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獣人と建国の章
陰謀の果てに その2
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アウロラが近づく最中、屋敷ではシルミナが頭を抱えていた。
「なぜ、なぜこうなった・・・」
シロナの様子とダークエルフの態度を見る限り今回の調略は失敗に終わったのだろう。そして今回のダークエルフを雇っての暗殺指令もまた不可解な状況に追い込まれていた。
「忌々しい・・・邪魔な狼人族の小僧を始末するだけのはずが何故こんなことに・・・」
暗殺者を雇った事がバレた上にしかも個人名までは特定されていないものの此方の差し金であることがバレており、狐人族と狼人族との戦争に近い状態まで発展している。もとより名家の子である事はわかっていたものの他種族を使って暗殺すればバレはしまいと高を括っていたのがそもそもの間違いだったのだろうか。
「このままでは私が責任をとらされる羽目に・・・」
当然ながらこの戦いの引き金を引いた当事者である彼はその事実がバレてしまえば処罰は免れない。今は全員が狼人族に対する対策と長不在という緊急事態にあたふたしているが秘薬の使用などの独断専行も祟ってシルミナの立場は大変厳しいものとなっていた。
「そ、そうだ、証拠の処分を急がねば・・・」
ダークエルフとの契約書や悪事を働いた際に認めた誓約書等見つかってはいけないものが多く、もし悪事が露見した場合に備える必要があった。幸いにして密偵にはまだ忠実な者がいくつか残っている。
「証拠の処分を急がせよ・・・と、これでいいか」
手紙を書き終えた時、タイミングを計った様に密偵の一人が帰投した。最初は驚いたシルミナだったが子飼いの密偵である事がわかり背を向けて手紙の続きを書ききり、判を押した。
「貴様か、クルメ」
身元が怪しかったが腕が立ち、なにより忠実で勤勉な密偵であったが為重用してきた女性の密偵。名をクルメといい、狐人族では当たり前の苗字を持たない孤児であった。
密偵としての宿命と言って今まで顔を明かした事すらなく、常に黒い布を被って常に顔を隠しており、口元すら隠れていて着込んだ服から見えるボディラインと声でようやく女性とわかる有様である。
「危急の用件と伺いまかりこしました」
「うむ、貴様には跡継ぎ様の行方を捜させていたのだったな・・・、だがそれより重要な事が起こった、至急、之に記された物を処分せよ」
「は、して内容は?」
「大半が文や手紙だ、御家に関わるゆえ抜かるなよ」
「ダークエルフの契約書に関してはいかが致しましょう?事前に処分しては彼奴等の不評を買うかと」
「問題ない、話せばわかるわ」
「では、まだ誤解は解けていないと?」
「くどいぞ、なぜそのようなこ・・・とっ?!」
突然走った痛みに背に手をやる。そこには密偵が好んで使う吹き矢の矢が刺さっていた。
「貴様・・・何故っ?」
「それは、この顔を見ればわかろうが!」
顔を隠していた布を取り払い、クルメは自らの素顔を顕わにした。その下の顔にシルミナは呆然とした様子で思わず言葉を漏らした。
「貴様は・・・カルナ!」
「やはり知っていたか、貴様が死なせたのは我が姉よ!」
カルナ・クルルギ。貧しい家ながら狐人族の中にあっては古い歴史を持ち、遥か昔にダークエルフから暗殺や密偵の技術を学んだ事もある闇の住人の末裔である。だがクルルギ家も表向きはただの豪族の一つとしてわずかな領地を持って細々と暮らし、次女か次男が跡を継ぎ、表の住人として生きる事になっていた。
「姉は闇の世界では生きられぬと父と相談して入れ替わり、幸せを願いつくしてきたが・・・全て貴様が奪った!その罪を償ってもらうぞ!」
姉のカルナは心優しく、体も弱かった。それゆえに妹のクルメが姉の身代わりを買って出たのだ。姉は涙を流して別れを惜しんだが妹はそんな姉だからこそと、当初反対していた父の前で自らの右耳を切り落として見せる事で説得し晴れて隠密の道を歩み始めたのだ。
