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第二章 静かに暮らしたいだけだったのに
37・光の渦の中に
夕方になり、舞踏会の時間が始まる頃になると、工房の希望の証はすべて完売してしまった。
持ってきた商品も、ある程度売れてオーダーが入ったお店もあったようだ。
「今日はとっても楽しかったですね!」
アノマリーが宝石を食べながら、嬉しそうに言う。
「ちょっとアノマリー、その宝石はどうしたの?」
「さっき工房に来たお客さんが、新しい宝石を買ってたから、古いのくださいってお願いしたんです」
「……アノマリー、君は自分がとても可愛らしい顔で生まれたことを感謝しないといけないよ」
ライネルの言葉に、アノマリーは、不思議そうに首をかしげた。
「ライネル、俺らはそろそろ引き上げるか?」
「そうですね。僕たちの出番はここまでです。後は今日来てくれた貴族の皆さんにお礼の意味を込めての舞踏会となりますが……どうしますか?」
「……どうって、まさか俺たちに参加しろってか?」
「強制ではありませんが、参加も可能らしいです」
ライネルはそう言って周りを見渡したが、皆、一様に目を逸らして明後日の方向を向いている」
「……分かりました。みなさん不参加だとブラウンさんに伝えておきます」
「よっしゃ!じゃあ帰って酒場に繰り出すか!」
「サシネさん、明日朝一番で村に帰るんですからあんまり飲まないでくださいね」
「分かってるって!」
「ショーさん!サシネさんをお願いしますよ。僕はマルゲリータさんにお礼を言ってからおいとましますから先に帰っててください」
「分かった、気をつけてな」
「はい、皆さんも!」
荷物を撤収して、ガランとした部屋で、ライネルはマルゲリータを探した。けれど、どこにも見当たらず、仕方なく舞踏会の会場に向かう。
「あら、ライさん、貴方も舞踏会に?」
先ほど希望の証を買ってくれた貴族の夫人がライネルを見て手招きをした。
「いえ、とんでもない。私は平民ですし、こんな機会をいただけただけでも幸せですので、ご挨拶をしてお暇いたします」
「まぁ今日の主役はあなただったじゃないの。いいじゃない。参加してらっしゃいよ」
「いえ!そんな!」
「もうすぐ領主のアルヴェリオ男爵も来られるはずよ?挨拶はいいの?」
その言葉にライネルの心が波のように揺れた。
(アルヴェリオ様に会える?!こんなチャンスもうないかもしれない)
領地を管理してるとは言え、アルヴェリオが実際に現地に赴くことなどほとんどない。この先、もう二度と会えないかもしれないと思っていた彼に会えるなら……ライネルの胸が音楽のように鳴りだす。
(そうだ。入り口の近くの庭で、こっそりとアルヴェリオ様を拝見しよう。そして姿だけ見たら、宿に戻ればいい)
ライネルは、そう決めて、ドアから外へ出ようとした。だが、その時──
扉を開けて入ってきたのは、アルヴェリオ、その人だった。
金の装飾が惜しみなく施されている黒地の衣装、肩からかけた深紅のマントが、金色の瞳をいっそう際立たせている。
そのあまりの美しさに、ライネルは言葉を失い、ただ呆然と見つめた。
「ライネル、来ていたのか」
名を呼ばれて、ライネルははっと我に返る。
「し、失礼しました。こんなところまで入り込んでしまって……。本日はこのような機会を作ってくださり、ありがとうございました。それでは――」
「待ってくれ」
駆け抜けようとした腕を、アルヴェリオの大きな手が掴む。
その勢いで体勢を崩したライネルは、思わず声を上げた。
「あっ……!」
咄嗟に伸ばされた腕が彼の体を支える。
がっしりとした腕の中に収まり、抱き寄せられたような格好になった。
(ち、近い……! それに――すごくいい匂い……)
男爵邸で使われていた高級石鹸の香りだと気づいた瞬間、ライネルは自分の匂いが気になり、顔がみるみる熱くなった。
「……ライネル、そんなに急いでどこへ行くつもりだ?せっかくだから参加するといい。今日の活躍はマルゲリータから聞いている。領地のために尽くしてくれてありがとう」
「そ、そんな……もったいないお言葉です!
ですが、平民の自分がこんな華やかな場にいるわけには……」
「平民?ライネルは公爵家の次男だろう?」
「しっ! 言わないでください!」
ライネルは慌ててアルヴェリオの袖を掴む。
「誰にも知られたくないんです。僕は、もうあの家とは縁を切りました」
「……そうか、それがいい。今日はグランチェスター家は招待していないし、アシュレイも来られないようにしている」
「ありがとうございます!」
「では行くか」
「え?」
アルヴェリオはライネルの腕を取り、そのまま歩き出した。
迷うことなく広間の中央へ――。
周囲で談笑していた人々は、波が引くように道を開け、二人の前に自然と特等席が生まれる。
「アルヴェリオ……さま?」
ライネルが戸惑いに声を漏らす。その瞬間、アルヴェリオが片手を軽く上げた。
すると、オーケストラの音が広間いっぱいに満ちる。艶やかな旋律に合わせて金と紅が混じり合う光の中で、アルヴェリオが静かに言った。
「ライネル、踊れるか?」
「い、いえ……まったく。その、踊ったことがありません!」
ライネルは慌てて首を振る。
アルヴェリオは困ったように、それでいて楽しげに口元を緩めた。
「なら、俺がリードしよう。任せておけ」
「ええっ?!」
(無理無理!絶対無理だから!)
