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最終回:それでも僕らは前に進む(その7)
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(それにしても、あの女の子一体何だったんだろう?)
数日後、すみれは再びユキヤのバイトする喫茶店へと向かっていた。
この前聞き損なってしまったあの女性の事を再び聞くためだ。
家で直接聞いてもよかったのだが、どうにもタイミングが掴めずに
ずるずると引きずってしまったのに、踏ん切りを付けるためでもある。
(・・・とにかく、私はユキヤを信じるって決めたんだ!)
そう自分に言い聞かせ、喫茶店へ到着する。
「いらっしゃいませ・・・って、なんだすみれか」
すみれが店に入ると、ユキヤは店のカウンターに立っていた。
「ちょっとー、いきなりそれはないでしょ?」
すみれは文句を言うが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「あれ?この子が噂の茶木の彼女さん?」
カウンター席にいた女性客が振り返る。
・・・その女性は紛れもなく先日ユキヤと一緒にいた女性であった。
「・・・・・!」
思わず身構えるすみれに、その女性は笑顔で声をかける。
「へぇ、茶木が一人の彼女に絞ったと聞いてたけど、
なかなか可愛いじゃん」
女性のその言葉に、すみれは肩の力を抜く。
「あぁ、お前はまだ会ったことがなかったか。俺の高校の時の友達だよ」
「ども、只今ご紹介にあずかりました。私、石竹歩(いしたけあゆむ)っていいまーす」
歩と名乗る女性はちょっとハスキーな声で軽く笑いながら自己紹介をする。
少々ウェーブの掛ったロングヘアに濃い目のメイクに派手目の服装で、
所謂「ギャルファッション」で固められた外見をしていた。
「・・・ど、どうも、白石すみれって・・いいます。
ユキヤの、彼女・・・です」
歩の元気いっぱいといった雰囲気に圧倒されて、
すみれも釣られて自己紹介をしてしまう。
「いやー、いつも茶木がお世話になってるみたいで、ありがとうね」
歩は明るい声そうで言った。
「あ、いえ、こちらこそ・・・」
「でもさ、まさかあの女たらしな有名だった茶木が
一人の彼女に入れ上げちゃうとはねー」
歩はユキヤを小突きながら言う。
「う、うるさいな・・・」
ユキヤは照れたようにそっぽを向く。
「あのなぁ、それ言うなら俺だってこの間お前に
バッタリ出会った時は顎が外れるかと思ったぞ!」
歩に向かってそう言うと、ユキヤは口を尖らす。
「へへ、大学入ってから私こんなだしね」
歩は笑いながら舌を出し『てへぺろ』のポーズをした。
(あれ、なんか変だな・・・?)
二人の何気ないやり取りを見て、すみれは違和感を覚える。
高校からの友人同士とはいえ、ユキヤの言動に遠慮がなさすぎる点だ。
いつもの彼なら女性に対しては態度がもう少し優しい感じになる。
しかし、今のユキヤは歩に対してはかなり砕けた感じの受け答えだ。
不思議そうに首を傾げるすみれに向って
「あ、こいつこんな見た目だけど、男だからな」
とユキヤが歩を指さしながら説明する。
「は?」
すみれは思わず間の抜けた声を上げ、
「あ、私、こんな見た目だけど、実は男の子、
所謂『女装男子』って奴でーす」
歩は笑顔で手で決めポーズをしながら自己紹介をした。
「え?・・・えぇぇぇぇ!?」
あまりの事にすみれは少し間を開けて驚きの声を上げてしまう。
「俺だって驚いたぞ・・・高校まで普通の男子学生だったのが、
再会したらいきなりこんなことになってたし・・」
ユキヤは歩を親指で小突きながらながら言った。
「あはは、まぁ、色々あってね」
そう言って歩は笑う。
「ほ、ホントに、お・・・おと、男の人なんですか?」
「うん、そうだよ」
まだ驚きを隠せないでいるすみれに、歩は屈託のない笑顔で答える。
「じゃ、じゃあ・・・この前電話で『アユ』って呼んでたのは?」
「あぁ、それはこいつの高校の時の仇名だし」
ユキヤが説明する。
「『歩』だしね」歩も補足する。
「は・・・はぁ・・・」
すみれは目が点になる。
「で、でもだったら私に隠さなくても・・・!」
「実はこいつからちょっと深刻な相談受けててさ、
お前に話すとなると今のこいつの事も含めて話さなきゃならんし、
その場合、相談内容も込みで話すことになるし、
しかし勝手に教えるのもどうかなって・・・」
ユキヤが少しすまなそうに頭をかく。
「え?・・・え、えぇ・・・?」
ユキヤの答えに、すみれはまだ戸惑っている。
「外見含めて今の私、いろいろ複雑だからね~」
歩も苦笑いする。
(わ、私が勘違いしてたって事でいいのかな・・・?)
