恋人以上の幼馴染と、特別な関係を築くまで

永戸望

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「この距離感は友達ですか?」

「月が綺麗ですね」は使い古されている

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「私に、青春ラブコメを見せてよ」

 スキー場の上。沢山の人で溢れ、子供から大人まで様々な声と匂いが冷たい風で伝わってくるあの場所で。あの真っ白い世界で、まるで二人きりに思えたあの空間で、秋元奈緒《あきもとなお》ははっきりと言った。
 あの冷たく、氷のように透き通った瞳は獲物を狙うハイエナのように、誰かに縋《すが》るように、俺をしっかり捉えて逃がさなかった。

「……どういう、意味だ?」

「そのままの意味だよ」

「ごめん分からん」

「じゃあ、私にスキーで勝ったら教えてあげる。最初に下についた人の勝ちね」

 秋元は、俺の返事も聞かず、滑りだそうとする。
 休日のゲレンデだ。人も多く、あまりスピードは出せそうにない。
 俺も、出せる範囲でスピードを出し、山を滑って降りていく。
 しかし、秋元は早かった。
 人と人の間を華麗に滑り、かなりのスピードで滑っていく。
 運動神経良かったのか。
 俺は結局、秋元にかなりの差をつけられ、下まで降りてくる。

「私の勝ちだね」

「早すぎる……そして下手な演技はうますぎる」

「それはどうも。じゃあ、あの言葉の理由は教えてあげないよ」

 秋元は、少し身をかがめクスクス笑う。いつのまにか、さっきの冷たい目が嘘のように、いつもの、優しい秋元奈緒に戻っていた。

 どれが本当のお前なんだ。

    ◆

「いやぁ。奈緒ちゃんのスキーの成長具合に驚いたわね」

 俺と秋元は、紬《つむぎ》とすぐ合流し、日が落ちるまで滑った。その時には、秋元はいつもの秋元に戻っていて真意を確かめることは出来なかった。
 紬と二人で帰っている最中、今日のことを振り返りながらたわいもない雑談をする。
 いつも通る住宅地の道は、街灯と、家から漏れ出す温かい光で綺麗に色付いている。
 近くの家から漏れ出す光と、子供や大人の笑い声。紬と俺の雪を踏む足音。外は寒く、中は温かい。そんな温度差のある、冬は俺の好きな季節だった。

 紬は、離したいことを一通り話し合えたのか、長い沈黙が訪れる。

 ギュッギュッ。ザクッザクッ。

 ただ、雪を踏む音だけの聞こえる静寂が続く。

 ギュッギュッ。ザクッザクッ。

 人肌の恋しくなるような風が吹きつける。パウダー状の雪は舞い、街灯の光りに照らされキラキラと光る。
 どれだけの時間が経っただろうか。
 この氷で閉ざされた静寂の世界を、心落ち着く聞き慣れた声が切り裂く。

「結人。何かあった?」

「あったとしたらお前はどうするんだ?」

「ということはあったんだね。あたしは、聞くよ。幼馴染契約の項目にもあるじゃない。隠し事はなしって」

 そういえばそんな契約をしていた。幼馴染として、一番に相談し悩みや苦しみを共有しなければならないと。今思えば、凄くズルいルールな気がする。

「……そういやあったね。でもごめん。教える事は出来ない」

「え?」

 これは、秋元奈緒は俺にだけ見せた。だから、きっと他には漏らしてはいけない。きっと紬を関わらせたくない理由があるのだろう。だから、俺だけの時に話した。
 それに、紬の言う幼馴染契約。居候が決まった時に書かされた、幼馴染契約同意書。あれはきっと、幼馴染関係を確かなものとして俺に認識させるためのもので、俺と関わり続けるための口実作りの代物だと言うことを薄々気付いていた。

ーー「結人は、どこにも行かないよね?」

 あの日、紬は今にも泣き出してしまいそうな、壊れてしまいそうな儚い顔で俺を引き留めた。
 俺の服を掴んでいた、あの優しくすぐ離せてしまう弱い手を、俺は離さないとあの日決めたんだ。
 だから、紬も離さないように、契約書という鎖で繋ぎ止めようとしている。

