俺の番には大切な人がいる

ivy

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俺の番には大切な人がいる㉞

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安定期に入ってしばらくしてから新居に引っ越しをした。

少し広めでユキの家ともさほど遠くない一軒家だ。

小さい庭があり周りを低い塀と果樹に囲まれた可愛い家。
借りたのではなく購入したと聞いた時は驚いたけど。

晃の家族はみんな2人の結婚を歓迎してくれたので子供のイベント事に招待するにも丁度いい大きさでとても住みやすそうだ。

「冷蔵庫はどこに置く?」

「手前の壁側がいい。両開きだからどっちの壁でも良いよ」

子供の事があり軽い作業しか出来ないけど何もなかった家にどんどん荷物が運び込まれるのは楽しい。

ユキも手伝ってくれたのであっという間に片付き、一緒にご飯でもと誘ったらデートだと断られた。
幸せそうで俺まで嬉しくなる。


ユキには誰よりも幸せになって欲しいと思う。

そんな事をぼんやり考えていたらいつの間にか晃が側に来ていた。

「匠、体調悪くないか?」

「全然問題ないよ。コーヒーでも淹れようか」

そう言って立ち上がりかけた俺をそっと押さえて自分もソファに座った晃は大きくなった俺のお腹に向かってゆっくり話しかけた。

「早く生まれておいでー」

「あと3ヶ月は無理かな」

俺は笑いながら言う。

男性Ωの出産は全て帝王切開だ。
その為に入院や予定日も予め決められている。

「もう少し早かったら匠の誕生日に合わせられたのにな」

「そうだね。でも・・」

俺は晃の頬に口付けをしてにっこり笑うと
2人きりの誕生日が嬉しいと伝えた。

晃は笑って唇にキスを返すと優しく俺を抱きしめる。

妊娠中はヒートが来ないのでまだ番にはなってないけれどすっかり新婚の気分だ。

もう一度キスをしようと近づいた時、俺の携帯が鳴った。
知らない番号だ。

出ると金融機関を名乗る男性の丁寧な声がする。

「本日は定期預金のお勧めでして・・」

セールスか。
そう思って不要だと伝え切ろうとすると相手が慌ててこれだけの金額を普通口座にそのままにするのは勿体ないと言い募り切らせてくれない。

預金?
何の話だろう。

聞けばひと月ほど前に振り込まれたお金の件だと言う。
覚えがないと言うと振り込み金額と振り込み人の名前を言われ俺は息が止まるほど驚いた。

久しぶりに聞く直人のフルネームだ。


そういえば何かのお金を振り込むと最後に会った時に言われた事を思い出した。

それにしてもとても受け取れないような額に晃に相談しようと一旦電話を切る。

「なんだその大金」

案の定晃も驚愕の表情を浮かべている。

俺は慌てて直人の携帯に電話をかけるがもう使われていないと冷たいアナウンスが流れるばかりだ。

しばらく考えてまだ残っていた大久保さんの番号にかける。

しばらくすると懐かしい声が聞こえた。

「お久しぶりですね。どうされました?」

穏やかで優しい、けれど直人が実の親よりも頼りにしていた芯の強い人の声だ。

「直人と連絡が取りたいんですけど」

事情を話しそう伝えると大久保さんはしばらく黙ってから謝罪の言葉を紡ぐ

「私ももう連絡が取れないんです」

「どうして・・」

「ずっと憧れていた場所で今は2人で幸せに暮らしておられます」

ああ、直人にも愛する人が出来たのか。
そう安心はしたがお金のことは引き下がれない。

「何とか一度だけでも連絡をつけて欲しいんです」

「匠様」

大久保さんの声は更に優しくなる。

「金額については一切苦情は受け付けないと了解を取った。いらないのなら寄付でも何でも好きにすればいい。それは匠への最後の気持ちだ」

「えっ」

「・・そのように言付かっております」

困惑する俺に大久保さんは晃に変わって欲しいと言った。

言われた通りにすると晃は話しながら言葉を詰まらせ慌てて部屋を出ていく。

俺には聞かれたくないのかな・・そう思ってキッチンで暖かいお茶を淹れていると話が終わったであろう晃が俺を後ろから抱きしめた。

そして肩近くまで伸びた髪をかき分けうなじを出すとそこに口付ける。



あまりにゆっくりと優しい仕草に
まるで何かに祈るみたいだなと思った。



「どうしたの?返金させて貰えそう?」

「どうしてもダメだって。落ち着いたら寄付を考えよう。直人さんも喜んでくれるような所に」

「うん?晃がそう言うならそれでいいよ」

その後も晃は言葉少なにずっと俺の側で体のどこかに触れていてこんな風に甘えるなんて珍しいと揶揄うと少し寂しそうに笑って見せた。



結局その顔の理由も大久保さんと話した詳細もわからないまま忙しく月日は流れ出産予定日が迫ってきた。


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