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四聖公

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「フィーリウ様は、お嬢様でいらっしゃいます」
「……………はああ!?」
 自分の人生でこんな間の抜けた声を出す事態が起こる、などと、俺は今の今まで思ってもみなかった。というか、まさか俺の耳はおかしくなってしまったのだろうか??それとも乳母キアイラが、いよいよ高齢の病で呆けてしまったとか??
「何を馬鹿な……」
「言っておきますがこのキアイラ、まだ目も耳も耄碌しておりませんよ」
 『目が悪くなったのでは?』と口にしかけたが、気配を察した彼女から先制で釘を刺されてしまった。さすが元俺の乳母。俺が何を考えてるか、すべてお見通しのようだ。
「ラトール様…これはいったい、どういうことでございましょう」
「……そうだな…」
 乳母の膝の上で眠りかけているフィーリウの姿を見詰めながら、俺は、心を落ち着けるためにあえて口を閉じてしばし自らの思考に耽った。

 俺の名前はラトール・シュワルツ・ドラッヘシュロス。
 この国の四聖公『黒』家の嫡男だ。

 『四聖公』は皇家に次ぐ権力を持つ我が国屈指の名家であり、また、代々の皇王を輩出する役割を担う重鎮でもある。
 現皇は『赤』家の前当主が勤めているが、遠い昔からの『聖約』によれば、皇王には当代で一番神霊力の強い者が選ばれることになっていた。
 つまり、俺の父の代では『赤』家当主の神霊力が最も強かった、という訳だ。
「あんな奴が皇王だと…何か選定に不正があったに違いないんだ!」
 どうも俺の父はそれが不服だったようで、当代の皇王の治世となってから20数年たった今もまだ、ことあるごとにこうした不満を漏らしていた。
「わしの方が奴より優れていた!!今だって…ッ」
「……………父上」
 自らの能力不足を認められぬとは、なんとも情けない話だと思う。その一点だけでも皇王になど向かないのだと、本人だけが気付いてないのも我が父ながらみっともなく感じた。それに、

 父上には『能力』以外でもうひとつの、大きな『難関』があるのも忘れてることも──

「まあ、反面教師にはなるよな」
「にしても酷すぎでしょ」
「おいおいお前ら、人んちの親父に容赦ねえぞ」
 ちょっとは遠慮しろと他の2人を諫める男に、俺は『本当のことだから気にするな』と笑ってみせた。そんな俺の言葉の尻馬に乗ってか、客らの口はさらに滑らかとなる。
「さっすがラトール!!自分の親にも手厳しいな!!」
 ワハハと豪快に笑う、赤毛、赤目のやんちゃな子供。
 ダイス・ロート(赤)・ドラッヘシュロス。
「身内に対しても公正。それでこそ次代の皇王よね」
 艶然と微笑む、青銀の髪と青い目の美少女。
 シャサツキ・ブラウ(青)・ドラッヘシュロス。
「まだそうと決まった訳じゃねえだろ……って、まあ、もう決まったようなもんだけど?」
 女に好かれそうな白銀の髪と銀の目を持つ…しかし、どこか抜けた感じの二枚目半の男。
 ルアーキラ・ヴァイス(白)・ドラッヘシュロス。
「お前ら……何のかんの言って、面倒なことを押し付けようとしているだろ…」
「「「バレたか」」」

 俺を含めたこの4人は、名を見ても解る通り、次代の四聖公となる人間である。

 俺達4人は年も近かったし気も合ったので、幼馴染みにして親友と言って良い間柄となっていた。まあ、父上たちの代では、あまり仲良くはなかったようであるが。
「けどよ、冗談抜きでホントの話、俺はやっぱりラトールだと思うぜ」
 ルアーキラは真面目な顔でそう言い、他の2人もうんうんと頷いて肯定した。
「ただ…あの噂が気になるわよね」
「ああ、神聖皇王が降臨するとかいう?」
 シャサツキの美しい眉が嫌そうに歪められ、ダイスが彼女の懸念する『噂』とやらを代弁する。

 ──そう、近年、巷に妙な『噂』が蔓延していた。

 建国の初代以降、その地位に相応しい者が現われず、空位のままとなっている神聖皇王。
神の化身とまで謳われる美貌と、奇跡と称される神霊力を持つ、この人の世へ顕現する神の御子。

 神の代理人にして、この世すべてを統べる王。

 その神聖皇王となる者が、近くこの国へ現れると言うのだ。
「噂の出所は良く解らないが…すでに町では小さな子供すら知っている、らしいな」
「そうなんだよな~…おかげで、俺んちの両親もピリピリしてるよ」
「私のところもよ。神聖皇王が即位となれば、皇王など不要だからね」
 現在、国を統べているのは『皇王』だが、これは本来の玉座の主である『神聖皇王』が空位のため、暫定的に設けられたいわば『代理』の地位である。