「我が姉の誇りを奪い、ごみの様に捨てた非道を・・・例え神が許し、原初の王が許そうとも我等が、クルルギ家は許さん!」
そんな姉のカルナが婚約を交わしたのは当時まだ無名だったシルミナであった。彼は言葉巧みにカルナから領地の運営権と資金をせしめると薬物によってカルナの耳を壊死させ、それを理由に離縁し放逐したのである。そしてその時までに貯めた金とクルルギ家の暗然たる力を奪いたい当時の重役たちとの密約によってそれをもみ消したのだった。
唯一の誤算はシルミナ達が密偵達の中にクルルギ家の人間が多数在籍している事を知らなかった事だった。彼らの怒りはまるで石炭の山の中で燻る熱のように高まり、鉄をも溶かさんとするまでに昂ぶっていたのである。
「父上も貴様の死を願っている。覚悟するがいい」
「ふん、たかが吹き矢の一刺しで何ができる・・・」
そう言うと彼は立ち上がって剣を抜いた。対するクルメは丸腰であったが彼女とてバカではない。
「ただの吹き矢と誰がいった?仕込みは済ませてある」
ふふふ、と不気味な笑い声を上げてクルメは笑う。するとその背後に背を向けて立つ何物かの姿がある。
それは紛れもなく自らが死に追いやったカルナであった。
「お前が今まで犯した罪を数えるがいいぞ」
「ひっ!これは・・・!」
カルナは冷たい表情のままシルミナににじり寄るとニタリとわらう。ただ、ただ、笑うとシルミナを見つめる。
「な、なぜなにも言わない!」
シルミナが声を荒げると障子がすーっと開き、今度は男性が現れた。
「お、お前は・・・あ、兄上!」
見紛うはずもない、謀殺した実の兄であった。散々の恨み節を吐いて死んだはずの兄はカルナと同じように感情を持たないような冷たい表情で笑顔を浮かべる。そしてゆっくりと近づくとただただ冷たい笑顔のまま彼を見つめる。
それが一人、二人と現れては同じように彼を見つめる。
1人
2人
3人
4人
5人
6人
7人
8人・・・・
目の数と冷たい笑顔はどんどんと増えていく。
「あ、ああ・・・あああ・・・ぎゃあァァァァァァァ!」
結局何人が集まったのかは定かではない。だがしかし彼がクルメの望みどおり罪の数に押しつぶされるまでにはそう時間は掛からなかった。
「なぜ、なぜこうなった・・・」
シロナの様子とダークエルフの態度を見る限り今回の調略は失敗に終わったのだろう。そして今回のダークエルフを雇っての暗殺指令もまた不可解な状況に追い込まれていた。
「忌々しい・・・邪魔な狼人族の小僧を始末するだけのはずが何故こんなことに・・・」
暗殺者を雇った事がバレた上にしかも個人名までは特定されていないものの此方の差し金であることがバレており、狐人族と狼人族との戦争に近い状態まで発展している。もとより名家の子である事はわかっていたものの他種族を使って暗殺すればバレはしまいと高を括っていたのがそもそもの間違いだったのだろうか。
「このままでは私が責任をとらされる羽目に・・・」
当然ながらこの戦いの引き金を引いた当事者である彼はその事実がバレてしまえば処罰は免れない。今は全員が狼人族に対する対策と長不在という緊急事態にあたふたしているが秘薬の使用などの独断専行も祟ってシルミナの立場は大変厳しいものとなっていた。
「そ、そうだ、証拠の処分を急がねば・・・」
ダークエルフとの契約書や悪事を働いた際に認めた誓約書等見つかってはいけないものが多く、もし悪事が露見した場合に備える必要があった。幸いにして密偵にはまだ忠実な者がいくつか残っている。
「証拠の処分を急がせよ・・・と、これでいいか」
手紙を書き終えた時、タイミングを計った様に密偵の一人が帰投した。最初は驚いたシルミナだったが子飼いの密偵である事がわかり背を向けて手紙の続きを書ききり、判を押した。
「貴様か、クルメ」
身元が怪しかったが腕が立ち、なにより忠実で勤勉な密偵であったが為重用してきた女性の密偵。名をクルメといい、狐人族では当たり前の苗字を持たない孤児であった。
密偵としての宿命と言って今まで顔を明かした事すらなく、常に黒い布を被って常に顔を隠しており、口元すら隠れていて着込んだ服から見えるボディラインと声でようやく女性とわかる有様である。
