転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ

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拉致

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 一階はさらに混乱していた。

「国王陛下も王太子殿下も亡くなった」

「ルーク殿下が暗殺した」

「ルーク殿下とルイーズ・カーソンが結託して凶行に及んだ」

「すでにルーク殿下は殺された」

「ジェームズ殿下が王位を継ぐらしい」

「ブライス公が宰相になるらしい」



 噂が噂を呼び、なにがほんとうでなにが噓なのか見極めすらつかない。

 お嬢さまが姿を見せると、いっせいに口をつぐむ。



 婚約者と義理の姉になるはずだった人に裏切られたかわいそうな令嬢。



 それがいまのお嬢さまの立場。

 ぜんぜんちがうけどね!

 ちがうんだけど、ルーク殿下とルイーズさまは捕らえられてしまった。事態はすでにブライス公の手中である。



 でも、お嬢さまは負けない。

 皆が道を開け通り過ぎた後にはひそひそとささやき合う。

 お嬢さまはキッと顔を上げ、涙も見せずに歩いていく。



 お嬢さま、ごりっぱです。堂々としていましょう。お嬢さまはなにも悪くないんです。ルーク殿下もルイーズさまも。

 だから、だいじょうぶ。

 わたしがついていますから!



 が、少々おそかった。

 車寄せの手前に、衛兵が数人立っていた。

 あっ、ヤバい! と思ったとき、目の前に立ちふさがったのはグレイ伯だった。



 あっというまに後ろにも衛兵が回った。え? まるで拘束じゃん。

「エバンス侯がお待ちですよ」

 グレイ伯がニイッと笑った。

 キモ! 頭はてかてか。おなかはパッツン、はちきれそう。

 脂ぎった小太りのおっさんだ。



「おとうさまが?」

 さすがのお嬢さまも嫌悪感が隠し切れない。眉をひそめる。



「はい」

 ああ、おそかった。捕まった後だったか。せめてお嬢さまだけでも逃がしたかった。

 ハゲオヤジ。とりあえず、ニヤニヤやめろ!



 そうしたら、グレイ伯は冷たい目でわたしを見た。

「侍女は帰れ」

 ええ! この状況でお嬢さまを置いて帰れるわけないじゃん!

 わたしはグレイ伯を睨んだ。



「ダメです。アメリアにはいっしょに来てもらいます」

 お嬢さまが毅然と言った。

 よかった! お嬢さまえらい!

 わたしはお嬢さまにぴったりとくっついた。



 グレイ伯は「チッ」と舌打ちをして「しかたがないな」と言った。

 いや、なにを言われてもわたしはついて行きますよ。



 衛兵たちに囲まれて移動する。握りしめた手に知らず知らず力が入る。背中を冷たい汗が流れる。

 やっぱり、空手習っておくんだった。

 もう一方の渦中の人、シャーロットお嬢さまが衛兵に囲まれて歩いていくのを、人々が遠巻きに眺める中、階段を上がって二階の応接室の扉の前で止まった。



 見張りが扉を開けた。

 中ではビロードの豪華なソファに、ブライス公がふんぞり返ってすわっていた。

 となりにはカミラ。

 

 ブライス公がいるのは予想していたけれど、カミラまでいるとは。がっつりこの陰謀にからんでいたんだな。アナコンダ。



 そしてエバンス侯が、質素なイスにぽつんとすわらされていた。

 衛兵に囲まれて入って来たお嬢さまを見ると跳ねるように立ちあがった。

 よかった! 縛られていなかった!

「シャーロット!」

「おとうさま」

 駆け寄ろうとするお嬢さまを、衛兵が制する。

 

 だから、犯人みたいに扱うなよ!



 そして部屋の隅にはメアリが……。

 なぜここに?

 彼女は真っ青になって震えている。入って来たのがシャーロットお嬢さまだとわかっているのに、こちらを見ようともしない。

 なぜ?

 悪い予感しかしない。



「待っていたよ、シャーロット」

 ジェームズもいたのか! ジェームズがニヤリとしながら手を差しのべた。お嬢さまは両手をうしろに隠して後ずさる。わたしはお嬢さまをかばうように前に出た。



「ふん!」

 ジェームズはその様子に鼻で笑う。

「まあ、いい。どうせ逃げられない」

 嫌な感じが最高潮だ。

 なにがあっても、お嬢さまはぜったいに渡さないからな!



「かわいそうな、レディシャーロット」

 歌うようにブライス公が言った。

 こいつはこいつで別のキモさがある。ひょろりと背が高くてやせぎすで、吊り上がった目は妙に粘着質だ。



 さすがヘビ父。カミラとよく似ている。

 そもそも、なんだかわいそうって。



「あなたの知らないところでルーク殿下とルイーズ・カーソンは逢引きを重ね」

 ブライス公は芝居じみた大げさな手ぶりで話を続ける。

「裏切りを重ね」

 さすがヘビ。みごとな二枚舌だな!

「裏切られてなどおりません」

 お嬢さまはキッとブライス公を睨みつけた。



「裏切られたんだよ。かわいそうなシャーロット」

 だまれ、ジェームズ。

 お嬢さまは、ぐっと唇をかんだ。

「だいじょうぶだよ。おれが味方だ」

 まるで愛を乞うようにジェームズが言った。

「おまえの味方はおれだけなんだよ。どうせあいつらは死罪だ」
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