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第44話:冗談じゃない!(その1)
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ある日の夕方、大学ですみれは帰り支度をしていた。
(今週私が食事当番だし、今日の夕飯どうしようかな・・・?)
などとのんびり考えていた時・・・
「すみれ!大変よ!!」
友人がいきなり飛び込んできた。「な、何?どうしたの?」
「ねぇ、茶木くんって最近浮気とかしてないって言ってたよね?」
「え?うん、そうだけど?」
(まぁ、したくてもできないだろうけど・・・)
「それがさ・・・ 茶木くんが浮気してたって!」
「え!?」
すみれは驚くも、
「え~、あいつに限ってそれは無いよ~」
すぐに冗談めかして返す。
しかし友人は首を横に振って答える。
「それがね、どうやら本当だっていう話なのよ」
「え~・・・」すみれはまだ信じられないと言った感じだ。
(私からあそこまでされて、まだ浮気する気力があるとは
考えにくいんだけど・・・)
自分からの度重なる調教のせいで、
もう浮気したくても出来ない身体になってるはず・・・
とすみれは自分たちの夜の生活をちょっと回想する。
「その相手は・・・聞いて驚かないでよ!」
友人はそう言うと一息おいて
「なんと!・・・あの松葉姉妹のどちらかなんだって!!」
「・・・・・。」
その名を聞いてすみれは激しく脱力した・・・。
(いやないから!!・・・それ絶対ないから!!)
「すみれどうしたの?!意外過ぎて力抜けちゃった?!」
友人が少し心配気味に聞いてくる。
(別の意味で意外だったけど・・・)
「い・・・いや、それないと思うよ・・・」
すみれは脱力しながらもなんとか返事をする
「え?なんで?」
友人は不思議そうに尋ねるが、
彼女にしてみればその答えは明白だった。
なぜなら松葉姉妹はすみれ達の関係を知っているからである。
そして彼女らの特殊な関係性も知っている。
何より今の彼女たちには既に専属のペットがいる。
しかも姉妹は現在そのペットな人間を溺愛してる。
だからこそ姉妹たちはユキヤに手出しはしない。
(・・・なんてことをここで言うわけにいかないしなぁ)
「え・・・えっと、それはさ・・・」
すみれは返答に困ってしまう・・・。
「あ、ごめん。そうだよね?何か事情があるんだよね?」
(う~ん・・・どう答えたらいいんだろう)
すみれが悩んでいると友人はさらに続けて言う。
「だけどなぁ・・・実際に見たって人いるんだよね。
茶木くんと松葉さんのどっちかが、
二人きりで話していたりデートしたりしてるのも」
(・・・それも知ってる。)
恐らくだがそれは友麻が一人で外出する際に
ボディガードとして駆り出された時の事だろう。
友麻曰く
「すみれちゃんさえいればお前は世界で一番安全な人間です」
との事で、勿論すみれには許可を取っていた。
「えっと・・・その件はねぇ・・・」
しばしすみれは考えこむ。
(あ、そうだ!)
