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三章 エイヴィの翼 後編(前期休暇旅行編)
252、目的の地 7(双子のねぐらと木霊の企て)
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「マンセン」と名乗るその木霊はとある暗い森の奥底にいた。
奥底とは、言葉の通り奥であり、そして地の底だ。
岩肌に囲われた室内を見渡し、彼は魔術に隠された一室に入り込む。そこで見つけたのは一つの死体だ。あの双子そっくりな金髪のダークエルの女。その亡骸が恭し気に部屋の中央の台座に寝かされていた。
(ケッ。随分と上手く保存してやがる。―――大体、自分達が殺したようなもんなのによくやるよナ。生き返ったってどうせまた毒気にあてられて壊れちまうだろうニ)
マンセンは死体の胸元にぴょんと飛び乗り辺りを見回す。
彼は今、同胞達を使い気に食わないダークエルフの女をとある森に足止めしていた。ようやく見つけたこの塒にマンセンが立ち入った時、ここの住民二人は招かざる客の侵入をすぐに察したようだった。
しかし、女の方は森に居た同胞たちが見張っていたので動向は把握しており、足止めも可能なのでマンセンが心配する必要な無かった。
男の方も少ないながらも見張りをつけていたのだが、あちらは偶然にも用があってドワーフの町へと向かっていたウサギの仲間が鉢合わせていた。
ウサギの仲間からすれば「運悪く」になってしまうのだろうが、じっくり相手の家を探索したかったマンセン的には好都合である。
(ま、ラーノウィーの奴が鉢合わせたタイミング的に帰りダロ。あっちはあっちで目的は果たしたんだろうナ……。なら俺もさっさとっと、)
死体には手を出さず―――と言うよりも出すことは出来ず、彼は盗まれた品なりあのダークエルフ達に悔しい思いをさせられるような何かが無いかとその部屋をよくよく調べる。
部屋には死者の復活を目的とした魔法陣がびっしりと描き巡らされていた。腐ってもダークエルフ。あの双子も「黒き理の賢者」と評される種族の一端という事か。同族から追放された身でありながら、世の理に反する術の知識は幾らか持ち合わせているようだ。
マンセンは「チッ」と青々とした体の葉を揺らす。
(本当ならこんな部屋もこんな死体もまとめてぶっ壊してやりてーケド、こんな膨大な魔力が籠った複雑な陣……力任せに壊したら俺がどうなるかわかんねーシ。解くってなると流石の俺でもこの数は数日じゃ無理だしナ)
室内の陣は、壁、床、天井を埋め尽くすようにびっしりと描かれていた。沢山の複雑な陣が重ねられ、絡み合うように入り組み、適当に目を付けた一つの線がもともとどの陣に属していたものかも見て解くには難しい。
(あいつ等、これを描くのに一体何年使ったんダ。この俺でも十年何て軽く飛ぶゾ。―――オ?)
マンセンはダークエルフの女を相手する同胞たちの意識を探る合間、その反対側から十人前後の集団があの洞穴へ向かっているのを見つけた。
木々の影から彼らを見ている同胞の嗅覚が、ある匂いを捕らえぶるりと身を震わせた。同胞の視界が捉えたのはあの紫の髪の少女だった。マイセンは同胞の視界を通じその少女の集団を見張る。
(あいつ何でここにいるんダ? あの女に言いくるめられて竜血石を取りに来たのカ? それか玉の事もあるし収集癖でもあんのカ……)
木霊達は「個人」というものがありながら、種族として一つの大きな意識である側面を持つ。強い意志で拒まれてしまえば出来ないが、そうでない限りはお互い記憶に干渉し合い、記憶を共有する事が可能だ。その種族的な性質により、マンセンはあの森の長い歴史とその中の竜人族と流血石の生い立ち等も自分の目で見てきたように知っていた。勿論、この十数年あのダークエルフ達がその石を手に入れようと躍起になっていた事や、他の誰かに取らせて横取りを企てていた事もだ。
しかし、そんなダークエルフ達の行動など、ついこの間までマンセンにとってどうでも良かった。―――今までどうでも良かったそれをなぜ最近になって気に止めるようになったのかと言うと、あのダークエルフ達が彼(彼等)の宝に手を出したからである。
そのため「報復を」と怒りに燃え、ここのところダークエルフの動向に目を光らせていたのだが、意外な人物の登場にさらにマンセンの思考は一瞬フリーズし、咄嗟に浮かんだ考えに頭に血が上り始める。
(あのガキ……前に訊いた時、ブェラー・ニエとは関りが無いって言ってたよナ。まさか嘘を付いたのカ……? ―――クソガキが、生意気ナ)
マンセンの纏った葉が魔力と殺意にざわりと揺れた。
あの夜、あの少女との接触は偶然の成り行きだった。ダークエルフがバラまいた地図の在り処とその持ち主たちを把握し何か先手が取れないかと、マンセンは他の木霊の意思を乗っ取りその木霊達を使い捜索していた。
その途中あのダークエルフや自分達と同じ独特な匂いを感じて忍び込んだのがとある貴族の屋敷だった。
屋敷ではパーティーを行っていたようで沢山の人が出入りしていた。そこでマイセンは見覚えのある少女を見つける。到底普通の人間では扱えはしない品―――強力な呪具ともいえる玉の所持疑惑のある少女だ。
あの玉を本当にあの少女が持っているのか。だとしたらあの少女は本当に生きた人間で、見たままただのヌーダなのか。気になっていたマンセンは少し寄り道し、彼女との接触を試みたのだった。
(そういえばあの時、ブェラー・ニエについてはきいたガ、地図については聞かなかった……というか俺、ドガァ・マ・ンラの匂いと玉の事に気を取られて調べもしなかったナ。もしかしてあの時感じた微かなブェラー・ニエの匂い……あのガキが地図を持ってたって事か?)
