「ばっかじゃないの」とつぶやいた

吉田ルネ

文字の大きさ
4 / 6

しおりを挟む

 パシッ。
 メアリはその手を弾いた。

「あなたの子でないにしろ、あなたにも責任の一端はあるはずです。仮にも貴族の令嬢ですよ? もちろん無責任な彼女も悪いですが。大の大人が寄ってたかって体のいい遊び相手にして、都合が悪くなったら見捨てるなんて、いくらなんでもあんまりです。バカにするにもほどがある!」
 メアリはすっくと立ち上がると大股でダイニングルームを出た。

 ロバートはメアリの拒絶に激しいショックを受けて、立ち尽くしていた。
 なぜ。なにが悪かったのだ。
 あやまったし、エミリー、もといあの娘とはもう会わない。
 突撃してきたことなら、バッカス子爵に抗議して謝罪させよう。もう二度と自分の子だなんて言わせない。かかわることも許さない。
 それでいいじゃないか。

 だいたい責任っていったって、どうとればいいのだ。何人もいる男の中で、自分だけが責任を取るのもおかしいだろう。そんなことをしたら、父親は自分だと言っているようなものだ。そんなことは断じてできない。
 だから知らぬ存ぜぬを通せばいいのだ。見返りの金なら渡しているのだから。

「それでいいよなあ? カーソン」
 呼ばれた家令は、ぜんぜんよくねえよ、と思いながら冷たく「さあ」と一言言った。



 同じベッドで寝られるわけがない。正直ちょっと触られるのも無理。できれば顔も見たくない。
 最悪。
 メアリは客間を陣取っていた。メイドたちもいかに主とはいえ、ロバートの所業にプンプンしている。
「奥様の言うことはごもっともです。だんなさまが百パーセント悪うございます」
「そうです、そうです。奥様、がつっとやっちゃいましょう」
 がつっとってなに。

 これで浮気相手が、自分よりも年上で妖艶な美女で、さらに商才があるとか、人の上に立つ才があるとか、芸術的才能があるとか、ちょっと自分かなわないかも、と思うような人だったら、あきらめもついたかもしれない。
 それがどうだ。ただ若いというだけ。それ以外に自分が負ける点がどこにある。

 そして当のエミリーがこれが不貞であると自覚していないところが引っかかるのだ。ひとつの家庭を壊して、子どもたちを不幸にする行為なのだと自覚していない。
 だから身勝手に乗り込んできた。
 それがゆるせない。
 ロバートにしてもエミリーにしても、家庭というものを軽く見すぎじゃないか?

 納得いかない。悲しいけれど、それ以上に悔しい。
 メアリは客間に籠った。何度もロバートがドアをノックしたが、会わなかった。食事も客間に運んでもらった。
 子どもたち以外、誰にも会わなかった。そしてたくさん考えた。
 なにが最善なのか、ロバートをゆるせるのか、今まで通りロバートと結婚生活を続けていけるのか、たくさんたくさん考えた。
 涙もたくさん出たし、頭もガンガンに痛くなった。

 三日目の朝、懲りずにロバートは客間のドアを叩いた。返事が帰って来ないにもかかわらず、ロバートはドアの外から語りかけてきた。

「メアリ、悪かったよ。悪ノリしすぎた。反省してるよ。こんなことは二度としない。
 あの娘にもちゃんとあやまる。生まれてくる子どもは受け入れてはやれないが、当面の生活費は渡してやろうと思う。
 彼女と関係のあった男たちで話し合って決めたんだ。全部で十人いたよ」

 ……十人。呆れた。それはもう、りっぱな娼婦じゃないの。
「全員で一万ポンドずつ出して合計十万ポンド。これだけあれば、しばらくなんとかなるだろう。見舞金という形で渡すことにした。
 それで、手を打ってもらった。ああ、交渉したのは腕のいい弁護士だよ。
 受け取った以上、父親の詮索とわたしたちの名前は一切言わないと約束してもらった。もちろん書類に署名してもらったよ。
 これで、わたしとあの娘の縁は切れた。もう会うこともない。
 ただ、彼女が未婚の母になったのは自分の責任だ。世間からはとやかく言われるだろうが、そこまではわたしたちの誰もが責任は取れない。
 そこはわかってほしい」

 メアリはドアに近寄って行った。
「どうしてあなたが父親だと言ったの? わたしを追い出すなどと」
 そう、十人の中からなぜロバートを選んだのか。疑問である。

「メアリ」
 ロバートの声が一段とドアに近づいた気がした。
「……一番やさしかったからと言っていた」
 なにがやさしかったんだ。
 けっきょく好きだったんじゃないの?
 でもしかたないか。だってロバートはステキだもの。たとえお客だったとしても好きになっちゃうわ。それは認める。でも、ぜったいに譲らないから。
 ロバートはわたしのだんなさまだもの。子どもたちの父親だもの。
 わたしはロバートを愛しているんだもの!

