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俺の番には大切な人がいる⑦
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朝目覚めると直人はいなくなっていて、テーブルに小さなメモ書きが残されていた。
「優斗のヒートが始まりそうなので暫く家を空けます。困ったことがあったら大久保に連絡して下さい。」
乱れた走り書き。
優斗から急な連絡が来たんだろう。
メモの下には直人の秘書である大久保さんの連絡先が残されていた。
……落ち込んでいる場合じゃない。
俺は俺の人生を切り拓いていかなきゃいけないんだ。
ベッドから起き上がりシャワーを浴びた。
鏡に映るのは痩せて顔色の悪いオメガ。
そんな貧相な身体を唯一華やかに彩るのは、昨夜直人がくれた情欲の名残だ。
首筋から胸元まで花が咲いたように美しく踊る紅を俺はうっとりと眺めた。
タトゥーのように一生残せるのなら。
思い出だけで生きていけるのに。
「とりあえずこれで全部かな」
多くない自分の荷物をボストンバックに詰める。
元々持ち物は少ないし、直人に貰ったものは全部置いていこうと決めていた。
「短い間だけど楽しかった」
そう呟いてテーブルの上にサインした離婚届を置いた。
これは、直人への気持ちを自覚した時に用意したものだ。
耐えられなくなったら出すつもりだった。
それがたった1年で使う事になるなるなんて……
閉めた鍵をドアポストに滑り落とし、駅に向かう道のりをのんびりと歩いていると心が少し軽くなった気がした。
二人は悪くない。
悪いのは約束を守れず、直人を好きになってしまった俺だ。
それなのに……
帰らない直人を思ってどうしても優斗を憎んでしまう夜があった。
その度に自己嫌悪に陥り寂しさに涙を流し自分が嫌いになる毎日だった。
それももう終わり。
俺は新しい人生を踏み出す。
いくつか電車を乗り継いで、実家の最寄駅に着いた。
ホームを出てぼんやりと家のある方向を見る。
ここから歩いても十分くらい。
そんな近場でありながら俺の足を重くさせるのは、離婚したと話した時の両親の反応だ。
想像だけで胃が痛くなる。
とにかく直人を悪者にしないように優斗の事は伏せて上手く話さなければ。
他に帰るところもないんだし。
俺はカフェで時間を潰そうと久しぶりの馴染み駅を見渡した。
「匠?何してるんだ?」
「えっ?」
振り向くと、見慣れたイケメンがスーツを着て俺を見ている。
普段なら渡りに船とばかりに助けを求めただろう。
普段なら……。
「晃!奇遇だな!急いでるからまたな!」
俺は回れ右をして足速にその場から去ろうと試みた。
……だが、晃は俺の前に立ちはだかり腕を掴む。
「奇遇も何もここは俺の家の最寄駅だし、ちょうど仕事が終わる時間だ」
そうだった。
いつも思うが俺は考えが足りない。
「その荷物……まさか?」
「まあ、その……色々あって出戻りだ。」
「!」
その時の晃の顔。
嬉しいような心配なような何とも言えない表情が晃らしくて俺は思わず吹き出した。
「今から実家に帰るのか?」
「そのつもりだ」
「少しうちに寄らないか?話したい事がある。」
「……でも」
気まずいが、久しぶりに晃のお母さんにも会いたい。
晃の弟だってすっかり大きくなっただろう。
何より実家に着くのは少しでも遅い方がいい。
「じゃあ少しだけ」
俺がそう答えると晃は嬉しそうに俺から荷物を奪い、さっさと前を歩き出した。
「……あれ?」
しばらく歩いて晃の家に着いた。
だが。
そこは俺の知っている晃の家では無かった。
「お前いつから一人暮らししてんの?しかもこんな実家のそばで」
「就職してすぐかな。帰り遅い日が多いし親にも迷惑かけるから」
そう言って慣れた様子で紅茶を淹れてくれる。
俺が好きな銘柄覚えていてくれたんだ。