あまりの情報量の多さに、すみれはまだ事態を整理できないでいた。
「で、タイミングが掴めないうちにズルズルと」「うるせぇよ!」
ユキヤのツッコミに歩が笑う。
「ま、茶木は昔から友達思いな奴だったからね」
歩はそう言ってユキヤを小突く。
「じゃ、じゃあ、この前このお店からこの人・・・
歩さんを追いかけたのは?」
「何お前、そんなとこまで見てたのかよ・・・?」
ユキヤは呆れ顔になる。
「いや、まぁ色々と・・・!」
すみれはしどろもどろになる。
「・・・・」
すみれの言葉を聞いて、二人は無言で顔を見合わせる。
そして少しの間の後に、彼女方に向き直った。
(あれ?二人ともどうしたんだろう・・・)
彼らの態度をすみれは不思議に思いながら二人を見た。
「あのさ、すみれちゃん・・・怒らないで聞いてね」
「え・・・?!」
急に神妙な顔した歩に、すみれは一瞬戸惑う。
「その日、私ここでだべってたら、バイトに遅刻しそうになって・・・」
「はい?」
「・・・それであわてて飛び出したら、お金払うの忘れてて」
歩が少しすまなそうに俯く。
「え?え?」
彼の言葉にすみれは訳が分からなかった。
「で、俺が追っかけて捕まえたんだよ」
ユキヤが補足する。
「は、はぁ・・・?」
すみれはまだ理解が追い付かない。
「つまり、こいつが金払うのを忘れて飛び出したのを、
俺が追っかけて捕まえたってことだよ」
ユキヤが呆れ顔で歩の頭を拳で軽く小突いた。
「いやー、面目ない・・・」
歩はそう言って頭をかく。
「・・・・・」
今の話で、大体の事情はわかって、何が起きたかもわかったが
今度は怒りがこみあげてくる。
「・・・つまり私はそのたまたま起きた事を偶然目撃して、
それを勘違いしてたって事でいいのかな・・・?」
すみれがひきつった笑いを見せる。
「まぁ・・・そういう事になるな」ユキヤは何の気なしにそうに言う。
(つまり、私はそんなうっかりな出来事に、一人で悩んで、
勝手に嫉妬して、不安になってたって事・・・)
すみれは、やり場のない怒りに肩を震わせる。
「え、えっと、すみれちゃん?」歩が不安げな顔をする。
「・・・なんなの」
すみれはうつむいてぽつりとそう呟いた。
「す、すみれ?」
ユキヤの嫌な予感がして彼女に声をかける。
「なんなの!その起こる確率1万分の1ぐらいのオチはっ!!?」
すみれは爆発した・・・。
「いや、1万分の1の確率って結構すごいよ」歩は冷静だ。
「うぅ、君が浮気したかもしれないとか、散々悩んだ私は
一体何だったのよぅ・・・」
すみれは全身の力が抜け、カウンターの椅子に座り込んで
がっくりと突っ伏した。
「え・・・?浮気??俺が?」
「私と?」
ユキヤと歩は顔を見合わせる。
「何言ってるんだ!する訳ないだろ!!」
ユキヤが思わず声を荒げる
「ううう・・・だってぇ」
すみれは突っ伏したまま、涙声で言う。
「あーあ、これはさっさと本当の事を言わなかった茶木が悪いねぇ」
「あ!ずるいぞ、お前!!」
歩がニヤニヤしながらユキヤをからかい、ユキヤは反論する。
「ほら、すみれちゃんを笑顔にできるのは君だけだよ」
「黙れ!」
ユキヤは歩に抗議しつつ、すみれの傍に寄って慰める。
「とにかく・・・俺が浮気なんてするわけないだろ」
「それは・・・わかってるよぅ」
ユキヤの言葉にすみれはぐったりして答える。
「大体、浮気も何もお前が勝手に勘違いしただけだろ!」
「・・・うぐっ!」
