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異世界は愉しい

豚肉のフルコースですな

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気配を消すというのは意外にも簡単で、私は血に蓄えられた妖術を駆使する事にして軍団との距離を詰める。

「さてさて、まずは一芸をとくと御覧じろ」

印を結んで最後尾に向けてふーっと息を吹く。するとその息は俄かに霧へと姿を変え、後続から順番に包み込んでいく。

「さて、どなたから?残さず平らげるから安心して待っているといいよ」

やがて混乱する声が響いて来たかと思うと隊列は崩れなかったものの全員が戸惑い、足を止める状態に陥った。彼らの住む地域では霧が起きる事は滅多とないのだろうか。まあ、どちらにせよ突然霧がかかれば混乱もするか。





オレの名前はガルン。オーク族の戦士。魔王様の命令受けてこの地にやってきた。人間との闘い、楽しみだ。
最近の戦ではたくさんの人間がいる。獣人も強かったが人間の強さは獣人のそれとはまた違うようだった。
なにしろオレたちよりも集団で動くのがうまく、モノをつくるのがうまい。
魔族の中では器用なやつらもいるがオレたちはそうじゃない。だからだいたい相手から奪ったもので道具は補う。
いいモノを持っていればそれだけ敵を倒した事になるからそれがステータスになっていたし、武器を選べないという状況からか、みんながみんな色んな武器で戦えた。だからオレ達は魔族の中でも上位の軍団になれたと戦士長は言っていた。

「人間達はどのような戦法に出るのだろうか」
「市街戦だろう、民間人も混じっているから乱戦になるだろう」
「となると長柄の武器は不要か?」
「同士討ちを避ける必要がありそうだ」

向上心の高い若い戦士たちは攻め入る先の戦いを想定してあれこれと議論を交わしている。予定には少し早いようだったが先日巡回していた騎士達と戦闘になった経緯から彼らの警戒が強まる前に襲撃を仕掛けようという上層からの決定なので仕方ないだろう。
騎士達の中には見目麗しく、なおかつ戦いの才に溢れた個体が居たので恩賞代りの奴隷として皆殺しにせず投獄しておく事になった。時折下卑た笑みを浮かべている嘆かわしい者もいるが・・・戦いにおいて士気は重要だ。これも仕方あるまい。

「これもまた、己を高める為の試練・・・」

オレは神を信じない、正確に言えば人間達のように救いを齎す都合のいい存在だとは信じていない。ヤツはどうしようもなく残酷で、抗いようもない試練を津波の様に送り込む無慈悲の存在なのだ。その中で戦いこそがすべて、平等で、神の理屈から外れうるものだと信じている。そう自分の中で戦いの前に気持ちを整理している時だった。

「・・・霧だと?」

不意に感じた薄ら寒い感覚と同時に辺りを包むように霧が発生した。霧と言うものを知っている中堅のメンバーは訝しむ程度であったが年若い連中の動揺はそれなりに大きく、足を止める者も出始めた。

「怪しいな、結界や幻覚の類か?」
「うーむ、行軍の足も止まっています・・・まずは彼らの統制を」

手探りに近い状態にまで陥った深い霧の中で隊を組んでいた年嵩の副長の声が突然途絶えた。一瞬扉のようなものが閉じるのが見えたがそれと同時に彼は消えてしまったようだ。

「攻撃を受けている!全員隊形を組んで密集しろ!」

オレは誰に言うでもなく叫んだ。誰でもいいからとにかく指示を出さねば混乱は避けられない。無責任な話だが視界が得られない以上後はそれぞれの隊の隊長が部下をまとめてくれるのを祈るしかない。

「オレの隊はどれだけ残った!」
「隊長・・・だ、だれも・・・」

どんどんと濃くなる霧はまるで不安と恐怖を表しているかのようで、とても不気味だ。しかも相手はこちらの知らぬ方法で攻撃を仕掛けているのは間違いない。

どこだ?どこからくる?一体誰がオレ達を攻撃している??!

「あはっ」

不意にそんな笑い声が聞こえた。そして、今度ははっきりと見えた。

「ば、化け物・・・」

人間の・・・いや、角が頭に生えているのが見えたので人間ではないのだろう。似たような種族ではオーガ族がいたがあれはただ、身体的特徴として角が生えただけの彼らとは似て非なる全くの別物だった。
確かに彼らは強い。恵まれた体格、強靭な肉体、そして勇敢で獰猛な気性。どれをとっても戦士として天性のものを持ち合わせている。しかしだ、目の前の彼女は違うのだ。

「うふ・・・あむっ」
「何もっ」

口元を動かしただけで一人、また一人と消えて行く。牙で出来た扉を潜った彼らは何処へ消されてしまったのだろう。魔法の類だろうが彼女はそれに関して疲労の色を全く見せていない。
そして何より、あれは・・・まるでオレ達を・・・。

「食料としている・・・?」

思わず零れた一言に背筋が凍るような思いだった。オレ達はとんでもない奴に目をつけられてしまった。
一騎当千とは言えない者も多いがそれでもそこらの人間や魔物に遅れを取る奴は居ない。騎士団とてよほどの手練れでなければ・・・。それがまるで木の実でも飲み込むようにだと・・・。

「一口ずつ食べるのも・・・ちょっと面倒ねぇ」

そう言った気がした。それと同時に目の前の化け物は指を絡めてなにやらつぶやいた。それが、惨劇の始まりになるとは知る由もなかった。

「足元が・・・なんだこれは!」

眼下に広がる地面が、樹木が、すべてが血のような色の泥に変わり仲間もろともオレ達を飲み込み始めたのだ。

「『血沼叫喚魂喰』、たんと味わっておくれやす」

霧はいつの間にか消え失せ、その代わりに沼に嵌ってもがき苦しむ仲間たち、おそらく全員かと考えられる数の人数がいた。その中で泥の影響も受けず、妖艶にほほ笑む少女の形をした何かが目の前にいた。

「ば、化け物め・・・!」

槍を手に、絡みつく泥を跳ねのける。こういう時に体重をかけて立っては行けないのだ。力を籠めれば籠めるほど沼はその力を吸い取るがごとく足を底のない深みへと誘う。

「あら、あんさんは私に向かってくるの?」
「術師を討てばこの不可思議な怪異も収まるとみた!覚悟ォ!」

足を引き抜き、非情とは思いつつも仲間を踏み台にしてオレは一足飛びに少女を目指す。幸いにも影響を受けていなかった物資を足場に出来たので二回目からは仲間を踏む必要がなかったのは幸いだ。

「うふ、どれほどか・・・みてみましょ」

呆れるほど無防備に見えた少女の喉元、掻き切るつもりで槍を突き出した。見た目どおりならば容易くちぎれ飛び、首を叩き落せるはずと。そう思った。

「!!・・・ぐぬっ!」
「あらあら、随分と強力なんやね」

必殺の一撃、渾身の一撃はあっさりと少女の手に止められてしまった。

「ええ材料になりそうやわぁ、ほな、さいなら」

何をされたのか、俺は最期までわからなかった。最後に見たのはオレを飲み込もうと口を開く少女の姿だった。
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