしい」という感想を心の内で零す。自分の正面を見ればエリーも口に手を当てほほ笑んでいた。その笑みに、アルベラは多分あれは自分と同じ心境の笑みなんだろうなと思う。

 「じゃあ、私共が領地に帰る前にミミロウさんとカスピさんのパーティーにはお礼に伺わせて頂くとして」と、アルベラの右隣りからタイガーが顔をのぞかせた。

「ビオさんとアンナさんはどんな品が好みで?―――あ、お嬢様とエリーさんには」彼はニッと、意味深な笑みを浮かべ「良ければお時間を頂いて、是非私共との散歩にお付き合いいただきたいんですが」と続ける。

 「え……まさかお爺様に何か言われて」とアルベラは言い欠けたが、アンナが威勢よく片手を上げてそれを遮った。

「はいはいはーい! 私は品とか良いから騎士様と一晩―――ぐふっ……」

「アンナ、食事中。―――私も大したものはいいので………………あ、けどもしよければ赤い魔充石が欲しいなぁなんて……王都に人気の魔石の専門店があってですね―――」

「はいはーい。俺は切れ味のいい軽くてかっこいい短刀!」

「おれぁ、丈夫なグローブだな。ルビンクラブとても固いカニのハサミでも切れないようなのがいい」

「超かっこいいワイバーン」

「美味しいお肉」

 尋ねられていないビオとアンナ以外も次々欲しいものを上げていく。

 タイガーは彼等の要望を聞くと気前よく笑って見せた。

「短刀、グローブ、ワイバーンですか。―――皆さん手に入ると良いですね。応援してます」

 全くプレゼントしてやる気もない態度を見せる騎士様に、パーティーの男性陣からブーイングが飛ぶ。

 差別だなんだと聞こえる中、ビオはミミロウへ向け「良かったわねミミロウ。美味しいお肉食べられるかもよ」と笑いかけている。

(一週間か……打ち解けられて何より……)

 彼等のやり取りを聞きながら、アルベラはのんびりと食事を再開し始めた。

 初めの頃に感じた冒険者と騎士達の距離感も今や大分薄れているようだ。ガイアンは相変わらずアンナの事が苦手で避けているらしいが、彼女以外の冒険者達とは普通に言葉を交わしている姿があった。あまり無駄話が好きではないようなので、ガイアンと冒険者達とで冗談を交わし笑い合う姿を見る事は無いがお互い丁度いい距離が掴め上手くやっているようだった。

 タイガーはガイアンより言葉やノリが軽いためとっつきやすいようで、今回のようなやり取りを割とよく目にするようになっていた。だからと言って冒険者たちが貴族である彼を軽視するわけでもなく、親しみやすさにつけあがらないよう各々意識的にセーブしているのも感じられた。

(騎士二人が来るって聞いた時はどんな空気になるかと思ったけど……ぜんぜん気楽な感じで良かった。……お爺様、もしかしてそうならなそうな人達を送ってくれたとか……? だとしたら悔しいけど見直さざるをえない………………うぅーん。でもやっぱり素直に認めるのは悔しい………………。保留)





 賑やかな食事に、宿の亭主が瓶を持ってきてやってくる。誕生日席に椅子を引いてくると、彼はそこにどかりと腰を下ろした。

 一同の視線が集まり、亭主はぼそりと「悪いな。長居はしねぇ」と言った。彼はテーブルに持ってきた酒瓶を置く。

「祝いの品だ。道中飲んでくれ。――—代わりと言っちゃなんだが、話を聞かせてくれねぇか」

 酒瓶に目を輝かせるアンナに、冒険者たちがいそいそと瓶を床に降ろして隠す。

「ありがとうよ旦那。で? 話しってなんだ?」

 亭主が座った誕生日席、そのテーブルの一番端に座り、彼の最も近くにいたスナクスが答える。

「石は本当にあったのか? ……前来た奴らぁどうなってた?」

 スナクスはチラリと正面に座るナールを見た。

 ナールは視線を向けられたのには気づいたようだが、我関せずで食事をつついている。スナクスは何となく予想していたので苦笑しつつもテーブルの面々に軽く視線を走らせてから答えた。

「石はあったぜ。穴の中で死んでる奴らも結構いたらしい……ここに泊まった奴らとは言い切れねぇけどな」

「そうか……。兄ちゃんは中に入いってねぇのか?」

「ああ。―――誰がどうやって入ったかは言えねぇんだ。悪いな」

 「そうかい。別にいいさ」と亭主は視線を落とす。

 「あと、一つ言っておくとな」とナールの隣にいたゴヤが補足する。

「俺たちゃぁ呪いを解いたわけじゃねぇ。呪いは健在だ。今後、もしまた誰かが宝を探しに来たらそいつらに言ってやってくれ。『宝はねぇ。穴に入れば死に損だ』ってな」

 亭主は自分用に持ってきていたジョッキを口に運び、くいっとその中の小麦色のアルコールを飲み干した。彼は「あぁー……」と呻くように息を吐くと助言したゴヤに目を向け、そしてテーブル全体に視線を走らせ口元を緩ませた。

