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第一章 ルッタ・アルルー奮闘の日々
第1話 少年はゲームの記憶を取り戻す
しおりを挟むアルルー家は代々優秀な騎士を輩出してきた名門の家系である。
当主のクロードは類まれなる魔術の才と剣の腕を持つ魔導騎士であり、妻のステラは癒しの力に長けた聖女と呼ばれる存在だ。
そして二人の子供であるルッタという名の少年は、透き通るような白髪に、大きくてまん丸な赤い瞳を持つ可愛らしい美少年であった。
髪の毛は少し長く、体つきは華奢で、おまけに小柄であるため、初対面の相手にはよく女の子と間違われるようだ。
そんな彼が前世の記憶を取り戻したのは、五歳になったある日。
「わあっ!?」
リンゴを取るために庭の木に登っていたところ、足を滑らせて真っ逆さまに落下してしまい、頭を強く打った拍子のことであった。
「ルッタちゃんっ!」
彼のことを溺愛する一つ年上の姉、リリア・アルルーは大慌てでルッタへ駆け寄る。
リリアは弟と同じ美しい白髪に、涼し気な青い瞳を持つ、息を呑むような美しさの少女だ。
将来は大層な美人になるともっぱらの評判であった。
「だれかっ! ルッタちゃんがたいへんなのっ! だれかきてぇっ! うええええんっ!」
そんなリリアは、頭から血を流して倒れているルッタを見て、綺麗な青い瞳から大粒の涙を零しながら助けを呼ぶ。
「……………ぅあ?」
一方、ルッタの頭の中には見知らぬ記憶が流れ込んできていた。
それは日本という国で生活し、ほとんど外出せずにゲームばかりしている人間の記憶である。
いつも元気よく外を走り回ったり木に登ったりしているルッタにとっては理解の及ばない人種のはずなのだが、不思議と彼の行動を理解することができた。
(これは……ぼく……!)
あんなに楽しそうなモノがある世界で暮らせば、引きこもってしまうのも仕方がないと思ったのである。
(あれは……げーむ……!)
キャラクターをコントローラーで操作して――ダッシュやジャンプで敵を倒したり、モンスターを育てて敵を倒したり、ユニットを指揮して敵を倒したり、銃火器で敵を倒したり、一対一で殴り合って敵を倒したり、レベルを上げて敵を倒したり――ゲームの世界ではありとあらゆる暴力行為が許される。
(おぉ……!)
心優しい母から「いかなる理由があろうとも、人に暴力を振るってはいけません!」と教えられて育ってきたルッタにとって、障害となる相手を力でねじ伏せられる世界はとても刺激的で魅力的だった。
――暴力だけではない。母から「いけません」と言われたありとあらゆることが、ゲームの世界であれば全部やりたい放題だ。
(おおおおおおおっ……!)
ルッタは突如として蘇ってきた前世の記憶に心を躍らせる。
自分の命――これからの人生を全てそこに注ぎ込んでも良いと思えるくらい楽しそうなモノが、そこにはあった。
(ああ、ゲームやりたい。もういちど……やってみたい……! ちょっとだけ……コントローラーにさわるだけでも……っ! ゲームがしたい!)
しかし、同時にひどく落胆する。
――なぜ、この世界にはゲームが存在していないのか。
(ゲーム……っ! ゲームしたい……! ゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームしたいゲームし――)
「ルッタちゃんっ! ルッタちゃんしっかりっ!」
ゲームという圧倒的娯楽の存在を思い出してしまった今のルッタには、共に育った姉の声など一切届かなかった。
頭から派手に出血している最中であることも意識の外にある。
(…………あれ?)
しかしその時、彼はあることに気づいた。
「りりあ……りりあ……あるるー……」
「そうよルッタちゃんっ! わたしのことがちゃんとわかるのねっ!」
何故か、姉の名前を前世の自分が死ぬ直前にプレイしていたゲームの中で見かけた記憶があるのだ。
「むむむ……!」
彼女が登場するゲームの名は『アルティマ・ファンタジア』である。
アニメ調の可愛らしいキャラクターと、王道でありつつもシビアなストーリーが売りの大作アクションロールプレイングゲームだ。
物語の舞台となるのはテルスと呼ばれる魔力に満ちた星であり、主人公パーティは五つの国家が存在する巨大大陸アルティマを冒険することとなる。
そしてプレイヤーが操作する主人公の名が『アレン』であり、物語上のメインヒロインとなるのがアルルー家の長女『リリア』なのだ。
「お、お、おおおおおおおおっ!」
「ルッタちゃんっ!?」
その事実に気づいた瞬間、ルッタは歓喜の雄叫びを上げた。
――この事実は皆に伝えねばならない。
「リリアねえさま! リンゴがおちました!」
彼は右手に持っていた赤いリンゴを高く掲げ、そんな報告をする。
「落ちたのはルッタちゃんでしょっ! うわあああああんっ!」
「ちがいます、おねえさま! おちたのはニュートンのりんごです!」
「ぐすっ……にゅーとん……?」
「ぼくはじゅうだいなはっけんをしてしまいました! ばんゆーいんりょくなみの!」
「ああ、ルッタちゃんが……あたまをぶつけておかしくなってしまったわっ!」
キラキラと目を輝かせながら姉に対して必死に報告をするルッタだったが、まるで話を聞いてもらえない。
「リリアねえさま、きいてください! じつは……このせかいは、げーむのなかだったんですっ! ぼくたちはげーむきゃらだったのですよっ! しかも、リリアねえさまは……めいんひろいんですっ! すごくないですかっ!? すごいですよねっ?! すごすぎますっ!」
「ルッタちゃんしっかりしてっ! もとにもどってっ! うわああああああんっ!」
「…………あう」
それどころか、ルッタの重大発見は何一つとして理解されることはなかった。
(……そうか。この世界にはゲームの概念がないから……お姉さまには難し過ぎました……! いや……それどころか、たぶんお父さまやお母さまでも……絶対に理解してくれません……! ゲームがないから……!)
