人狼

RINFAM

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 山奥の村外れに住み始めた若者──リアムと蓮──は、互いを求め合う行為を終えて、寝具に疲れた身体を並んで横たわらせる。

「リアム…もう、大丈夫?」
「ああ……いつも悪いな…蓮」
 心配そうにリアムの顔を見詰めながら、蓮は小さな少年の身体を起き上がらせた。薄暗い和室を障子越し照らすのは、夜空を支配する満月の光だ。この光が夜の空を照らす日は、リアムの中の野生が昂り抑制が利かなくなる。
「気にしないで…俺は、リアムのための雌…リアムの番なんだから…」
 そう。種としての本能が彼を狂わせ、番う相手との行為を求めさせるのだ。子孫を残すために。己が血を繋ぐために。
「蓮……」

 銀髪の青年リアム・ノアは、俗に『人狼』と呼ばれる存在だった。人と獣、双方の姿を持ち、人の持ちえない超常的な力を持つ伝説の一族。ただし、種としてはもはや滅びたものであり、一族もリアム1人を最後に残すのみとなっていた。

 数年前、ヨーロッパの森林の奥で人を装いつつ暮らしていた彼らは、村を襲ったとある事件によって一夜にして滅びたのだ。生き延びて最後の1人となったリアムは、彼の番である蓮を伴い、世界を転々としてこの地へ辿り着いたのである。
 人間も少なく興味本位な若者もいないこの山奥の村は、人ならぬ彼らが隠れ住むには丁度良いと思われたからだ。
 そして蓮。彼はリアムのために用意された雌であり、彼の子を成すための番だった。
 リアムと違って彼は普通の人間の少年であり、リアムの様な特殊な能力もなく、当然、人狼の形を取ることも出来はしなかった。
 けれど、一族に伝わる特殊な秘術によって蓮は、少年でありながら子を成す事が出来る身体となっていた。そう、今となっては世界にただ1人遺された、純血の人狼リアムの、その血を残す専用の『雌』として。
「リアム……大好きだよ、リアム」
 そうやって赤ん坊の頃よりリアムと番う事を決めつけられ、男でありながら雌として彼と交わり、彼の子を成す事を義務付けられた蓮だったが、幼い頃から共に暮らしてきたリアムを心から愛してもいた。
 そうしてそんな蓮を、リアムも何より大切に想っていたのだ。
「蓮…蓮、俺の蓮……」
 番として与えられたから、だけではない。赤ん坊の頃に人里から攫われてきた蓮を、リアムは幼い頃からずっとずっと愛してきた。空の様に澄んだ青い目を見た瞬間から、蓮は自分の物だと、運命の番だと想い続けてきたのである。

 だが、そんな蓮をある日、人狼の一族はリアムから取り上げようとした。

『我ら一族には雌が必要だ』
 今まで人里から赤ん坊を攫ってきては、男女問わず『雌』として子を成させ、ようよう種を存続させてきた人狼一族だったが、悲劇の日の数日前、人の子を人狼の『雌』と化す術式を執り行っていた術者が、後継者もないまま不慮の事故で死んでしまったのだ。
 術者と共に一族の秘術も永遠に失われ、結果、リアムの住む人狼の村には、子を成せる雌が蓮しか居なくなった。そうしてそれこそが、彼ら遺された一族を急速な滅びへと導く、最大最悪の要因となってしまったのである。

『今後、この者には皆の子も成して貰う』
 代々人狼は一夫一妻、生涯にただ1人の相手だけを愛する。だというのに、他に雌が居なくなったからとはいえ、村の指導者らは一族で一番若いリアムの番を取り上げ、全体の共有の雌として扱おうとしたのだ。
「蓮を離せ……っっっ!!!」
 許せるはずがなかった。認められるはずがなかった。
 リアムは連れ去られそうになった蓮を護るために同族と決裂し、その身に宿る最強の力で、彼を取り押さえようとする一族の人狼を殺しまわった。
「リアム……リアムッ」
「………蓮……お、俺は…!?」
 愛する者を奪われる狂乱から覚めた時、リアムは一族を自らの手ですべて滅ぼしていた。愛する番を──蓮を護るためとはいえ、禁忌とされる同族殺しをしてしまったのだ。
「リアム……ッ」
 血に塗れ我を失って呆然とする彼を、蓮は縋り付き泣きながら抱き締めた。まるでリアムをその脆弱な腕で守ろうとするかのように。
「蓮……蓮…ッ」
 そんな蓮の温もりにリアムは我に返り、より強く小さな彼への愛しさを募らせた。
「大丈夫だ、蓮……蓮は俺が…俺が守るから」
「リアム………」
 そうして彼等は住み慣れた土地を離れ、2人だけでひっそりと暮らせる場所を求めて、この極東の地へと流れ着いたのである。

「俺、リアムの子供、沢山産むから…」
 この静かな村でリアムに家族を作ってあげたい、と、蓮は青い目を細めて微かに微笑んだ。自分を護るために、自分のせいで、血族を滅ぼしてしまったリアムのために。そうする事が、リアムへの愛の証だと信じていたから。──だが、
「蓮…愛してる…」
 側に居てくれ。ずっと俺と生きてくれ。華奢な蓮の身体を抱き締めながら、リアムが願うのはいつでもそのただ1つだけ、だった。
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