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第150話:プリンセス・ラプソディ(その4)
しかしその数日後……。
彼女たちの予想に反して、相手からの返事は意外なものであった。
「は?もう一度言っていただけますか?」
友麻が電話越しに相手に向かってそう聞き返した。
『……だからね、あちらからもう一度会いたいって』
電話の主は優里恵であった。
友麻は優里恵からの報告に思わず絶句する。
「でも私、あんな事をしてしまったのですよ?」
『それに関しても『あれは虫がとまってただけだそうですから』
と言ってるそうよ』
「……」
自分が言った適当な理由で返されてしまっては流石の彼女も
反論のしようがない。
『それで、どうするの?会う?』
「……分かりました。」友麻は観念したように答えた。
『わかったわ。この件に関しては私が窓口になるから、
日時とかはまた追って連絡するわね』
「はい、よろしくお願いします」
『それじゃ』優里恵はそう言って電話を切った。
(まさか向こうから会いたいと言ってくるなんて……)
「……あちらは一体何を考えているのでしょう?」
やり取りを横で聞いていた結衣がため息まじりにそう言った。
「わかりません。今回ばかりは読めませんのよ」
あれだけ思い通りにはならないという事を態度で示したというのに
征四郎のこの返事を友麻は理解できなかった。
「まぁ、会えば分かりますのよ」
そう言って友麻は俄然闘志を燃やしたのか、不敵な笑顔を見せ、
胸の前に拳を握った。
「こうなったら、とことん付き合います」
「……貴女らしいですわね。でもお気を付けなさい。
あの征四郎という子、どうにも油断ならない感じがしますわ」
結衣は妹のそんな様子を見て真面目な顔でそう言った。
「分かっておりますのよ。」
友麻はそう言うと、またも不敵な笑みを浮かべた。
(その挑戦お受けいたします!)
***
数日後、友麻は鴉羽家の邸宅に呼ばれていた。
そこは姉妹たちの洋館とは対照的な日本家屋で、
どこか厳かな雰囲気が感じられる。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
玄関先で友麻はそう言うと、恭しく頭を下げた。
「いえ、こちらこそ先日はとんだ失礼を致しまして」
征四郎がそう言って深々と頭を下げる。
(……本当に何を考えているのでしょう?)
そんな彼の態度に友麻は内心困惑していた。
(まさか本当にまた会う事になるなんて……)
先日の見合いであんな事があったのだ。
普通なら二度と会う事はないだろうにと友麻は思う。
しかし彼はそんな思いなど全く知らないかのように平然としている。
そして今日も彼は和服姿であった。
(普段着から和装とは若い子にしてはなかなか珍しいですのね)
と友麻は思った。
「どうぞこちらへ」
征四郎はそう言うと、使用人と共に友麻を案内するべく前を歩く。
友麻が応接室に通されると、使用人が紅茶を持ってくる。
「紅茶がお好きと聞いていたので、こちらで用意させていただきました。」
和風の応接室には似つかわしくないティーカップが座卓に並べられた。
征四郎が紅茶に砂糖を入れると、友麻の前に置く。
「まぁ、お気を遣わせてしまって……」
そう言いながら友麻は紅茶に口をつける。
「しかしどうしてまた私に会いたいと思いましたの?」
友麻は征四郎に向かって疑問をストレートにぶつけた。
「……本当に貴女はハッキリとものを聞いてきますね。」
「ふふ、元からの性分です。」
征四郎の言葉に対し、友麻は笑顔で返す。
彼女自身、先日の一件でこの少年の危うさをよく知っているので
自分のペースを崩さないように心掛けていた。
「まったく敵いませんね。
僕はただ、貴女の事をもう少し知りたくなった。そして貴女にも
僕の事を知って欲しくなった……それだけですよ」
