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無自覚最強説
しおりを挟む正直、熟年離婚について検索もしていたのだ。どうしたら円満に不利益を被らずに離婚できるか。メリット、デメリット。
正解は人それぞれなんだろうと思った。自分にとっての正解はあの時点ではわからなかった。
息子は二十四才の会社員。仕事も任されるようになって公私ともども絶好調。ちょっと調子に乗っている。
自宅住まいだから、お金の余裕もある。飲みに行くなんてしょっちゅう。そのまま、泊まってくることもある。
どこに泊まっているんだか。
行くなら行くで連絡くれればいいのに、なくてもめずらしくない。べつに怒らないのに。メッセージの一行も打てんのか。
手つかずのおかずがテーブルの上で冷めていく。
夫もそういうところ、あるしな。遺伝かな。嫌な遺伝だ。
残ったおかずは、朝に食え。文句など言わせはしない。
ただ、娘だけはわたしの味方。じゃないかな。そう思いたい。
夫の頑固っぷりに呆れているのはいっしょ。
去年孫娘が生まれた。「たっち」ができるようになったところだった。この世のすべての邪悪が吹き飛ぶような笑顔だった。
「ばあば」なーんて呼ばれたかった。
前の世界に未練があるかといえば、そうでもない。
お礼も言われない、褒められもしない家事から解放されてむしろ清々している。
孫の成長が見られないのが残念だ。
そのかわりに、お嬢さまの成長を見届けようとしているのかもしれない。
ルイ―ズさまとふたりのお勉強会はかわったこともなく終了。その後、王妃さまにお茶にお呼ばれして、三人で女子会。シャーロットお嬢さまもルイーズさまも優秀なようで、王妃さまもご満足していらっしゃる。
なによりだ。
王族ともなると、嫁いびりなんてないのだろうか。高貴な方々はそんな下世話なまねはしないんだろうね。
権力争いとか、もっとすごそうだもの。
お茶会の途中で、お嬢さまに連絡が一通届いた。読んだお嬢さまの眉がハの字に下がった。
「ルーク殿下はお仕事が終わらなくて、お会いできないのですって」
はあ?
王子、お嬢さまがみずから選んだドレスを見ないというのか。ふざけんなよ。
お仕事といってはいるが、財務やら外交やら産業やらの手伝いをしながらきびしく仕込まれているところなのだ。
第二王子とはいえ、国政の中枢を担うことにはちがいない。
いつもならお勉強会が終わると殿下が迎えに来て、時間があればお茶会という名のデートをし、時間がなければ車寄せまで送るのだが、きょうは抜けることができなかったようだ。
しっかりしろよ、王子。お嬢さまをがっかりさせるんじゃない。
「あらあら、しょうがないわねえ」
王妃さまがおっとりとおっしゃる。
けっきょく、王太子殿下が迎えに来たルイーズさまにさよならをし、ひとり車寄せに向かう。
ひとり、といってももちろんわたしがついているし、車寄せまで護衛騎士がついてきてくれる。
ちょっとうつむき加減のお嬢さまがおいたわしい。
帰ったら王妃さまにいただいたビクトリアケーキをいただきましょうね。などと心の中でつぶやきながら、もうすぐエントランスホールに入るところだった。
「あら、シャーロットさま。ごきげんよう」
耳障りな甲高い声が聞こえた。
うげ。出たな、ローズ・ウィンチェスター。
ただでも下がり気味だったお嬢さまの肩が、一段と下がってしまった。
っていうか、なんでいるのだ。まさか、待ち伏せじゃないだろうな。
いや、こいつならやりかねない。
かかとを上げて。フットワークを軽く。
「いつでも来い」の戦闘態勢をとる。
しゃしゃっ。(シャドウボクシングのマネ)
「ルーク殿下はごいっしょじゃないのかしら。送ってももらえないの?」
この女はいつもこうやってシャーロットお嬢さまにからんでくる。
ウザい女だ。
一時はルーク殿下の婚約者の候補に入っていたが、それだけだ。あくまでも「候補」。婚約者じゃない。
自分が婚約者になれなかったものだから、お嬢さまに意地悪ばっかり言ってくる。
言ったからって婚約者が変わるわけもないのに。
選ばれたのはシャーロットお嬢さまなのだよ。いさぎよく引け!
なーんて、一介の侍女が言えるわけもなく、睨むわけにもいかず、わたしはただ立って胸糞悪さをやりすごす。
心持ち前に出て、被弾の準備をする。
この女、ルーク殿下が好きなのかといえば、そういうわけでもない。たぶん。
選ばれなかったことがくやしいのだ。変にプライドが高くていらっしゃる。
「ええ。ルーク殿下はまだお仕事中ですの」
「まあ。婚約者よりも大事なお仕事もあるのねぇ」
この! クソ女!
「ええ、もちろん。お仕事のほうが大事ですわ」
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