 メアリは勢いよくドアを開けた。
 バアーン!
 ドアに張り付いていたロバートは吹き飛ばされてしまった。
「あ、あら、ロバート。だいじょうぶ?」
 尻もちをついたロバートに、メアリは駆け寄った。

「う、うん。だいじょうぶだよ、これくらい。きみに無視されることにくらべたら、なんでもないさ」
 鼻を真っ赤にして、涙目でロバートは言った。
「触ってもいい?」
 メアリはこくんとうなずいた。
「メアリ」
 ロバートがそおっと抱き寄せる。
「メアリ」
 それから抱きしめた腕にぎゅうっと力が入った。

「ごめんね、メアリ。わたしが愛しているのはメアリだけだよ」
「うん、わたしも愛してるわ」

 とたとたと軽い足音がした。
「あー、仲直りしたの?」
「ママー」
 子どもたちがやって来た。
「ああ、そうだよ。ママがゆるしてくれたんだよ」

「パパ、どうして泣いてるの?」
 見ればドアがぶつかった衝撃以上に、ロバートは泣いていた。
 あらあら、しょうがないわね。

「パパは己の愚かさに絶望して泣いていたのよ」
「パパは愚か者なの?」
 三才になったばかりの長男は口が達者である。
「そうねぇ、ちょっと愚か者だったわねぇ」
「ええー、じゃあぼくも愚か者?」
 判で押したようにそっくりな親子である。
「だいじょうぶ。まだ、矯正が効くわ」
「きょーせー?」
「そう、矯正」
「きょーせーすれば愚かじゃなくなるの?」
「そうよー。間に合ってよかったわぁ」
「よかったぁ」

 うれしいやら、情けないやらでロバートの涙はしばらく止まらなかった。

 信用を取り戻すのは、並大抵ではないな。それでもロバートは、必ず信用を取り戻すと覚悟を決めた。




  =========

 ポンドはイギリスの通貨単位ですが、ここでは1ポンド100円。1万ポンドで100万円です。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

噂(うわさ)―誰よりも近くにいるのは私だと思ってたのに―

日室千種・ちぐ
恋愛
身に覚えのない噂で、知らぬ間に婚約者を失いそうになった男が挽回するお話。男主人公です。

地味顔令嬢の私を「嘘の告白」で笑いものにするつもりですか? 結構です、なら本気で惚れさせてから逆にこっちが盛大に振ってあげます!

日々埋没。
恋愛
「お前が好きだ。この俺と付き合ってくれないか?」    学園のアイドル、マルスからの突然の告白。  憧れの人からの言葉に喜んだのも束の間、伯爵令嬢リーンベイルは偶然知ってしまう。それが退屈しのぎの「嘘の告白(ウソコク)」だったことを。 「あの地味顔令嬢が俺に釣り合うわけないだろ。ドッキリのプラカードでも用意しとくわ」  親友のミネルバと共に怒りに震える彼女は、復讐を決意する。まずは父の言いつけで隠していた「絶世の美貌」を解禁! 嘘の恋を「真実の恋(マジコク)」に変えさせ、最高のタイミングで彼を地獄へ突き落とす――。 「……今さら本気になった? 冗談はやめてください、これドッキリですよ?」

うまくいかない婚約

ありがとうございました。さようなら
恋愛
エーデルワイスは、長年いがみ合っていた家門のと結婚が王命として決まっていた。 そのため、愛情をかけるだけ無駄と家族から愛されずに育てられた。 婚約者のトリスタンとの関係も悪かった。 トリスタンには、恋人でもある第三王女ビビアンがいた。 それでも、心の中で悪態をつきながら日々を過ごしていた。

完結 愛人と名乗る女がいる

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、夫の恋人を名乗る女がやってきて……

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

私に婚約者がいたらしい

来栖りんご
恋愛
学園に通っている公爵家令嬢のアリスは親友であるソフィアと話をしていた。ソフィアが言うには私に婚約者がいると言う。しかし私には婚約者がいる覚えがないのだが…。遂に婚約者と屋敷での生活が始まったが私に回復魔法が使えることが発覚し、トラブルに巻き込まれていく。

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

愛する人の手を取るために

碧水 遥
恋愛
「何が茶会だ、ドレスだ、アクセサリーだ!!そんなちゃらちゃら遊んでいる女など、私に相応しくない!!」  わたくしは……あなたをお支えしてきたつもりでした。でも……必要なかったのですね……。

処理中です...