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第一話
しおりを挟む「おねえさま」
いや、同級生だが。
ちょっと前、エリザベス・スペンサー侯爵令嬢は、アメリア・キャンベル男爵令嬢に説教たれた。
いろいろと目に余ったので。
なにを考えたのか、アメリアは手当たり次第、婚約者がいる、いないにかかわらず、男子生徒たちに粉をかけまくったのである。
その中にはエリザベスの婚約者ヴィンセント第二王子殿下も含まれていた。
結果として、ヴィンセントに一杯食わされ、赤っ恥をかく羽目になったのだけれど。(浮気者の婚約者が土下座する 参照)
そんな露骨な媚びにひっかかる生徒もおらず、アメリア自身も赤っ恥程度ですんだのはさいわいである。
女子たちが眉をひそめるのは、それ相当の罰だ。
そもそも殿方に頼る、という根性がよろしくない。今の時代、女であっても自立するべき。たとえひとりでも、生きていく器量が必要なのだ。自分を磨いて、自分の価値をあげるのよ!
とエリザベスは言ったのだが。
そうしたら、なつかれた。
くわえてなぜか他の女子生徒までもが感服し、師匠と呼ばれるようになってしまった。
さらに先生方まで、「女子教育の向上」などと言い出して、エリザベスを旗頭に上げてくる。
いや、なんで。
いつもいっしょのエリザベス、スカーレット、マチルダのなかよし三令嬢のあとを、侍女のようについてくる。教室移動のときとか。帰る際には馬車の見送るまでする。
なんかちょっと仰々しいんですけど。
とくに邪険にするわけでもないが、とりたてて仲よくするつもりもない。
きょうも授業の間の休み時間。
「おねえさま、わたくし焦っていましたの」
ちょっとしたエリザベスのイラつきなど気にもかけず、アメリアは話を続ける。
「うちは貴族とはいえ、しがない男爵家。平民に毛が生えたようなものです。大店のほうがよほど裕福なのです」
わからなくもない。
「わたくしはいいです。長女ですからがまんいたします。でも弟や妹に不自由させたくありません。ちゃんとした教育を受けさせ、環境を整えて社交界に送り出したかったのです」
あなたのほうが、よほどりっぱなおねえさまではないですか。
「だから、少しでも位が高くてお金持ちのご子息に嫁ぎたかったのです。そうすれば両親にも楽をさせてあげられると思って」
まさしく殿方の財力、権力に乗っかろうとしたのですね。
「でも、おねえさまに言われて目が覚めたのです」
三令嬢はさして興味もなさそうに、ふんふんとてきとうに相槌をうっている。
「わたくし、女騎士になろうと思うのです!」
「はあぁ?」
きょうも、きれいに三令嬢のユニゾンがこだました。
「どうしてまた、騎士などと言い出したの?」
エリザベスが聞いた。
「はい! わたくし、お姉さまのお役に立ちたいのです。騎士団に入ればお給料もいただけて、がんばればおねえさまの護衛にもなれますから!」
そういうことではないのよ。
「それに、両親にも叱られました。家族の誰もそんなことは望んでいないと」
そうでしょうね。
「弟と妹のことは親にまかせて、自分のしあわせを見つけなさい。と言われました」
そうでしょうね。
逆に、金持ちの男と結婚しろ、なんていう親は問題ですよ。
「だからって、あなたが体を張らなくてもいいのでは?」
「いいえ!」
きっぱり!
「体力には自信があります。わたくし、決めたのです。おねえさまに恩返しをします。かならずや、護衛騎士になって悪い輩からおねえさまをお守りすることを誓います!」
ゆるふわだったアメリアが、きりっとした。
選手宣誓ですか。
だから、そういうことではないのよ。
「あははっ!」
背後で笑う声がした。
「なんだかおもしろいことになっているじゃないか」
「ヴィンセントさま」
ため息半分にエリザベスが言った。
「笑い事じゃありませんよ」
「きみのご高説が功を奏したじゃないか。励ましてあげなよ」
アメリアは王子殿下に対して、きっちりと礼を取った。媚び媚びだった以前とはまるっきり別人である。
やればできるじゃないの。
みんなそう思った。
「きみがリズの護衛をしてくれるのなら、とても心強いな」
ねえ、リズ。と言いながらエリザベスのこめかみにちゅっとキスをする。
だから学院内ではやめてくださいな。王子殿下だから先生方も黙認しているんですよ。
そう思うのはエリザベスだけ。もはや見慣れた光景である。誰もなにも言わないのは、そのせいだ。
それからすぐに、アメリアはほんとうに、騎士科へ編入してしまった。
「だいじょうぶかしらね」
「女子生徒も何人かいるらしいわ」
「うまくやっていけるといいのだけれど」
なんだかんだで心配な三令嬢である。
科がちがえば、顔を合わせる機会もめっきり減る。たまにカフェテリアで見かける。見かけるときはいつも三人だ。
同じ騎士科の女子生徒だろう。仲がよさそうでなによりだ。アメリアの「きりっ」は継続している。
エリザベスが小さく手を振ってやれば、はずかしそうにはにかむ。
いやいや。恋する乙女じゃないんだから。
そんな日々が過ぎて数か月後。
「あら?」
「あれはアメリアね」
「いつもの三人組じゃないわね」
カフェテリアの入り口で、で三令嬢は立ち止まった。