 要するに神聖皇王が即位すれば、お役御免となる立場な訳だ。

 皇王は四聖公から選出されるが、神聖皇王は違う。
 神聖皇王となる者は、初代の記憶を持つ転生者に限られる。

 つまり神聖皇王が即位すれば、現在の最高権力である皇王位は廃され、四聖公は等しく神聖皇王の家臣となるのだが、それを良しとする者ばかりではないということだ。

「神聖皇王こそ至高の存在だ。その顕現を一万年もの間、待ち望んでいたというのにな…」
「権力ってやつは、信仰に勝るんだろ…俺には良く解んねえけど」
「その者が真に初代の転生者であるなら、私は喜んで忠誠を誓うわ」
「俺も俺も~」
 次代の四聖公たる俺達は、神聖皇王の即位になんら異論はない。
 しかし、現当主らはどうも、その存在を疎ましく感じているようなのだ。

 至高の存在より、最高権力の座。

 神話の時代に世界を救ったとされる『神の使徒』に連なる家系も、一万年もの年月を経るうちに、世俗の垢にまみれた俗物と化す、ということなのかも知れない。
 まあ、神ならぬ人の身なら、それも仕方のないことだろうけども。
「とにかく俺達は俺達で、転生者の発見と保護に努めよう」
「ああ。くれぐれも親達に知られねえようにな」
 親世代は初代の記憶を持つ転生者を抹殺、もしくは己の手駒にしようと企んでいるが、俺達は密かに結束してその者を保護しようと動いていたのだ。

 千年の安寧と繁栄を約束するという、神聖皇王の即位を現実とするために。

 だが、今のところ噂は単なる噂に過ぎず、転生者が現われる兆候は何も見られなかった。
けれど万一に備えておくことは、決して無駄ではないと思うからこそ。
 
 ちなみに初代転生者の手掛かりは無いにも等しい。
 一万年もの年月の間に、失われてしまった情報も多いからだ。

 ただ、記録に残されていて、ハッキリしている事実がいくつかある。

 この世界では比較的珍しい、黒髪、黒い瞳の持ち主であり。
 その手には、虹色に光る珠を持って生まれ出ること。

 そして──初代は美しい女性であった、ということだ。 


「フィーリウが女の子…??だが…生まれた時は確かに…」
「わたくしもあの日のことはハッキリ覚えておりますけど、ラトール様も、お父上様も、産着に包まれたお姿しかご覧になっていないのでは?」
「………それは…っ!」

 言われてみれば確かにそうだった。

 忘れもしない5年前のあの日。フィーリウ出産の場には医師とエルロア乳母、そして産後すぐに儚くなった母上しかいなかった。
 『可能性』を持つ二子出産の報を今か今かと待っていた父上や、純粋に弟妹が出来るとワクワクしていた当時10歳だった俺も、『弟ですよ』とエルロア乳母に見せられたフィーリウの愛らしい姿しか見ていない。
 しかもその後、数時間と経たずに母上が身罷られたので、生まれたばかりのフィーリウの世話は、エルロア乳母1人に任せきりとなってしまったのだ。その上──
「女であれば無能でもまだマシだったのだがな…」
 父上はフィーリウが男と知るや否や興味を失い、母上の葬儀が済むと同時に囲っていた愛人を後妻に迎え入れた。さらに後妻はその時すでに妊娠しており、6ヶ月後には腹違いの妹が誕生したのだが、神霊力を持たずに生まれたフィーリウは、父上から厄介者扱いされ離れ屋敷に幽閉されてしまったのだ。

 当時の俺には解らなかったが──数年後に初代転生者の噂を知った時、父上のフィーリウに対する酷い扱いの要因を理解した。

 そうしてその瞬間から俺にとっての父上は、どうしようもないクズな男と成り果てたのである。

「当時わたくしは『エルロア1人では大変だろう』と、フィーリウ様のお世話をお手伝いすると申し出ました。ですが彼女は何故だか、頑なにわたくしの手を借りるのを拒んで……今、改めて考えてみますと、それはおかしな様子でしたわね…」
「そう言えば俺も…フィーリウと2人で会うことを避けられていた気がする」
 母上の葬儀や、父上の再婚。そんなごたごたが落ち着いた頃、俺は弟と遊びたくて良く部屋を訪れていた。しかしその場には常に必ずエルロア乳母と、彼女の遠縁だというメイドのロザリアが、監視するかのように俺を見ていて。

 俺はフィーリウに触らせても貰えなかった。
 そうこうするうちに、弟は離れの屋敷に幽閉され、ただ会うことすらままならなくなったのだ。

「性別を偽ったことを、隠したかったからか…」
「おそらくそうでしょう」
 だが、だとするとあの時、フィーリウを取り上げた医師もまた、エルロア乳母とグルになって、生まれた子の性別を偽ったことになる。そんなことをいったい誰が、何の目的で──
「女の子を男の子と偽って、なんの得があるんでしょう…」
「………いや、それなら、ある」
 不思議そうに頭を傾げるキアイラだったが、俺の脳裏にはひとつの仮説が閃いていた。
 また、フィーリウが女の子であっては困る人物にも、心当たりがあったのである。
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