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★本編★
嵐
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教会での暮らしはとても快適だった。離れの荒屋や屋敷の過度に飾り立てた部屋よりもずっと。
この小さな空間にいると自分らしく楽に呼吸が出来る気がする。
「アリス様朝の礼拝が終わりましたよ。今日は雨なのでお祈りの方も少なかったです」
そう言って声をかけてくれる司教のナツも僕に遠慮して気を遣ったりしない。勿論あれこれ聞こうとしたり邪魔者扱いする事もなく自然に接してくれて居心地がいい。
「ありがとう。じゃあお祈りしてくるね」
問題なく歩けるようになってから一般の人々が帰った後そっと一人で礼拝堂に行き祈る事が習慣になった。
この時だけは交代で着いて来る三人にも遠慮してもらい静かな時間を過ごす。この国が崇拝する女神様と対話するために。
「おはようございます。フローレンス様」
勿論返事はない。けれどたおやかな女神像はいつものように慈愛に満ちた目で静かに僕を見下ろしていた。女神フローレンスは豊穣と繁栄を司る春の神様だ。この国が気候も穏やかで豊かなのはフローレンスのお陰だと皆が彼女を信仰し崇めている。
……たった一人、現在は皇太子だが二年後にこの国の王となるルドルフ以外は。
ルドルフは神を信じない。信じるのは自分だけだと教会にも寄り付かないくらいだ。それでもこの施設が成り立っているのはひとえに国民の信心からだ。いかに皇太子とて女神フローレンスを排除する事は出来ないのだ。
「フローレンス様僕はこれからどうしたらいいんでしょうね」
ずっとここにいたいがそんな訳にもいかない。リカルドは未だに父に僕の回復を黙ってくれているけれどそれも長くは続かないだろう。
毒を盛った犯人に関してはノエルが解決に奔走している。僕はエレノアとバクロだと思っているが。ジュースを運んできたボーイは舞踏会の後遺体で発見されたと聞いたし証拠を見つけるのは難しいだろう。
父がそれを知っているかは不明だが何があってもあの二人を庇うはず。
執拗に調査をするノエルがあの家で居づらくならないか心配だ。
早く家を出たい。
そうすればノエルも自由になる。
魔力を磨く事だけではなく子供の自分でも何か出来る事は無いだろうか。
雨が激しくなって来た。
窓ガラスに当たる雨粒も大きくなり土砂降りの用を呈している。
その時、雨の音に紛れ鈴のような音がした。
ハッとしてフローレンスの像を見上げるとその口元が僅かに微笑んでいる。
「気のせいか?」
ぱちぱちと瞬きをしたところで白く掘り込まれているその唇がすうっと開き・・そして僕の名を呼んだ。
アリス
「は!はい!」
絶望しないで
アリスと同じにやり直している者がいる
その者が助けてくれる
頭に直接響くような鈴の音。
けれどそれは心地よく全身を暖かく満たしてくれる。
「やり直しをしてる人が僕以外にも?それは一体誰ですか?」
思わず問い返すが既にフローレンス像は元の石に戻ってしまっていた。
「神託?いや空耳か?」
けれどあの鈴の音のような声がまだ耳に残っている。
非力な僕を哀れに思い女神様が言葉をくれたのだろうか。
しばらく立ち尽くしフローレンス像を見ていたがもう二度とその唇は動かなかった。
祈りを終えた後、僕はいつものように礼拝堂の掃除をしていた。
椅子を拭く手はちゃんと動いてはいたがさっき女神の言った僕と同じ人がいると言うのが気になって仕方ない。
公爵って事はないよな。リカルドもない。もしかしてノエル?
外は夜のように暗く雷鳴が轟いていて当分雨も止みそうにない。
「いつまで降るのかな」
考えるのにも疲れてそんな事を呟いているとキイとドアが開く音がして背の高い男が一人礼拝堂に入って来た。
「邪魔をする。雨が激しくなったのでここで雨宿りさせてくれ」
くぐもった低い声。深くマントを被った大男は確かに全身びしょ濡れだ。
けれど彼から放たれる重々しいオーラは一体何なのだろう。それが実際よりも彼を更に大きく見せていた。
僕は怯えつつも急いで隣の部屋からタオルを持って来て男に向かって差し出す。
「悪いな」
その声にはっとして男を見上げるとフードの中の顔に見覚えがあった。
黒い長めの髪に金色の鋭い目。
獰猛で不遜なフェロモン。
ルドルフ!!
僕の心臓が警鐘を鳴らすようにドクドクと波打つ。
教会嫌いの男とこんな所で会うとは夢にも思わなかった。それに会うのは四年後のはずだ。
混乱なのか恐怖からか全身の血が沸き立ち呼吸が乱れて立っていられなくなった。
「ヒートか?薬は?」
「え?なに?」
ヒート?そんなはずない。まだ三年も早い。
焦りでパニック状態の僕をルドルフは着ていたマントで包み荒天の中へと連れ出した。
「ちょっと!やめ」
「黙ってろ。お前を宮殿に連れて行く」
「なんで!」
その質問には答えず教会の前に繋いであった馬に僕を横抱きにして飛び乗る。訳も分からぬうちに黒く艶めく軍馬は目的を持って力強く走り出した。
口に雨が入り上手く喋れない。
冷たい雨を全身に浴びているのにどんどん体が熱くなっていく。
けれどこのままルドルフの番にさせられるわけにはいかない。まだ何も出来ないし何の準備も出来てないんだ!