「今日はたまたま定時で帰れてラッキーだ。まさか匠に会えるなんて」
そう言って笑う晃。
本当に嬉しそうに。
(匠は晃の運命の相手だよ)
そう言ったユキの言葉が空っぽの体の中に響く。
本当にそうなら
晃は今の俺みたいな気持ちで
ずっとずっと生きてきたんだろうか。
何年も何十年も。
俺にはそんな素振りを一切見せずに。
「匠?」
「!なに?」
「お茶冷めるよ」
「あ、うん!ありがとう」
俺は慌ててティーカップを両手で持ち上げる。
「あ、そうだ!話したい事あるんだろ?なに?」
頭の中からユキの声を消すためにわざと明るい声で話を振った。
「匠」
「な、なに?」
その不審な態度に晃はため息をつく。
「おおかたユキに聞いたんだろ。運命の相手の話」
うっ。
「……ああ。本当なのか?俺は全然分からないから……」
「そうだよな」
自嘲気味な笑顔を見せる晃に少し胸が痛んだ。
「直人さんと本当に別れたのか?」
「うん、まあ離婚届置いて出て来ただけだから話し合いとかはしてないけど」
でも直人が離婚を拒否する理由はもう何もない。成立したも同じだろう。
「すぐじゃなくていい」
「……へ?」
「すぐじゃなくていいから、落ち着いたら俺との未来を考えてくれないか」
突然の、あまりにストレートな言葉に心臓がギュッと痛む。
「いや、まだ別れたばっかりだから先のことは考えられなくて……」
ずるい言い方で逃げを打つ俺を、晃は泣きそうな顔で見つめた。
「分かってる。まだこんな事言うべきじゃ無いって。でも俺は待って待って結局匠を攫われた。もうあんな思いは嫌なんだ。」
ズキリと全身に晃の思いが突き刺さった。
好きなのに
好きな人には大切な人がいる
結婚式の時、晃は笑って俺に幸せになれと言ってくれた。
どんな思いでその言葉を贈ってくれたのか。
今の俺なら分かる。
寂しさも諦めも悔しさも恋しさも全部分かるんだ。
「急がないから。ただ次に誰かを好きになるなら俺にしてほしい」
間近で見る晃の目は子供のように頼りなく揺れて、俺は分かったと短く返事をするのが精一杯だった。
「優斗のヒートが始まりそうなので暫く家を空けます。困ったことがあったら大久保に連絡して下さい。」
乱れた走り書き。
優斗から急な連絡が来たんだろう。
メモの下には直人の秘書である大久保さんの連絡先が残されていた。
……落ち込んでいる場合じゃない。
俺は俺の人生を切り拓いていかなきゃいけないんだ。
ベッドから起き上がりシャワーを浴びた。
鏡に映るのは痩せて顔色の悪いオメガ。
そんな貧相な身体を唯一華やかに彩るのは、昨夜直人がくれた情欲の名残だ。
首筋から胸元まで花が咲いたように美しく踊る紅を俺はうっとりと眺めた。
タトゥーのように一生残せるのなら。
思い出だけで生きていけるのに。
「とりあえずこれで全部かな」
多くない自分の荷物をボストンバックに詰める。
元々持ち物は少ないし、直人に貰ったものは全部置いていこうと決めていた。
「短い間だけど楽しかった」
そう呟いてテーブルの上にサインした離婚届を置いた。
これは、直人への気持ちを自覚した時に用意したものだ。
耐えられなくなったら出すつもりだった。
それがたった1年で使う事になるなるなんて……
閉めた鍵をドアポストに滑り落とし、駅に向かう道のりをのんびりと歩いていると心が少し軽くなった気がした。
二人は悪くない。
悪いのは約束を守れず、直人を好きになってしまった俺だ。
それなのに……
帰らない直人を思ってどうしても優斗を憎んでしまう夜があった。
その度に自己嫌悪に陥り寂しさに涙を流し自分が嫌いになる毎日だった。
それももう終わり。
俺は新しい人生を踏み出す。
いくつか電車を乗り継いで、実家の最寄駅に着いた。
ホームを出てぼんやりと家のある方向を見る。
ここから歩いても十分くらい。
そんな近場でありながら俺の足を重くさせるのは、離婚したと話した時の両親の反応だ。
