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第2章 創造魔法と救世主

第34節 魔法陣と呪術

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 気づくとグラフォスは修練場、もといギルドの裏庭にシャルと向き合う形で立っていた。

「どうしてこんなことに……」

 勢いよく店に現れたトキトは、グラフォスの話を聞く前に彼の手を引っ張り店の外へと連れだした。

 グラフォスは必死に自分が戦力外であることを伝えたが、トキトは「あの魔物の枝を灰にしたのは坊主だろ? じゃあ問題ない!」と言って聞かず、それでも抵抗しているとなぜかギルドに連れてこられたのだ。

「ドリア! 修練場借りるぜ!」

「え、トキトさん!? それにグラフォス君も? どういう組み合わせ? それにうちに修練場なんてものはないですよ!」

「それなら裏庭でいいや!」

 そうして現在の状況が出来上がったわけである。

「ごめんね、グラフォス君。トキトって言いだしたら納得するまで聞かないのよね」

「はあ……」

 トキト曰く「近接職と魔法職だと実力が分かりにくいだろ? だからシャルと戦ってみな」とのことである。

 グラフォスは現状の状況に諦めを覚え、何とか持ってくることができた本を左手に持つ。
 それは昨日のことを書いていた本であった。

 まあ、実験したいこともあったしちょうどいいのかな。

 グラフォスはそう考えることで今の状況に折り合いをつけると、ゆっくりと本を開きあるページで開く。
 そのページは昨日グラフォス自身が使用した炎を纏った大剣のことを詳細に記載したところだった。

「へえ、本を使って魔法を使うんだ? というよりもやる気になってくれたのね」

「だってやらないと一生ここにいなきゃいけないんですよね」

「よーし、ルールは簡単だ! お互い撃てる攻撃魔法は一発だけ。支援魔法はいくらでも使ってよいこととする! まあちょっとシャルに有利な内容だけど、シャルも別に呪術を連発できるわけじゃねえし、攻撃力に関しては皆無だしな。大丈夫だろ」

「本当に話を聞きませんね……」

「こういう子なのよ」

 シャルとグラフォスはトキトの唯我独尊ぶりに苦笑いを浮かべつつも、お互いに見つめ合い臨戦態勢に入る。

「じゃあよーい……はじめ!」

 トキトは掛け声とともに片手を振り上げ、そして大きく振り下ろす。

 グラフォスはそれを横目で流すように見ると、シャルの方に意識を集中させる。
 シャルは杖を構えているものの何かしてくるような気配はない。

「何もしてこないのであれば、遠慮なく僕から行きますね」

 どうせほとんどばれているのだ。これ以上シャルとトキトに自分の手の内がばれても彼女らなら下手に言いふらす真似はしないだろう。 
 相手が動かない状況を十分に利用させてもらおう。

 まずは実験その一。

「『リリースクリエイト』『炎上大剣バーニングたいけん』」


 グラフォスが詠唱すると同時に本の文字が浮き上がり黄金色に淡く輝き始める。

 しかし文字が魔法陣に変換されそうになったところで、それは霧散し本の上から黄金色の塵を降らせただけだった。

「……なるほど?」

「へえ、何か見たことない魔法の使い方をするのね。失敗しちゃったように見えるけど」

「シャル! お前も早く戦えよ!」

「まあグラフォス君がどういう魔法を使うのか見てみたいじゃない?」

 シャルは余裕しゃくしゃくと言った様子で未だ動く気配がない。
 グラフォスは動かないのであれば好都合と判断し、もう一度口を開く。

 魔法名の詠唱のみでは魔法は発動されない。魔力の消費量も少ない。
 それならこれはどうだろう。

「我創造す。火の剣を持ち、炎をまといて迫る脅威をただ、無秩序に打破せよ。燃え上がる炎はその身を灰塵と化して再生することを禁ずる。『リリースクリエイト』『炎上大剣バーニングたいけん

 昨日発動した時と一字一句違わぬ長文詠唱を口ずさむように軽い口調で詠唱するグラフォス。

 しかし本の上に顕現した黄金色の文字は魔法陣の形を造ったものの、炎の大剣を出現させる前に力をなくしたように、先ほどと同じく霧散してしまった。
 グラフォスはそれを見ながら、また考えを巡らせる。

「ちょっと待って……。今のって魔法陣……?」

 戸惑いにも驚きにも似た声を聴いたグラフォスがシャルの方に顔を向けると、シャルは今見た光景が信じられないとでもいうように目を見開いてグラフォスが持つ本と、グラフォス自身を交互に見つめていた。