澄まし顔でそう答える征四郎の言葉からは、彼の思考は読めない。
そんな彼の立ち居振る舞いを、友麻は少し不気味に感じるが、
顔には出さず、それとなく話題を切り替えた。
「ところで、今日はあなた一人ですの?」
友麻は、先程からこの家に使用人の姿はあるものの、
彼以外の家人の姿が見当たらないのを不思議に思い征四郎に尋ねる。
「いえ、父はKARASUBAの本社があるフランスに住んでいます。
母は自分の実家近くの兵庫で支社を経営しています。
姉たちも全員他家に嫁いでいます。」
そう答える征四郎の顔は相変わらず石膏像のように無表情だった。
「まぁ、それではご家族バラバラに住んでいますの?」
友麻が驚いたように言う。
「僕が5歳の頃、父が愛人を作って浮気をして、以降父と母は別居状態です。
そんな父を嫌悪した姉たちも母に付いて出て行ってしまいました。」
征四郎はなおも淡々とした口調で言った。
「あら、ごめんなさい」
友麻はバツが悪そうに謝る。
「いえ、お気になさらず。そんな父の裏切りにも拘わらず
母は世間体と姉たちを気遣って離婚はしませんでした。
そして姉たちが他家に嫁いで以降、母はこの家には寄り付かなくなりました。」
征四郎は表情を変えず淡々とそう話す。
「僕を見ると父の姿が重なるそうです」
「それは……」
予想以上に重い話を聞かされ、友麻はどう返していいか分からない。
しかし征四郎はそんな友麻の様子など気にする様子もなく話を続けた。
「僕の面倒を見ていたのは、主に血の繋がらない使用人のばあやでした。」
「ばあや……?」
友麻が聞き返す。
「おかしいですよね。血の繋がった家族からは冷たくあしらわれて、
他人のはずのばあやだけが親身になって面倒を見てくれたなんて」
征四郎はそう言って自嘲気味に笑った。
「……」友麻は言葉が見つからなかった。
恐らく今何を返しても陳腐なものになってしまうだろう。
「そんなばあやも高齢になって、僕が高校に上がる前に亡くなりました」
(そういえば、お見合いの時も付き添っていたのは
ご両親ではありませんでしたものね)
友麻がそう考えていると、征四郎は話を続ける。
「……どんなに慕っている人間でもいつかは必ず死を迎えます。」
征四郎はそう言って友麻の方を見る。
「だから、僕は人間同士の交流など無駄なものだと思うのです。」
そう話す彼の顔は相変わらずの無表情で、冷たい感じがした。
(やはり、かなり複雑な家庭環境でお育ちでしたのね……)
友麻は征四郎の表情と言葉からそれを感じ取る。
「ふふ、変な事を話してしまいましたね。」
征四郎はそう言って笑みを浮かべる。
その笑顔が自嘲なのか、それともほかの意味を持つものなのか
友麻にはわからなかった。
「そうだ、僕の部屋を見てみませんか?ここにいるよりは
退屈しないと思いますよ」
征四郎はそう言うと友麻を連れて部屋を出ようとする。
「え、えぇ……」友麻は戸惑いながらもそれに従う。
彼は何を考えているのだろう?そんな事を考えながら
友麻は征四郎の後についていった。
***
「ここが僕の部屋です。」
征四郎はそう言うとドアを開ける。
「お邪魔しますわ」
友麻が中に入ると、そこには和室には似つかわしくない
ベッドと机だけがあった。
窓も障子も閉められており薄暗く、一見殺風景に見えるが壁には
何点か絵が飾られている。
「こちらの絵は貴方が?」
友麻は壁に掛けられた絵を見ながら尋ねる。
「はい。中学まで描いてました」
彼女の質問に征四郎はそうとだけ答えた。
(生きること以外はすべて無駄というお考えかと思いましたが、
これは意外ですのよ)
友麻は絵を見てそう思った。
征四郎の部屋の壁一面に貼られた絵は、どれも風景画や静物画ばかりだ。
美しくはあったが特にこれといって特徴のある絵はなく、
本当にただ風景を描いただけという感じだ。
「でも、どうして風景画ばかりですか?
