異世界に来たらコアラでした。地味に修行をしながら気ままに生きて行こうと思います

うみ

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38.盛大な勘違い

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「ひいい。緊張しましたあ」
『パンダは笹が食べたいようです』

 アルル騎士団の館を出てそのまま道を進み角まで来たところで、コレットがぐたあっと膝が落ちそうになりながら呟く。

「人間ってこうあれだな、いろいろ大変だな」
「そんなことないですよ。物は買えますし、家もありますので」
「まあ、そうだな。狩りに追われなくてもいい」

 つっても他の事に追われるんだけどな……。
 食べるためにはお金がいる。お金を得るには仕事をしなきゃなんねえ。
 人の世には上下関係もあるし、いろいろ世知辛いんだ。
 もし、元のサラリーマンに戻れるとしたら?
 うん、「戻る」と即答するね。
 
 ダラダラ仕事をして、ビールを飲んで、寝そべって……何より怪我をする危険もないのが良い。
 この世界の街中で暮らすことと、森での生活を選べと言われたら、森を選ぶけど……。
 
「で、でも。森での生活も自由気ままで良いですよね!」
『パンダは笹が食べたいようです』
「ははは。コアラにはコアラの生き方がある。人間にも人間の事情がある。上下なんてないさ」
「はい!」

 買う物を買って、森に戻るとしよう。
 まずは、冒険者ギルドで換金しねえとなあ。

「ん?」
「パンダさんがさっきからずっと口を開けて上を向いてますよ。お腹が空いているじゃないでしょうか?」
 
 そういやさっきから、メッセージがうるさいな。
 パンダは――。
 うわあ。口からダラダラ涎が出てきているやんけ。どんだけ待ち焦がれてんだよ。
 
 アイテムボックスから笹を出し、パンダの口に突っ込む。
 
『パンダは笹が食べたいようです』

 ま、まだ食べるのかよ。
 食べるのを見ていたら俺も食べたくなってきた。ユーカリの葉を出し、口に運ぶ。
 もしゃもしゃ。
 
『パンダは笹が食べたいようです』

 パンダの口に笹を突っ込む。
 ようやく満足したか……。
 
「もしゃ……冒険者ギルドに行こう」
「はい!」

 ◇◇◇
 
 冒険者ギルドで換金したら、コレットが卒倒しそうになってしまう。
 よろよろ足どり覚束ない彼女をパンダに乗せて冒険者ギルドを出……れなかった。
 もうすぐ出口ってところで、パンダが立ち止まってしまったのだ!
 どうやらガソリン(笹)が足りなくなったようで、ガソリンを投入すると再び動き始めた。
 
 放心したままのコレットをよそに、のっしのっしとパンダが歩き、すれ違う人がパンダをよけて行く。
 すげえ、パンダ。奇異の目で見られることもなく、マイペースに進むとはやるじゃあねえか。
 
 コレットはあっちの世界に行ってしまっているが、とっとと買い物を済ませてしまいたい。
 だが、俺の知っている店は四店舗だけなんだ。コレットの装備とスペルブックを買った「イーストパイン」、武器屋、あとつううんとくる魔除けの香とかコップなどを購入した雑貨屋だ。
 残り一つ? それはこの街で最も重要な場所だ。あれだよあれ。ユーカリ茶が置いてあるお茶屋さん。
 目指すはお茶屋……ではなく雑貨屋である。今回の目的は我が拠点を充実させることとコレットの衣服やら生活用品を揃えることの二点だから仕方ない。
 時間が許すならお茶屋に行く。
 もし雑貨屋で必要なアイテムが揃わない場合は、店員さんに売っている店を聞けばいいさ。
 素敵な家具が売っていたらいいなあ。
 
 笹(ガソリン)を補給してきた甲斐があり、無事雑貨屋まで到着した。
 途中、道がよくわからんことになって人のよさそうな老人に尋ねたが、最初「ふごふご」と何を言っているのか分からなかったんだ。
 だけど、優しく彼のズボンを引っ張ると答えてくれた。
 親切な人でよかったよ。
 余りに熱心に道を説明してくれたから疲れてしまったんだろう。俺たちが移動し始めるとペタンと床に座り込んでいた。
 
「たのもー」

 パンダと共に雑貨屋の暖簾をくぐり、威勢よく声をあげる。
 ……しまった。コアラとパンダのコンビだからと明るく振舞おうとしたのが裏目に出てしまったかもしれない。
 
 店内はなかなかの広さを持つ。
 コンビニが二店舗分くらいの広さと言えば、だいたい想像がつくと思う。
 昼下がりの時間帯だからか、店内にはお客さんらしき人が六人ほど。店員さんはカウンター前と店内に一人づつ確認できた。
 店員さんはバックヤードにもいるかもしれない。
 あ、いるね。
 バックヤードから中年の樽のような腹をした口髭を蓄えた男が顔を出す。
 
 ん、んん。
 樽の人がこっちにやって来るぞ。

「い、いらっしゃいませ。当店では……に、人間の引き取りをしておりません」
「え?」
「ま、魔物であるあなた方が人間を送り届けるとは慈悲深い魔物もいると理解しました。で、ですが」
「え、えっと」

 俺の言葉を待たずに男はそのまま言葉を続ける。
 
「ぽ、ポーションは差し上げます。ど、どうかこれで」
「待て待て。この人間……コレットは俺のマスターだ。こいつはパンダ。こいつもペットなんだって」
「そ、そうでしたか……し、失礼いたしました」

 とんだ勘違いだよ。
 失礼しちゃうわねえ。
 コレットと行動する前に俺一人で露天とかに行ったことがあるけど、こんな反応はされなかった。
 奇妙な生物……と気味悪がられることがあったが、怖がられることなんて一度もなかったんだが……。
 それが、どうだ。
 この店内の騒然とした雰囲気は。
 ……冒険者ギルドではそうでもなかったんだけど。
 たぶん、冒険者ギルドではコレットがちゃんと起動していたからだろうな。
 
 俺じゃあないとすると、パンダか。パンダの奴がみんなに畏怖される存在なのか。
 いや、そんなわけはねえ!
『パンダは笹が食べたいようです』
 こんな笹ばっか食べてぬぼおおおってしている奴が、な、生意気な。
 
 パンダが口をぱかんと開き、上を向く。
 口からは涎がダラダラと流れ、床にポタポタと落ちていた。

 これに対し、息を飲む中年の男。
 
「大丈夫だ。こいつは笹しか食べない」
 
 パンダの口に笹を突っ込むと、もしゃもしゃとすぐに笹を食べてしまった。
 もっと味わって食えよ。葉っぱってのはな、そんな風に急いで食うもんじゃあねえ。
 ……もしゃ。
 
「コレット、そろそろ動くんだ。このままじゃあ、何も買えない」

 ゆさゆさとコレットを揺すると、パンダからずり落ちそうに――。
 し、仕方ねえ。
 男前な俺はコレットと床の間に挟まり、むぎゅーっとなる。
 
「コ、コアラさん。ご、ごめんなさい!」
「全然痛くないから問題ない」

 俺を押しつぶしたことで、コレットがようやく元に戻ってくれた。
 すぐに彼女は俺の上から飛びのき、大事そうに俺を抱え上げぎゅーっと抱きしめてくる。
 
「お、おお。美しきマスターとテイム生物の信頼関係! 本当に申し訳ありませんでした!」
「こ、こちらこそ、驚かしてしまったようで申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる店員に対し、ペコリと頭を下げるコレット。
 
 どうやら、ようやく買い物が出来そうだ……。
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