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だって人間だし乙女だし?

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「きゃーっ、怖くて肘が大きく振り子のよう震えちゃうーっ。連続ボディブロー!」
「ぐうっ! ぐふっ! いぐっ!?」
「ああ、もっと滑ったわ顎にアッパーカット!」
「がふっ!」
「やだ大丈夫って姿勢が傾いたテンプルに右フック!」
「げぎゅうっ!」
「おおっと足が滑った鳩尾に膝蹴りぃっ!」
「ぎゃふうっ!?」

 息もつかせず、テレジア連続打撃がアークレイの急所を的確にぶち抜いていく。
 アークレイは悲鳴をあげるしかなく、情けなく崩れ落ちた。
 特に鳩尾や脇腹への一撃は効果的だったか、うずくまって咳き込んでいる。当然起き上がれない。頭や顎も打ち抜かれているのだ。脳震盪に近い状態だった。
 テレジアは冷たく見下ろす。

「さて。まずは軽い準備運動を終えたんだけど」
「げほっ! なっ、んだと……今のが、準備運動だと……!?」
「うん。」

 事も無げにテレジアは頷く。
 瞬間、アークレイの表情が絶望に染まる。

「く、こ、この小娘がっ! この我に手を出して無事に済むと思うな! そもそも高貴なる我が独りでこんな片田舎にやってくると思ったら大間違いだ!」
「テレジア様。外で張り込んでいたアークレイの親衛隊、始末しました」
「えぇぇぇぇぇっ!?」
「いやそりゃそーでしょ」

 イーグルの報告に驚愕するアークレイ。
 もうただただテレジアは呆れるしかない。

 風紀委員としての仕事とはいえ、テレジアは筆頭大侯爵の愛娘である。

 相応の手練れを護衛として張り付かせているに決まっている。
 ただ、その親衛隊はテレジアに鍛えられているので、そこらの親衛隊とは実力が隔絶されているが。

「ということで四の字固め」
「いぎゃああああああっ!? 足が、足があああっ!」
「ほら、早く自白した方が良いわよ? 身体中ばっきばきのふにゃふにゃになるわよ」
「なんだその恐ろしい表現は!?」
「とりあえずドラゴンスクリューっ!」
「ごわあああっ!」

 ぐるん、と一回転してアークレイは受け身さえとれずに顔面と腰を強打する。
 みし、と、足首の関節が危ない音を立てた。
 筋肉と骨を通じて聞いたアークレイは激痛に悲鳴をあげながらも恐怖する。

「こういうことなんだけど、全身くまなくやってあげようか?」
「な、なんて妙な関節技をっ! ぐわああああああっ!」
「投げ技もあるんだけど試してみる? 頸椎とか腰とか漏れなく爆裂すると思うけど」
「や、やめろおおおおおっ!?」
「だったらとっと自白することね。あ、そうそう。飽きちゃったら、こうするかも」

 笑顔でテレジアは指を慣らし、その先に小さい爆発を起こした。
 アークレイが喉を引き絞るように慣らし、がっちりと固まる。

「私が魔法使えるってこと、知ってるよね」
「あば、ばばばばばっ!?」
「今まで何があってそーんな私に対して偉そうに出来るのか謎だったけど、まぁ戦争にはなりたくないし我慢してたんだけどさ」

 テレジアはふつふつと貯まったストレスを吐き出すように、小さい爆発を立て続けに起こす。
 そして低い声で囁く。

「あんたが王国に対してつまんないちょっかいかけるんなら、遠慮は要らないわよね?」
「……──あひっ」
「ちょっと気絶しないでね。気絶したらもっとえげつなくて酷い目にあうわよ」
「ひ、ひぎいっ! お、鬼っ! いや、悪女だ、まさしく稀代の悪女だ、貴様はっ!」
「好きに呼んでくれて良いわよ。後、えっと、婚約破棄だっけ。喜んで引き受けるわっ! こんな身の程知らずと離れられるなんて願ったり叶ったりだもの!」

 テレジアは本気で嬉しそうに両手をあわせて微笑み、直後に真顔へ戻る。

「じゃあ、こっからはもう一段階ギアをあげるわよ」
「えっ、なっ!?」
「当たり前じゃなーい。好きに呼んでくれて良いけど、私は怒らないなんて一言も言ってないわよ? だって人間だし乙女だし。傷ついたらそりゃ関節技の一つや二つ極めたくなるわよ」
「そんな乙女聞いたことないんだがっ!」
「ここにいるっ! そぉいっ!」

 ばきっ! めりりりっ!

「んっぎゃはあああああああっ!」


 ◇ ◇ ◇


「あースッキリした」

 寝室のふかふかしたベッドに腰を下ろし、湯上がりのテレジアは髪の毛を丁寧にタオルデ乾かしていく。
 あの後、アークレイはあっさりと白状した。ほとんどテレジアの推理通りである。

 聖女候補生を互いに潰し合わせつつ、学院を支配。配下を作りながらテレジアを呼び寄せ、失態のための素地を作る。
 その過程で、凋落させたイクノを悲劇のヒロインにしたてあげ、ミアータを利用してテレジアを完全な悪役にする。
 そうやってテレジアと大義名分のもと婚約破棄、筆頭大侯爵の権威を落とし、イクノを利用して血の気が多い辺境伯を抱き込んで王国に対して不穏な動きを見せ、東西から挟み込む形で王国中央を脅し、地位を逆転させる──。

 ちなみにイクノを軟禁しているのはアークレイだった。
 もっとも、イクノを妾同然に落としておいて、こっぴどく使い倒して捨てるつもりだったらしいが。

 つまりアークレイは国家転覆を狙っていた訳で、重大な違反行為である。
 テレジアの手引きでやってきた騎士たちに拘束され、中央へと連行されていった。もちろん父親への書状もしたためてある。

「……よもや、東欧王国の王子が学院に関与していたとは」
「まぁ大騒ぎ間違いないでしょうね。王国中央も、東欧王国も」

 テレジアはクシで髪を鋤く。
 寝室だが、信頼しているイーグルだけは入ることを許されていた。

「西部辺境伯もとんだとばっちりよねー」
「辺境伯は潔白なのですか?」
「ええ。精霊がちゃんと確認してくれているわ」

 イーグルの疑問をテレジアが答える。
 テレジアの異常に近いカンの鋭さは、生来のものもあるが、精霊からもたらされる情報も大きい。

 その気になれば、国中の情報を集められるもである。

 テレジアの底知れない才能が良く分かる。
 イーグルは敬服するように頷いて、テレジアの前の騎士儀礼的に膝をついた。

「今回も見事でした。テレジア様」
「ちょっと焦ったけどねー。でも良かったわ。婚約解消もできたし」

 屈託なくテレジアは微笑んだ。
 テレジアからすれば目の上のたんこぶだった。予想以上にスッキリしている。
 まさに胸のつっかえが取れたかのようだ。

「では、テレジア様」

 そんなテレジアの手をそっと取ったのは、イーグルだ。
 じっと真っ直ぐ見据えられ、テレジアは視線のやりどころに困る。嫌ではないが、妙に居心地が悪い。いや、こそばゆい。

「あ、あの、イーグル、さん?」
「テレジア様──いや、テレジア」

 呼び捨てにされ、テレジアの胸が高鳴る。イーグルも興奮しているのか、微妙に頬が赤い。

「俺と……──」

「頼もぉぉおおおおおお────うっ!」

 イーグルの発言を完全に打ち消す大声が、雰囲気を消し飛ばしながら轟いた。
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