古代兵器の少女チハルはおっさんに拾われ、人間のフリをする

うみ

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4.魔石

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 あぐらをかき腰に吊り下げた革の水袋を口につけごくごくと水を飲み干すイブロ。彼の額から鼻筋を通ってポタリポタリと汗が滴り落ち大理石の地面を濡らしていた。
 チハルはというと、身じろき一つせずイブロをじっと見つめている。彼女はイブロの「待て」という言葉を忠実に実行しているだけで、およそ人らしき仕草は感じられない。
 しばしの時が過ぎ、イブロは大きく息をついて頬をパシンと叩きゆっくりと立ち上がる。
 
「よし、もう大丈夫だ」
「そうでしょうか? まだ最初に遭遇した時から比べますと五十二パーセントの損失があるように見受けられますが?」

 初めて意見らしきものを述べたチハルへイブロは少しだけ目を見開くが、よい傾向だと一人頷き彼女へ言葉を返す。

「不可解か?」
「いえ。不思議なだけです」
「ここで長時間休むと次に何が出てくるかわかったもんじゃない。それに、食べ物や飲み物も無いしな」
「なるほど。理解しました。合理的です」

 チハルは無表情のままコクリと頷く。
 この言い分だと、チハルは人と随分異なる生き物なのかもしれないとイブロは勘ぐるが、特に問題はないと彼は考える。これまでのやり取りからチハルは特に人間に対し敵対心を持っているようには見受けられなかったからだ。
 見た目も人間そっくりだし、考える力もある。それで充分だ。俺は彼女を人間として接する。難しいことを考える必要はない。
 
「一ついいか、チハル」
「はい」
「ここにある物を持ち出しても構わないか?」
「問題ないのではないでしょうか?」

 念のためチハルへ確認するイブロであったが、杞憂であるようだった。
 もしかしたら、この遺跡にあるアイテム全てはチハルの持ち物なのかもしれないと思ったが、そんなことはないらしい。

「チハルが持っていきたいモノはあるか?」
「ワタシに必要なのは現在のところ『目』だけです」
「すまん、言い方が悪かった。チハルに使えそうなモノがここにあるか?」
「あります」

 チハルは素足のままペタペタと歩き、開かれた扉の枠に手をかける。分厚い扉の意匠を指先で撫でると、扉の複雑な文様がぼんやりと青く輝きだし小石ほどの小さな何かが二個吐き出された。
 彼女はしゃがんで落ちた小石を拾うと、イブロの元へと戻る。
 
「それは?」
「これは魔石です」

 チハルは手のひらに乗せた小石をイブロへ向けた。
 魔石……確かに魔石のように見える。透き通るような青色をしたそれは新品の魔石そのものだ。魔石はマナを使うと色が変わっていく。全く使用されていない魔石はチハルが持つ小石と同様透き通った青なのだが、使えば使うほど濁り、赤色に近くなっていく。
 最終的には赤色から黒に変わり魔石に蓄えられたマナが空になる。
 イブロが訝しんだのは、サイズなのだ。チハルが持つ小石は形こそ六角形の魔石と同じなのだが、大きさが魔石の半分ほどしかない。
 魔石とは、色、形、大きさが全て同じであり、例外はこれまで見つかっていないのだった。
 
「チハル、それは本当に魔石なのか?」
「はい。魔石です」
「なら……試しにこのランタンへ使ってみてもいいか?」

 イブロはランタンをチハルへ見せる。遺跡に入る際に魔石を取り付け、光を放っていたランタンだったが、魔石の色は黒く変色しており今は光を放っていない。
 一方のチハルは首を左右に振り、言葉を返す。
 
「それには使うことができません。用途が異なります」
「そ、そうなのか。チハルの持つその魔石はどんな時に使うんだ……あ、いや、後で聞かせてくれ。さっきも言ったが、外に出ることが先決だ」
「はい。分かりました」
「お、その魔石は小さな魔石とか呼称してもらえるか? どっちがどっちか分からなくなる」
「はい。分かりました」

