異世界に来たらコアラでした。地味に修行をしながら気ままに生きて行こうと思います

うみ

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17.鍛えてください

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 コレットが紅茶を淹れるのを待って、待って……。
 ダメだ。待ちきれない。
 ユーカリ茶の香りが俺に早く飲めと催促してくるんだ。これにあがらうことができようか? いやできまい(反語)。
 
 ごきゅごきゅ――。

「ふう」

 やはり絶品だ!
 この味を追い求めて、街まで来たんだよ。
 いやあ、いろいろ無茶した甲斐があった。しかし、まだ森でユーカリ茶を飲むに準備が足りない。
 
「ほ、本当に飲むんですね、それ……」

 コレットが額からタラリと冷や汗を流し、嫌そうに呟く。
 
「もしゃもしゃ……ごくん」
「うわあ。葉っぱまで……」
「うめえ。これほどうまいものが世の中にあるなんて、異世界も捨てたもんじゃねえな」
「異世界とは?」
「あ、いや。こっちの話だ」

 キョトンとするコレットに何でもないと右手をあげる。
 当然と言えば当然だけど、コアラになってからすっかり嗜好が変わってしまった。
 あれだけ好きだった鳥のから揚げもレモン缶チューハイも食べたいとも飲みたいとも思わないんだよな。
 アルコールはたまーに少しだけでも摂取したいなあ、と思わないでもないが……コアラが飲んで平気か分からないから手を出せない。
 あ、ユーカリを発酵させて酒にできないか?
 ユーカリの葉から留出した精油の効果は「殺菌」だし、ちょっと難しい気がする。
 
「あ、あのお」

 ついつい長考してしまった。これもユーカリの魔性の力が原因だ。
 恐るべしユーカリ。愛すべき葉よ。

「お、紅茶を淹れたんだな」

 何事も無かったかのようにコレットへ言葉を返す。

「はい。コアラさんのお金で購入したものです。ありがとうございます」
「そうそう。最初に言っておこうと思ってさ」
「はい……」

 軽い感じで言ったつもりが、コレットは神妙な顔で俺の次の言葉を待っている。
 話の内容はほんの些細なことなんだけど……。
 
「さっき手に入れたゴルダだが、半分こでいいかな?」
「紅茶代はすぐにでも……え、えええええ! コアラさん、そんな大金、わたし、受け取れません!」
「まだまだ素材はあるし、他に欲しい物はいくつかあるけど、足らなきゃ換金するだけだ」
「で、でも」
「報酬は払うって言っただろ。コレットがいなきゃ、こうしてユーカリ茶を飲むことができなかった。ありがとう」
「わ、わたしこそ!」

 しゃきっと正座し佇まいをただしたコレットは、ゴルダを入れた小袋を地面の上に置く。
 彼女は両手の指先を小袋に添え、ずずいっとこちらに小袋を突き出してきた。
 いや、だから半分って言ってんだろ……。
 この分だと受け取ってくれなさそうだな。
 
 一旦アイテムボックスにゴルダお金を仕舞い込み、銀貨を三枚、コレットに向けて放り投げる。
 
「こ、こんなに……」
「これなら受け取ってくれるか?」
「は、はい。ですが」
「いいか、コレット」
「はい」
「俺は人間じゃあない。コアラだ。人間には人間の相場があるのかもしれないけど、コアラにもコアラ流の謝礼ってもんがあるんだ」
「……分かりました。ありがたく頂きます!」

 銀貨を握りしめたコレットは、正座したまま深々と頭を下げ、小袋に銀貨を仕舞い込んだ。
 我ながら意味不明な説得になってしまったけど、結果オーライだろ? 