と考え、マンセンは冷静さを取り戻し殺気を引っ込める。落ち着いた頭で紫髪の少女以外に目をやり、その匂いに気が付いた。
(ン? けど他のヌーダ共……あいつらは普通の人間カ。まア、魔族だとか魔獣だとカ、他にも人間じゃねーのもいるけド……あのブェラー・ニエ共は普通の人間とはつるまなイ。だとすると双子とガキは完璧な仲間ってわけじゃねーのカ? けど、あのガキがここに居るのも偶然とも思えねーシ……、ドガァ・マ・ンラである事にも違いねーシ……。どうすっかナー。―――匂いは強烈だガ、魔力は大した事ねー。感じるヴァーティ的にも……体力だとか体の強度だとか、概ね並みの人間カ……)
同胞の目を通し満足するまで少女を観察し直し、彼は「ヨシ!」と手を打つ。
(とりあえず今はほっといていいカ! 俺と合った後にあの女と知り合ったってだけかもだシ、あいつらと繋がってたとしてもあの面子じゃ一時的だろうしナ。あいつ等がヌーダとちゃんと向き合うとは思えねーもン。どうせ用が済めば殺されるのがオチだよナ。とりあえず数体見張りはつけておくカ。玉の事もあル。ドガァ・マ・ンラ同士の潰し合いも見れるかもしれネェ。結果は見えてるけど何があるか分からねーしナ)
「さテ」
彼はぴょんと遺体から降りて部屋を出た。
(あの部屋がどうにもできないならこの家を丸々囲わせてもらうカ。―――クククッ……あいつ等ここに入れなくなってたら腹立つだろうナ。盗られた二十一番の代りダ。家をまるごと押さえさせてもらうゾ)
マンセンはその塒の入り口へとつながる石作りの階段を上がった。
階段の先には薄暗い外を切り取ったいびつな形の出口が見え始める。
岩が幾つか重なってできた穴から出ると、昼だというのに暗い陰鬱な木々の群とが広がっている。マンセンは一見獣の巣穴のような玄関を見下ろした。
(あの陣の部屋の魔力に触れないよう、範囲は広めにとらねーとナ。―――さテ、どれだけ集められるカ)
彼はその場でぴょんぴょんと跳ねだす。
彼が跳び、地面に着地するとともに魔力が波紋となり周囲へと広がり溶けていく。波紋は木や岩といった障害物を透過し、マンセンから離れていくとともに薄くなり消えていく。
マンセンの魔力が波紋となって広がった先では、その地の木霊たちがざわめきあっていた。
「ナンダ」
「ナンダ?」
「ヨンデルゾ。ダレカガヨンデル」
「ダレダ」
「ダレダ?」
「ハジキモノダ」
「忌ミ子ダ」
「ドガァの手下ダ」
「穢ラワシイ駒カ」
「アワレナヤツダ」
「アワレアワレ」
「カカワラナイ」
「オレラ ドガァニ関ワラナイ」
「カカワラナイ」
「アワレアワレ」
木霊達のやりとりはマンセンの元にコロコロと聞こえてきた。
その内容を聞き流し、マンセンは跳ねるのを辞めて「意外といるナ」と呟く。
「よし。んじゃマァ、―――……!」
彼は今までよりもひときわ高く飛びあがり、着地と共に周囲へと魔力の波を放った。薄く広く空気に馴染むように広がっていた先ほどまでの波紋と違い、今回の魔力は濃く強く勢いがある。草木を揺らし石ころを転がし、その魔力は荒々しく広がった。
マンセンの放った濃い魔力。それを受けた木霊たちはピタリと動きを止めた。早めに察して身を守っていた者達の視線の先、マンセンの魔力にあてられたもの達の体からぷすりぷすりと燻されたように薄く煙を発し黒くくすんでいく。
黒く燻んだ一体が「―――まあまあだナ」と呟いた。その近くにいたもう一体が頷く。
「アア。まあまあダ」
他の黒く煤けた木霊達も同調した。
「これだけいれば充分カ」
「充分ダ。ヨユーヨユー」
「意外といたナ」
「その分早く終わらせられるナ」
「こりゃぁいイ。使いたいほーだいダ」
ぴょんぴょんと跳ねているく黒い彼らを見送り、身を守った者達の一人は「アーア……」と憐れむような声を溢した。
マンセンがダークエルフの巣穴の前で待っていると、やがて木々や岩の影からひょこりひょこりと黒い木霊たちが湧くようにやって来た。
彼らが一定数集まると、彼はただ「やるカ」と呟く。その言葉だけで理解したように他の木霊達は頷いた。
木霊達はわらわらと、ダークエルフの家がある範囲を地上から囲み、木々の上や岩の上、土の上等各々の場所でリズムを取って跳ね始める。
暗い森の中に太鼓の音が響き始めた。
木霊達が飛び跳ね地面に着地するたびに、トントン、タンタン、ポンポン、と膜を叩くような太鼓に似た音が上がっていた。個々の足元に魔力の波紋が広がり、隣り合う者達の波紋とぶつかり合い混ざり合い、そうやって広範囲に魔法が構築されていく。
魔法の展開が佳境に入ると、木霊の中から灰となって散っていく者達が現れ始めた。それは小さかったり、魔力の保留量が少ない個体達だ。
中心で指揮を執る様にことさら高く、遅いテンポで跳ねていたマンセンはそれらの光景を見ながら「わりぃナ」と他人事のように呟いた。
魔法が完成し、木霊達が一斉に跳ねて地面に着地する。
地に足が触れた瞬間にマンセン以外のすべての木霊達が灰となって風に消えた。
「ヨォシ、完璧! じゃああっちもそろそろ―――足止め終わりダ」
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