100万円で付き合ってほしいと言われた

永戸望

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100万円で付き合ってほしい

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「これ、100万円。……これで、僕と付き合って欲しい」

 私、斎藤ハルカは目の前に置かれた封筒を見て困惑してしまった。
 休日の喫茶店。ノスタルジックな曲の流れるオシャレな場所で、同級生の石川くんに100万円を差し出される。
 そんな状況で、平然といられる方がおかしい。

「えっと、ごめん。よく、言ってる意味が分からない」

「だから、この100万円で僕と付き合って欲しいんだ」

 この人はなにを言ってるのだろうか。

「……それで、本当に私が頷くと思ってる?」

 どんな悪い女だと思われてるのだろう。周囲からの自分のイメージを問いただしたくなった。

「100万円だよ! これだけあれば」

「ごめん。無理。そんなの、受け取れない。……それに、私たちまだ中学生だよ? 100万円なんてどうやって」

「僕の高校進学費用の通帳から取ってきた」

「なら、なおさら受け取れないよ」

 そんなお金、怖い。

「……ごめん、私帰る。用事あるし」

「待ってハルカちゃん!」

 石川くんは、私を引き留めようと手を掴んできたが、強く引き離す。
 変な期待、させないで欲しい。

「もう、二度とそんな事言わないで」

 私は、喫茶店を後にした。

    ◇

 1ヶ月後。

「ハルカちゃん! 僕と」

「ごめん無理」

 今度は呼び出しではなく、石川くん自ら私の元へやってきた。
 しかも、大きな花束を持って。

「これ、ハルカちゃんのために持ってきたんだ。綺麗な黄色いマリーゴールドなんだ」

「そんなにたくさん……迷惑」

 私の話に一切耳を傾けず、石川くんは話を続ける。

「ハルカちゃんが喜んでほしくて、朝早くからお花屋さんで探したんだよね」

「飾る所ないけど」

「あ、花瓶がないなら買ってくるよ」

「いやそう言う事じゃなくて」

 どうも会話が一方通行。
 石川くんのことを優しい人だと思っていたが、認識を改めないといけない気がした。
 
「あ、それとね? ケーキも持ってきたんだよ。良かったら食べて」

「私今、甘いもの抜いてるから食べれないよ」

「あ、そうだったんだね。……ごめん」

「それと、お花もいらない」

「でも」

「もう、私に関わらないで」

 私は、石川くんを強く突き放した。
 その悲しそうな顔に、少し胸がチクリとした。

    ◇

 次の日。

「ハルカちゃん、今日の朝野良猫を見てさ」

「私に話しかけないで」

 昨日言われたことを忘れたのかなこの人は。

    ◇

 そして次の日。

「ねえハルカちゃん、昨日のテレビ見た?」

「うるさい」

 それでも時間まで、石川くんは話し続け、私はただ「うんうん」「そうだねー」と気持ちの篭っていない相槌を打った。
 石川くんの言ってたテレビ番組は朝のニュースの占いだった。
 この人の娯楽の感覚はどこか欠落していると思った。

    ◇

 そしてまた次の日。

「ハルカちゃん、今日面白い本を買ったんだ。面白くて徹夜で読み切っちゃったよ」

「あっそ」

 石川くんはその本を私に貸してくれた。
 旅行雑誌だった。
 石川くんが怖く感じた。

    ◇

 そしてまた石川くんは、懲りずにやってきた。

「ハルカちゃんの好きな漫画がアニメ化するんだってさ」

「……あのさ」

「うん? どうしたのハルカちゃん」

「なんで、来ないでって言ってるのに来るの?」

 あれから数週間。
 石川くんは、毎日のようにやってくる。
 私は、我慢の限界だった。

「ごめん……」

 石川くんは、申し訳なさそうにシュンとする。

「謝るくらいなら、もう来ないで欲しい。ハッキリ言って迷惑」

「……ごめん」

「もう、二度と来ないで。……早く帰って。顔も見たくない」

 少し言いすぎた……と、思ったがこういう分からず屋にはガツンと言った方が良い。
 もういっその事、嫌われるくらいでいい。
 石川くんは、「最後にひとつだけ」と鞄から、封筒を取り出した。