「コレット。俺は君にいくつか聞きたいことや頼みたいことがあるんだ」
「はい。私にできることでしたら……」
「だから、コレットも聞きたいことや頼みたいことがあったら俺に言ってくれ」
「コアラさん……」
「先に俺から言ってもいいかな?」
「はい。もちろんです!」
「まず最初に楽な姿勢になってくれないか?」

 正座したままだとこっちが気を使ってしまうよ。
 俺の求めに応じ、コレットが足を浮かせてペタンと座りなおす。
 
「お願いしたいことは、今後もちょくちょく街に来ると思うんだ。その時、今回みたいにテイマーのフリをしてくれないかな」
「はい! それでしたらいつでも歓迎です! コアラさんのもふもふは心地いいですし」
「そ、そうか……。ありがとう」
「こ、今度はわたしからお願いしたいことを言ってもいいですか……?」
「おう」
「コアラさんのステータスを見てもいいでしょうか?」
「見ることができるんだっけ?」
「はい。テイム生物として登録しましたので」
「それならいつ見てもいいだろうに。わざわざ聞いてくれたんだな」
「勝手にコアラさんのステータスを見るわけにはいきません!」
「見たけりゃ、いつでも見てくれ」

 そういや、俺の方もテイム生物登録をした時、「コレットとパーティ登録しました」って出たよな。
 集中するため目を瞑り、脳内コマンドを確認する。
 お、おお。
 パーティメンバーのステータスを閲覧できるみたいだぞ。

『名前:コレット・マズリエ
 職業:回復術師
 レベル:5
 ギフト:有
 スキルスロット1:料理 熟練度20
 スキルスロット2:無』
 
 彼女のレベルは横に置いておいて。
 俺と随分ステータスの仕様が違うな。
 
「コアラさん! 何ですか、このデタラメなレベル!」

 考察をしようとしていたところに、コレットの悲鳴のような声で邪魔されてしまう。

「ん? いつの間にか上がってた」
「いつの間にか……」
「コレットのステータスが自分とかなり異なることに驚いていたんだ」
「わたしもそこは気になりました。コアラさんは職業とかないんですね」
「変かな」
「い、いえ……もんす……いえ何でもありません」

 いや、ハッキリ聞こえているからな。
 モンスターと同じってどういうことだ。俺はコアラであり、決してモンスターじゃあないんだああ。

「モンスターはレベルとスキルだけなのか?」
「そう聞きます。テイム生物もレベルと特殊能力? みたいなものが表示されるとか」

 うーむ、複雑だ……。
 俺と違って人間は習得できるスキルの数が少ないけど、職業とギフトがあるってことか。
 いや、コレットの発言から俺にも「アイテムボックス」っていうギフトがある? だけど、ステータスに表示されていないから特殊能力かもしれん。
 細かいことを気にしなくていいか。
 アイテムボックスとかユーカリパワーなんてものが使える。その事実だけで充分だ。
 
「あ、あの」
「どうした?」

 もじもじした様子で言い淀むコレットへ続きを促す。
 彼女は「ううう」と呟いた後、意を決し真っ直ぐ俺を見つめてくる。
 
「わたしに修行をつけてだけないでしょうか!」
「俺が? 回復術師なら引く手あまただと思うんだけど」
「そんなことないんです! わたし……」
「だあああ。沈むな。沈むんじゃない。そ、そうだ。ギフトだってあるんだろ?」
「わたしのギフトはあってないようなものですので……」
「そ、そうなのか……」
「はい。『コーデックス』って大層な名前が付いているんですが、誰もが知っている知識しか引き出せません」

 うーん。どうしたものか。
 俺の戦いは全て樹上から行うものだ。
 人間である彼女が木登りすることはともかく、枝から枝へ飛び移るのはちょっとしんどいんじゃないだろうか。
 しかし、このまま地面に沈んで行きそうな勢いの彼女を放っておくわけにもいかないよな。
 ここはハッキリと言った方がいい。
 
「コレット」
「はい……」
「俺の戦い方は特殊なんだ。木の上が俺のフィールドになる」
「スキルが一つ空いてます。ずっと木に登っていたらきっとわたしでもスキルを習得できる……と思います」
「分かった。一度、森に連れて行く」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「俺も君に一つ依頼をした。君は快諾してくれた。だから俺も君の頼みを聞く。それだけだよ」

 恥ずかしさから、無理やり理屈をつけてしまう俺であった。
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