人物などはお描きになりませんの?」
友麻がそう尋ねると、征四郎は無表情のまま答えた。
「描こうとは、思いましたよ……」
「描こうとは?」
友麻は首を傾げる。
「でも、描けなかったんです」
征四郎が寂しそうに答えた。
「それはどうしてですの?」
友麻はさらに尋ねる。
「……」
征四郎は無言のまま奥の襖を開ける。
そこは物置のようで明らかに今は使われていない
色々なものが置かれていた。
その中には描きかけと思われるカンバスが
数枚重ねて置かれているのが見える。
「?!」
その一番上に置かれた絵を見て友麻は息を飲んだ。
一見人間のバストアップを描いたものと思われるそれには……
顔だけが描かれていなかった……。
つづく
彼女たちの予想に反して、相手からの返事は意外なものであった。
「は?もう一度言っていただけますか?」
友麻が電話越しに相手に向かってそう聞き返した。
『……だからね、あちらからもう一度会いたいって』
電話の主は優里恵であった。
友麻は優里恵からの報告に思わず絶句する。
「でも私、あんな事をしてしまったのですよ?」
『それに関しても『あれは虫がとまってただけだそうですから』
と言ってるそうよ』
「……」
自分が言った適当な理由で返されてしまっては流石の彼女も
反論のしようがない。
『それで、どうするの?会う?』
「……分かりました。」友麻は観念したように答えた。
『わかったわ。この件に関しては私が窓口になるから、
日時とかはまた追って連絡するわね』
「はい、よろしくお願いします」
『それじゃ』優里恵はそう言って電話を切った。
(まさか向こうから会いたいと言ってくるなんて……)
「……あちらは一体何を考えているのでしょう?」
やり取りを横で聞いていた結衣がため息まじりにそう言った。
「わかりません。今回ばかりは読めませんのよ」
あれだけ思い通りにはならないという事を態度で示したというのに
征四郎のこの返事を友麻は理解できなかった。
「まぁ、会えば分かりますのよ」
そう言って友麻は俄然闘志を燃やしたのか、不敵な笑顔を見せ、
胸の前に拳を握った。
「こうなったら、とことん付き合います」
「……貴女らしいですわね。でもお気を付けなさい。
あの征四郎という子、どうにも油断ならない感じがしますわ」
結衣は妹のそんな様子を見て真面目な顔でそう言った。
「分かっておりますのよ。」
友麻はそう言うと、またも不敵な笑みを浮かべた。
(その挑戦お受けいたします!)
***
数日後、友麻は鴉羽家の邸宅に呼ばれていた。
そこは姉妹たちの洋館とは対照的な日本家屋で、
どこか厳かな雰囲気が感じられる。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
玄関先で友麻はそう言うと、恭しく頭を下げた。
「いえ、こちらこそ先日はとんだ失礼を致しまして」
征四郎がそう言って深々と頭を下げる。
(……本当に何を考えているのでしょう?)
そんな彼の態度に友麻は内心困惑していた。
(まさか本当にまた会う事になるなんて……)
先日の見合いであんな事があったのだ。
普通なら二度と会う事はないだろうにと友麻は思う。
しかし彼はそんな思いなど全く知らないかのように平然としている。
そして今日も彼は和服姿であった。
(普段着から和装とは若い子にしてはなかなか珍しいですのね)
と友麻は思った。
「どうぞこちらへ」
征四郎はそう言うと、使用人と共に友麻を案内するべく前を歩く。
友麻が応接室に通されると、使用人が紅茶を持ってくる。
「紅茶がお好きと聞いていたので、こちらで用意させていただきました。」
和風の応接室には似つかわしくないティーカップが座卓に並べられた。
征四郎が紅茶に砂糖を入れると、友麻の前に置く。
「まぁ、お気を遣わせてしまって……」
そう言いながら友麻は紅茶に口をつける。
「しかしどうしてまた私に会いたいと思いましたの?」
友麻は征四郎に向かって疑問をストレートにぶつけた。
「……本当に貴女はハッキリとものを聞いてきますね。」
「ふふ、元からの性分です。」
征四郎の言葉に対し、友麻は笑顔で返す。
彼女自身、先日の一件でこの少年の危うさをよく知っているので
自分のペースを崩さないように心掛けていた。
「まったく敵いませんね。
僕はただ、貴女の事をもう少し知りたくなった。そして貴女にも
僕の事を知って欲しくなった……それだけですよ」
澄まし顔でそう答える征四郎の言葉からは、彼の思考は読めない。
そんな彼の立ち居振る舞いを、友麻は少し不気味に感じるが、