 了承の意を示すチハルであったが、彼女の目はランタンに釘付けになっている。
 
「ランタンが珍しいのか?」
「いえ、その魔石、充填しないのですか?」
「え? そんなことができるのか!?」

 イブロは驚愕で目を見開いた。魔石は「使い捨て」するものなのだ。一度使った魔石は二度と使うことができない。
 それを何でもないという風にチハルは再び魔石へマナを補充しようというのだから、イブロが驚くのも無理はないことだった。

「充填しましょうか?」
「あ、ああ」

 チハルは両手で包むように魔石を握ると、目を瞑る。
 
「その充填ってやつはどれくらい時間がかかるんだ?」
「こちらの魔石は空ですので、七十二分です。口に含めばより時間短縮できますが……喋ることが不可能になりますので」
「話ができないのは都合が悪いな。持ったまま歩けるか?」
「はい。問題ありません。地上へ向かいましょう」
「道は分かるのか?」
「はい」

 なら、最初にそう言えと思うイブロであったが、チハルに憤ることは筋違いだと思い言葉を飲み込む。
 驚きの連続でそのまま地上に向かいそうになったイブロであったが、自身でつい先ほど確認したことを思い出し背負うことのできる畳まれた麻袋を腰のポーチから出す。彼は麻袋をパンパンと叩きながら振り回すと、麻袋はすぐに広がった。
 彼は倒れたまま放置されていたガーゴイルの傍へしゃがむと手頃な大きさの破片になったガーゴイルの破片を集めていく。彼の目論見通りならガーゴイルの体は高価なミスリル製だ。持ち帰り、街で売ればそれなりのお金になるだろう。
 掃除人たるもの来たからにはちゃんと稼がないとな……イブロは心の中で独白する。それに……彼は傍らで魔石を握りしめたままぼーっと立ち尽くすチハルへ目をやる。彼女の身の回りのものや旅装も揃えないといけないからな。
 
「準備は完了だ。案内してくれチハル」
「はい。ついてきてください」

 チハルはクルリと踵を返すと、扉をくぐり元来た道へ戻って行く。
 おいおい、と思いながら肩を竦め彼女へついていくイブロであった。
 
 ◆◆◆
 
 チハルが眠っていた大広間まで戻った二人。チハルは大広間の片隅へ真っ直ぐに歩いていくと、壁際で足を止める。
 
「魔石の装填が途中ですが、手を使わねばなりません。どうしますか?」

 そんなこと聞くまでもないだろうと思うイブロだったが、怒った様子もなくむしろ柔らかな声色を混じらせて彼女へ応じた。
 
「出る方を優先しよう。もともとその魔石はもう使う予定がなかったんだ」
「では、こちらは一旦お返しします」

 チハルから受け取った魔石は黒色から濃い赤色に変色しており、僅かながらではあるがマナが補充されていることが見て取れる。
 まじまじと魔石を凝視するイブロをよそにチハルは両手を地面につき四つん這いの姿勢で目を閉じた。
 すると、遠くから地響きの音が聞こえ、イブロは足に振動を感じる。
 
 次の瞬間、前方の壁が人一人分くらいぽっかりと穴を開けた。
 
「こちらです。イブロさん。魔石をまたお預かりします」
「あ、ああ」

 チハルとイブロは壁に空いた穴を潜り抜ける。
 その先は長方形の縦に長い部屋になっていた。横幅は狭く、イブロが両手を広げると手がつくほどしかない。
 天井の高さはイブロでもゆうに収まるほど高いものではあったが……。
 
「扉を閉じます」
 
 チハルの言葉と共に、入ってきた穴が閉じ。ガタガタと部屋全体が音を立て始めた。
 変な感覚だ。下から上へ登るような胃がひっくり返るような不快さを感じる。イブロは眉間に皺をよせ、チハルへ目を向ける。

「まもなく地上へ到着します」

 チハルの感情のこもらぬ声をどこか夢見心地で聞いていたイブロなのであった。
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