【完結】望まれなかった代役婚ですが、投資で村を救っていたら旦那様に溺愛されました。

ivy

文字の大きさ
71 / 89
第四章 全てを暴いて幸せになります!

69・のこされたもの

しおりを挟む
 夜気は重く、庭の草木は風もないのに微かにざわめいていた。
 アシュレイはその薄闇を睨みつけるように歩き、小屋の前まで来ると、立ち止まって後ろを振り返る。

 そこには杖をつき、少しだけ息を切らせたフェルナンドが立っていた。

「……義足を作ってやる。すぐに歩けるようになるだろう。その腕は医者に診てもらえ。夜の間に呼んでやる」

 返事は返ってこない。

 わずかな沈黙が、夜の不気味さをさらに深くした。

「アシュレイ様……少し、お話ししたいことがございます」

「今じゃなくてもいいだろ。証拠を消す方が先だ」

 苛立ちを隠しもせず吐き捨てると、フェルナンドはまるで何かを覚悟したように、胸の奥底で息をゆっくり整えた。
 アシュレイは本能的に「嫌な予感」のようなものを感じる。

「……なんだ。早く言え」

「これを」

 フェルナンドが懐から取り出したのは、折れ曲がった封筒だった。

「……これは何だ」

「その手紙には私がアシュレイ様を騙して悪事を唆したと書いてあります。それに、実際人々を殺めたのは自分だと」

「何のつもりだ」

 フェルナンドは静かに続ける。

「群衆に紛れ裁判を見ておりました。すべてが明るみになるのも時間の問題でしょう」

「だから何だ!」

「この身体では、もう貴方の盾にはなれません」

「……だから義足を作ると言っているだろう」

「それでも元通りにはなりません」

 アシュレイも分かっている。歩く程度なら問題ないだろうが、今までのように自分の手足となり、暗躍することは出来ない。

 だが、それが何だと言うのか。

「アシュレイ様、私を告発してください。そして自分も騙された被害者だと言うのです」

「は?!俺を誰だと思ってる。そんなみっともない真似をするわけないだろ!」

 アシュレイは語気を荒げフェルナンドを睨む。
 それを見たフェルナンドは、表情を変えずに続けた。

「では、その鍵を持ったまま逃げてください。いずれ証拠は見つかるでしょうが、時間稼ぎにはなるでしょう」

 だが、アシュレイは鼻で笑い、冷たい目でフェルナンドを見た。

「ふざけるな。そんな負け犬みたいな人生、選ぶわけないだろ」

 フェルナンドは微かに笑った。
 泣きそうな、それでいてどこか誇らしげな、複雑な笑みだった。

 アシュレイはくるりと背を向け、小屋の扉の前に立つ。

「ほら、ついてこい。書類を焼き払うぞ」

 その背中を見たフェルナンドの胸に、
 言葉にならない想いが広がった。

「アシュレイ様」

 そう呼びかけるが、その後に続く言葉を、フェルナンドは持っていない。

 ただ、心からアシュレイに生きて欲しいと、それだけを願った。

「アシュレイ様……」

 だが、返事はない。
 もう何も聞くつもりはないと、その背中が告げている。

 ……分かっていた。
 ずっと勝つこと、奪うこと、支配すること。そうやってアシュレイは生きてきたのだ。
 けれど、その奥にある虚無を、フェルナンドは知っていた。

「……アシュレイ様、鍵はありません」

 アシュレイの動きが一瞬止まった。

「……は?」

「鍵はもうないのです」

「……どこへやった?」

「唯一、貴方を救える人たちの手に託しました」


 深い闇の中、少し離れた場所にいるフェルナンドの姿はアシュレイからほとんど見えない。
 凛とした声だけが、アシュレイの鼓膜を震わせる。


「アシュレイ様、その手紙を、必ずお使いくださいますよう」


「さっきから一体……」

 苛立ったアシュレイが振り向いた瞬間、何かが弾けるような音がした。
 そして、鉄を溶かしたような重い匂いが、瞬く間に鼻腔を満たす。

 アシュレイの顔に、生温かい雫が跳ねた。
 水よりも重く、ぬるりとした感触が首筋を伝う。

「フェルナンド?」

 呼びかけに答えるのは、ポタポタと草の上に滴り落ちる音。
 そして、濃くなる錆びた匂いだけ。

 そのうち、どさりと何かが崩れ落ちる音がして、庭は元の静けさを取り戻した。

 アシュレイは、視界が利かなくとも、今何が起きたのかを理解した。

「フェルナンド」

 もう一度、その名を呼ぶ。
 いつものように。

 ──だが、返事はない。
 うめき声ひとつ残さず、フェルナンドはすべてを終わらせたのだ。

「馬鹿が。誰がそんなことをしろと言った……最後まで使えない男だ」

 誰よりも忠実で、誰よりも愚かで、誰よりも長く共にいた。
 たった一人の──。

 アシュレイはゆっくりとフェルナンドに近づいた。
 地面に膝をつき、手探りで彼の生きている証を探る。

 けれど、既に事切れた体からは何の反応も返ってこない。
 頬に飛んだねっとりとした血飛沫は、新しい雫で静かに流されていく。