「この100万円、受け取ってほしい」

「だから、いらないって」

「……確かにハルカちゃんのにしては少ないかもしれないけど」

「……もう帰って。そんなお金、いらない」

「そっか」

 石川くんは最後に「ごめん」と言い、帰っていった。

 石川くんが帰った後、私のに看護師さんが入ってきた。
 その看護師さんは、私がここに入院してからずっとお世話になっている人だ。気さくで優しい。

「はるかちゃん、良いの? せっかくいつもきてくれてるのに」

「私が嫌って言ってるのに来るんですよ」

「彼氏も偉いねぇ」

「彼氏じゃないです。それ、今の時代ダメですよ」

「ごめんごめん。……でも、偉いと思うよ? 毎日のようにお見舞い来てくれるなんて。だってはるかちゃんの地元ってここから電車で1時間くらいかかるよね」

「そうですね……でも、私が嫌って言ってるのに来るなんて。ハッキリ言って無駄ですよ」

「でも、はるかちゃんいつもちょっと嬉しそうじゃない?」

「嬉しくなんかないですっ!」

 嬉しくなんかない。だって、彼のお見舞いなんて無駄なんだ。
 どうせ私は良くならない。
 …………だって私はもう死ぬ運命なのだから。

    ◇

 次の日、石川くんは来なかった。
 そして次の日も。

 それで良い。私がそう願ったんだ。
 彼がこなくなってスッキリした。

 あの面白くもないテレビ番組の話や、本の話。どうせ私の生きてるうちにやらないアニメの話なんて、聞かなくて済む。

 ……だから、これでいい。もう十分、私を嫌いになっただろうから。
 毎日必死にお見舞いに行った女の子に毎回暴言を吐かれたら、誰だって嫌になるな決まってる。

    ◇

 数日後。

「ハルカちゃんごめん。高熱出ちゃって来れなかった」

「なんで来るんですか!!」

 かんっぜんに嫌われたと思ってた。
 もう来ないと思ってたのに、石川くんは何事もなかったようにまた現れた。
 
「もう二度と来ないでって言ったよね!? なんで来るかな!?」

「ハルカちゃん……今日も元気だね」

「君が予想外の行動するからだよ!」

 石川くんは、飄々とニコニコしている。

「あ、そうだ。今日もお花を…………ハルカちゃん?」

「なに?」

「ハルカちゃん、顔……」

 石川くんが私の顔を見て、不思議そうな顔をする。
 なんでだろうと顔に触れると、水滴が私の頬を伝っていた。
 あれ……なんで私泣いてるのさ。
 自分でもよく分からない状況に困惑する。

「ハルカちゃん、僕なにか悲しませるような事した!?」

「それは沢山いつもしてるじゃん」

「えっ」

「どうせ行けない旅先の話や、アテにならない占いの話。全部……私は無理なのに」

 石川くんが、私のために色々してくれているのは分かってる。
 だけど、その全部に、嬉しさと哀しさが混ざってるんだ。

「……ごめん」

「なんで……謝るのさ」

 いつも、石川くんが謝るせいで、それ以上言うことが出来ない。とってもズルい。
 本当に謝らなければ行けないのは私で。
 全部全部、私が悪いんだ。石川くんは、悪くない。

 私が勝手に嫌われるような行動をとっているだけ。
 なのに。

「なんで…………君は私に良くしてくれるの?」

 私の純粋な問いに、石川くんは真っ直ぐ答える。

「ハルカちゃんが好きだからだよ」

 その言葉に、私は声を出して子供みたいに泣いた。

 嬉しさと哀しさと、苦しさの交わるどうしようもない無力感が私を襲う。

「ごめん……ごめん……ごめんなさい」

「なんで、ハルカちゃんが謝るのさ」

 私は、今までの分の「ごめん」を、一気に吐き出した。
 やっと、現実は向き合い、病気に対しての心に溜まった等身大の気持ちを吐き出せたような気がした。

    ◇

 石川くんが帰った後、私はノートを開き、決して見せるつもりのない、石川くんへの手紙を書いた。

『この気持ちを忘れてしまわないために、ここに書き記しておきます。

 石川くんと出会ったのは、小学生の時だったと思います。クラス委員長として、みんなのために頑張っていましたね。
 時にはそんな真面目な所は反感を買っていましたが、私は偉いなと思っていました。

 だからこそ、あの日喫茶店で100万円を渡してきた時は困惑したし、失望しました。
 ああ、この人はそういう人なんだって。
 お金を渡せば付き合えると思われてると思うと、凄くショックでした。

 でも、君はその後、私が入院することになってから常に病室に来てくれました。
 最初は委員長だから仕方なく来てるのかなと思ってたし、たまに100万円を差し出されて困惑もしましたが、本当は来てもらえて嬉しかったです。

 でも私は、先が長くありません。治療法も確立されてないので、近々死ぬことが決まっています。
 そんな私に時間を割くのは石川くんにとっては無駄です。だから、私は突き放した。
 でも、石川くんはいつも笑って病室へ来た。
 正直、馬鹿なのかな? って思いました。

 ……そして、君が好きだと言ってくれて、私は嬉しかった。
 だけど、返事は出来なかった。返事をしても、私はいなくなる。

 ただただ、君に傷を負わせてしまうと思ったから。
 否定することも出来なかった。
 君の本音に、嘘を重ねたくなかった。

 だから、私はこの気持ちを死ぬまで隠そうと思ったんです。

 追伸:この手紙を見つけた誰かさんはこれを焼き払って下さい』

 私はノートを閉じた後、電話を掛ける。
 
「……はい、石川です」

「石川くんですか?」

「その声は、ハルカちゃん!? ど、どどどどうしたの」

「ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「え? あ、うん! なに?」

「100万円で付き合って欲しいってさ。……私の価値は100万円って事?」

「……いやそういうわけじゃないって! もっと君は価値あるし、お金じゃ表せられない価値があるというか」

 石川くんは、電話の先であたふたしている。
 私の価値は100万円。あながち間違いではないかもと思ってしまった。
 余命は3ヶ月。月で割ると33万円。社会人のお給料みたいな金額だ。
 とても妥当。

「100万円、まだある?」

「あ、うん。まだあるけど……」

「良いよ」

「……なにが?」

「100万円で付き合ってあげる」

「え? ……えぇ!?!?」

「うるさい」

 石川くんの大きな声は電話越しでもうるさくて、耳がキーンとした。

「本当に?」

「うん、本当だよ」

「嘘みたい」

「嘘じゃない」

 残り3ヶ月。あと石川くんと言葉を交わせるのは何日かわからないが、私は彼と付き合おう。

 そして、こんな私に100万円を使ったことを後悔させてやる。

 だって、私は。

 悪い子だから。
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