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第二章 静かに暮らしたいだけだったのに
27・先物取引と生産者の皆さん
ブラウンは男爵邸を出ると、とんぼ返りで職人村へ戻った。
宿屋で掃除をしていたライネルに、貴族の伝手ができたことを伝えると、彼は目を輝かせた。
「本当にありがとうございます、ブラウンさん! 危うく計画が頓挫してしまうところでした。助かりました!」
「いやいや、いいんだよ。古くからの知り合いでね、いろんな人を支援している篤志家なんだ」
「そんな立派な方がいるんですね。ぜひお礼を言いたいです!」
ライネルの言葉に、ブラウンは慌てて手を振った。
「いや、それはいい。表に出るのを嫌う人だから、気にしなくていい。君の感謝の気持ちは、ちゃんと伝えておく」
「そうなんですか。では、よろしくお伝えください」
「ああ。サロンとパーティーの詳細が決まったら連絡が来るから、その時に次の段取りを考えよう」
「はい!」
せっかくの大きなチャンスだ。それを生かさないのはもったいない。ライネルはお披露目会でどうすれば貴族たちの興味を引けるか、一生懸命考え始めた。
そうしているうちに陽が沈み、夕食の支度の時間になった。
ライネルがオイショを手伝ってじゃがいもの皮をむいていると、外からガヤガヤと人の声がした。
「誰か来たんですかね、ショーさん」
「そうだな。ちょっと様子を見てくる」
ショーがドアを開けた瞬間、数人の男たちが宿屋に雪崩れ込んできた。
「あんたがライネルか!?」
先頭の年配の男が、ブラウンに向かって叫ぶ。
「えっ? いや……」
ライネルを危険に巻き込みたくなかったブラウンは、返答をためらう。
しかし男は突然、床にひざまずいて頭を下げた。
「頼む! 俺たちも助けてくれ!」
「一体どうしたんだ?」
オイショが厨房から顔を出し、驚いたように声を上げた。
「なんだ、ソンギリじゃねぇか!」
「オイショ! お前からも頼んでくれ。あの“株式化”ってやつ、工房だけじゃなく俺たち農民も仲間に入れてくれ!」
「えっ?」
その場の全員――ブラウン、ショー、オイショ――が同時にライネルを見た。
つられてソンギリも視線を向ける。
「まさか……その子供が“株式化”とやらを考えたのか?」
「ああ、そうだ。ライネルは天才だからな!」
まるで自分のことを褒められたかのように、ショーが胸を張る。
ブラウンは聞こえないように小さく舌打ちをした。
「悪かった、まさか子供とは思わなかった。だが頼む、俺たちも仲間に入れてくれ。このままだと来年は種を買う金もなくなる!」
「わかりました。まずはお話を聞かせてください」
ライネルがそう言うと、ソンギリは外にいる仲間たちを呼び寄せた。
ぞろぞろと入ってくる男たち――皆、村の農家や漁師らしい。
食堂に集まってライネルたちは彼らの話を聞いた。
「皆さんはそれぞれ農業や漁業を営んでいるんですね」
「ああ。村の中だけじゃ売り上げが限られるから、主に外で売ってるんだが……天候次第で不安定な仕事だろ?不作の年は食う物にも困るし、豊作の年は値崩れして儲けがない。網もボロボロ、畑はあっても種を買う金がねぇ……。安定した暮らしがしたいんだ」
「なるほど……」
ライネルは腕を組んで考え込む。
(それなら“先物取引”はどうだろう?)