思い出したようにこう話し出した。
「あ、あのね私、あの二人とは友達なんだ!」
・・・まぁ嘘ではない。
「友達?!」
「うん!お互い良く知った仲だし、普通に話したりするし、
ユキヤも同じく友達って感じでよく話すよ。
それに2人ともいい子だから、
そういった方向には発展しないと思うよ」
友人はその言葉を聞いて少々腑に落ちない感じだが、
とりあえず納得したような表情をする。
「まぁ、すみれがそう言うなら・・・信じるけど。
でももし何かあったら言ってね?」
「うん!ありがとう!」
(ふぅ・・・何とかなった)
ほっと一安心するすみれ。
それから話題は別の話題に移り、
いつもと変わらない雑談をしながら帰ることにした。
「しかしすみれ、付き合って2年にもなると余裕が出てくるんだね」
別の友人が話しかける。
「余裕?」
「うん、正妻の余裕って感じ。
さっきの噂にも動じずに対応してたし」
「そんなわけないよ~♪あはは」
「またまたぁ~。まぁいいや、今度お惚気話、詳しく聞かせてね?」
「お惚気って・・・」
そうしてこの日の雑談は終わりを迎えた。
***
そして同じ頃、その噂になっている二人が、
そんな事などつゆ知らずにカフェテリアで
本の貸し借りをしていた。
「ほれ、持ってきてやったぞ。」
ユキヤが持参した本を数冊、机の上に並べる。
「ふふ、ありがとうございますの。」
友麻が恭しく礼を言う。
2人には『読書』という共通の趣味があったため、
日頃からこうして本を貸し借りすることが多かった。
「・・・しかし君がクトゥルフ神話を未読とは意外だな。
やっぱり怖い奴だからか?」
「ちがいます!わ、私が読むのはもっぱら文学作品なので、
こういった大衆小説・・・しかも怪奇小説なんて、
ノーチェックだっただけですのよ。」
ユキヤの問いかけに、友麻は少しだけムッとした表情で返した。
「でも読む時はお姉ちゃんと一緒の方がいいかもな」
「だから!私そこまで怖がりではありませんのよ!!」
ユキヤのからかうような言葉に、友麻は声を荒げた。
「と、冗談はこれぐらいにして・・・
まぁ、原点となるラヴクラフト作品を
基本として押さえておけば、他作家による神話体系を
より楽しめると思うぜ。」
そういってユキヤはニヤリとする。
「分かりましたわ。それではこちらを読み終わったら、
また続きをお借りすると致しますの」
友麻はそう言って本を手に取った。
「暫く魚が喰えなくなるかもしれないぜ・・・」
「え?」
「・・・いやなんでもない。」
ユキヤは含み笑いをして、コーヒーを啜る。
その時だった。
そんな呑気な会話をしている二人に
背後から声をかける人物がいた。
「茶木さん!見損ないましたよ!!」
「!?」
いきなりそんなことを言われ、
何が何だか分からないまま振り返ると、
そこに立っていたのは心理学部の友人・根岸樹だった・・・。
「・・・久しぶりに会うのに、随分なご挨拶だな」
ユキヤは呆れた様子で言葉を返す。
「茶木さん!僕は悲しいですよ!
あなたの事をある意味尊敬していたのに、まさか浮気だなんて!!」
「はぁ?!」
あまりにも身に覚えのない言いがかりに、ユキヤは唖然とする。
「あんなにドラマチックな過程を経て、やっと同棲したってのに、
これじゃあ白石さんが、あまりに可哀想ですよ!!」
「あのなぁ・・・」
止まらない根岸に呆れたようにため息をつくユキヤ。
「しかも・・・よりによってその相手が
あの松葉姉妹の片割れなんて!」
「へ?!」
あまりに予想外のことを言われ、一瞬思考が止まるユキヤに対し、
ヒートアップした根岸は止まらない。
「あんなに深く愛し合っていたのに!簡単に乗り換えるなんて!!」
「おい・・・」
「いくら相手がプロだからって、
簡単に骨抜きにされるとかあんまりですよ!!」
「・・・・・」
もはやツッコミが追い付かないユキヤだったが、
ここで根岸が息切れしてきたので、
すかさずテーブルの反対側にいる友麻に声を掛けた。
「・・・だそうですよ。松葉友麻さん?」
「え?」根岸が思わず友麻の方を見る。
「丁度そこに本人いるから、直接聞いてみたらどうだ?」
「え?え?」
「初めまして。松葉友麻と申しますの」
友麻は根岸に向かって笑顔で軽く会釈をした。
「ええええー!!?」
・・・今度は根岸が驚愕する番であった。
***
「す、すいません、松葉・・・さんがこんなに
可愛らしい、というか・・・小柄で華奢なお方だとは
思わなかったので・・・」
ようやく落ち着いた根岸が、
テーブルに着くと真っ赤になり友麻に謝罪する。
「いえ、お気になさらずに。それに私としても
誤解が解けて何よりですの。それに、あなたもなかなか・・・」
そう言って友麻はにっこりと微笑む。
そして彼の中性的な容姿を物珍しげに見ていた。
ここ最近、心理学部の研究室で蘇芳教授の手伝いをしていた根岸は、
研究室に入り浸りだったため、姉妹の事をよく知らなかった。
ただ教授から彼女たちの事を『裏社会ではプロの調教師』
とだけ聞いていたため、勝手に恐ろしい姿を想像していたのだ。
「それにしても・・・松葉さんは本当に可愛らしいですねぇ。」
根岸は友麻を改めて見てそう呟く。
(まぁ、確かに可愛いのは認めるが)
ユキヤも心の中で同意する。
「・・・で、本当にこの人とは何もないんですか?」
根岸が小声でユキヤに耳打ちする。
「恐ろしいことを言うな!!なにもねぇっての!」
「本当に?」
「本当だって言ってるだろ!」
ユキヤはいつになく必死に否定する。
(いくら可愛くて気が合っても・・・この子とは!)