考えた末に、自身の発見を他者に理解させる方法が存在しないことを悟ってしまうルッタ。
「む、むねん……です」
「ルッタちゃんっ?! 死んじゃだめっ! ルッタちゃああああああんっ!」
ルッタは泣き叫ぶ姉の声を聞きながら意識を失い、騒ぎを聞いて駆けつけた屋敷の使用人たちに介抱されることとなるのだった。
*
ここはゲームの世界である。
深夜、頭を包帯でぐるぐる巻きにされた状態で自室のベッドに寝かされたルッタは、じっと天井を見つめながらそんな事実を噛みしめる。
(グラフィックがすごい……!)
少なくとも彼にとって、現実と何ら変わりないこの世界のグラフィックは神であった。おそらく目を開けているだけでも当分は楽しむことができてしまうだろう。
「すやすや……」
ちなみに、ルッタの隣には大怪我をした彼のことを心配したリリアが添い寝している。
「ルッタちゃん……むにゃむにゃ……」
(キャラのグラフィックも……睡眠中のモーションも、現実と遜色ないレベルで違和感なく作り込まれています……! こだわってますね!)
寝息を立てる姉様の顔をじっと見つめながら、ルッタは密かに感動するのだった。
(それにしても、ゲームの世界のキャラに生まれ変わっていたなんて……僕は幸せ者です!)
しばらく一人で現実――もといこの世界の神グラ具合に興奮していたルッタだったが、ふとある疑問を抱く。
(あれ? でも、ルッタなんて名前のキャラクター……あのゲームに存在してましたっけ?)
アルティマ・ファンタジアに登場したメインキャラクター達の名前を一人ずつ思い出してみても、ルッタという名を発見できないのだ。
(メインヒロインの家族なんて重要ポジションのキャラクター、そんな簡単に忘れるはずが……)
そこまで考えて、彼はようやく思い出した。
「あ……! いちばんさいしょにしんだキャラだ……!」
なんと、ルッタはリリアの目の前で屋敷を襲撃してきた魔物に食べられてしまう不憫なキャラだったのである。
最序盤に発生する決して勝てない魔物との戦闘――いわゆる負けイベントの犠牲者なのだ。
一章では幼少期のリリアを操作するほのぼのパートが存在するのだが、ルッタはその後ろをちょこまかとくっ付いて来て様々な支援をしてくれる。
そんな可愛らしい弟キャラが惨たらしく死ぬという序盤の鬱イベントは、多くのプレイヤー達に衝撃を与えトラウマを生み出したらしい。
しかし「短期間しか仲間にならないからそこまで悲しくない」といった声や「展開がいきなり露悪的すぎて引く。ゲーム売った」等の意見も多数あり、やや炎上したようだ。
いずれにせよ、プレイヤーにとって印象深いシーンであることに変わりはない。
(すっかり忘れてました!)
……もっとも、ルッタの前世である人間の記憶にはあまり残っていないようだが。
「おさないぼくをころすなんて、しゅみがわるすぎますっ!」
ルッタはリリアを起こさないよう、小声で叫んだ。
わざわざそんなシーンを序盤に入れたことを考えると、製作陣の中に「美少年が泣き叫びながら魔物に食べられる所を見たい!」という恐ろしい考えの持ち主が居たことは間違いない……かもしれない。
いずれにせよ、あまりにも理不尽である。
(せっかくゲームの世界に入れたのに、このままだと僕の余命はあとちょっとみたいですね……!)
ゲームのシナリオに従って大人しく死ぬことだけは絶対に受け入れられないとルッタは、ぎゅっと拳を握りしめる。
(たくさん成長して……負けイベントを回避しなければいけません!)
かくして、世界の真実に目覚めたルッタの孤独な戦いが始まったのである。
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