顔には出さず、それとなく話題を切り替えた。
「ところで、今日はあなた一人ですの?」
友麻は、先程からこの家に使用人の姿はあるものの、
彼以外の家人の姿が見当たらないのを不思議に思い征四郎に尋ねる。
「いえ、父はKARASUBAの本社があるフランスに住んでいます。
母は自分の実家近くの兵庫で支社を経営しています。
姉たちも全員他家に嫁いでいます。」
そう答える征四郎の顔は相変わらず石膏像のように無表情だった。
「まぁ、それではご家族バラバラに住んでいますの?」
友麻が驚いたように言う。
「僕が5歳の頃、父が愛人を作って浮気をして、以降父と母は別居状態です。
そんな父を嫌悪した姉たちも母に付いて出て行ってしまいました。」
征四郎はなおも淡々とした口調で言った。
「あら、ごめんなさい」
友麻はバツが悪そうに謝る。
「いえ、お気になさらず。そんな父の裏切りにも拘わらず
母は世間体と姉たちを気遣って離婚はしませんでした。
そして姉たちが他家に嫁いで以降、母はこの家には寄り付かなくなりました。」
征四郎は表情を変えず淡々とそう話す。
「僕を見ると父の姿が重なるそうです」
「それは……」
予想以上に重い話を聞かされ、友麻はどう返していいか分からない。
しかし征四郎はそんな友麻の様子など気にする様子もなく話を続けた。
「僕の面倒を見ていたのは、主に血の繋がらない使用人のばあやでした。」
「ばあや……?」
友麻が聞き返す。
「おかしいですよね。血の繋がった家族からは冷たくあしらわれて、
他人のはずのばあやだけが親身になって面倒を見てくれたなんて」
征四郎はそう言って自嘲気味に笑った。
「……」友麻は言葉が見つからなかった。
恐らく今何を返しても陳腐なものになってしまうだろう。
「そんなばあやも高齢になって、僕が高校に上がる前に亡くなりました」
(そういえば、お見合いの時も付き添っていたのは
ご両親ではありませんでしたものね)
友麻がそう考えていると、征四郎は話を続ける。
「……どんなに慕っている人間でもいつかは必ず死を迎えます。」
征四郎はそう言って友麻の方を見る。
「だから、僕は人間同士の交流など無駄なものだと思うのです。」
そう話す彼の顔は相変わらずの無表情で、冷たい感じがした。
(やはり、かなり複雑な家庭環境でお育ちでしたのね……)
友麻は征四郎の表情と言葉からそれを感じ取る。
「ふふ、変な事を話してしまいましたね。」
征四郎はそう言って笑みを浮かべる。
その笑顔が自嘲なのか、それともほかの意味を持つものなのか
友麻にはわからなかった。
「そうだ、僕の部屋を見てみませんか?ここにいるよりは
退屈しないと思いますよ」
征四郎はそう言うと友麻を連れて部屋を出ようとする。
「え、えぇ……」友麻は戸惑いながらもそれに従う。
彼は何を考えているのだろう?そんな事を考えながら
友麻は征四郎の後についていった。
***
「ここが僕の部屋です。」
征四郎はそう言うとドアを開ける。
「お邪魔しますわ」
友麻が中に入ると、そこには和室には似つかわしくない
ベッドと机だけがあった。
窓も障子も閉められており薄暗く、一見殺風景に見えるが壁には
何点か絵が飾られている。
「こちらの絵は貴方が?」
友麻は壁に掛けられた絵を見ながら尋ねる。
「はい。中学まで描いてました」
彼女の質問に征四郎はそうとだけ答えた。
(生きること以外はすべて無駄というお考えかと思いましたが、
これは意外ですのよ)
友麻は絵を見てそう思った。
征四郎の部屋の壁一面に貼られた絵は、どれも風景画や静物画ばかりだ。
美しくはあったが特にこれといって特徴のある絵はなく、
本当にただ風景を描いただけという感じだ。
「でも、どうして風景画ばかりですか?
人物などはお描きになりませんの?」
友麻がそう尋ねると、征四郎は無表情のまま答えた。
「描こうとは、思いましたよ……」
「描こうとは?」
友麻は首を傾げる。
「でも、描けなかったんです」
征四郎が寂しそうに答えた。
「それはどうしてですの?」
友麻はさらに尋ねる。
「……」
征四郎は無言のまま奥の襖を開ける。
そこは物置のようで明らかに今は使われていない
色々なものが置かれていた。
その中には描きかけと思われるカンバスが
数枚重ねて置かれているのが見える。
「?!」
その一番上に置かれた絵を見て友麻は息を飲んだ。
一見人間のバストアップを描いたものと思われるそれには……
顔だけが描かれていなかった……。
つづく
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