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第2章 創造魔法と救世主

第35節 魔法と魔術

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「ちょっとあれって魔法陣よね!? 私んだけど!」

 グラフォスが一息つく間もなく、シャルはグラフォスの周りに突き刺さっている、さらには上空に待機していた槍の雨を杖一振りで消失させるとものすごい形相でグラフォスに迫ってくる。

「僕が基本魔法を使用するときは魔法陣は顕出しますね」

「それが普通じゃないってことは気付いているんだよね?」

「もちろん。でも僕の魔法は魔術ではないです。その域には到底到達していません」

 魔法と魔術の違い。今更だがグラフォスは自分が使っている魔法について考える。

 魔法を使用するときは通常であれば魔法陣など出現しない。魔力の放出と魔法名に合わせて、それに応じた魔法が使用されるだけだ。
 対して魔術は一つの魔法を極限まできわめて高みに至ったものが使える物といわれている。

 魔法陣を用いて検出される魔術は通常の魔法とは違い凄まじい威力を発揮して、その魔術ひとつで国の一つや二つは征服できるといわれている。

 魔術を使える人間なんてグラフォスの間近にはもちろんいないし、世界中を探したとしてもその数は限られている。
 グラフォスの魔法陣を用いた魔法は、威力も効率もそんな高みには全く至っていない。

 だから魔術ではないのだ。たまたまグラフォスが使用する魔法が魔法陣を描いて出力されるだけなのだ。

 グラフォスはシャルにも自分の考えをまとめるように、そのことを話した。
 てっきりこの話をすれば納得してくれるだろうと踏んでいたグラフォスだったが、帰ってきた反応は意外にも頭を抱えてからの盛大な溜息だった。

「理屈ではそうなのかもしれないわね。理屈というかグラフォス君の中ではね。でも一般的にはグラフォス君が使うそれを見たとき、魔術を使えるんだって思うわよ」

 グラフォスは自分が使用している魔法が特別だなんて思っていなかった。
 ただ確かに客観的に見れば、魔法陣を用いた魔法というのは異常、はたから見れば魔術にも見えるかもしれない。

 だからミン姉は人前で魔法を使うなと言っていたのだろうか。

 ミンネに言われているのはブレインライト、羽ペンで文字を書く魔法のことだけだが、確かにこの魔法も人前で使わないに越したことはない。

「まあ僕にとって周りの評価はそんなに気になりませんけど」

「君が気にしなくても周りはめちゃくちゃ気にするのよ……」

「おーい、そろそろ話は終わったか?」

 シャルとグラフォスの会話が堂々巡りになりそうになっていた時、タイミングよくトキトが間に入ってきた。

「それでシャルがグラフォスに勝ったから、坊主は俺たちについてくるってことでいいよな?」

「そんな話してませんよね?」

 グラフォスは無理やりここまで連れてこられて気づいたらシャルと戦う羽目になっただけで、勝利条件等の話は全くなかったはずだ。

「それにこれで僕を連れて行っても役に立たないってことはわかったんじゃないですか?」

「なにいってるの! あんな大魔法を使ってるのにぴんぴんしてるじゃない! 役に立たないわけないわ」

 グラフォスの言葉に鼻息荒く反論したのはまさかのシャルであった。せっかくの美人画台無しになるほどに、興奮しているようだ。

「シャルのお墨付きだ。じゃあ間違いねえな! 坊主、ここまで言われていかないとは言わないよな?」

「ほんっとうに強引ですね……。アカネとミンネさんに相談してからでもいいですか?」

 と口では言っているが、グラフォスの心はトキト達についていく方にほとんど傾いていた。
 シャルのサポート性能は今の戦いで十分強いとわかったし、トキトの攻撃力も問題ないだろう。
 死ぬリスクが下がるのであれば緊急依頼にはむしろ参加したいくらいだった。

 ただアカネに言わないとミンネにおかしな形で話が伝わるかもしれないし、ミンネには心配していると面と向かって言われたばかりだ。
 昨日の今日で何も言わずに危険にとびこむのはさすがに気が引ける。

「アカネは何かできるのか?」

「回復魔法が使えます。正直僕よりすごいと思いますよ」

「私の回復だけだと心もとないし、いいんじゃない? ついてきてもらっても」

「連れて行くかどうかはわかりませんよ」

 こうしてほぼ無理やりといった形でグラフォスはトキト達とあのタイレントキングの討伐に挑むこととなった。

 不安なのはミン姉の説得だけか……。



 グラフォスがヴィブラリーに戻ると、強制連行されたグラフォスの代わりにアカネがカウンターで背筋をぴんと伸ばして姿勢よく座り店番をしていた。

 その周りでは冷やかしであろう客がアカネを取り囲む形で談笑をしている。
 グラフォスはそんな冷やかし常連客を追い払い店から追い出すと、事の経緯を話した。

「私も行く!」

そしてアカネは開口一番何の迷いもなくそう言い放った。

「即決ですか……。森にピクニックに行くわけではないんですよ?」

「それはちゃんとわかってるよ! でもグラフォス君がまたあの魔物に立ち向かうのに、私だけ何もしないっていうのは……」

 アカネの言葉は徐々にしりつぼみに小さくなっていき、最後の方は何を言っているのか聞き取れなかった。

 しかしアカネも今回の討伐依頼に参加するということが危険であるということは理解しているようだ。
 そのうえで、グラフォスについていきたいといっている。

「……はあ。わかりました。僕も行くって言っちゃっているようなものですからね。回復魔法は重要ですし、ついてきてもらってもいいですか?」

「うん!」

「それともう一つお願いが……」

 グラフォスはそこまで言うと一度口を閉じる。お願いしていいものか迷っているようにも見えた。

 アカネはそんなグラフォスの様子をめずらしく思い、首をかしげながら続きの言葉を待つ。

「ミン姉を説得するのを手伝ってほしいんですよね。といっても同席してくれるだけでも全然いいんですけど。昨日の今日だから納得してくれるとは考えにくいんですけど……」

「そう……だよね。わかった、私もミンネさんを説得できるよう頑張ってみるね」

「何、私がなんだって?」

 突如二人の会話に割り込んできた声に思わず二人は合わせたように同時にびくっと体を震わせる。

 そしてゆっくりと声がした方、店の入り口に顔を向けるとそこにはほほえみながら立っているミンネの姿があった。

「ミンネさん!」

「ミン姉……」

「店先でその呼び方はやめなっていっただろ、グラフォス。そんなミスするなんて珍しいじゃないか。何か内緒の話でもしてたのかい?」

 ミンネは何が楽しいかにやにやと笑いながら店の中に入ってくる。 
 対するグラフォスとアカネは全身に冷や汗をかいてその表情は凍り付いていた。

「ミンネさん、話があるんですけど……」

 グラフォスはゆっくりと覚悟を決めたように口を開く。
 もう少し心の準備をしてからか話す内容をまとめてからミンネに話そうと思っていたが、こうなってしまっては仕方がない。

「話ねえ……。その前に店じまいだ。ご飯にするよ」

 ミンネはグラフォスの言葉を受け一瞬思案するような表情を見せたが、店内に流れ始めた重い雰囲気を消し飛ばすように明るい口調で、その手に持った食材を手にかざすのだった。

 グラフォスとアカネはそういわれて初めて外がすでに日が沈みかけていることに気づき、自分たちが思いのほか空腹であることに気が付いたのだった。
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