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第7章―闇に蠢く者―

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「確かに天使にとっては、戦いで悪魔に負けることは決して許されないことだ。ドミニオン様がお叱りになるのは無理もない。ましてや、戦う為の天使の役割を持つ以上、敗北はその者にとっての屈辱や汚名にも値することだ。一層のこと、ここで朽ち果てる方がマシかも知れん…――。おめおめと天界に帰った処で私は我が一族の恥さらし者になるのは言うまでもないだろう。それにドミニオン様やアークエンジェル様にどのような顔でお会いすればいいのかわからない。やはり私はこのまま、ここにいるべきかも知れんな…――」

 カマエルは弱気になりながらそう話すと、ひとり落胆した表情を浮かべた。


「何を言うのですか父上……! 貴方様を一族の恥さらし者だとは、誰もそんなことを思っておりません! 母上も兄達も貴方様の帰りを待っておられます! それに、こんなところで貴方様を死なせるわけにはいかないのです…――!」

 彼はそう話すと鉄格子に手をかけて前に近づいた。そして、真剣な表情で父の顔を見つめた。

「ミカエル様があのような状況で、今天界を守れるのは僅かな天使しか、いない以上、ミカエル様に代わって天界を守れるのは貴方様しかいないのです……! 貴方様の強さは誰もが知っております。それに14万5000人の天使達を従えるのは、能天使の指揮官である貴方様しか他なりません。彼が眠りから目覚めぬ今、ミカエル様の意志を貴方様が引き継ぐのです。でなければ、天界はいずれは闇に滅ぼされます。ミカエル様はそのような結末を望んではおりません。彼が今まで守ってきたものを、ここで終わらすわけにはいかないのです…――!」

「果たして私に、本当にそのような大義が出来るのであろうか……。私はひとりの天使にしか過ぎん。偉大なるミカエル様の意志を引き継ぐことは、そう容易いものではない」

「いいえ父上、貴方様はミカエル様の信頼を誰よりも勝ち取っております。それに貴方様はミカエル様の直属の部下でございます! 14万5000人の能天使達を束ねて従えるのも、指揮官である貴方様にしか出来きないことです。それに彼らもそれを望んでおられます。今天界は貴方様を必要としておられるのです、父上…――!」

 
 彼の揺るがないその言葉に、カマエルの心に僅かな変化が現れた。

「……お前は私を助けると言った。その言葉に偽りは無いな?」

「はい、父上! 私はここの門を叩いた時から覚悟は出来ております! どんな手段を使ってでも、私が必ず貴方様をここから救いだしてみせます! 今はどうか、私を信じて下さいカミーユ様…――!」

 カマエルは囚われた牢屋の中で、黙って頷くと一言呟いた。

「お前に一つ聞いておく。私を救うことを誰かに話したか?」

「いいえ、誰にも話してはおりません。それにあの方達は消極的なお考えなので、貴方様をお救いには来ません。これは言わば極秘の任務でございます」

 そう話すと、暗闇の中で瞳を怪しく光らせた。そして、彼は漆黒に紛れながら静寂のようにそこに佇んだ。彼らの紡いだ物語りは一つの点で交差する。それは今から起こるであろう、嵐の前触れにしか過ぎない。神の描いた世界の終りは、運命の歯車の音を立てながらゆっくりと回り始める――。


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