持ってきた商品も、ある程度売れてオーダーが入ったお店もあったようだ。
「今日はとっても楽しかったですね!」
アノマリーが宝石を食べながら、嬉しそうに言う。
「ちょっとアノマリー、その宝石はどうしたの?」
「さっき工房に来たお客さんが、新しい宝石を買ってたから、古いのくださいってお願いしたんです」
「……アノマリー、君は自分がとても可愛らしい顔で生まれたことを感謝しないといけないよ」
ライネルの言葉に、アノマリーは、不思議そうに首をかしげた。
「ライネル、俺らはそろそろ引き上げるか?」
「そうですね。僕たちの出番はここまでです。後は今日来てくれた貴族の皆さんにお礼の意味を込めての舞踏会となりますが……どうしますか?」
「……どうって、まさか俺たちに参加しろってか?」
「強制ではありませんが、参加も可能らしいです」
ライネルはそう言って周りを見渡したが、皆、一様に目を逸らして明後日の方向を向いている」
「……分かりました。みなさん不参加だとブラウンさんに伝えておきます」
「よっしゃ!じゃあ帰って酒場に繰り出すか!」
「サシネさん、明日朝一番で村に帰るんですからあんまり飲まないでくださいね」
「分かってるって!」
「ショーさん!サシネさんをお願いしますよ。僕はマルゲリータさんにお礼を言ってからおいとましますから先に帰っててください」
「分かった、気をつけてな」
「はい、皆さんも!」
荷物を撤収して、ガランとした部屋で、ライネルはマルゲリータを探した。けれど、どこにも見当たらず、仕方なく舞踏会の会場に向かう。
「あら、ライさん、貴方も舞踏会に?」
先ほど希望の証を買ってくれた貴族の夫人がライネルを見て手招きをした。
「いえ、とんでもない。私は平民ですし、こんな機会をいただけただけでも幸せですので、ご挨拶をしてお暇いたします」
「まぁ今日の主役はあなただったじゃないの。いいじゃない。参加してらっしゃいよ」
「いえ!そんな!」
「もうすぐ領主のアルヴェリオ男爵も来られるはずよ?挨拶はいいの?」
その言葉にライネルの心が波のように揺れた。
(アルヴェリオ様に会える?!こんなチャンスもうないかもしれない)
領地を管理してるとは言え、アルヴェリオが実際に現地に赴くことなどほとんどない。この先、もう二度と会えないかもしれないと思っていた彼に会えるなら……ライネルの胸が音楽のように鳴りだす。
(そうだ。入り口の近くの庭で、こっそりとアルヴェリオ様を拝見しよう。そして姿だけ見たら、宿に戻ればいい)
ライネルは、そう決めて、ドアから外へ出ようとした。だが、その時──
扉を開けて入ってきたのは、アルヴェリオ、その人だった。
金の装飾が惜しみなく施されている黒地の衣装、肩からかけた深紅のマントが、金色の瞳をいっそう際立たせている。
そのあまりの美しさに、ライネルは言葉を失い、ただ呆然と見つめた。
「ライネル、来ていたのか」
名を呼ばれて、ライネルははっと我に返る。
「し、失礼しました。こんなところまで入り込んでしまって……。本日はこのような機会を作ってくださり、ありがとうございました。それでは――」
「待ってくれ」
駆け抜けようとした腕を、アルヴェリオの大きな手が掴む。
その勢いで体勢を崩したライネルは、思わず声を上げた。
「あっ……!」
咄嗟に伸ばされた腕が彼の体を支える。
がっしりとした腕の中に収まり、抱き寄せられたような格好になった。
(ち、近い……! それに――すごくいい匂い……)
男爵邸で使われていた高級石鹸の香りだと気づいた瞬間、ライネルは自分の匂いが気になり、顔がみるみる熱くなった。
「……ライネル、そんなに急いでどこへ行くつもりだ?せっかくだから参加するといい。今日の活躍はマルゲリータから聞いている。領地のために尽くしてくれてありがとう」
「そ、そんな……もったいないお言葉です!
ですが、平民の自分がこんな華やかな場にいるわけには……」
「平民?ライネルは公爵家の次男だろう?」
「しっ! 言わないでください!」
ライネルは慌ててアルヴェリオの袖を掴む。
「誰にも知られたくないんです。僕は、もうあの家とは縁を切りました」
「……そうか、それがいい。今日はグランチェスター家は招待していないし、アシュレイも来られないようにしている」
「ありがとうございます!」
「では行くか」
「え?」
アルヴェリオはライネルの腕を取り、そのまま歩き出した。
迷うことなく広間の中央へ――。
周囲で談笑していた人々は、波が引くように道を開け、二人の前に自然と特等席が生まれる。
「アルヴェリオ……さま?」
ライネルが戸惑いに声を漏らす。その瞬間、アルヴェリオが片手を軽く上げた。
すると、オーケストラの音が広間いっぱいに満ちる。艶やかな旋律に合わせて金と紅が混じり合う光の中で、アルヴェリオが静かに言った。
「ライネル、踊れるか?」
「い、いえ……まったく。その、踊ったことがありません!」
ライネルは慌てて首を振る。
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「なら、俺がリードしよう。任せておけ」
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