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悪役令嬢というか、暗躍令嬢?
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テレジア・ル・ベリーズは、王国でも筆頭大侯爵の令嬢だ。
両親から誰よりも可愛がられ、そして誰よりも厳しく育てられた彼女は、立派な気品ある貴族として教養を身につけつつ、正義感の強い人間らしさにも溢れていた。
故に、彼女は王都中央学院という、身分ではなく努力と才能が最重視される場所においても遺憾なく実力を発揮し、優秀な人材のみが所属を許される風紀執行委員に推薦選出された。
テレジアは次々と学院の問題を解決し、風紀をみだりに乱す連中から畏れられるようになった。
中には犯罪行為をおかしていたが故に学院を追われた者もいる。
そんな連中を中心に、テレジアはこう呼ばれている。
──稀代の悪女、と。
◇ ◇ ◇
「さて、と」
新しいドレスに着替えたテレジアは、改めてテラス席に腰かける。
向かい側には、燕尾服の少年も腰を落とす。メリッサたちは既に医務室へ運んでおいた。しばらくは目を覚まさないだろう。
……目覚めたら地獄ではあるが。
とりあえず今は考えない方向にして、テレジアは淹れ直したお茶を口に含み、落ち着くように一息。
それから稀代の悪女は、優雅に羽根ペンで名前に横線を刻むように入れた。
「ふんふふん。これでまず一人目、と。この調子で学院の平和を取り戻していくわよ」
「軽く鼻唄まで……事務仕事のように名前を消しましたね」
「だって役目は果たしたし。あ、復讐なんてしてこないわよ。ああなった以上、もう何も出来ないだろうし。情けなくも粗相までしたんだから」
しかもそれを誰かに見られているのだ。想像するだけで身震いしてしまう。
まして、メリッサがテレジアに何か仕掛けてくるとは思えなかった。辺境である西部とはいえ、三大伯爵ともなれば中央ともそれなりに交流がある。
筆頭大侯爵の恐ろしさは知っているはずだ。
そこまで分かっていて、テレジアはああいった振る舞いをしたのだ。
誰に対して何が効果的なのか。彼女は知り尽くしている。自分の才能も含めて。
「まずは第一段階完了、ですか?」
「そうね」
テレジアは悪戯っぽく笑う。
この学院へやってくる前に、ある程度の事前調査は済ませてあって、風紀を乱す問題児はピックアップしていた。
テレジアと同学年になるメリッサは、まず障害になるだろう存在だった。
故に、相手から仕掛けてくるよう仕向けたのだ。
今回の学院風紀を正すにあたって、相棒となった少年──イーグルを男爵家の三男坊に設定し、あたかもテレジアの婚約者かのように振る舞わせ、噂も流す。
そうすれば、テレジアは男爵、もしくは子爵家の出だとミスリードできる。
案の定、メリッサは引っ掛かったわけだ。
もちろんテレジア自身の身分は隠しておいたが、あまりにあっさりと釣れてしまった。
さい先が良い、と言うには皮肉がききすぎている。
「予定以上の成果だわ。これで少しは動きやすくなったわね」
「嬉しそうですね」
「メリッサは分かりやすく権力を傘にしてふんぞり返るタイプのアホで、無駄に派閥を作っていたの。そいつらが総動員してあれこれ影で動かれると面倒だったのよね」
特にメリッサは好き嫌いが分かりやすく排他的だ。アクティブに動いてくるのは簡単に想像できた。
それを邂逅一番で潰せたのは大きい。
「これで一歩、学院の平和に繋がったわ。では次に取りかかりましょう」
「さしあたって次の問題児は?」
「アンゼルね」
テレジアはもうあたりを付けていた。
羽根ペンで名前に丸がつく。
「アンゼル……ああ、同じく西部三大伯爵の娘ですか」
イーグルも自前の資料を取り出して素早く該当者を見つける。
「うちの同学年じゃあ、メリッサと並ぶ二大派閥の一角ね」
「ふむ。要監視者リストには入ってますが、大きい問題は起こしてないようですね。急ぐべき相手ですか?」
「なーに言ってんのよ、イーグル。いきがってるバカを見くびっちゃダメよ?」
テレジアは砕けた口調で容赦がない。
「いい? アンゼルはメリッサと唯一対等の立場だったのよ。だからメリッサを嫌う連中によってアンゼル一派は作り上げられたと言って良いわ」
「ふむ。確かに、お互い干渉しない様子ではあるようですね。干渉し過ぎないのでギスギスしている様子ですが」
イーグルはテレジアの説を支持する。
「じゃあ、目下のライバルであるテレジアが失墜したとなれば、どうなるかしら?」
「……嫌がらせ? いや、クラスの掌握」
「そう。メリッサの失墜はそのままメリッサ派閥の影響力の消失よ。つまり均衡が崩れるの。自分の立場が上だと理解して、相手が嫌悪の対象なら、間違いなく手を出すわ」
不干渉を貫くくらい嫌いな連中なのだから。
「お互い、派閥の人数は多い。嫌がらせが始まれば、かなり荒れそうですね……」
「そうね。止める人もいないからね。すぐにエスカレートするはずよ。それこそ、陰湿なものじゃ済まないと思うわ。怪我人程度で済めばいいけど、心を壊される子も出てくる可能性はかなり高いわね。相手は陰湿っぽいから」
「では、どうするので?」
「簡単よ」
テレジアはニヤりと笑みを浮かべた。
「メリッサに取り入るわよ」
その一言で何かを察したらしいイーグルは物凄く嫌そうな表情を浮かべてから、がっくりと肩を落とした。
「テレジア様。本当に悪女になるおつもりですか?」