その指摘にすみれは更にダメージを受けてしまう。
「うう・・・そうだよう、私が馬鹿だったんだよぅ・・・」
ユキヤの追い打ちに彼女は更に意固地になってしまった。
「・・・ちょっと、とどめ刺してどうするの?!」
歩が思わず突っ込みを入れる。
「あ・・・」ユキヤもしまったという表情を見せる。
「いいのよ、どうせ私なんて・・・」
すみれはますますいじけてしまう。
(参ったな・・・)
ユキヤは少し考えると、一度咳払いをしてすみれの耳元で何かを囁いた。
「・・・・・・」
「!!?」
それを聞いた途端すみれはガバッと顔を上げる。
彼女の顔は真っ赤になっていた。
「ま、まぁ・・・私もちょっと大人げなかったかな」
照れ隠しにすみれが言った。
「お、おう・・・わかってくれて何より」
ユキヤも少し赤くなり、そっぽを向きながら返事をする。
「・・・あれ?どうしちゃったの?二人とも?」
歩がきょとんとして、二人の方を見る。
「な、何でもないよ!!」
「あ、あぁ、ちょっと・・・な」
ユキヤとすみれは口々に否定する。
「ふーん、まぁいいけどね。とにかく、拗れなくて良かったじゃん」
歩はちょっと腑に落ちない感じにそう言うと、またユキヤを小突いた。
「だから、やめろって!」
ユキヤが歩の手をどける。
「・・・ふふ」
そんな二人のやり取りを見て、すみれは思わず笑ってしまった。
***
「ねぇ、ユキヤ?」
その日の夜、寝室ですみれがユキヤに話しかける。
「昼間私に言った事、本当?」
ユキヤはその言葉を聞いて、ドキッとした表情を見せる。
「・・・も、もういいだろ、それは」
顔を赤くし、そっぽを向こうとするユキヤを見て、
すみれはにふふっと笑う。
「だって、あの時私の耳元で
『俺を気持ちよくできるのは、もうお前だけだから』
って言ってくれたよね?」
「だから!口に出して言うなって!!」
ユキヤは耳まで赤くして反論する。
「・・・でも、嬉しかったよ」
すみれはそう言うと、ユキヤに抱き付き、彼の胸に顔をうずめた。
「・・・そうかよ」
ユキヤはそっぽを向いたままだが、彼女の頭をそっと撫でる。
「ねぇ、ユキちゃん」
「ん?」
「私、ずっと一緒にいてあげるからね」
「あぁ・・・俺もだ」
二人はそのまま抱き合ったまま眠りについた・・・。
***
エピローグ
ー半年後
二人は4年生となり、それぞれの将来のために動いていた。
「教育実習、来週からだっけ?」
ユキヤがすみれに聞く。
あれからすみれは教員免許を取るための勉強を本格的に開始していた。
「うん、そう。だからしばらく忙しくなるかな」
「そうか・・・頑張れよ」
ユキヤはそう言うと、すみれの頭を軽く撫でた。
「・・・うん」すみれは嬉しそうに微笑む。
「そういう君だって、就活頑張りなさいよ」
「ぐ・・・言われんでも、わかってるよ」
ユキヤも就活を開始していたが、結果はどうにも芳しくない。
「大変だねぇ・・・ユキヤも」
「うっせ、これからだよ!」
ユキヤが苦々しく笑いながらそう言って強がった。
「でもね、もし君が就活失敗しても私がちゃんと先生になって
養ってあげるから安心してね」
「お前、俺を何だと思ってんだよ!」
すみれのからかうようなセリフににユキヤは突っ込みを入れる。
「そうだねぇ、私が仕事行ってる間、猫耳付けさせて
素っ裸に首輪だけ付けさせて留守番させて・・・」
「いい加減にしろ!!」
ユキヤは赤面しつつ、すみれに怒号を浴びせた。
