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幕間1 メイベルの想い

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 ママはわたしを置いて出て行った。恋人と駆け落ちしたのだと聞かされたのは、わたしが大きくなってからのことだった。

 ママはわたしを選んではくれなかったのだ。

 パパはその分わたしに色々おしえてくれたけど、わたしが「使える」からそうしていたのだと知った。

 パパにとって、わたしは都合のいい駒でしかないのだ。愛情なんてこれっぽっちもない。

 もしわたしが魔法を授かれなかったら、きっとお兄ちゃんと同じようにわたしのことも追い出すのだろう。

 そう問い詰めたら、「お前は他にも使い道がある」と言われた。

 ……もう何も言うことはない。あいつをパパだなんて思っていたのが間違いだったんだ。

 優しい本当のパパとママは、とっくの昔に死んでしまったのだろう。

 これからは、そういうことにして生きていこうと思った。

 …………でも、わたしがそんな風に考えちゃう悪い子だから、お兄ちゃんまで何も言わずにいなくなってしまったのだろうか?

 わたしがいつも捨てられちゃうのは、ワガママでみんなのことを困らせてばかりいるから……?

「ねぇ……教えてよ……お兄ちゃん……」

 *

「わたしが……悪い子だからいけないの……?」

 わたしは大粒の涙を流しながら、お兄ちゃんにすがりつく。

「そんなことないよ。だって、メイベルは優しい子だから」
「そんなの嘘よ……!    それなら、どうしてママはわたしをおいていなくなっちゃったの……?」
「それは……メイベルのママじゃないから分からないよ」

 お兄ちゃんはそう言って、わたしの頭を優しくなでてくれた。

「……だけど、メイベルが優しくていい子なのは嘘じゃない」
「どうしてそうだって言えるの……?    わたし、いつもお兄ちゃんのこと困らせてばかりじゃない。あの時も……この前だって……!」

 わたしは、お兄ちゃんにそう問いかける。
 
 ――見栄をはって大きな木に登り足を滑らせて落ちた時も、こっそり屋敷を抜け出して魔物に襲われた時も、真っ先に駆けつけて助けてくれたのはお兄ちゃんだった。

 わたしはいつも、お兄ちゃんに迷惑ばかりかけているのだ。

「木に登ったのは引っかかったエリーの風船を取ってあげようとしたからだし、屋敷を抜け出したのだってソフィアの風邪を治せる薬草を探しに行ったからでしょ?」
「ち、違う!    そんなんじゃないわ……。エリーの時は泣いててうるさかったから仕方なくやっただけだし、ソフィアの時だってうつされるのが嫌で……」

 その時、お兄ちゃんがわたしのことをぎゅっと抱きしめてくれた。

「……メイベルはちょっと素直じゃないだけで、本当はすごく優しいんだ。だから、メイベルのことを悪く言うのは、例えメイベルであっても許さないよ」

 そう言って、お兄ちゃんはわたしの涙を手でぬぐう。

「……ふふっ。何それ、バカみたい」

 お兄ちゃんがすごく真剣な顔で言うから、わたしはおかしくて思わず笑ってしまった。

「……ちょっと元気が出たみたいで良かった。メイベルは笑ってる時と怒ってる時が一番可愛いよ」
「……もうっ……お兄ちゃんなんて大っ嫌い!」

 わたしは、からかってきたお兄ちゃんのことを思いっきり抱きしめながら言う。

「ありがとう。僕も大好きだよメイベル」

 大好きなお兄ちゃんの匂いがした。

 *

「朝です、メイベル様。起きてください」
「うぅ…………?」

 部屋の扉をノックされる音がして、わたしは目を覚ます。

「ゆ……め……?」

 どうやら、いつの間に眠ってしまっていたらしい。

 昔お兄ちゃんからもらった、大切なぬいぐるみを抱き抱えたまま。

「お兄ちゃんの……匂い……」

 実際のところ、ぬいぐるみに染みついているのはわたしの匂いだけど、一緒に暮らしてたんだから大体同じ匂いのはずだ。

 そんな風に考えながらぬいぐるみを抱きしめていると、再び扉の向こうから声が聞こえてくる。

「早くしないと、また昨日のように怒られてしまいますよ」

 ――昨日一日は、稽古も勉強もまったく身が入らなかった。

 何度も怒られて、鞭で打たれたせいで未だに背中が痛い。

 エリーもわたしと同じように落ち込んでいたし、ソフィアに至っては昨日の朝からずっと部屋に引きこもりっぱなしだ。

 平気な顔をして過ごしているのは、デルフォスだけである。

「……大嫌い」

 気が付くと、わたしは自分でもびっくりするくらい冷たい声でそう呟いていた。

 あいつはお兄ちゃんなんかじゃない。

「わたしのお兄ちゃんは……一人だけだもん……!」

 ――そうだ、何も悩むことなんてない。わたしのことを受け止めてくれたのはいつもお兄ちゃんだった。お兄ちゃんがわたしのことを嫌いになるはずがない。

 きっと何か事情があったのだ。

「お兄ちゃんに……会いたい……!」

 わたしは、そんな気持ちを抑えられなくなっていた。
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