俺の番には大切な人がいる

ivy

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俺の番には大切な人がいる⑤

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ヒートが明けて直人の外泊が続くようになった頃、ユキが珍しく遊びに来てくれた。

「なんかあったのか?」

「なんかないと来ちゃいけないの?」

相変わらず憎まれ口を叩くけど、おすすめの本や話題の映画のDVDなんかを沢山持参してくれたところを見ると、一人で家にいる俺を心配してくれたんだろう。

「そういえば子供はまだ出来ないんだっけ」

「うん」

子供を産むために結婚したのに一年を過ぎてもまだ授かる気配はない。

「俺ヒート始まるのも遅かったしな。」

「気持ちの問題じゃないの?」

「気持ち?」

「子供が出来たら直人さんは役目を終えて晴れて恋人の元に行けるわけじゃん。だから子供出来るのが怖いとか?」

ユキの言葉はあえて考えないようにしていた不安を、ものの見事に抉り出す。

「匠、直人さんのこと好きなのは分かってるけどあんまり自分を追い詰めたら壊れちゃうよ」

真面目な顔でそんな事を言うユキを見ながら
俺はぼんやりと綺麗な顔をしてるなーとかまつ毛長いなーなんて余計な事を考えてた。



俺がユキくらい可愛かったら。
優斗より先に直人に会っていれば。
あなたを好きになってしまいましたと正直に伝えられたなら。


何かが変わったのだろうか。






「最初から愛のない契約結婚だったんだ。それなのに直人はすごく優しい。優斗のところに行く時も必ず俺を気にしてくれるし3日以上の外泊はしない。これ以上望んだら贅沢だよ」

ただその気遣いは愛ではない。
広い家で俺が一人では寂しいだろうという優しさだけだ。


「これは言うつもりなかったんだけど」

ユキは一度言葉を切ってからゆっくりと話し出した



「匠は晃の運命の相手だよ」



え?
なに?
俺が?晃の?
運命の相手??

「そうだよ。晃はずっと早くから気付いてた。」

「えっ,俺は全然気づかなかった。匂いも何もしなかったぞ?」

「晃は薬を飲んでるんだよ。間違っても匠を襲ったりしないように。そして匠にヒートが来て気付くのを待ってた。それなのにその前に匠は直人さんと番になっちゃったんだよ」

そうか番が出来たらもう他の人のフェロモンには気付かない。
ましてやずっと薬を飲んでいるなら尚更だ。

「そんな……」

急にそんなこと言われてもどうすればいいのか分からない。

「晃には言うなって言われてたんだけど。匠には別の人生もあるってこと伝えておきたかったんだ」

「別の人生・・」

俺はまるで他人事のようにその言葉を繰り返した。




その時、玄関の鍵が開く音がして直人が帰って来た。

「ただいま。ユキくん来てたのか!夕食はデリバリー頼もうか?」

「直人さんお邪魔してます!いえ、僕もう帰るんでお構いなく。ありがとうございます」

「気にせずゆっくりして行ってくれればいいのに。大歓迎するよ。まだしばらく匠には寂しい思いさせると思うから。」

そう言って優しく微笑む直人。
その言葉を聞きながら、まだこれ以上そんな思いをするのかと暗い気持ちになる。

……せっかく久しぶりに顔が見られたのに。

「やっぱり今日は帰ります。じゃまたね匠」

「うん、ありがとう」

「ユキくん気をつけてね」

「はーい」

ユキを見送り玄関から戻った俺を直人は「たたいま」と言って優しく抱きしめた。
嬉しくて泣きそうになる。

「ごめんな長く家を空けて」

「大丈夫だよ。1人でのんびりしてたから」

そう強がると直人は笑った。

「今日は匠に伝えなきゃいけないことがあるんだ」

直人はそっと俺をソファに座らせた。
嫌な跳ね方をする心臓を抑え、大人しくそれに従う。

こんな話の切り出し方をされたのは初めだ。
もしかして別れ話?

「なに?怖いなあ」

精一杯の作り笑いを顔に貼り付けた。


「実はね、優斗がオメガに変化したんだ」

「……え?」 

頭を殴られたような衝撃で目の前がぐらりと傾いた。
なに?どういうこと?
優斗がオメガに??

「最初は信じられなくて何回も検査のやり直しを要求したよ。でも一万人に一人くらいはあるんだってね。知らなかった」

直人は興奮に頬を染め、嬉しそうに話している。

……直人の言うようにオメガに変化するベータは一定数いる。
理由はホルモンの異常だったり、そもそもオメガだったのに検査時点で数値が低くて誤検査される者だったり。

……それからアルファに恋をして体が変化する極稀な場合も。




「へえ?そうなんだ」

咄嗟に返事はしたものの頭がついていかない。
意味はわかるのに理解ができないのだ。


「恐らくこれからは優斗にもヒートがくると思うんだ。だからその時は少し長く家を空けることになるからその了承を得たくて」

了承?
そんなもの必要ないよ。
俺がダメだなんて言えるわけないんだから。

「もちろんだよ。側にいてあげて」

「ありがとう匠」

俺が直人に求められていた たった一つの事がオメガ性だった。


それすら


それすらも優斗は持っていってしまうのか。








俺の隣で微笑む直人からは、やっぱり違う家の匂いがする。

それがずっと不快だったけど。



むしろその家こそが直人の本当の居場所なんだと、今更ながら気が付いた。


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