「あはは、冗談だよ。怒らないでよ~」
「お前が言うと冗談に聞こえねーんだよ!」
ユキヤは苦々しい顔で彼女の方を見る。
(でも実際にそんな事になったら・・・)
ユキヤは想像して、少し青ざめる。
「と、とにかく俺は絶対に就職するからそんな事にはならない!!」
すみれに向ってそう宣言するも
「・・・いやまって、耳と首輪だけでなく尻尾も付けたら
さらに可愛く・・・そして、そして」
彼女は彼女でまた自分の中で、ユキヤのそんな宣言などそっちのけで、
顔を赤らめて何やら珍妙な妄想を繰り広げていた。
(き、聞いちゃいない・・!)
ユキヤは心の中で頭を抱える。
「ちょっと!何頭抱えてんの?」
妄想を膨らませていたすみれがユキヤの顔を覗き込む。
「あ、いや、その・・・」
「ん?何か隠し事?」
「い、いや・・・何でもない」
「そ、ならいいけど」
彼女はそう言って再び妄想の世界へと旅立っていくのだった。
(はぁ・・・)ユキヤはため息をつくと
『あいつの妄想を現実にしないためにも絶対に就職しよう!』
と改めて固く決意するのであった。
おしまい
数日後、すみれは再びユキヤのバイトする喫茶店へと向かっていた。
この前聞き損なってしまったあの女性の事を再び聞くためだ。
家で直接聞いてもよかったのだが、どうにもタイミングが掴めずに
ずるずると引きずってしまったのに、踏ん切りを付けるためでもある。
(・・・とにかく、私はユキヤを信じるって決めたんだ!)
そう自分に言い聞かせ、喫茶店へ到着する。
「いらっしゃいませ・・・って、なんだすみれか」
すみれが店に入ると、ユキヤは店のカウンターに立っていた。
「ちょっとー、いきなりそれはないでしょ?」
すみれは文句を言うが、その表情はどこか嬉しそうだ。
「あれ?この子が噂の茶木の彼女さん?」
カウンター席にいた女性客が振り返る。
・・・その女性は紛れもなく先日ユキヤと一緒にいた女性であった。
「・・・・・!」
思わず身構えるすみれに、その女性は笑顔で声をかける。
「へぇ、茶木が一人の彼女に絞ったと聞いてたけど、
なかなか可愛いじゃん」
女性のその言葉に、すみれは肩の力を抜く。
「あぁ、お前はまだ会ったことがなかったか。俺の高校の時の友達だよ」
「ども、只今ご紹介にあずかりました。私、石竹歩(いしたけあゆむ)っていいまーす」
歩と名乗る女性はちょっとハスキーな声で軽く笑いながら自己紹介をする。
少々ウェーブの掛ったロングヘアに濃い目のメイクに派手目の服装で、
所謂「ギャルファッション」で固められた外見をしていた。
「・・・ど、どうも、白石すみれって・・いいます。
ユキヤの、彼女・・・です」
歩の元気いっぱいといった雰囲気に圧倒されて、
すみれも釣られて自己紹介をしてしまう。
「いやー、いつも茶木がお世話になってるみたいで、ありがとうね」
歩は明るい声そうで言った。
「あ、いえ、こちらこそ・・・」
「でもさ、まさかあの女たらしな有名だった茶木が
一人の彼女に入れ上げちゃうとはねー」
歩はユキヤを小突きながら言う。
「う、うるさいな・・・」
ユキヤは照れたようにそっぽを向く。
「あのなぁ、それ言うなら俺だってこの間お前に
バッタリ出会った時は顎が外れるかと思ったぞ!」
歩に向かってそう言うと、ユキヤは口を尖らす。
「へへ、大学入ってから私こんなだしね」
歩は笑いながら舌を出し『てへぺろ』のポーズをした。
(あれ、なんか変だな・・・?)