なまじ本性を知っているだけに、
友麻が恋愛対象にならないと彼は確信していた。
「まぁ、茶木さんがそう言うなら信じますが・・・」
根岸は納得していない様子ではあったが、
とりあえず引き下がった。
そして、改めて友麻の方に向き直る。
「お騒がせしちゃってすいませんでした。
自己紹介が遅れましたが、僕心理学部の3年で根岸樹といいます。」
そう言って根岸は友麻に頭を下げた。
「あ、ご丁寧にどうも。根岸さん」
お互いに挨拶を交わすと根岸はユキヤに向き直る。
「でも、気を付けてくださいね。
この噂、僕は研究室に来る1年の子から聞いたんですけど、
1年女子の一部で熱狂的に信じられてるみたいですから」
「・・・ああ、お前がすっ飛んできたぐらいだしな」
ユキヤはげんなりしながら言う。
「・・・でも1年女子って事は、妹ちゃんは知らなかったのか?」
「当事者がそんな噂知ってたら、こんな落ち着いてはいませんのよ」
ユキヤの言葉に友麻は呆れ気味に反論した。
「まぁ、確かにそうだな」
ユキヤは納得する。
「しかしなぁ、何だってそんな噂が流れたんだろうな?」
「確かにこうやって会う事は多かったですけど・・・」
ユキヤと友麻は首をかしげる。
確かに二人で会ったり、話してることは多い。
だがそれは今回のように本の貸し借りだったりの
共通の趣味によるものだったり、他の用事で会うにしても
すみれも知っての上で会う事が殆どだ。
二人の間に恋愛的なものは一切ない。
「あなた方がそんな風に話しているのを見て、
付き合ってると思ったのかもしれませんね。」
根岸がぽそりという。
「ただ一緒に話してるだけで付き合ってる認定になるとか
どこの女子高生だよ・・・」
ユキヤは脱力しながら言う。
「そりゃ去年まで女子高生だった子達ですから・・・」
根岸もため息をつきながら返す。
「そりゃそうだけどさぁ・・・」
ユキヤは頷くしかなかった。
「ふふ、女の子たちはキラキラした物語を求めてますもの。
それらしいものを見たら、簡単に恋愛に結び付けますのよ。」
友麻が微笑みながら言う。
「なるほどねぇ・・・って感心してる場合じゃないだろ!」
ユキヤはため息をつく。
確かに女子がそういったものを求める傾向は強い。
だがじぶんが標的になったら堪らない。
「でも、本当に何も無いんですよね?」と根岸が再度尋ねる。
「くどい!」
ユキヤはピシャリと答える。
これ以上この話をするのは御免だった。
「わかりました。研究室にいる子にも
今回の事は誤解だと言っておきますね。」
根岸はそう言って席を立った。
「ああ、頼むよ」
ユキヤはそう答える。
「あの・・・根岸さんでしたっけ?」
去ろうとする根岸に友麻が声を掛けた。
「はい?」
「ところで貴方、なかなか魅力的ですわね。」
そう言って友麻は笑みを浮かべる。
「は?」
「今度うちに遊びにいらしてくださいな。
お姉様も気っと気に入ると思いますの。」
「え?」彼女の突然の申し出に根岸はあっけにとられる。
(・・・!)