――“先物取引”とは、あらかじめ決めた期日に、商品とお金を交換する約束のことだ。
約束した金額はどんなに商品の価格が上下しても変わらない。
生産者にとっては安心して作物を作れる仕組みで、商人にとっても仕入れの不安が減る。
「それなら、相手は貴族ではなく“商家”になりますね。お店に直接話を持ちかけるか、物流を担う商会を探してみましょう」
「なるほど……そんな手があるのか!」
ソンギリは感心して何度もうなずく。
「不作で値が上がっても、翌年豊作なら暴落で苦しくなる。けどその仕組みなら安心だ」
「はい。では、王都に行ったときに商会を訪ねてみます」
「頼む! 本当に助かる!」
ソンギリをはじめ、男たちは安堵の笑みを浮かべた。
(まだ株式化も始まったばかりなのに、今度は先物取引まで……でもどうせ王都に行くなら一石二鳥だ。市井なら父に会うこともないだろうし)
ライネルは、再び新しい計画の紙を取り出し、静かにペンを走らせた。
宿屋で掃除をしていたライネルに、貴族の伝手ができたことを伝えると、彼は目を輝かせた。
「本当にありがとうございます、ブラウンさん! 危うく計画が頓挫してしまうところでした。助かりました!」
「いやいや、いいんだよ。古くからの知り合いでね、いろんな人を支援している篤志家なんだ」
「そんな立派な方がいるんですね。ぜひお礼を言いたいです!」
ライネルの言葉に、ブラウンは慌てて手を振った。
「いや、それはいい。表に出るのを嫌う人だから、気にしなくていい。君の感謝の気持ちは、ちゃんと伝えておく」
「そうなんですか。では、よろしくお伝えください」
「ああ。サロンとパーティーの詳細が決まったら連絡が来るから、その時に次の段取りを考えよう」
「はい!」
せっかくの大きなチャンスだ。それを生かさないのはもったいない。ライネルはお披露目会でどうすれば貴族たちの興味を引けるか、一生懸命考え始めた。
そうしているうちに陽が沈み、夕食の支度の時間になった。
ライネルがオイショを手伝ってじゃがいもの皮をむいていると、外からガヤガヤと人の声がした。
「誰か来たんですかね、ショーさん」
「そうだな。ちょっと様子を見てくる」
ショーがドアを開けた瞬間、数人の男たちが宿屋に雪崩れ込んできた。
「あんたがライネルか!?」
先頭の年配の男が、ブラウンに向かって叫ぶ。
「えっ? いや……」
ライネルを危険に巻き込みたくなかったブラウンは、返答をためらう。
しかし男は突然、床にひざまずいて頭を下げた。
「頼む! 俺たちも助けてくれ!」
「一体どうしたんだ?」
オイショが厨房から顔を出し、驚いたように声を上げた。
「なんだ、ソンギリじゃねぇか!」
「オイショ! お前からも頼んでくれ。あの“株式化”ってやつ、工房だけじゃなく俺たち農民も仲間に入れてくれ!」
「えっ?」
その場の全員――ブラウン、ショー、オイショ――が同時にライネルを見た。
つられてソンギリも視線を向ける。
「まさか……その子供が“株式化”とやらを考えたのか?」
「ああ、そうだ。ライネルは天才だからな!」
まるで自分のことを褒められたかのように、ショーが胸を張る。
ブラウンは聞こえないように小さく舌打ちをした。
「悪かった、まさか子供とは思わなかった。だが頼む、俺たちも仲間に入れてくれ。このままだと来年は種を買う金もなくなる!」
「わかりました。まずはお話を聞かせてください」
ライネルがそう言うと、ソンギリは外にいる仲間たちを呼び寄せた。
ぞろぞろと入ってくる男たち――皆、村の農家や漁師らしい。
食堂に集まってライネルたちは彼らの話を聞いた。
「皆さんはそれぞれ農業や漁業を営んでいるんですね」
「ああ。村の中だけじゃ売り上げが限られるから、主に外で売ってるんだが……天候次第で不安定な仕事だろ?不作の年は食う物にも困るし、豊作の年は値崩れして儲けがない。網もボロボロ、畑はあっても種を買う金がねぇ……。安定した暮らしがしたいんだ」
「なるほど……」
ライネルは腕を組んで考え込む。
(それなら“先物取引”はどうだろう?)
――“先物取引”とは、あらかじめ決めた期日に、商品とお金を交換する約束のことだ。
約束した金額はどんなに商品の価格が上下しても変わらない。
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「それなら、相手は貴族ではなく“商家”になりますね。お店に直接話を持ちかけるか、物流を担う商会を探してみましょう」
「なるほど……そんな手があるのか!」
ソンギリは感心して何度もうなずく。
「不作で値が上がっても、翌年豊作なら暴落で苦しくなる。けどその仕組みなら安心だ」
「はい。では、王都に行ったときに商会を訪ねてみます」
「頼む! 本当に助かる!」
ソンギリをはじめ、男たちは安堵の笑みを浮かべた。
(まだ株式化も始まったばかりなのに、今度は先物取引まで……でもどうせ王都に行くなら一石二鳥だ。市井なら父に会うこともないだろうし)
ライネルは、再び新しい計画の紙を取り出し、静かにペンを走らせた。
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