ーー

「……そっか。教えてくれないんだね」
 
頭は何かを察したようにすんなり受け入れる。

「すまん」

「ううん。いいのよ。言えないことだってあるものね」

 紬は弱々しく呟いた。

「……ジュース奢ってね」

「は?」

「約束でしょ! 隠し事したから、ジュース一本!」

 紬は少し強い口調で言い、目の前で人差し指を立てる。

「もしかして、お前がジュース奢って欲しいから書いた?」

「そうよ。今頃気付いた?」

 紬は腕を組み、自信満々な態度をとる。いやそこは胸を張る所じゃない。
 俺は深いため息をつく。

「……何飲みたい?」

「あったかいレモンティーかな」

「そんなの近くに売ってねえ!」

「いやいや。家の近くの公園の自販機にあるじゃない。この時期は、あったかいのが飲みたくなるのよねぇ」

 紬は空を見ながら思い付きで呟く。

「ねえ。あの光る星って温かいのかしら」

「ああ、光ってるのはほとんど恒星《こうせい》だからな。つまり、太陽だ。熱いに決まってる」

「あの星のほとんどが太陽……」

 紬は夜空に向かって手を伸ばす。そして、何かを諦めるように手を下ろし、俺を見つめる。

「太陽のように、熱く、大きく主役になれる星でも、こうやって遠くから見たら、ちっぽけで、星の中の一つという脇役にしかなれないのよね」

 雪に簡単に生まれてしまいそうな、とても弱々しい嘆きが住宅街に響き、一瞬で消える。
 俺はそれをただただ聞いていることしか出来なかった。

「結人。小さい頃、星を見に行ったの覚えてる?」

「ああ、覚えてるよ。綺麗だったな」

「ええ……とても綺麗だった。満天の星って言うのはまさにあれのことよね」

 あれは小学生の時だった。俺の父親が急に「星空を見せてやる!」と、言い出し俺と紬を連れて少し田舎の方の、山まで連れて行ってくれた。
 そこで、俺と紬は綺麗な星を見た。温かいレモンティーを飲みながら、二人で並んで座り、星に想いを馳せた。
 親父は、天体望遠鏡を取り出し、月を見たのを、鮮明に覚えている。

「懐かしいな。親父が『遠くから見る月は美しいだろ? しかし、近くから見るとボコボコしてる。人も同じで近くなればなるほど本性が見えるものだよ』って言ってたなぁ。母親に逃げられたばかりだったから」

「あー、あれは笑える所ではなかったわね」

 俺と紬はプッと吹き出し笑う。やはり、懐かしい記憶は恥ずかしい内容でも、楽しい内容でも、なんでも笑いながら出来るようになる。
 紬は、空をふたたび見上げる。

「あんなに沢山あった星も、住宅地だと少ないわよね」

「明るいからな」

「ね。例え、輝いて見えるものがあったとしても、近くで明るいものがあれば、見えなくなってしまうのよ」

 紬は、まるで誰かに訴えかけるように言った。
 紬は、空を見上げ、懐かしい思い出に浸るように目を細める。その横顔は、街灯の光で明るく舞う雪と相まって、なんとも、見惚れてしまうものだった。

「……結局、紬は何を言いたいんだ?」

「月が綺麗ですねってことよ」

 紬は、優しく微笑んだ。
 例え何も教えなくとも、なんとなく汲み取って、分かってくれる。紬はそういう奴だ。幼馴染として、俺は一番分かっている。
 こいつは、人の気持ちを読み取るのが上手い。

「月って太陽がないと輝かないんだとさ」

「そうね。月は太陽によって、輝き方が変化するわよね」

 俺たちは、そんなたわいもない会話をしながら帰路につく。
 俺と紬の間を、生ぬるい、冬の風が吹き込んだ。
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