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異世界は愉しい

完食

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一番手練れっぽかった豚人間を沼を波打たせて飲み込む。一瞬だけ驚いたが沼を抜け出せたのは彼だけだった。
残りは沼の中で体勢を保つ事すらできず徐々に沈み、全員が腹の中へと納まった。

「うふ、ちょっと食べすぎたかしらねえ」

お腹をさすってみる。ちょっと胃が重い感じがしたがまあ、どうとでもなる。そんなレベルだ。
さて、軍勢がすべてお腹に収まり、武器と防具以外の荷物が散乱しているが私にとってはどうでもいいものばかり。
どうやら能力で捕食した生き物は身に着けていたモノも一緒に取り込んでしまうようだ。
さて、餓死しそうな衝動は収まったがそれでも空腹感はなんとなく残っている。それに、まだ完食はしていない。

「集落の食べ残しをさらって・・・人間の人たちはそれから考えようっと」

もしかすると彼らが人間を捕まえていたのは食べるためかもしれない。そう考えると自然と速足になる。そのお陰か集落へと戻るのはそう時間がかからなかった。思った以上に身体能力が強化されているのだろうか、強化というよりは化け物じみているが・・・まあ、実際化け物の類なので気にしない気にしない。

「さて、お残しはーっと」

普通の人間の時ならば見ただけでヤバイ連中だと思えただろうが生憎と私にとってはもはや食事の材料でしかなく、手早く済ませる事だけを考えて私は集落へと足を踏み入れる事にした。

「あーん」
「ギャ・・・」

見張りを平らげて正面から堂々と入る。先ほどの軍団をなんの感慨もなく平らげてしまったが彼らで集落の人口はほとんどだったらしく集落はほぼもぬけの殻だった。

「人間さんは何処かなー」

今まで自分と同じ存在だったはずの人間という存在。それがいつの間にか遠くなった気がする。
なんだろうか、まるで自分と違う人種というか、遠い世界の存在というか・・・なんだろうな。わからない。

「捕虜みたく扱われてたからもしかしたらーと思ってたけど・・・まあまあ」

考え事をしつつ匂いを辿っていくとちょっとばかしグロテスクな状況に出くわした。

「食べる系の人種だったワケか」

詳しくは表現したくはないがユッケかなにか見たくなってる。無造作に転がされたパーツから察するに男らしい。
ああ、やだやだ・・・なんで私は今・・・。どうして・・・?

「美味しそうなんて・・・おもっちゃうかな」

吐き気よりも食欲が、罪悪感よりも幸福感が沸きあがる。食べれば食べるほどに力は増し、豚人間が沼に沈み切る時には自身の力が何倍にも膨らんだような得も言われぬ達成感があったほどだ。

「もったいない、もったいなから・・・食べる供養もあるし・・・」

完全に破綻した言い訳をしながら私は頭部を残して一滴の血も残さずに平らげる。呪術のお陰で直接口にするという罪悪感が薄いせいなのだろうか・・・いや、これこそが、私が人間でなくなった証なのだろう。もはや彼らは私と同類ではなく、食料でしかないのだ。豚人間も、彼らも、そして動物たちも。

「さすがに・・・ここくらいは供養してあげよう」

なんとか理性を振り絞って頭部を残し、綺麗に整えてあげる。死化粧なんてできないけど、血だらけでひきつった顔じゃあさすがに可哀そうだよね。体は食べちゃったけど。

「さてと、十人くらいしか残ってなかったけど・・・見回りとかそれくらいの規模だったのかな」

引きまわされていた女性も数人だった。死体と合わせても二十に届かない人数で豚人間をどうこうしようとしていたとは思えないので偵察とかそんなところだろう。ここほど規模のデカイ集落があればそれなりに目立つだろうし、集団で行動していた事から考えても近くに攻撃するべき目標があるのだろうか。

「とりあえずは生き残っている人を探すか・・・」

食欲を抑えきれるかは疑問だがそれでも情報は欲しい。このままだと見知らぬ土地で野垂れ死にだ。手段を問わず生き残るだけならどうとでもなるかもしれないがどうせ生きるのならやりたい事も見つけたい。

「そうなると・・・生活の拠点が必要かな」

となると捕らえられている人達を助けるのは非常によろしいだろう。後の身の振り方てきに。
結論が出れば後は実行するのみ。捕らえられている彼女たちを助けて町かどこかに入った後に適当に稼げる仕事でも探して宿を取ろう。そのためにはまずこの集落を空っぽにしてしまおうっと。
恩を着せるには傷の手当なんかも必要だろうか。えっと、傷薬とか・・・。

「お、頭に浮かぶ・・・鬼の呪術でつくる薬か」

禁忌、悍ましく、痛ましい内容の素材ばかりだが・・・。なになに、短時間で完全に傷を塞ぐ傷薬に膂力を増強させる薬・・・普通にすごい。素材が脳とか生き胆とかでなければだが。できるだけ生きたまま取り出せとかグロすぎる。

「腹の中の食べたモノでも可能なのか・・・」

そうなると食べれば食べただけ素材なんかも手に入るわけだ。さて、予行演習にいくつかつくってみるか。
傷薬がいいか。


「おうふ・・・できたけど」

生きた人型の生物から臓器を引っこ抜くというのはさすがに結構グロい。できるだけ作らないようにしようっと。十分つくれただろうし。素材は余すところなく使ったので素材になった豚人間も成仏するだろうか。
っていうか、まだ消化されずに残っていたのには驚きだ。
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