二人の何気ないやり取りを見て、すみれは違和感を覚える。
高校からの友人同士とはいえ、ユキヤの言動に遠慮がなさすぎる点だ。
いつもの彼なら女性に対しては態度がもう少し優しい感じになる。
しかし、今のユキヤは歩に対してはかなり砕けた感じの受け答えだ。
不思議そうに首を傾げるすみれに向って
「あ、こいつこんな見た目だけど、男だからな」
とユキヤが歩を指さしながら説明する。
「は?」
すみれは思わず間の抜けた声を上げ、
「あ、私、こんな見た目だけど、実は男の子、
所謂『女装男子』って奴でーす」
歩は笑顔で手で決めポーズをしながら自己紹介をした。
「え?・・・えぇぇぇぇ!?」
あまりの事にすみれは少し間を開けて驚きの声を上げてしまう。
「俺だって驚いたぞ・・・高校まで普通の男子学生だったのが、
再会したらいきなりこんなことになってたし・・」
ユキヤは歩を親指で小突きながらながら言った。
「あはは、まぁ、色々あってね」
そう言って歩は笑う。
「ほ、ホントに、お・・・おと、男の人なんですか?」
「うん、そうだよ」
まだ驚きを隠せないでいるすみれに、歩は屈託のない笑顔で答える。
「じゃ、じゃあ・・・この前電話で『アユ』って呼んでたのは?」
「あぁ、それはこいつの高校の時の仇名だし」
ユキヤが説明する。
「『歩』だしね」歩も補足する。
「は・・・はぁ・・・」
すみれは目が点になる。
「で、でもだったら私に隠さなくても・・・!」
「実はこいつからちょっと深刻な相談受けててさ、
お前に話すとなると今のこいつの事も含めて話さなきゃならんし、
その場合、相談内容も込みで話すことになるし、
しかし勝手に教えるのもどうかなって・・・」
ユキヤが少しすまなそうに頭をかく。
「え?・・・え、えぇ・・・?」
ユキヤの答えに、すみれはまだ戸惑っている。
「外見含めて今の私、いろいろ複雑だからね~」
歩も苦笑いする。
(わ、私が勘違いしてたって事でいいのかな・・・?)
あまりの情報量の多さに、すみれはまだ事態を整理できないでいた。
「で、タイミングが掴めないうちにズルズルと」「うるせぇよ!」
ユキヤのツッコミに歩が笑う。
「ま、茶木は昔から友達思いな奴だったからね」
歩はそう言ってユキヤを小突く。
「じゃ、じゃあ、この前このお店からこの人・・・
歩さんを追いかけたのは?」
「何お前、そんなとこまで見てたのかよ・・・?」
ユキヤは呆れ顔になる。
「いや、まぁ色々と・・・!」
すみれはしどろもどろになる。
「・・・・」
すみれの言葉を聞いて、二人は無言で顔を見合わせる。
そして少しの間の後に、彼女方に向き直った。
(あれ?二人ともどうしたんだろう・・・)
彼らの態度をすみれは不思議に思いながら二人を見た。
「あのさ、すみれちゃん・・・怒らないで聞いてね」
「え・・・?!」
急に神妙な顔した歩に、すみれは一瞬戸惑う。
「その日、私ここでだべってたら、バイトに遅刻しそうになって・・・」
「はい?」
「・・・それであわてて飛び出したら、お金払うの忘れてて」
歩が少しすまなそうに俯く。
「え?え?」
彼の言葉にすみれは訳が分からなかった。
「で、俺が追っかけて捕まえたんだよ」
ユキヤが補足する。
「は、はぁ・・・?」
すみれはまだ理解が追い付かない。
「つまり、こいつが金払うのを忘れて飛び出したのを、
俺が追っかけて捕まえたってことだよ」
ユキヤが呆れ顔で歩の頭を拳で軽く小突いた。
「いやー、面目ない・・・」
歩はそう言って頭をかく。
「・・・・・」
今の話で、大体の事情はわかって、何が起きたかもわかったが