「おいシャル! いい加減にしろよ! まじめにやれ!」

「トキト! ちょっと黙ってて!」

「なんだよ……」

 二人のやり取りを耳にしながら、グラフォスは次の詠唱準備へと入る。

 魔法名の詠唱はダメ。長文詠唱したとしても顕現しない。ただし魔力の消費量は昨日ほどではないものの消費している感覚はある。
 あと足りないとすると……。

 グラフォスは目を閉じ、自分の思考にさらに集中できるよう両耳を手でふさぎ、周りの音までも遮断する。
 本は魔力で浮いているためグラフォスの左手に寄り添ったまま。

「うそ……魔力だけで物体を浮遊させてるの?」

 シャルが何か言っているが聞こえない。それよりも今は集中だ。

 グラフォスは思考を巡らせ記憶を思い返し、昨日の情景を思い返した。

 顕現したものは火属性の大剣。敵にそれを向け接触の瞬間に炎を顕現させてダメージを与えた。 
 相手がたとえ再生能力を持つ敵だとしてもそれは切断部分を隅に変え、再生することを許さない。

 グラフォスの集中力が極限まで高まる。グラフォスはゆっくりと目を開けると静かな口調で唱えた。

「『リリースクリエイト』『炎上大剣バーニングたいけん』」

 そうすると左手に浮いていた本から文字が、そこから魔法陣が生成される。
 そしてその魔法陣から大剣の形を象った火が現れ、グラフォスの右手にゆっくりと近づいていった。

「へえ、こりゃすげえな」

「うそ、偶然じゃなくて本当に魔法陣を使った?」

 トキトの楽しそうに口角をあげる顔とシャルの共学で口が開いてしまっている間抜け面が目に入るが、今のグラフォスにとってそれは些細なことでしかない。

 グラフォスは右手をシャルの方に向けるとそれと同時に、火の大剣の矛先がシャルの方に向く。

「行け」

 ただその一言を発しただけで、火の大剣はグラフォスの手元を離れシャルの体めがけて直進した。
 直進する最中に剣から大量の炎が噴き出し、それはとぐろのように大剣に絡みつく。

「ボーっとしてる場合じゃねえぞ! なんとかしろ!」

「そ、そうね!『』」

 シャルはトキトの声で我に返ると、眼前まで迫ったグラフォスが放った大剣に向かって杖を振る。

 するとさっきまでの勢いが嘘のように、まるで氷像のように大剣は空中で完全に動きを制止した。それはまるで大剣の部分だけ時間が止まっているように見えた。

 しかしシャルが大剣を避けるように一歩後ろ下がると同時に、グラフォスが大剣に魔力を注ぎ込み、大剣は勢いを取り戻し再びシャルに向かって動きを再開する。

「私の呪術が一瞬で!? 『そく』」

 シャルは驚きながらも自分の頭上に杖を掲げると、水晶玉を回すように杖を振る。
 そして次の瞬間大剣がシャルと接触すると思われたが、すでにそこにはシャルの姿はなかった。

 瞬時に左手に移動していたのだ。グラフォスもシャルが高速で移動したことに気づき、大剣の向きを変えようとするが、グラフォスの動作がシャルの速さに追いつくことができなかった。

 シャルは無言でそしてさっきまでの微笑みを顔からは消し、いたって真剣な表情でグラフォスの方に近づいてきていた。

 しかしグラフォスはシャルの姿を追い切れていなかった。
 こちらに近づいてきていると思っていた時にはすでにシャルはグラフォスの左手に立ち、大きく杖を振りかぶっていた。

「ごめんなさいね。私にも意地はあるのよ」

「まだ負けたって言ってませんよ。『リリース』『マジックシールド』」

 勝ち誇ったように微笑むシャルに向かってグラフォスは咄嗟に詠唱し、杖の軌道範囲である自分の頭を守るように、軌道を予測して出現させた。
 しかしシャルの微笑みは消えることはない。
 杖はそのままグラフォスに向かって振りかぶられることはなく、大きく方向転換し空に向かって突き出される。

「『連・槍・雨・速れんそううそく』」

 グラフォスが杖とシャルの目線につられて上空に目を向けた次の瞬間、グラフォスの周りに大量の槍が降り注ぎ、グラフォスの全周囲を埋め尽くす。

 そしてまだ上空には大量の槍が待機している状態。
 つまりこれ以上少しでも攻撃するそぶりを見せれば、グラフォスの脳天めがけて上空の槍が降り注がれるというわけだ。

「どうかしら?」

 シャルはおどけたようにウインクをしながらも、その額にはうっすらと汗をかいている。
 それを見たグラフォスは炎を纏った大剣を消失させ、こう宣言した。

「参りました」

 突如始まった模擬戦はシャルの勝利で幕を閉じたのだった。

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