「そうかい……それ聞いてすっきりしたよ。有難うな」

 彼は「邪魔したな」と席を立つ。

「ああ、そうだ。今夜も泊まってくのかい?」

 足を止め振り向いた亭主の問いに、アンナが頭の上でひらひらと手を振って答えた。

「いんや。急で悪いが、この後腹休めたら村を発つことになった。世話になったね」

「そうか。そりゃまた急だな。まぁこの時期だしな……。川を辿ってくのかい?」

 「ああ」とアンナ。

「そうかい。なら窃盗に気を付けな。そんだけ人がいりゃあ問題ないかもだがな。出る時は声かけてくれ」

 と亭主はカウンターの奥へと去っていった。

 アルベラはそのやり取りを聞きながら窓の外を見る。

(腹休めしたら……? 日が暮れ始めるのでは?)

 既に傾き始めてる太陽に、そこまで急ぐ必要もないのに夜馬を走らせるのだろうか? と疑問に思った。





 部屋で荷物をまとめながらナールが「ちっ」と舌を打つ。彼は今しがた感じた、こめかみ辺りに電気が走るような、意識の一つが途切れるかのような感覚に額を小突く。

 「またやられたか?」とスナクスが尋ねた。ナールは「ああ」と答え、テーブルの上に広げていた手製の地図を覗き込む。知らない人間が見ると抽象画のようにも見えるその地図は、現地の草木の汁や土で位置関係を描いたものだ。

 絵や文字は無いが、森やそこに流れる川などの位置関係は完璧なもので、そこに点々と判子を押したように小さな印が浮き上がっていた。

 地図上で幾つか黒く焼け焦げた印を見て、「やっぱり魔獣や獣の仕業じゃないな……」とナールは呟く。

 昨日村に着いてから、ナールはアルベラに渡された宝の地図を辿り目的の洞穴とその周囲に点々と「耳」を置いて来ていた。辺りの状況を聞き、近くに何者かがいればその気配を感じる事の出来る感知の魔術の一つだ。視覚系の魔術よりも消費する体力や魔力の少ないそれを数十か所、宝のある洞窟の表から裏、更に念のため裏側から数十メートル離れた先にまでランダムに撒いて潜ませてきていた。

(村とあの場所を繋ぐようには印を置いてないから、印を辿って俺らの場所に来るようなことは無いと思うが……)

 ナールはじとりと地図を見下し眉を顰める。彼がその上に手を翳し、ゆっくりとその手を横に動かして地図の上を通過させると、地図上に描かれていた印が全て焼け焦げて消滅した。

 これはちょっとした偽装だ。

 印に気付いた何者かがいたなら、「術者が死に、印が一斉に消滅した」と思う事だろう。

「あのお嬢様、ダークエルフがどうのとか言ってたよな。もしかしたそいつかも」

 ナールが用無しとなった地図を丸め手の中で燃やす。

「『かも』っておめぇな。森で何が起きてるか説明してからだろ」とゴヤが呆れた。

 「あー……」とナールは面倒気に口を開き説明する。

「何かが点々と森の中を飛んで移動してんだよ。多分木霊の足止めを食らって、森の中迷わされてるんだろうけど……多分木霊は俺らの事なんか知ったこっちゃないって感じだ。目的はそいつを森から出さない事」

「どういうことだ? 木霊っつっても、俺らがあそこに行く時あんま見なかったけどな」とスナクス。

「そりゃそうだ。あいつら今、洞窟の裏手側に寄ってるから。俺らが行った時からずっと。それも多分、足取り的に偶然だな。―――あとこれだ」

 スナクスは荷から採取用に持ち歩いている袋を一つ取り出し、それをテーブルの上にのせて開いた。

 中にはどす黒い枯れ葉の塊が詰まっている。斑に緑やオレンジ、黄色等植物の本来の色を残してはいるもその大半が黒くすすけていた。

 ゴヤとスナクスはそれを見て「なんだ?」と疑問を口にした。

「あの森でやんちゃしてた木霊の一つだよ。コイツ、生きてる時もこの色だったんだ。狩ったらすぐ枯れちってこの様だけど、中身が無い以外は全く同じだ。二人は黒い木霊の話知らねー? 『あいつら』に関わる話」

「あいつら、って………………ああ、『あいつら』か―――」

 スナクスがそう言い袋から顔を上げ尋ねた時、袋に詰めた枯れ葉がかさかさと揺れた。それらは突如、三人が反応をする暇もなくテーブルの上に風の柱に巻き込まれたかのように渦を巻いて舞い上がる。

