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旅立ちの日に

悲鳴にかけつけたのは・・・?

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「いやあああああっ!」
「ぐっ!」

暴れた拍子に担いでいた男は耳元で絶叫されたのも手伝って取り落としてしまう。

「なにやってんだ!早く捕まえろ!」

慌てているのが手に取るようにわかるがそれでも彼女にとってはそれどころではない。僧侶を志した彼女は良家の生まれで純潔に関して非常に重要視されていた。もしもこんな山賊のお遊びで奪われようものならその後の人生がどうなるか分かったものではない。それに純粋な恐怖と嫌悪感が合わさって彼女に逃走を呼び起こした。

「あぐっ・・・はあっ・・・はぁっ!」

いつの間にか両手を縛られている。そのため藪をかき分ける度に細かい傷が出来たがそれどころではないのだ。彼女は生きる為に必死で逃げた。

「てめぇ・・・手間かけさせやがって!」
「あっ・・・きゃぁっ!」

逃げきれず背中を強打された彼女はそのまま地面に倒れこむ。その後ろでは同じく捕まった僧侶たちが悲鳴を上げている。

「なんなら逃げられねえようにしてもいいんだぜ?」

倒れた彼女が体をよじって振り向くと棍棒を手にした男が恐ろしい笑みを浮かべていた。そして震える彼女の足にその先を押し当てて笑みを深める。

「足をへし折るか、それとも・・・目を潰しちまうか?」

足に触れていた棍棒を鼻先に突き付けられて彼女はとうとう観念したように涙を流し、震えだした。それを見て満足げに鼻を鳴らした男が手を伸ばした。その刹那だった。

『ウオォォォーン・・・!』
「ぎゃああああ!」

茂みから飛び出したグレイウルフが男の手に容赦なくかみついた。鮮血が飛び散るとグレイウルフは大声で吠え、まるで居場所を知らせるように執拗に吠えたてる。

「く・・・このクソ狼が!」

無事な手で棍棒を振り回すも狼は絶妙な距離を保ちつつ吠え続ける。

「ソイツはあきらめろ!早くいくぞ!」
「だがよ!」
「狼が来たってことは・・・」
「なんだってんだ・・・あ?」

不意に途切れた言葉に振り返ると男の顔に生暖かい液体がかかった。鉄臭いその液体が仲間の血液だと知覚できるまでにそう時間はかからなかった。何処からか飛来した手斧が仲間の頭部を抉ったのだ。

「う、うわああああ!狩人が来た!化け物がくるぞ!」

山賊達は悲鳴を上げながら散り散りに逃げ出していく。同時に彼らの中には足を押さえて悲鳴を上げるものまで現れる。

「ぎゃあああ!トラバサミが・・・ヤツが、ヤツが来る!」

そう言うが早いか、グレイウルフの群れに混じって大柄な人物が藪を掻き分けて飛び出した。

「ひっ・・・がっ!」

手斧を投げ、ナイフが飛ぶとそこかしこで悲鳴が上がる。グレイウルフ達はどういうわけか僧侶たちの匂いを嗅ぎ分けて山賊だけに飛び掛かり首筋や手首と言った急所を噛み、切り裂いていく。

「クソ!ずらかれ!人質は放って逃げんだよ!」

山賊達はやがて僧侶達を放り出して逃げ出していく。中には意図的に僧侶を傷つけていく者もいたが皮肉にもそれが一瞬の遅れとなりグレイウルフの餌食になった。

「逃げられた・・・減らせたから良しとしようかな」

ロングコート姿の人物は身の丈が山賊達よりも頭一個分以上は大きく、その膂力は掻き分けて来た藪の千切れ具合から察する事ができた。

「大丈夫?」

見習いの彼女にその人物はそっと歩み寄ると屈んで視線を落とした。奇妙なマスクを被っていて声はくぐもっていたが驚いた事に女性のようだった。

「あ、ありがとうございます・・・うっ」

縄を切ってもらい、解放してくれたものの縄を切ったナイフにべったりと血が付いていたことに気づき彼女は思わず吐き気を催し、安堵から耐え切れず嘔吐した。

「大丈夫?血は苦手・・・?」
「おぅえ・・・すびばせん・・・たすけてもらったのに」

革袋から水を出してもらい口を漱ぐと彼女はうめき声をあげる僧侶達を一か所に集める。まるで枯れ枝を運ぶように人を抱えて動ける彼女の膂力に感心しつつも見習いの少女はケガの様子を見ていく。

「傷が酷い・・・なにか助ける方法ある?」
「そ、そういえばポーションが」
「なら早く、このおじいさん危ないよ」
「し、司祭様!」

慌てて治療を施すと老人の僧侶はなんとか持ち直し、流れる血を服をちぎって包帯がわりにすることで止血する。

「とりあえずここは危ないから・・・みんなついてきて」

大柄な女性はそう言うと立てるものにマントを加工して作った担架にケガの酷い人を乗せて運ぶように指示し、山の奥深くへと向かう。

「町へは行かないのですか?」
「待ち伏せが怖い、それに雨ふりそう・・・濡れたらけが人から病気になるかも」

僧侶達はそう言われて空を見上げた。何時の間にか木々から覗く空はどんよりとしており今にも雨が降りそうだった。彼女が空を見上げる様子もなくそう言い切ったのに僧侶達は驚いたが彼らだけでは無事に山を下りる事も叶わない事は確かだったので彼女の言葉に従う事となった。
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