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第1章 変わる日常

第5節 冒険者といつもの返事

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 ギルド端っこのテーブルに目立たないように小さく腰を下ろしてから、グラフォスの周りに特に何の変化もない。
 パーティメンバーはおろか、誰1人として彼に近づく様子は一切なかった。

 その間グラフォスはヴィブラリーから持ち出した既に三回は読んでいる本を読んでいたわけだが、その様子は閑散としながらも騒がしいギルドには全く似合わない光景だった。

 本を流し読みしながらたまに、五分に一回くらいのペースでグラフォスの募集依頼が貼りだされている掲示板のほうを十分ほど眺めていたが、この時間になるとそもそも掲示板に立ち寄る人のほうが少ない。

 立ち寄っている人がいたとしても寝坊して慌てたように余り物の討伐依頼をひっぺがしていく冒険者くらいのもので、グラフォスの依頼には目もくれない。

 そしてちょうど一時間後、グラフォスは開いていた本を静かに閉じるとゆっくりと立ち上がる。
 そして少し離れたテーブルで談笑をしている冒険者のもとへと近づいて行った。

「あの少しよろしいですか?」

「ああ? 俺らは今忙しい……なんだミンネさんとこの坊主かよ」

 忙しいと口走った冒険者は手に持っていた木製のジョッキを傾けると、その中身を豪快に音をたてながら飲み干す。

 昼間から酒を飲んでいるこの様子がいったいどこが忙しいのかはわからないが、大人にとってはこういったことも忙しい何かになるのだろう。

 都合のいいところで子供になるグラフォスであった。

「それで俺らに何の用だ?」

 酒を飲んでいた冒険者の周りに一人のいかにも魔法使いといった三角帽子をかぶった女性と、鎧をまとったごつい男性が近づいてくる。

 ちょこちょこ目に入っていたから気づいてはいたが、グラフォスがにらんだ通り彼らは三人で一つのパーティのようだ。

「言わなくてもわかるでしょう。あれよあれ」

「ああ、あれか。まったく坊主も懲りねえ奴だな」

「そう言ってやるな。少年なりに必死なのだよ。若いころというのは無謀に挑みたくなるものだ」

 三人の冒険者はグラフォスの奥に見える掲示板を指さしながらあきれたように話をしている。事情が分かっているのなら話は早い。

「僕のパーティ募集依頼を受けてくださらないでしょうか」

「受けねえよ」

 最初からそこにいた冒険者は若干不機嫌そうな顔で酒をあおりながら、しかしはっきりとした口調で即答する。
 その様子を見ながらも横に佇む二人も特に何か口を挟もうとはしない。

「……そうですか。わかりました」

 グラフォスは特に粘るわけでもなく三人に対して軽く頭を下げると、今度はグラフォスが座っていたテーブルから反対側にいる冒険者たちのもとへと向かう。

 カウンターの前を通るときにドリアさんに心配そうな目で見られていたが、あえて目は合わさなかった。

「すいません」

「なんだ? あ! お前はさっきドリアさんと親し気に話してたガキじゃねえか!」

「なに~、あんたこんな子供に嫉妬してんの? みっともないわよ」

「そんなんじゃねえよ」 

 グラフォスの存在に一瞬目を向けた二人だったが、すぐに彼に興味を無くして他愛のない話へと戻っていく。

 女のほうは軽装な見た目からしてシーフで、男のほうは大剣を持っているからおそらく戦士だろう。あまりバランスはよくなさそうに見える。

「あの、もしよろしければ僕を今日一日パーティ同行していただけないでしょうか」

「ん? ああ今日はもう店じまいだよ。ていうか今日は休暇日だ」

「休暇日までギルドに来ているのはどうかと思うけどね」

「ドリアさんがいるんだから休みでも来るだろうよ。酒も飲めるしな!」

「はあ、あほらし。それに付き合ってる私も私だけど」

 またグラフォスがいることを気にしない会話を始めたところでグラフォスは脈なしと判断して、その場を離れようとする。

「おお、ちょっと待てガキ。お前選定職業は何なんだ?」

 グラフォスに意識を戻した男が背中を向けた彼に声をかける。

「書き師です」

「書き師だあ!?」

「あんた書き師で冒険者になろうとしてるの? 無謀にもほどがあるでしょ!」

「別に僕は冒険者になりたいわけじゃないんです。この街の外にころがっている知識を収集したいだけで、それでパーティ募集をしているんです」

「はあ……」

 目の前の二人から深いため息が聞こえる。グラフォスにとってはよくされる質問で、質問の問いに対する反応はよくありふれた内容だ。

「そうか、まあがんばれよ。俺は力になれないけどな」

「さすがにねえ……何かあっても責任取れないし。私たちだって新米だから非戦闘職の面倒なんて見れる自信ないし」

「お気遣いありがとうございます」

  書き師とは本来街の外へ出るような職業ではない。

 は街の本屋で一生を過ごすか、頭がよければ王城の図書館で暮らせるか、そういった生き方をする人がほとんどだ。

 それを知っているグラフォスもその二人の反応に特に落胆する様子もなく、先ほどと同じように軽く頭を下げると、ほかの冒険者のほうに向かった。

 その後討伐依頼が貼りだされている掲示板を眺めている冒険者、受付嬢と話していて何やら肩を落として歩いてた冒険者に声をかけたが、すでにその人たちは何度もパーティ依頼を直談判したことのある人たちだ。当然受けてくれるはずもなかった。

「しょうがないか……」

 グラフォスは口の中で小さくつぶやくと、元居た席にいったん戻ろうと足を進めた。

「おい坊主、ちょっと待て」

 しかしテーブルにたどり着く前に一番最初に声をかけた酒を飲んでいる冒険者に声をかけられる。
 グラフォスはその場で足を止めると、ゆっくりと声をかけられた方に目を向けた。
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