『ケケケケケケケ! ざまあみロ! ざまあみロ! ケケケケケケケケ―――』

 枯れ葉の渦の中から声が上がり、「さぁ……」と空気の動きと共に葉は塵となって消えた。

「な、何が何だって?」

 ゴヤが呆然と呟く。

「俺、今終わったかと思った……。『あいつら』に殺されんのかなって……」とスナクスは気が抜けたように近くの椅子に腰かけた。

 ナールは片手でガシガシと頭を掻き、不満の形相で袋を掴む。

「いや。多分今のは他の木霊の意識だ。こいつら全員コピーみたいな存在だし、意思疎通してるから。多分木霊の一体がテンション爆上げで、今のはそれの影響だろ」

「死んでたんじゃねーのか?」

 ゴヤはそう言い、床に散った黒い埃を見て自分の足を持ち上げた。埃をかぶって汚れた床に、靴の跡に沿って切り抜かれた綺麗な床が現れる。

「死んでたよ。けど体にくっついた時点で木霊の魔力が葉にも流れる。それ通じてテンション爆上げ野郎の声がここまで漏れてきたんだろうよ」

 ナールは風を操り、床の上を走らせると塵を集めて窓の外へと運んだ。そのまま風は塵を包んで森の方へと流れ、木々の中に入って消滅する。

 窓の外に風を見送ったナールは手を払いながら二人に言う。

「ダークエルフといい黒い木霊といい、あんまいい話じゃねー……。次の行き先があの森通らずに行けるってのは救いだな。エイヴィの里にお招き頂けるってのは嬉しい話だけど、そいつらの事念頭に入れて注意してった方がいい」

 スナクスは「ふーん」と言ってニヤつく。

「ちゃっかり里には行く気満々だよな」

「こいつ昨晩、酒に酔った勢いで『エイヴィの卵絶対手に入れてやる』とか口走ってたからなぁ」

「そ、それ絶対他の奴らに言うなよ!! 冗談だ、じょーだん!!」

「つっても姉さんとビオはいたしなー。ミミロウは寝てたけど」とスナクス。





 ―――「こいつ昨晩、酒に酔った勢いで『エイヴィの卵絶対手に入れてやる』とか口走ってたからなぁ」 

 荷を整えて一階に下りてきていたアルベラは、ふと聞こえたゴヤの声に顔を上げる。小さく扉の空いた男子部屋、彼女はそちらをじっと見つめ目を細めた。

 ―――「そ、それ絶対他の奴らに言うなよ!! 冗談だ、じょーだん!!」

 辺りに騎士がいない事もあり、聞こえたナールの言葉にコントンが嬉し気に「バフ」と小さく吠えてアルベラへ報告する。

『ウソ アクジ ジカク ケイカク…… イイニオイ……』

(へぇ……嘘……)





 その後、準備を終えた一同が「さあ行こうか」と宿の外で馬に跨がり始めている時、アルベラはアンナのもとへ行きナールを指差した。

「あれだけ置いていきたいんだけど駄目かしら?」

 「ああ゛!?」とナールが声をあげ、彼の乗っていた馬が驚き小さく嘶いた。

「うーん。ここから先を考えると正直駄目で無くもないね」

「ナールが一番必要だったの、今日の宝さがしだものね。もう済んだし」とビオも頷く。

(いいんだ……)

 他人事ながら「二人ともわりと薄情だな」などと思いつつ「じゃあ置いてっていい?」とアルベラは再度尋ねる。

 アンナはニカッと笑む。ビオも微笑み、二人とも何も未練はないと首を縦に振ろうとした。

「ああ、良い―――」

「良くねーよ!!」

 ナールが馬に乗ったまま三人の元に詰めよった。

 「危ないでしょ!」「もう! ナール!」「ふざけんなこの根暗~!」などと反発の声を受けるも、彼は自分もつれていけと主張する。小声ながら神獣の件を持ち出し始めたので、アルベラは騎士達の目を気にして渋々ながら彼もエイヴィの里へ行くことに承諾した。

「ちぇー、仕方ないねぇー」

 などと、多分ふざけているだけなのだろうが何故かアンナも渋りつつOKする。

 ただ一人―――ビオのみ「神獣」の単語が一瞬出て疑問符を浮かべていた。

 同行を守りきり勝ち誇るナールを見上げ、アルベラは静かに口を開く。

「―――けど、ナールさん」

「あ?」

「エイヴィの卵に手出したら、ただじゃおかないから」

 緑の瞳を輝かせる彼女の背に、ナールは「権力」という文字を見た気がした。

「……な!? ななな何の事でごぜーましょうねぇ……。だ、出すわけ無いだろ……大丈夫だっつうの……」

 お嬢様の低い忠告に、ナールはしどろもどろに返し離れていった。

 彼は離れた先でゴヤとスナクスに小突かれ、「チクったの誰だよ」というやり取りを交わしている。その姿にアルベラは「小学生か」と胸の内突っ込んだ。





「気ぃつけてな」

 和気あいあいと去っていく客人達を宿の亭主が見送る。

 こうして泊まった客人を見送り手を振りかえされるのはいつぶりだろうか。

 彼は久々の感覚に胸が満たされるのを感じた。



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