想像だけで胃が痛くなる。
とにかく直人を悪者にしないように優斗の事は伏せて上手く話さなければ。
他に帰るところもないんだし。
俺はカフェで時間を潰そうと久しぶりの馴染み駅を見渡した。
「匠?何してるんだ?」
「えっ?」
振り向くと、見慣れたイケメンがスーツを着て俺を見ている。
普段なら渡りに船とばかりに助けを求めただろう。
普段なら……。
「晃!奇遇だな!急いでるからまたな!」
俺は回れ右をして足速にその場から去ろうと試みた。
……だが、晃は俺の前に立ちはだかり腕を掴む。
「奇遇も何もここは俺の家の最寄駅だし、ちょうど仕事が終わる時間だ」
そうだった。
いつも思うが俺は考えが足りない。
「その荷物……まさか?」
「まあ、その……色々あって出戻りだ。」
「!」
その時の晃の顔。
嬉しいような心配なような何とも言えない表情が晃らしくて俺は思わず吹き出した。
「今から実家に帰るのか?」
「そのつもりだ」
「少しうちに寄らないか?話したい事がある。」
「……でも」
気まずいが、久しぶりに晃のお母さんにも会いたい。
晃の弟だってすっかり大きくなっただろう。
何より実家に着くのは少しでも遅い方がいい。
「じゃあ少しだけ」
俺がそう答えると晃は嬉しそうに俺から荷物を奪い、さっさと前を歩き出した。
「……あれ?」
しばらく歩いて晃の家に着いた。
だが。
そこは俺の知っている晃の家では無かった。
「お前いつから一人暮らししてんの?しかもこんな実家のそばで」
「就職してすぐかな。帰り遅い日が多いし親にも迷惑かけるから」
そう言って慣れた様子で紅茶を淹れてくれる。
俺が好きな銘柄覚えていてくれたんだ。
「今日はたまたま定時で帰れてラッキーだ。まさか匠に会えるなんて」
そう言って笑う晃。
本当に嬉しそうに。
(匠は晃の運命の相手だよ)
そう言ったユキの言葉が空っぽの体の中に響く。
本当にそうなら
晃は今の俺みたいな気持ちで
ずっとずっと生きてきたんだろうか。
何年も何十年も。
俺にはそんな素振りを一切見せずに。
「匠?」
「!なに?」
「お茶冷めるよ」
「あ、うん!ありがとう」
俺は慌ててティーカップを両手で持ち上げる。
「あ、そうだ!話したい事あるんだろ?なに?」
頭の中からユキの声を消すためにわざと明るい声で話を振った。
「匠」
「な、なに?」
その不審な態度に晃はため息をつく。
「おおかたユキに聞いたんだろ。運命の相手の話」
うっ。
「……ああ。本当なのか?俺は全然分からないから……」
「そうだよな」
自嘲気味な笑顔を見せる晃に少し胸が痛んだ。
「直人さんと本当に別れたのか?」
「うん、まあ離婚届置いて出て来ただけだから話し合いとかはしてないけど」
でも直人が離婚を拒否する理由はもう何もない。成立したも同じだろう。
「すぐじゃなくていい」
「……へ?」
「すぐじゃなくていいから、落ち着いたら俺との未来を考えてくれないか」
突然の、あまりにストレートな言葉に心臓がギュッと痛む。
「いや、まだ別れたばっかりだから先のことは考えられなくて……」
ずるい言い方で逃げを打つ俺を、晃は泣きそうな顔で見つめた。
「分かってる。まだこんな事言うべきじゃ無いって。でも俺は待って待って結局匠を攫われた。もうあんな思いは嫌なんだ。」
ズキリと全身に晃の思いが突き刺さった。
好きなのに
好きな人には大切な人がいる
結婚式の時、晃は笑って俺に幸せになれと言ってくれた。
どんな思いでその言葉を贈ってくれたのか。
今の俺なら分かる。
寂しさも諦めも悔しさも恋しさも全部分かるんだ。
「急がないから。ただ次に誰かを好きになるなら俺にしてほしい」
間近で見る晃の目は子供のように頼りなく揺れて、俺は分かったと短く返事をするのが精一杯だった。
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