「危急の用件と伺いまかりこしました」
「うむ、貴様には跡継ぎ様の行方を捜させていたのだったな・・・、だがそれより重要な事が起こった、至急、之に記された物を処分せよ」
「は、して内容は?」
「大半が文や手紙だ、御家に関わるゆえ抜かるなよ」
「ダークエルフの契約書に関してはいかが致しましょう?事前に処分しては彼奴等の不評を買うかと」
「問題ない、話せばわかるわ」
「では、まだ誤解は解けていないと?」
「くどいぞ、なぜそのようなこ・・・とっ?!」
突然走った痛みに背に手をやる。そこには密偵が好んで使う吹き矢の矢が刺さっていた。
「貴様・・・何故っ?」
「それは、この顔を見ればわかろうが!」
顔を隠していた布を取り払い、クルメは自らの素顔を顕わにした。その下の顔にシルミナは呆然とした様子で思わず言葉を漏らした。
「貴様は・・・カルナ!」
「やはり知っていたか、貴様が死なせたのは我が姉よ!」
カルナ・クルルギ。貧しい家ながら狐人族の中にあっては古い歴史を持ち、遥か昔にダークエルフから暗殺や密偵の技術を学んだ事もある闇の住人の末裔である。だがクルルギ家も表向きはただの豪族の一つとしてわずかな領地を持って細々と暮らし、次女か次男が跡を継ぎ、表の住人として生きる事になっていた。
「姉は闇の世界では生きられぬと父と相談して入れ替わり、幸せを願いつくしてきたが・・・全て貴様が奪った!その罪を償ってもらうぞ!」
姉のカルナは心優しく、体も弱かった。それゆえに妹のクルメが姉の身代わりを買って出たのだ。姉は涙を流して別れを惜しんだが妹はそんな姉だからこそと、当初反対していた父の前で自らの右耳を切り落として見せる事で説得し晴れて隠密の道を歩み始めたのだ。
「我が姉の誇りを奪い、ごみの様に捨てた非道を・・・例え神が許し、原初の王が許そうとも我等が、クルルギ家は許さん!」
そんな姉のカルナが婚約を交わしたのは当時まだ無名だったシルミナであった。彼は言葉巧みにカルナから領地の運営権と資金をせしめると薬物によってカルナの耳を壊死させ、それを理由に離縁し放逐したのである。そしてその時までに貯めた金とクルルギ家の暗然たる力を奪いたい当時の重役たちとの密約によってそれをもみ消したのだった。
唯一の誤算はシルミナ達が密偵達の中にクルルギ家の人間が多数在籍している事を知らなかった事だった。彼らの怒りはまるで石炭の山の中で燻る熱のように高まり、鉄をも溶かさんとするまでに昂ぶっていたのである。
「父上も貴様の死を願っている。覚悟するがいい」
「ふん、たかが吹き矢の一刺しで何ができる・・・」
そう言うと彼は立ち上がって剣を抜いた。対するクルメは丸腰であったが彼女とてバカではない。
「ただの吹き矢と誰がいった?仕込みは済ませてある」
ふふふ、と不気味な笑い声を上げてクルメは笑う。するとその背後に背を向けて立つ何物かの姿がある。
それは紛れもなく自らが死に追いやったカルナであった。
「お前が今まで犯した罪を数えるがいいぞ」
「ひっ!これは・・・!」
カルナは冷たい表情のままシルミナににじり寄るとニタリとわらう。ただ、ただ、笑うとシルミナを見つめる。
「な、なぜなにも言わない!」
シルミナが声を荒げると障子がすーっと開き、今度は男性が現れた。
「お、お前は・・・あ、兄上!」
見紛うはずもない、謀殺した実の兄であった。散々の恨み節を吐いて死んだはずの兄はカルナと同じように感情を持たないような冷たい表情で笑顔を浮かべる。そしてゆっくりと近づくとただただ冷たい笑顔のまま彼を見つめる。
それが一人、二人と現れては同じように彼を見つめる。
1人
2人
3人
4人
5人
6人
7人
8人・・・・
目の数と冷たい笑顔はどんどんと増えていく。
「あ、ああ・・・あああ・・・ぎゃあァァァァァァァ!」
結局何人が集まったのかは定かではない。だがしかし彼がクルメの望みどおり罪の数に押しつぶされるまでにはそう時間は掛からなかった。
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