カフェテリアの端っこにすわっているアメリア。その向かいには騎士科の制服を着た一人の男子生徒。
なんでしょうね、うれし恥ずかしなかんじ。
騎士科らしく、がっちりたくましく、たよりがいのありそうな彼。
顔を上げたアメリアがこちらを見た。目があった。そのしゅんかん、かあっと耳まで赤くなりましたよ。
「あらあらあら」
きょうもこだまする三令嬢のユニゾン。
「しあわせをみつけたってことかしらね」
「そのようね」
「いえいえ。ちゃんとアメリアをまかせられる人か、見極めなくてはいけないわ」
エリザベスは冷静である。
「それもそうね」
「彼はまじめで誠実な男だよ」
「あら、ヴィンセントさま」
ヴィンセント一行が合流した。
テーブルにつきながら、ヴィンセントが教えてくれる。
「ロバートといって、ジョーンズ男爵家の三男だよ」
「そうなの」
「成績優秀。剣技も一、二を争うくらいの腕前だ」
「まあ、超優良物件ね」
「アメリア嬢もがんばってるようだし、卒業したらふたりとも騎士団に入れるんじゃないかな」
ちょっとぎこちなく、それでいてうれしそうに会話をしているふたりがこそばゆい。「そわそわ」がこっちにまで伝染しそう。エリザベスはひゅっと肩をすくめた。
「あの、おねえさま」
帰りの馬車回し。いつもとはちがってすこし遠慮がちにアメリアはエリザベスに声かけた。
彼のことだろうな。とエリザベスは思う。
「ジョーンズ男爵のご令息ですって?」
先手を切った。
「は、は、はい」
そんなに焦らなくても……。
「お付き合いするの?」
「……申し込まれたのですが」
「よかったじゃない」
「おねえさま、会っていただけますか」
ええ? なんで?
アメリアは顔を真っ赤にしながら言った。
「おねえさまのお墨付きをいただきたいのです」
なんですって?
「自分で決めたのならそれでいいじゃない」
「……自信がなくて」
アメリアはうつむいてしまった。
しょうがないわねぇ。
「会ってもいいですけれど、決めるのはあなた自身でしょう? そこははき違えないでね」
「もちろんですっ」
さっそく次の日の帰り、馬車回しに二人で連れだってやって来た。
早いな。
しかもきょうは、このまま王宮に行くからヴィンセントがいっしょなのに。
「……おねえさま」
遠慮したのか、ものすごく遠くから声をかけてきた。
「ジョーンズ男爵家の三男、ロバートでございます」
彼は、きっちりと騎士の礼を取って名乗った。
「うん、いいからもうちょっとこっちへおいでよ」
さすがに不自然なので、ヴィンセントが呼んだ。ふたりは、騎士らしくかつかつと靴を鳴らして近寄ると、ぴしっと背筋をのばして立った。
「アメリア嬢にお付き合いを申し込みました」
よく通る声でロバートが言った。
どうして、このふたりに報告がいるのだ? とか思ったんじゃない?
なんだかおかしくなってしまった。
「優秀で誠実な方だと聞いています」
そう言ったら、ロバートはいっそう背筋をのばした。
「誠実」を体現したような人物である。
「アメリアを泣かせるようなことはゆるしませんよ」
「も、もちろんです!」
恐縮するふたりの前で、ヴィンセントがくすくすと笑っている。
「いつから、保護者になったんだい?」
「茶化さないで!」
エリザベスにひと睨みされる。
「アメリアをよろしくね」
そう言ったら、アメリアが泣きそうに顔をゆがめた。
「お、おねえさまぁ」
「こんなところで泣くんじゃありません」
もう、しょうがないなぁ。
直立不動のアメリアとロバートに見送られて、馬車は動きだした。
「うれしそうだね」
ヴィンセントはとなりのエリザベスを見る。
「そうね。うれしいのかも」
親心とはこういうものかしら。とエリザベスは思う。
「なにかをやり遂げた気がするわ」
ならんだふたりは、お似合いだった。
「おたがいにささえ合って、いいカップルになるんでしょうね」
そう言ったエリザベスに対して、ずっとへらへらしていたヴィンセントは急に真顔になった。
「リズも、そんなふうに伴侶に出会いたかった?」
ん? エリザベスはヴィンセントを見つめた。
「出会ったじゃないの」
「……ぼくと?」
声が小さい。なぜ急に自信を無くしたのかしら。
「そうよ。どうしたの?」
ヴィンセントは眉尻を下げる。
「ぼくたちは、決められた婚約だろう? 自分の意思は関係なくて……」
まあ、そのとおりだけれども。
「だから、リズはぼくじゃない誰かとあんなふうに出会って恋をしたかったのかな。と思って」
「ヴィンセントさまは、わたしじゃない誰かと恋をしたいの?」
そう言ったらヴィンセントはパッと顔を上げた。
「まさか! だってぼくはリズを愛しているもの」
「それは自分の意思でしょう?」
うん、とうなづきながらも、なんだかヴィンセントは情けない顔をしている。
ふだんは自信満々なくせに。
「わたしもそうよ。決められた婚約者がヴィンセントさまでよかったわ」
「ほんと?」
「ほんと」
ヴィンセントがやっと肩の力を抜いた。
「ぼくを愛してる?」
「愛してるわ」
よかった。とヴィンセントはぎゅううっとエリザベスを抱きしめた。
甘えんぼだな。
悪くないけど。
おしまい
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