「あら、悪役令嬢ってこと? ふふん、どっちかというと、暗躍令嬢?」
「……はぁ」
「なんで盛大なため息ついてんのよ。ほら。とにかく行くわよ。善は急げって言うじゃない」
両親から誰よりも可愛がられ、そして誰よりも厳しく育てられた彼女は、立派な気品ある貴族として教養を身につけつつ、正義感の強い人間らしさにも溢れていた。
故に、彼女は王都中央学院という、身分ではなく努力と才能が最重視される場所においても遺憾なく実力を発揮し、優秀な人材のみが所属を許される風紀執行委員に推薦選出された。
テレジアは次々と学院の問題を解決し、風紀をみだりに乱す連中から畏れられるようになった。
中には犯罪行為をおかしていたが故に学院を追われた者もいる。
そんな連中を中心に、テレジアはこう呼ばれている。
──稀代の悪女、と。
◇ ◇ ◇
「さて、と」
新しいドレスに着替えたテレジアは、改めてテラス席に腰かける。
向かい側には、燕尾服の少年も腰を落とす。メリッサたちは既に医務室へ運んでおいた。しばらくは目を覚まさないだろう。
……目覚めたら地獄ではあるが。
とりあえず今は考えない方向にして、テレジアは淹れ直したお茶を口に含み、落ち着くように一息。
それから稀代の悪女は、優雅に羽根ペンで名前に横線を刻むように入れた。
「ふんふふん。これでまず一人目、と。この調子で学院の平和を取り戻していくわよ」
「軽く鼻唄まで……事務仕事のように名前を消しましたね」
「だって役目は果たしたし。あ、復讐なんてしてこないわよ。ああなった以上、もう何も出来ないだろうし。情けなくも粗相までしたんだから」
しかもそれを誰かに見られているのだ。想像するだけで身震いしてしまう。
まして、メリッサがテレジアに何か仕掛けてくるとは思えなかった。辺境である西部とはいえ、三大伯爵ともなれば中央ともそれなりに交流がある。
筆頭大侯爵の恐ろしさは知っているはずだ。
そこまで分かっていて、テレジアはああいった振る舞いをしたのだ。
誰に対して何が効果的なのか。彼女は知り尽くしている。自分の才能も含めて。
「まずは第一段階完了、ですか?」
「そうね」
テレジアは悪戯っぽく笑う。
この学院へやってくる前に、ある程度の事前調査は済ませてあって、風紀を乱す問題児はピックアップしていた。
テレジアと同学年になるメリッサは、まず障害になるだろう存在だった。
故に、相手から仕掛けてくるよう仕向けたのだ。
今回の学院風紀を正すにあたって、相棒となった少年──イーグルを男爵家の三男坊に設定し、あたかもテレジアの婚約者かのように振る舞わせ、噂も流す。
そうすれば、テレジアは男爵、もしくは子爵家の出だとミスリードできる。
案の定、メリッサは引っ掛かったわけだ。
もちろんテレジア自身の身分は隠しておいたが、あまりにあっさりと釣れてしまった。
さい先が良い、と言うには皮肉がききすぎている。
「予定以上の成果だわ。これで少しは動きやすくなったわね」
「嬉しそうですね」
「メリッサは分かりやすく権力を傘にしてふんぞり返るタイプのアホで、無駄に派閥を作っていたの。そいつらが総動員してあれこれ影で動かれると面倒だったのよね」
特にメリッサは好き嫌いが分かりやすく排他的だ。アクティブに動いてくるのは簡単に想像できた。
それを邂逅一番で潰せたのは大きい。
「これで一歩、学院の平和に繋がったわ。では次に取りかかりましょう」
「さしあたって次の問題児は?」
「アンゼルね」
テレジアはもうあたりを付けていた。
羽根ペンで名前に丸がつく。
「アンゼル……ああ、同じく西部三大伯爵の娘ですか」
イーグルも自前の資料を取り出して素早く該当者を見つける。
「うちの同学年じゃあ、メリッサと並ぶ二大派閥の一角ね」
「ふむ。要監視者リストには入ってますが、大きい問題は起こしてないようですね。急ぐべき相手ですか?」
「なーに言ってんのよ、イーグル。いきがってるバカを見くびっちゃダメよ?」
テレジアは砕けた口調で容赦がない。
「いい? アンゼルはメリッサと唯一対等の立場だったのよ。だからメリッサを嫌う連中によってアンゼル一派は作り上げられたと言って良いわ」
「ふむ。確かに、お互い干渉しない様子ではあるようですね。干渉し過ぎないのでギスギスしている様子ですが」
イーグルはテレジアの説を支持する。
「じゃあ、目下のライバルであるテレジアが失墜したとなれば、どうなるかしら?」
「……嫌がらせ? いや、クラスの掌握」
「そう。メリッサの失墜はそのままメリッサ派閥の影響力の消失よ。つまり均衡が崩れるの。自分の立場が上だと理解して、相手が嫌悪の対象なら、間違いなく手を出すわ」
不干渉を貫くくらい嫌いな連中なのだから。
「お互い、派閥の人数は多い。嫌がらせが始まれば、かなり荒れそうですね……」
「そうね。止める人もいないからね。すぐにエスカレートするはずよ。それこそ、陰湿なものじゃ済まないと思うわ。怪我人程度で済めばいいけど、心を壊される子も出てくる可能性はかなり高いわね。相手は陰湿っぽいから」
「では、どうするので?」
「簡単よ」
テレジアはニヤりと笑みを浮かべた。
「メリッサに取り入るわよ」
その一言で何かを察したらしいイーグルは物凄く嫌そうな表情を浮かべてから、がっくりと肩を落とした。
「テレジア様。本当に悪女になるおつもりですか?」
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