「……俺を、一人にするな」

 返事はない。

 それはフェルナンドが、生涯で初めてアシュレイの命令に背いた瞬間だった。



 ◇◇◆◆◇◇



 一方、ライネルたちは、小屋の中で息を潜めながら壊れた壁の隙間から一部始終を見ていた。

 見ていたと言っても、月のない暗闇だ。
 入ってくる情報は声と音、それに独特の匂いだけだった。

「……助けに行かないと」

 ライネルの大きな目には涙が浮かんでいる。アルヴェリオは黙ってライネルを抱き寄せた。

「あいつはプロです。即死でしょう」

「……」

 しばらくすると、屋敷に戻ったのかアシュレイの気配がなくなった。
 三人は小屋から出て、上着をかけられたフェルナンドの遺体の前までくると、静かに手を合わせた。

「あ、鍵が落ちてますよ」

 ブラウンが遺体の側に落ちていた鍵を拾い上げた。
 二つ合わせると、真ん中に丸い文様が出来るデザインが施されており、それだけで二人の間に強い絆があったのだと感じ取ることが出来た。

「……アシュレイは大丈夫かな」

 ライネルの呟きに、ブラウンは苦笑する。

「ライネル様は本当に優しいですね。アシュレイがフェルナンドの手紙を証拠として出せば、いい切り札になるでしょう」

「でももう死んでしまったら証言もできないでしょう?」

「だからいいんですよ。死人に口なし。自白剤を使われても真実を話す心配もない。だからフェルナンドは自死したんです」

「……自白剤」

 そんな物があるのかとライネルは驚いた。

「まあ、後遺症の恐れもあるし、貴族には使われませんから知らなくて当然です」

 そこまで考えて……。
 ライネルは悲痛な思いでフェルナンドを見下ろす。

「ブラウン、あとは任せた」

「承知しました。根こそぎ証拠を持って帰ります」

 アルヴェリオは「頼む」とだけ言い残し、ライネルの手を握ってその場を後にした。
しおりを挟む
感想 151

あなたにおすすめの小説

冤罪で追放された悪役令息、北の辺境で幸せを掴む~恐ろしいと噂の銀狼将軍に嫁いだら、極上の溺愛とモフモフなスローライフが始まりました~

水凪しおん
BL
「君は、俺の宝だ」 無実の罪を着せられ、婚約破棄の末に極寒の辺境へ追放された公爵令息ジュリアン。 彼を待ち受けていたのは、「北の食人狼」と恐れられる将軍グリーグとの政略結婚だった。 死を覚悟したジュリアンだったが、出会った将軍は、噂とは真逆の不器用で心優しいアルファで……? 前世の記憶を持つジュリアンは、現代知識と魔法でボロボロの要塞を快適リフォーム! 手作りスープで将軍の胃袋を掴み、特産品開発で街を救い、気づけば冷徹将軍から規格外の溺愛を受けることに。 一方、ジュリアンを捨てた王都では、破滅の足音が近づいていて――。 冤罪追放から始まる、銀狼将軍との幸せいっぱいな溺愛スローライフ、ここに開幕! 【オメガバース/ハッピーエンド/ざまぁあり/子育て/スパダリ】

姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました

彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。 姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

悪役会計様に転生した俺は、生徒会長に媚び売って生き残る

桜城 寧
BL
処刑された記憶とともに、BLゲームに登場する悪役会計に転生したことに気付く。処刑されないために、チャラ男としての仮面を被り、生徒会長に媚び売ったり、どうにか能力を駆使したりして生きてたら、色々な人に構われる話。

【エルド学園】俺はこの『親友』が、ただの学生だと思っていた

西園 いつき
BL
エルド王国第一王子、レオンは、唯一の親友ノアと日々研鑽を重ねていた。 文武共に自分より優れている、対等な学生。 ノアのことをそう信じて疑わなかったレオンだが、突如学園生活は戦火に巻き込まれ、信じていたものが崩れ始める。 王国と帝国、そして王統をめぐる陰謀と二人の関係が交錯する、王子×親友のファンタジーBL。

【8話完結】僕の大切な人はBLゲームの主人公でした。〜モブは主人公の幸せのためなら、この恋も諦められます〜

キノア9g
BL
転生先は、まさかのBLゲームの世界。 モブであるリセルは、恋を自覚した瞬間、幼馴染・セスがこの世界の“主人公”だと気づいてしまう。 このまま一緒にいても、いつか彼は攻略対象に惹かれていく運命——それでも、今だけは傍にいたい。 「諦める覚悟をしたのに、どうしてこんなにも君が愛おしいんだろう」 恋の終わりを知っているモブと、想いを自覚していく主人公。 甘さと切なさが胸を締めつける、すれ違いから始まる運命の物語。 全8話。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

処理中です...