ユキヤはここで何かを察して、友麻の方を見た。
彼女の目は一見穏やかだが、何か背筋が寒くなるものを感じる。
これは彼女が獲物を見定めた目だ!・・・彼はそう直感した。
(こいつ・・・!)
ユキヤはここで彼女のサディスティックな本性を思い出す・・・。
いくら見た目が可憐な少女でも、裏家業ではプロの女王様だ。
(根岸の奴に目を付けやがったな・・・)
彼女の様子にこのまま放置すると面倒なことになりそうだと感じ、
ユキヤは助け舟を出した。
「妹ちゃん、こいつを誘っても無駄だぜ。今忙しいし、
既に心に決めた人だっているからな!」
「え?」
根岸はきょとんとした顔でユキヤの方を見る。
「あら、そうでしたの」と友麻は少し残念そうな顔をしたが、
すぐにいつもの笑顔に戻った。
(ふぅ・・・)
「それじゃ悪いけど、後の事頼むな」
何が何だかよく分からないという感じの根岸に、
ユキヤはすかさず用事を頼み込む。
「は、はい・・・じゃあ失礼します」
そう言って足早に去る根岸をユキヤは手を振って見送った。
「・・・まったく、こんな時に
つまみ食いしようとかするんじゃねぇっての!」
ユキヤは友麻を見ると呆れたように言う。
「あらぁ、逸材を見つけたら声をかけるのは鉄則ですのよ」
友麻は悪びれもせず言い放った。
「あのなぁ・・・」
ユキヤはため息をつく。
「あの中性的な見た目と、嫋やかな立ち振る舞い。
調教したらきっと可愛らしい奴隷になりそうでしたのに・・・
つくづく惜しかったですわ」
友麻はくすくすと笑いながら言った。
(まったく・・・)
ユキヤは心の中でため息をつく。
(しかし、これまた妙な噂が立ったなぁ)
彼はすみれの事が心配になった・・・。
(あいつがこんな事を聞いたら、どう思うか・・・)
想像したら少し冷や汗が出た。
つづく
(今週私が食事当番だし、今日の夕飯どうしようかな・・・?)
などとのんびり考えていた時・・・
「すみれ!大変よ!!」
友人がいきなり飛び込んできた。「な、何?どうしたの?」
「ねぇ、茶木くんって最近浮気とかしてないって言ってたよね?」
「え?うん、そうだけど?」
(まぁ、したくてもできないだろうけど・・・)
「それがさ・・・ 茶木くんが浮気してたって!」
「え!?」
すみれは驚くも、
「え~、あいつに限ってそれは無いよ~」
すぐに冗談めかして返す。
しかし友人は首を横に振って答える。
「それがね、どうやら本当だっていう話なのよ」
「え~・・・」すみれはまだ信じられないと言った感じだ。
(私からあそこまでされて、まだ浮気する気力があるとは
考えにくいんだけど・・・)
自分からの度重なる調教のせいで、
もう浮気したくても出来ない身体になってるはず・・・
とすみれは自分たちの夜の生活をちょっと回想する。
「その相手は・・・聞いて驚かないでよ!」
友人はそう言うと一息おいて
「なんと!・・・あの松葉姉妹のどちらかなんだって!!」
「・・・・・。」
その名を聞いてすみれは激しく脱力した・・・。
(いやないから!!・・・それ絶対ないから!!)