今度は怒りがこみあげてくる。
「・・・つまり私はそのたまたま起きた事を偶然目撃して、
それを勘違いしてたって事でいいのかな・・・?」
すみれがひきつった笑いを見せる。
「まぁ・・・そういう事になるな」ユキヤは何の気なしにそうに言う。
(つまり、私はそんなうっかりな出来事に、一人で悩んで、
勝手に嫉妬して、不安になってたって事・・・)
すみれは、やり場のない怒りに肩を震わせる。
「え、えっと、すみれちゃん?」歩が不安げな顔をする。
「・・・なんなの」
すみれはうつむいてぽつりとそう呟いた。
「す、すみれ?」
ユキヤの嫌な予感がして彼女に声をかける。
「なんなの!その起こる確率1万分の1ぐらいのオチはっ!!?」
すみれは爆発した・・・。
「いや、1万分の1の確率って結構すごいよ」歩は冷静だ。
「うぅ、君が浮気したかもしれないとか、散々悩んだ私は
一体何だったのよぅ・・・」
すみれは全身の力が抜け、カウンターの椅子に座り込んで
がっくりと突っ伏した。
「え・・・?浮気??俺が?」
「私と?」
ユキヤと歩は顔を見合わせる。
「何言ってるんだ!する訳ないだろ!!」
ユキヤが思わず声を荒げる
「ううう・・・だってぇ」
すみれは突っ伏したまま、涙声で言う。
「あーあ、これはさっさと本当の事を言わなかった茶木が悪いねぇ」
「あ!ずるいぞ、お前!!」
歩がニヤニヤしながらユキヤをからかい、ユキヤは反論する。
「ほら、すみれちゃんを笑顔にできるのは君だけだよ」
「黙れ!」
ユキヤは歩に抗議しつつ、すみれの傍に寄って慰める。
「とにかく・・・俺が浮気なんてするわけないだろ」
「それは・・・わかってるよぅ」
ユキヤの言葉にすみれはぐったりして答える。
「大体、浮気も何もお前が勝手に勘違いしただけだろ!」
「・・・うぐっ!」
その指摘にすみれは更にダメージを受けてしまう。
「うう・・・そうだよう、私が馬鹿だったんだよぅ・・・」
ユキヤの追い打ちに彼女は更に意固地になってしまった。
「・・・ちょっと、とどめ刺してどうするの?!」
歩が思わず突っ込みを入れる。
「あ・・・」ユキヤもしまったという表情を見せる。
「いいのよ、どうせ私なんて・・・」
すみれはますますいじけてしまう。
(参ったな・・・)
ユキヤは少し考えると、一度咳払いをしてすみれの耳元で何かを囁いた。
「・・・・・・」
「!!?」
それを聞いた途端すみれはガバッと顔を上げる。
彼女の顔は真っ赤になっていた。
「ま、まぁ・・・私もちょっと大人げなかったかな」
照れ隠しにすみれが言った。
「お、おう・・・わかってくれて何より」
ユキヤも少し赤くなり、そっぽを向きながら返事をする。
「・・・あれ?どうしちゃったの?二人とも?」
歩がきょとんとして、二人の方を見る。
「な、何でもないよ!!」
「あ、あぁ、ちょっと・・・な」
ユキヤとすみれは口々に否定する。
「ふーん、まぁいいけどね。とにかく、拗れなくて良かったじゃん」
歩はちょっと腑に落ちない感じにそう言うと、またユキヤを小突いた。
「だから、やめろって!」
ユキヤが歩の手をどける。
「・・・ふふ」
そんな二人のやり取りを見て、すみれは思わず笑ってしまった。
***
「ねぇ、ユキヤ?」
その日の夜、寝室ですみれがユキヤに話しかける。
「昼間私に言った事、本当?」
ユキヤはその言葉を聞いて、ドキッとした表情を見せる。
「・・・も、もういいだろ、それは」
顔を赤くし、そっぽを向こうとするユキヤを見て、
すみれはにふふっと笑う。
「だって、あの時私の耳元で
『俺を気持ちよくできるのは、もうお前だけだから』
