俺の番には大切な人がいる

ivy

文字の大きさ
27 / 41

俺の番には大切な人がいる㉗

しおりを挟む
「匠ー!ご飯だよ」

ユキが暖かそうなお粥を手に俺の側に来た

「熱い冷たいは分かるよね?火傷しないように食べて」

「ありがとう」

せっかく作ってくれたのに。
俺の舌は愛情いっぱいのこのお粥がどんな味か教えてはくれない。

「どう?やっぱり味しない?」

俺は少し曖昧に頷き、申し訳なさに僅かな食欲が消えていくのを感じる。

「ふふっ」

けれどユキはがっかりするどころか楽しそうに笑った。

「そのお粥カラフルでしょ。野菜沢山入れたんだ」

「うん。」

確かに手の込んだ栄養のありそうなお粥だ。

「匠の嫌いな椎茸もたーーっくさん刻んで入ってるよ」

「えっ」

思わず皿を凝視するとそれらしき茶色のカケラが……。

「味覚ないって便利なこともあるね。妊娠中は塩分もよくないから野菜のダシのみで実は何の味もしないお粥なんだ。さっき味見してゲンナリしちゃった」

その笑顔にホッとして自然にスプーンを口に運ぶ事が出来た。
時間はかかったがお碗いっぱいのお粥を完食出来て自分でも驚く。

「えらいね!少しずつ食べようね」

「世話かけてごめん。ありがとう」

「全然大変じゃないよ。味付け必要ないし」

そう言ってまた笑うユキに不安で怯え固まっていた心が優しく溶かされていった。




「そうだ、晃に退院したこと連絡しといたよ。夜顔見に来るって言ってたけど疲れてるなら断るよ?どうする?」

「うん大丈夫。ありがとう」

晃ともちゃんと話をしなければいけない。
まだなんの覚悟も出来てはいないけれど。







「匠」

晃はドアを開けるなり出迎えた俺を見ていつもと同じ笑顔を見せた。

「お帰り。ご飯出来てるよ。入って。まあユキの家だけど」

そう言って先を歩く俺に付いてリビングに来た晃はダイニングテーブルを見て目を丸くした。

「どうしたのこの料理。ユキ作れないよな?」

「失礼しちゃう。僕だってやる時はやるんだよ?……と言いたいとこだけど全部匠が作ったんだ」

「えっ?だって……」

「安心して。味見は全部ユキがしてくれたから」
俺も笑って応える。

それだけでは無い。
ユキは動かない左手の指の代わりもしてくれた。


「めちゃくちゃ腹減ってたんだ。食って良い?」

「まずは手でも洗ってきなよ」

「はーい」

そんな俺たちのやり取りをニコニコと見ていたユキはテーブルに色とりどりの取り皿を用意して食卓を飾ってくれた。





「あー美味かった!」

満足そうにソファで寛ぐ晃。
そんな彼を呆れたように見ながらユキはちょっと出て来ると言って玄関に向かった。

「どこ行くの?」

「アイス食べたくなったからコンビニ!すぐ帰ってくるよ」

俺が行くと立ち上がった晃を制してそう言うとさっさと部屋を出ていく。
もしかして2人で話をしやすいようにしてくれたのかな

晃も同じ事を思ったのかソファに座り直して横においでと俺を呼ぶ。

「体調は?」

「元気だよ」

3人で囲む食卓は楽しくて味は感じられなくても同じように食べる事が出来た。


「ところでさ、落ち着いたらまたこの前の水族館行かない?」

「いいね」

「穴場だよなあ。設備凄い割にそんな混んで無いし。クラゲまた見たいなあ」

「あっ!俺もクラゲ好き」

あの時は楽しかったな。

直人と優斗の幸せを願いながらいるかも分からないお腹の子供と晃との将来に少しだけ思いを馳せたんだっけ。

直人には愛想を尽かされたけどそれでも大事な人に変わりはない。
ましてや1人になった彼がこれからどんな気持ちで生きていくのか心配でたまらない。

その気持ちは愛だと思っていたけど

直人が幸せでいられるなら相手は自分じゃなくても良いと思う。

これが直人の言っていた違う形の愛情なんだろうか。


そんな事をぼんやり考えていたら晃が複雑な顔をして俺を見ていた。

「どうした?」

「いや、直人さんのことを思い出してる顔してたから」

「すごいね。分かるんだ」

「そこは嘘でも晃のこと考えてたって言って欲しかった」

ふざけた口調で拗ねたように俺を責める晃に思わず笑ってしまった。

それを見て晃も笑う。

これからの事を話したいだろうに
のんびりと世間話を続ける晃。
追い詰めないでいてくれる
その気持ちに救われる。




「そういえばユキ遅くないか?」

「そうだよね……」

気を遣って2人にしてくれたんだとしてもそろそろ1時間だ。
流石に遅い。

携帯に連絡してみるが繋がらないしメッセージに既読もつかない。

「探してくるから匠はここにいろ」

晃は険しい顔で立ち上がり外に飛び出していく。

希少種のΩは法律でも手厚く保護されていて昔のように理不尽に性的な暴力を受けるような事はない。

けれど希少種が故に人身売買目的で誘拐などもあると聞いた事がある。
特に俺と違いΩの特徴である際立った美しい容姿のユキは学生の頃から男女問わず色々な相手に付き纏われていた。

悪い想像が頭をよぎり血の気が引く。


何もありませんように。

震える手で携帯を握りしめ
俺はひたすらユキに連絡を取り続けた。
しおりを挟む
感想 122

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

妹に奪われた婚約者は、外れの王子でした。婚約破棄された僕は真実の愛を見つけます

こたま
BL
侯爵家に産まれたオメガのミシェルは、王子と婚約していた。しかしオメガとわかった妹が、お兄様ずるいわと言って婚約者を奪ってしまう。家族にないがしろにされたことで悲嘆するミシェルであったが、辺境に匿われていたアルファの落胤王子と出会い真実の愛を育む。ハッピーエンドオメガバースです。

才色兼備の幼馴染♂に振り回されるくらいなら、いっそ赤い糸で縛って欲しい。

誉コウ
BL
才色兼備で『氷の王子』と呼ばれる幼なじみ、藍と俺は気づけばいつも一緒にいた。 その関係が当たり前すぎて、壊れるなんて思ってなかった——藍が「彼女作ってもいい?」なんて言い出すまでは。 胸の奥がざわつき、藍が他の誰かに取られる想像だけで苦しくなる。 それでも「友達」のままでいられるならと思っていたのに、藍の言葉に行動に振り回されていく。 運命の赤い糸が見えていれば、この関係を紐解けるのに。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭 12/10 5000❤️ありがとうございます😭 わたし5は好きな数字です💕 お気に入り登録が500を超えているだと???!嬉しすぎますありがとうございます😭

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

隣国のΩに婚約破棄をされたので、お望み通り侵略して差し上げよう。

下井理佐
BL
救いなし。序盤で受けが死にます。 文章がおかしな所があったので修正しました。 大国の第一王子・αのジスランは、小国の王子・Ωのルシエルと幼い頃から許嫁の関係だった。 ただの政略結婚の相手であるとルシエルに興味を持たないジスランであったが、婚約発表の社交界前夜、ルシエルから婚約破棄をするから受け入れてほしいと言われる。 理由を聞くジスランであったが、ルシエルはただ、 「必ず僕の国を滅ぼして」 それだけ言い、去っていった。 社交界当日、ルシエルは約束通り婚約破棄を皆の前で宣言する。

【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—

水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。 幼い日、高校、そして大学。 高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。 運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。

処理中です...