12 / 12
リア・ウォールマンの追憶③
しおりを挟むリアに会えるのは一週間に一度、僅かな時間だけだった。
それでも針のむしろのような日々の中でリアと過ごす時間はリアムにとって支えであり、心安らぐひと時だった。
母を守るためという理由だけで励んでいた勉学に新たな目標を持ったことで、教師が目を見張るほどの成長を見せ始めた。
もちろん、リアに成り代わるためではない。憧れの人に近づくために。姉を誇らしく思うように、誇らしいと思ってもらえる弟になるために。
そして、母とリアをこの腐った侯爵家から救い出すために。
知識はリアム自身の助けとなる。『侯爵家から出来るだけ搾取しなさい』と教えてくれたのはもちろんリアだ。
リアは閉じ込められ、リアム自身もただの子供で、侯爵家に歯向かう力なんて持っていない。それでも、二人を助け出すために出来ることはこの先いくらでもあるはずだ。
侯爵家に連れて来られて数年が経ち、ハルハドールの華と呼ばれるほどに成長したリアムは、リア・ウォールマンとして入学した学園で運命の出会いを果たすこととなる。
『初めまして! アンナ・ロドリーと言います! 仲良くしてくれると嬉しいです!』
『女の子なのに首席ってすごいですね!』
『それでも、わたしはリアさんと仲良くなりたいんです!」
『え?? 男の子?』
『絶対誰にも言いません。ふたりだけの秘密です』
はじめは拒絶した。偽りの身で必要以上に誰かと親しくするつもりは微塵もなかった。それでも仲良くなりたいと手を伸ばしてきたアンナを拒み続けるのは困難で。
ひょんなことでリアムが男だとばれてしまった。このままでは母も姉も救えない。そんな絶望に打ちひしがれるリアムにアンナは絶対に口外しないと誓った。
信じられるはずがない。天真爛漫な彼女は多くの人を惹きつける。その中にはリアの婚約者である第二王子を始め高位貴族の子息たちが何人もいた。その誰かに言うに違いない。
死刑を待つ囚人のようにその時を待っていたリアムの予想を裏切るようにアンナは本当に誰にも言わなかった。
ふたりの距離は少しづつ、けれど確実に近づいていた。
柔らかな笑みも、陽だまりのような笑い声も、たくさんの人を惹きつけてやまない。
けれど、ふとした時に見せる寂しげな横顔が、自分にだけ見せる気の抜けた様子が、少しずつ、少しづつ、リアムの中でアンナという少女の存在を大きくしていく。
『リア、私ね。リアの前でだけは、ただのアンナでいられる気がするの。この学園の方々の前では、平民だからっていろんな意味で注目されてて、気にしてないふりをしてた。ううん。ふりをしてたんだって気づけた。リアだけは私を私のまま受け止めてくれたから。自分にとって普通だと思ってた世界がある日突然失われて、全く違う世界で生きていけって放り出されて、訳も分からないままそれでも必死に走り抜けて。その先で出会ったのがリアだった。だからね。初めて良かったと思えたの。こんなへんてこな人生がリアに出会うために用意されてた道なら、良かったって、幸せだって、心の底から思えるの』
身の内から湧き上がる衝動を、リアムは頬の裏を噛んで押さえ込んだ。この少女を抱きしめたい。その手を取ってどこか遠いところに逃げ出してしまいたい。何もかもを忘れ去って、邪魔するものは切り捨てて、二人だけの世界に身を浸したい。
身が焼かれると分かっていようとも炎に集る虫のように、彼女に惹かれるのを止められない。
アンナが好きだ。アンナに向かうこの気持ちを恋と呼ぶのだと、気づかずにはいられなかった。けれど、リアムには大切に思う人があと、二人いる。
自分が役目を果たさなければ母はどうなる? 姉の未来は?
愛情の種類は違えども、大切であることに変わりはないはずなのに、アンナばかりが心を占めて二人の存在が薄らいでいく。そんな自分に恐怖すら感じた。
心の距離が近づけば近づくほどアンナしか見えなくなる。
お前にはやるべきことがあると訴えていた冷静な自分が透明な壁で隔てられていく。
自分と同じようにアンナに集る虫共が憎かった。
アンナに触るな、アンナに笑いかけるな、アンナに話しかけるな、アンナに近づくな、アンナを見るな。
みんなみんないなければいい。アンナ以外全員ーー
『リア・ウォールマン。お前との婚約を破棄する!』
ぼんやりしていた思考にわずかながら、明瞭さが戻る。“リア・ウォールマン” 大切な人の名前だ。
それからは劇を見ているようだった。アンナが泣いている。涙を拭いてあげないと。そう思うのに身体は動かず、気づいたら全てが終わっていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
53
この作品の感想を投稿する
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる