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第三章 貴方となら何でも出来る気がしました
57・すべてお話しします
ライネルは外へ飛び出したが、フェルナンドの姿はすでにどこにも見当たらなかった。
「どうしよう……!」
呆然と立ち尽くすライネルに、外で作業をしていたショーが気付く。
「どうかしたのか?ライネル」
「ショーさん! 王都からの帰りに襲ってきた男がいました!」
「また現れたのか?!」
あの日、ショーは別の馬車に乗っていたため、その襲撃を目の当たりにしていない。しかし後で話を聞き、自分がそばに守れなかったことをひどく悔やんだのだ。
「俺が探してくる」
「だめです、ショーさん! 危ないです! あいつは人を殺すことを何とも思わない残虐な男です!……それに、もうきっと間に合わない」
ショーは眉をひそめた。
「……ライネルはそいつの正体を知っているのか?」
ライネルは少しだけ逡巡し、小さく頷いた。
「皆さんに隠していたことがあります。きちんとお話しして謝ってから……僕はこの村を出ようと思います」
このままここにいれば、アシュレイがどんな手を使って自分を連れ戻しに来るかわからない。
別の場所に身を隠すか……それとも、いっそ。
「なんだか分からないが、ライネルが出て行く必要はない。誰だって言いたくないことのひとつやふたつあるだろう。隠していたって悪いことじゃない」
「ショーさん……ありがとうございます。でも、いずれ話をしなければと思っていました」
みんなを巻き込む可能性がある以上、逃げることはできない。アシュレイは何をするにも容赦がないのだから。
「僕がみんなに声をかけて、ゼンバさんの工房に集まってもらいます。ショーさんも片付けが終わったら先に行っててください」
「……分かった」
今後を考えるには急がなければならない。後を任せられるのはショーとアノマリーしかいない。
仕組みはもう整っている。商品の出し入れや売買の手順さえ伝えれば、この村は問題なく回り続けるはずだ。細々とした外部とのやり取りは紙に書き出しておこう。
ライネルは自分の頬を軽く叩き、村の中心にある工房へ向かって駆け出した。
◇◆
「ライネルが貴族?」
レバレンが、まるで天気の話でもするようにあっさりと言った。
「……はい。黙っていてすみません」
「いいのよ。だってみんな薄々知ってたわよ」
「ええっっ?!?!」
ライネルの叫びにも、工房主たちは顔を見合わせ、当然とばかりに頷き合う。
「だって見れば分かるさ。言葉遣いや立ち振る舞いが平民じゃねぇもん。平民の同い年の男なんかもっと粗野で態度でかくて、根拠もなしに偉そうなんだから」
レバレンの言葉に、その場にいた同年代の少年たちが気まずそうに身を縮める。
「まあ、さすがに侯爵様ってのには驚いたけどなぁ」
ゼンバの言葉に周りの男たちが笑い出す。
「事情があったんだろ? その点は心配いらねぇ。それにしても家族なのに、そんなひどいことする奴がいるんだな」
「ほんとだぜ。腹違いでもよ、子どもに罪はねぇだろうが」
「そうだそうだ。生まれた子どもには何の責任もねぇ」
優しい言葉が次々と降り注ぎ、ライネルはぽかんと口を開けた。
そんな風に言われたのは、生まれて初めてだった。
「とにかく、そんな家族がいるところに帰る必要はねぇよ。探しに来たって、隠れる場所ならいくらでもある。出て行く必要なんかねぇだろ」
「皆さん……」
胸が熱くなって、言葉にならない。
けれど現実として、アシュレイはこの先さらに強引な手段を使ってくるだろう。その時は……彼の言う通り、結婚でも何でもして、この村だけは守ってもらおう——ライネルはそう固く心に刻んだ。
「まあ万が一の時は、領主様も助けてくれるだろ」
「そうそう。まさかライネルが領主様と良い仲だったなんてなぁ、そっちの方が驚いたわ」
「?! 良い仲って! 違いますよ! 僕の話、聞いてました?!」
「いやぁ、王都でのお披露目会といい、あの豪華な馬車といい、妙だとは思ってたんだよ。領地の少年にあそこまでやるか? 普通。……全部ライネルのためだったんだろうなぁ」
ゼンバの言葉に、再びみんなが頷く。
「やめてください! アルヴェリオ様に失礼です!」
真っ赤になって必死に否定するライネルを、人々はますます冷やかし、結果として重かった空気はいつの間にか祝いの席のような和やかさに変わっていったのだった。
◆◆◆◆◆
「ライネルが見つかった?」
バロウズ男爵邸の庭で優雅に茶を楽しんでいたアシュレイのもとへ、馬を飛ばして戻ってきたフェルナンドが跪く。
「はい。ひとまず報告をと思い、取り急ぎ戻って来ました。アシュレイ様が気にかけていた職人村で暮らしていて、あの株式化を考案し、軌道に乗せたのはライネルでした」
「は? まさか。あいつは生まれた時から下働きで、教育なんて何ひとつ受けていない。字だってろくに書けるかどうかも怪しいのに、そんな奴があんなこと思いつくと?絶対に裏で糸を引いてるやつがいる」
「……」
フェルナンドは知っていた。
蔑まれ疎まれ、いつも震えて泣くことしか出来なかった少年が、ある日を境にまるで別人のように変わったこと。
達観したような顔で毎日を過ごし、仕事の合間を縫って難しい本を読み漁るようになった。すべて、アシュレイが軽い気持ちで二階のベランダから彼を突き落としたあの日からだった。
「ライネルを連れてきますか?」
「ああ。どうせ俺の決めた相手と結婚してもらう必要がある。早々に連れて来い。手荒にしても生きてさえいればいい。グランチェスターの屋敷に連れて帰れ」
「はっ」
フェルナンドは、命より大切な主の命を受け、即座に姿を消した。
「どうしよう……!」
呆然と立ち尽くすライネルに、外で作業をしていたショーが気付く。
「どうかしたのか?ライネル」
「ショーさん! 王都からの帰りに襲ってきた男がいました!」
「また現れたのか?!」
あの日、ショーは別の馬車に乗っていたため、その襲撃を目の当たりにしていない。しかし後で話を聞き、自分がそばに守れなかったことをひどく悔やんだのだ。
「俺が探してくる」
「だめです、ショーさん! 危ないです! あいつは人を殺すことを何とも思わない残虐な男です!……それに、もうきっと間に合わない」
ショーは眉をひそめた。
「……ライネルはそいつの正体を知っているのか?」
ライネルは少しだけ逡巡し、小さく頷いた。
「皆さんに隠していたことがあります。きちんとお話しして謝ってから……僕はこの村を出ようと思います」
このままここにいれば、アシュレイがどんな手を使って自分を連れ戻しに来るかわからない。
別の場所に身を隠すか……それとも、いっそ。
「なんだか分からないが、ライネルが出て行く必要はない。誰だって言いたくないことのひとつやふたつあるだろう。隠していたって悪いことじゃない」
「ショーさん……ありがとうございます。でも、いずれ話をしなければと思っていました」
みんなを巻き込む可能性がある以上、逃げることはできない。アシュレイは何をするにも容赦がないのだから。
「僕がみんなに声をかけて、ゼンバさんの工房に集まってもらいます。ショーさんも片付けが終わったら先に行っててください」
「……分かった」
今後を考えるには急がなければならない。後を任せられるのはショーとアノマリーしかいない。
仕組みはもう整っている。商品の出し入れや売買の手順さえ伝えれば、この村は問題なく回り続けるはずだ。細々とした外部とのやり取りは紙に書き出しておこう。
ライネルは自分の頬を軽く叩き、村の中心にある工房へ向かって駆け出した。
◇◆
「ライネルが貴族?」
レバレンが、まるで天気の話でもするようにあっさりと言った。
「……はい。黙っていてすみません」
「いいのよ。だってみんな薄々知ってたわよ」
「ええっっ?!?!」
ライネルの叫びにも、工房主たちは顔を見合わせ、当然とばかりに頷き合う。
「だって見れば分かるさ。言葉遣いや立ち振る舞いが平民じゃねぇもん。平民の同い年の男なんかもっと粗野で態度でかくて、根拠もなしに偉そうなんだから」
レバレンの言葉に、その場にいた同年代の少年たちが気まずそうに身を縮める。
「まあ、さすがに侯爵様ってのには驚いたけどなぁ」
ゼンバの言葉に周りの男たちが笑い出す。
「事情があったんだろ? その点は心配いらねぇ。それにしても家族なのに、そんなひどいことする奴がいるんだな」
「ほんとだぜ。腹違いでもよ、子どもに罪はねぇだろうが」
「そうだそうだ。生まれた子どもには何の責任もねぇ」
優しい言葉が次々と降り注ぎ、ライネルはぽかんと口を開けた。
そんな風に言われたのは、生まれて初めてだった。
「とにかく、そんな家族がいるところに帰る必要はねぇよ。探しに来たって、隠れる場所ならいくらでもある。出て行く必要なんかねぇだろ」
「皆さん……」
胸が熱くなって、言葉にならない。
けれど現実として、アシュレイはこの先さらに強引な手段を使ってくるだろう。その時は……彼の言う通り、結婚でも何でもして、この村だけは守ってもらおう——ライネルはそう固く心に刻んだ。
「まあ万が一の時は、領主様も助けてくれるだろ」
「そうそう。まさかライネルが領主様と良い仲だったなんてなぁ、そっちの方が驚いたわ」
「?! 良い仲って! 違いますよ! 僕の話、聞いてました?!」
「いやぁ、王都でのお披露目会といい、あの豪華な馬車といい、妙だとは思ってたんだよ。領地の少年にあそこまでやるか? 普通。……全部ライネルのためだったんだろうなぁ」
ゼンバの言葉に、再びみんなが頷く。
「やめてください! アルヴェリオ様に失礼です!」
真っ赤になって必死に否定するライネルを、人々はますます冷やかし、結果として重かった空気はいつの間にか祝いの席のような和やかさに変わっていったのだった。
◆◆◆◆◆
「ライネルが見つかった?」
バロウズ男爵邸の庭で優雅に茶を楽しんでいたアシュレイのもとへ、馬を飛ばして戻ってきたフェルナンドが跪く。
「はい。ひとまず報告をと思い、取り急ぎ戻って来ました。アシュレイ様が気にかけていた職人村で暮らしていて、あの株式化を考案し、軌道に乗せたのはライネルでした」
「は? まさか。あいつは生まれた時から下働きで、教育なんて何ひとつ受けていない。字だってろくに書けるかどうかも怪しいのに、そんな奴があんなこと思いつくと?絶対に裏で糸を引いてるやつがいる」
「……」
フェルナンドは知っていた。
蔑まれ疎まれ、いつも震えて泣くことしか出来なかった少年が、ある日を境にまるで別人のように変わったこと。
達観したような顔で毎日を過ごし、仕事の合間を縫って難しい本を読み漁るようになった。すべて、アシュレイが軽い気持ちで二階のベランダから彼を突き落としたあの日からだった。
「ライネルを連れてきますか?」
「ああ。どうせ俺の決めた相手と結婚してもらう必要がある。早々に連れて来い。手荒にしても生きてさえいればいい。グランチェスターの屋敷に連れて帰れ」
「はっ」
フェルナンドは、命より大切な主の命を受け、即座に姿を消した。
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