「すみれどうしたの?!意外過ぎて力抜けちゃった?!」
友人が少し心配気味に聞いてくる。
(別の意味で意外だったけど・・・)
「い・・・いや、それないと思うよ・・・」
すみれは脱力しながらもなんとか返事をする
「え?なんで?」
友人は不思議そうに尋ねるが、
彼女にしてみればその答えは明白だった。
なぜなら松葉姉妹はすみれ達の関係を知っているからである。
そして彼女らの特殊な関係性も知っている。
何より今の彼女たちには既に専属のペットがいる。
しかも姉妹は現在そのペットな人間を溺愛してる。
だからこそ姉妹たちはユキヤに手出しはしない。
(・・・なんてことをここで言うわけにいかないしなぁ)
「え・・・えっと、それはさ・・・」
すみれは返答に困ってしまう・・・。
「あ、ごめん。そうだよね?何か事情があるんだよね?」
(う~ん・・・どう答えたらいいんだろう)
すみれが悩んでいると友人はさらに続けて言う。
「だけどなぁ・・・実際に見たって人いるんだよね。
茶木くんと松葉さんのどっちかが、
二人きりで話していたりデートしたりしてるのも」
(・・・それも知ってる。)
恐らくだがそれは友麻が一人で外出する際に
ボディガードとして駆り出された時の事だろう。
友麻曰く
「すみれちゃんさえいればお前は世界で一番安全な人間です」
との事で、勿論すみれには許可を取っていた。
「えっと・・・その件はねぇ・・・」
しばしすみれは考えこむ。
(あ、そうだ!)
思い出したようにこう話し出した。
「あ、あのね私、あの二人とは友達なんだ!」
・・・まぁ嘘ではない。
「友達?!」
「うん!お互い良く知った仲だし、普通に話したりするし、
ユキヤも同じく友達って感じでよく話すよ。
それに2人ともいい子だから、
そういった方向には発展しないと思うよ」
友人はその言葉を聞いて少々腑に落ちない感じだが、
とりあえず納得したような表情をする。
「まぁ、すみれがそう言うなら・・・信じるけど。
でももし何かあったら言ってね?」
「うん!ありがとう!」
(ふぅ・・・何とかなった)
ほっと一安心するすみれ。
それから話題は別の話題に移り、
いつもと変わらない雑談をしながら帰ることにした。
「しかしすみれ、付き合って2年にもなると余裕が出てくるんだね」
別の友人が話しかける。
「余裕?」
「うん、正妻の余裕って感じ。
さっきの噂にも動じずに対応してたし」
「そんなわけないよ~♪あはは」
「またまたぁ~。まぁいいや、今度お惚気話、詳しく聞かせてね?」
「お惚気って・・・」
そうしてこの日の雑談は終わりを迎えた。
***
そして同じ頃、その噂になっている二人が、
そんな事などつゆ知らずにカフェテリアで
本の貸し借りをしていた。
「ほれ、持ってきてやったぞ。」
ユキヤが持参した本を数冊、机の上に並べる。
「ふふ、ありがとうございますの。」
友麻が恭しく礼を言う。
2人には『読書』という共通の趣味があったため、
日頃からこうして本を貸し借りすることが多かった。
「・・・しかし君がクトゥルフ神話を未読とは意外だな。
やっぱり怖い奴だからか?」
「ちがいます!わ、私が読むのはもっぱら文学作品なので、
こういった大衆小説・・・しかも怪奇小説なんて、
ノーチェックだっただけですのよ。」
ユキヤの問いかけに、友麻は少しだけムッとした表情で返した。
「でも読む時はお姉ちゃんと一緒の方がいいかもな」
「だから!私そこまで怖がりではありませんのよ!!」
ユキヤのからかうような言葉に、友麻は声を荒げた。
「と、冗談はこれぐらいにして・・・
まぁ、原点となるラヴクラフト作品を
基本として押さえておけば、他作家による神話体系を
より楽しめると思うぜ。」
そういってユキヤはニヤリとする。
「分かりましたわ。それではこちらを読み終わったら、
また続きをお借りすると致しますの」
友麻はそう言って本を手に取った。
「暫く魚が喰えなくなるかもしれないぜ・・・」
「え?」
「・・・いやなんでもない。」
ユキヤは含み笑いをして、コーヒーを啜る。
その時だった。
そんな呑気な会話をしている二人に
背後から声をかける人物がいた。
「茶木さん!見損ないましたよ!!」
「!?」
いきなりそんなことを言われ、
何が何だか分からないまま振り返ると、
そこに立っていたのは心理学部の友人・根岸樹だった・・・。
「・・・久しぶりに会うのに、随分なご挨拶だな」
ユキヤは呆れた様子で言葉を返す。
「茶木さん!僕は悲しいですよ!