そんな僕の声にならない叫びは激しい嵐に飲み込まれた。
この小さな空間にいると自分らしく楽に呼吸が出来る気がする。
「アリス様朝の礼拝が終わりましたよ。今日は雨なのでお祈りの方も少なかったです」
そう言って声をかけてくれる司教のナツも僕に遠慮して気を遣ったりしない。勿論あれこれ聞こうとしたり邪魔者扱いする事もなく自然に接してくれて居心地がいい。
「ありがとう。じゃあお祈りしてくるね」
問題なく歩けるようになってから一般の人々が帰った後そっと一人で礼拝堂に行き祈る事が習慣になった。
この時だけは交代で着いて来る三人にも遠慮してもらい静かな時間を過ごす。この国が崇拝する女神様と対話するために。
「おはようございます。フローレンス様」
勿論返事はない。けれどたおやかな女神像はいつものように慈愛に満ちた目で静かに僕を見下ろしていた。女神フローレンスは豊穣と繁栄を司る春の神様だ。この国が気候も穏やかで豊かなのはフローレンスのお陰だと皆が彼女を信仰し崇めている。
……たった一人、現在は皇太子だが二年後にこの国の王となるルドルフ以外は。
ルドルフは神を信じない。信じるのは自分だけだと教会にも寄り付かないくらいだ。それでもこの施設が成り立っているのはひとえに国民の信心からだ。いかに皇太子とて女神フローレンスを排除する事は出来ないのだ。
「フローレンス様僕はこれからどうしたらいいんでしょうね」
ずっとここにいたいがそんな訳にもいかない。リカルドは未だに父に僕の回復を黙ってくれているけれどそれも長くは続かないだろう。
毒を盛った犯人に関してはノエルが解決に奔走している。僕はエレノアとバクロだと思っているが。ジュースを運んできたボーイは舞踏会の後遺体で発見されたと聞いたし証拠を見つけるのは難しいだろう。
父がそれを知っているかは不明だが何があってもあの二人を庇うはず。
執拗に調査をするノエルがあの家で居づらくならないか心配だ。
早く家を出たい。
そうすればノエルも自由になる。
魔力を磨く事だけではなく子供の自分でも何か出来る事は無いだろうか。
雨が激しくなって来た。
窓ガラスに当たる雨粒も大きくなり土砂降りの用を呈している。
その時、雨の音に紛れ鈴のような音がした。
ハッとしてフローレンスの像を見上げるとその口元が僅かに微笑んでいる。
「気のせいか?」
ぱちぱちと瞬きをしたところで白く掘り込まれているその唇がすうっと開き・・そして僕の名を呼んだ。
アリス
「は!はい!」
絶望しないで
アリスと同じにやり直している者がいる
その者が助けてくれる
頭に直接響くような鈴の音。
けれどそれは心地よく全身を暖かく満たしてくれる。
「やり直しをしてる人が僕以外にも?それは一体誰ですか?」
思わず問い返すが既にフローレンス像は元の石に戻ってしまっていた。
「神託?いや空耳か?」
けれどあの鈴の音のような声がまだ耳に残っている。
非力な僕を哀れに思い女神様が言葉をくれたのだろうか。
しばらく立ち尽くしフローレンス像を見ていたがもう二度とその唇は動かなかった。
祈りを終えた後、僕はいつものように礼拝堂の掃除をしていた。
椅子を拭く手はちゃんと動いてはいたがさっき女神の言った僕と同じ人がいると言うのが気になって仕方ない。
公爵って事はないよな。リカルドもない。もしかしてノエル?
外は夜のように暗く雷鳴が轟いていて当分雨も止みそうにない。
「いつまで降るのかな」
考えるのにも疲れてそんな事を呟いているとキイとドアが開く音がして背の高い男が一人礼拝堂に入って来た。
「邪魔をする。雨が激しくなったのでここで雨宿りさせてくれ」
くぐもった低い声。深くマントを被った大男は確かに全身びしょ濡れだ。
けれど彼から放たれる重々しいオーラは一体何なのだろう。それが実際よりも彼を更に大きく見せていた。
僕は怯えつつも急いで隣の部屋からタオルを持って来て男に向かって差し出す。
「悪いな」
その声にはっとして男を見上げるとフードの中の顔に見覚えがあった。
黒い長めの髪に金色の鋭い目。
獰猛で不遜なフェロモン。
ルドルフ!!
僕の心臓が警鐘を鳴らすようにドクドクと波打つ。
教会嫌いの男とこんな所で会うとは夢にも思わなかった。それに会うのは四年後のはずだ。
混乱なのか恐怖からか全身の血が沸き立ち呼吸が乱れて立っていられなくなった。
「ヒートか?薬は?」
「え?なに?」
ヒート?そんなはずない。まだ三年も早い。
焦りでパニック状態の僕をルドルフは着ていたマントで包み荒天の中へと連れ出した。
「ちょっと!やめ」
「黙ってろ。お前を宮殿に連れて行く」
「なんで!」
その質問には答えず教会の前に繋いであった馬に僕を横抱きにして飛び乗る。訳も分からぬうちに黒く艶めく軍馬は目的を持って力強く走り出した。
口に雨が入り上手く喋れない。
冷たい雨を全身に浴びているのにどんどん体が熱くなっていく。
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そんな僕の声にならない叫びは激しい嵐に飲み込まれた。
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