って言ってくれたよね?」
「だから!口に出して言うなって!!」
ユキヤは耳まで赤くして反論する。
「・・・でも、嬉しかったよ」
すみれはそう言うと、ユキヤに抱き付き、彼の胸に顔をうずめた。
「・・・そうかよ」
ユキヤはそっぽを向いたままだが、彼女の頭をそっと撫でる。
「ねぇ、ユキちゃん」
「ん?」
「私、ずっと一緒にいてあげるからね」
「あぁ・・・俺もだ」
二人はそのまま抱き合ったまま眠りについた・・・。
***
エピローグ
ー半年後
二人は4年生となり、それぞれの将来のために動いていた。
「教育実習、来週からだっけ?」
ユキヤがすみれに聞く。
あれからすみれは教員免許を取るための勉強を本格的に開始していた。
「うん、そう。だからしばらく忙しくなるかな」
「そうか・・・頑張れよ」
ユキヤはそう言うと、すみれの頭を軽く撫でた。
「・・・うん」すみれは嬉しそうに微笑む。
「そういう君だって、就活頑張りなさいよ」
「ぐ・・・言われんでも、わかってるよ」
ユキヤも就活を開始していたが、結果はどうにも芳しくない。
「大変だねぇ・・・ユキヤも」
「うっせ、これからだよ!」
ユキヤが苦々しく笑いながらそう言って強がった。
「でもね、もし君が就活失敗しても私がちゃんと先生になって
養ってあげるから安心してね」
「お前、俺を何だと思ってんだよ!」
すみれのからかうようなセリフににユキヤは突っ込みを入れる。
「そうだねぇ、私が仕事行ってる間、猫耳付けさせて
素っ裸に首輪だけ付けさせて留守番させて・・・」
「いい加減にしろ!!」
ユキヤは赤面しつつ、すみれに怒号を浴びせた。
「あはは、冗談だよ。怒らないでよ~」
「お前が言うと冗談に聞こえねーんだよ!」
ユキヤは苦々しい顔で彼女の方を見る。
(でも実際にそんな事になったら・・・)
ユキヤは想像して、少し青ざめる。
「と、とにかく俺は絶対に就職するからそんな事にはならない!!」
すみれに向ってそう宣言するも
「・・・いやまって、耳と首輪だけでなく尻尾も付けたら
さらに可愛く・・・そして、そして」
彼女は彼女でまた自分の中で、ユキヤのそんな宣言などそっちのけで、
顔を赤らめて何やら珍妙な妄想を繰り広げていた。
(き、聞いちゃいない・・!)
ユキヤは心の中で頭を抱える。
「ちょっと!何頭抱えてんの?」
妄想を膨らませていたすみれがユキヤの顔を覗き込む。
「あ、いや、その・・・」
「ん?何か隠し事?」
「い、いや・・・何でもない」
「そ、ならいいけど」
彼女はそう言って再び妄想の世界へと旅立っていくのだった。
(はぁ・・・)ユキヤはため息をつくと
『あいつの妄想を現実にしないためにも絶対に就職しよう!』
と改めて固く決意するのであった。
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なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
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拘束やアナルなど女性優位作品の中でも人を選ぶ作品ではあるかもしれませんが
純愛系で優しい感じではある気がします。(自分が今まで見てきた作品の中だとということです)
個人的には好みに刺さりまくってとても良い作品でした(ツッコミでふふっとシーンがあるのも良き)
感想ありがとうございます。
前作も含めると一番長い愛着あるシリーズなので、
気に入っていただけたのならとても嬉しいです。