あなたの事をある意味尊敬していたのに、まさか浮気だなんて!!」
「はぁ?!」
あまりにも身に覚えのない言いがかりに、ユキヤは唖然とする。
「あんなにドラマチックな過程を経て、やっと同棲したってのに、
これじゃあ白石さんが、あまりに可哀想ですよ!!」
「あのなぁ・・・」
止まらない根岸に呆れたようにため息をつくユキヤ。
「しかも・・・よりによってその相手が
あの松葉姉妹の片割れなんて!」
「へ?!」
あまりに予想外のことを言われ、一瞬思考が止まるユキヤに対し、
ヒートアップした根岸は止まらない。
「あんなに深く愛し合っていたのに!簡単に乗り換えるなんて!!」
「おい・・・」
「いくら相手がプロだからって、
簡単に骨抜きにされるとかあんまりですよ!!」
「・・・・・」
もはやツッコミが追い付かないユキヤだったが、
ここで根岸が息切れしてきたので、
すかさずテーブルの反対側にいる友麻に声を掛けた。
「・・・だそうですよ。松葉友麻さん?」
「え?」根岸が思わず友麻の方を見る。
「丁度そこに本人いるから、直接聞いてみたらどうだ?」
「え?え?」
「初めまして。松葉友麻と申しますの」
友麻は根岸に向かって笑顔で軽く会釈をした。
「ええええー!!?」
・・・今度は根岸が驚愕する番であった。
***
「す、すいません、松葉・・・さんがこんなに
可愛らしい、というか・・・小柄で華奢なお方だとは
思わなかったので・・・」
ようやく落ち着いた根岸が、
テーブルに着くと真っ赤になり友麻に謝罪する。
「いえ、お気になさらずに。それに私としても
誤解が解けて何よりですの。それに、あなたもなかなか・・・」
そう言って友麻はにっこりと微笑む。
そして彼の中性的な容姿を物珍しげに見ていた。
ここ最近、心理学部の研究室で蘇芳教授の手伝いをしていた根岸は、
研究室に入り浸りだったため、姉妹の事をよく知らなかった。
ただ教授から彼女たちの事を『裏社会ではプロの調教師』
とだけ聞いていたため、勝手に恐ろしい姿を想像していたのだ。
「それにしても・・・松葉さんは本当に可愛らしいですねぇ。」
根岸は友麻を改めて見てそう呟く。
(まぁ、確かに可愛いのは認めるが)
ユキヤも心の中で同意する。
「・・・で、本当にこの人とは何もないんですか?」
根岸が小声でユキヤに耳打ちする。
「恐ろしいことを言うな!!なにもねぇっての!」
「本当に?」
「本当だって言ってるだろ!」
ユキヤはいつになく必死に否定する。
(いくら可愛くて気が合っても・・・この子とは!)
なまじ本性を知っているだけに、
友麻が恋愛対象にならないと彼は確信していた。
「まぁ、茶木さんがそう言うなら信じますが・・・」
根岸は納得していない様子ではあったが、
とりあえず引き下がった。
そして、改めて友麻の方に向き直る。
「お騒がせしちゃってすいませんでした。
自己紹介が遅れましたが、僕心理学部の3年で根岸樹といいます。」
そう言って根岸は友麻に頭を下げた。
「あ、ご丁寧にどうも。根岸さん」
お互いに挨拶を交わすと根岸はユキヤに向き直る。
「でも、気を付けてくださいね。
この噂、僕は研究室に来る1年の子から聞いたんですけど、
1年女子の一部で熱狂的に信じられてるみたいですから」
「・・・ああ、お前がすっ飛んできたぐらいだしな」
ユキヤはげんなりしながら言う。
「・・・でも1年女子って事は、妹ちゃんは知らなかったのか?」
「当事者がそんな噂知ってたら、こんな落ち着いてはいませんのよ」
ユキヤの言葉に友麻は呆れ気味に反論した。
「まぁ、確かにそうだな」
ユキヤは納得する。
「しかしなぁ、何だってそんな噂が流れたんだろうな?」
「確かにこうやって会う事は多かったですけど・・・」
ユキヤと友麻は首をかしげる。
確かに二人で会ったり、話してることは多い。
だがそれは今回のように本の貸し借りだったりの
共通の趣味によるものだったり、他の用事で会うにしても
すみれも知っての上で会う事が殆どだ。
二人の間に恋愛的なものは一切ない。
「あなた方がそんな風に話しているのを見て、
付き合ってると思ったのかもしれませんね。」
根岸がぽそりという。
「ただ一緒に話してるだけで付き合ってる認定になるとか
どこの女子高生だよ・・・」
ユキヤは脱力しながら言う。
「そりゃ去年まで女子高生だった子達ですから・・・」
根岸もため息をつきながら返す。
「そりゃそうだけどさぁ・・・」
ユキヤは頷くしかなかった。
「ふふ、女の子たちはキラキラした物語を求めてますもの。
それらしいものを見たら、簡単に恋愛に結び付けますのよ。」
友麻が微笑みながら言う。
「なるほどねぇ・・・って感心してる場合じゃないだろ!」
ユキヤはため息をつく。
確かに女子がそういったものを求める傾向は強い。
だがじぶんが標的になったら堪らない。
「でも、本当に何も無いんですよね?」と根岸が再度尋ねる。
「くどい!」
ユキヤはピシャリと答える。
これ以上この話をするのは御免だった。
「わかりました。研究室にいる子にも
今回の事は誤解だと言っておきますね。」
根岸はそう言って席を立った。
「ああ、頼むよ」
ユキヤはそう答える。
「あの・・・根岸さんでしたっけ?」
去ろうとする根岸に友麻が声を掛けた。
「はい?」
「ところで貴方、なかなか魅力的ですわね。」
そう言って友麻は笑みを浮かべる。
「は?」
「今度うちに遊びにいらしてくださいな。
お姉様も気っと気に入ると思いますの。」
「え?」彼女の突然の申し出に根岸はあっけにとられる。
(・・・!)
ユキヤはここで何かを察して、友麻の方を見た。
彼女の目は一見穏やかだが、何か背筋が寒くなるものを感じる。
これは彼女が獲物を見定めた目だ!・・・彼はそう直感した。
(こいつ・・・!)
ユキヤはここで彼女のサディスティックな本性を思い出す・・・。
いくら見た目が可憐な少女でも、裏家業ではプロの女王様だ。
(根岸の奴に目を付けやがったな・・・)
彼女の様子にこのまま放置すると面倒なことになりそうだと感じ、
ユキヤは助け舟を出した。
「妹ちゃん、こいつを誘っても無駄だぜ。今忙しいし、
既に心に決めた人だっているからな!」
「え?」
根岸はきょとんとした顔でユキヤの方を見る。
「あら、そうでしたの」と友麻は少し残念そうな顔をしたが、
すぐにいつもの笑顔に戻った。
(ふぅ・・・)
「それじゃ悪いけど、後の事頼むな」
何が何だかよく分からないという感じの根岸に、
ユキヤはすかさず用事を頼み込む。
「は、はい・・・じゃあ失礼します」
そう言って足早に去る根岸をユキヤは手を振って見送った。
「・・・まったく、こんな時に
つまみ食いしようとかするんじゃねぇっての!」
ユキヤは友麻を見ると呆れたように言う。
「あらぁ、逸材を見つけたら声をかけるのは鉄則ですのよ」
友麻は悪びれもせず言い放った。
「あのなぁ・・・」
ユキヤはため息をつく。
「あの中性的な見た目と、嫋やかな立ち振る舞い。
調教したらきっと可愛らしい奴隷になりそうでしたのに・・・
つくづく惜しかったですわ」
友麻はくすくすと笑いながら言った。
(まったく・・・)
ユキヤは心の中でため息をつく。
(しかし、これまた妙な噂が立ったなぁ)
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となりに住む、幼馴染みの夕夏のことが好きだが、その思いを伝えられずにいた。
ある日、夕夏のメッセージに返信しようとしたら、間違ってとんでもない言葉を送ってしまったのだった。
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