ストーカーとジュリエット

橘アカシ

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作戦

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 私の考えた作戦はこうだ。

 私に都合のいい人物を誑かして問題を丸投げしてしまおうという実にシンプルで何とも他人任せな方法である。

 私が何をやったって、奴を助長し喜ばさせる結果にしかならない。
    ならば、奴から身を守る矛もしくは盾を用意すれば良かったのだ。
    奴の実家には及ばないもののそこそこの権力を持ち、奴には劣るもののそこそこの才覚を誇り、奴に熱をあげるお嬢さん方の何割かが彼の微笑みにうっとりする。

 そう、奴に対抗するにはヨハネス・ルクセンブルクしかいないのだ。


 つまり、巻き込んでも奴に跡形もなく抹消されない人物なら誰でもよく、両親の野心を鑑みれば彼は最適な人材だった。




 私に恋人が出来れば流石の奴も諦めるかもしれないし、その恋人にストーカーされていると涙目で訴えれば無下にはされないだろう。何かしらの対抗策を講じてくれるはずだ。

 奴は迂闊に近づけなくなり、相手がヨハネス・ルクセンブルクならば両親も大満足で私にとって一石二鳥という訳だ。

 と言っても、いきなり恋人になってくれという訳ではない。

 無類の女好きである彼に恋人が何人いるかは知らないが、安い女だと思われては困るし、失敗する可能性の方が高い。

 男というのは難しい山を登りたがり、追われるよりも追いかけたいという何とも難儀な生き物だと聞く。

 しからば、フェミニストを気取った彼の情に訴え、この件が片付けば極上の餌が待っていると思わせれば、食いつくに違いない。




「実は私、ストーカーされてるみたいなんです。差出人の分からない手紙が届いたり、誰かの視線を感じたり。私、怖くて。今日出会ったばかりのヨハネス様にお願いする事ではないとは思うのですが、恋人のふりをしてくださいませんか?ヨハネス様のような素晴らしい人が私の側にいると知ったら諦めてくださるかもしれませんし」


「美しい人が困っているのに見過ごすなんて、それは大罪だ。私でよければいくらでも力を貸すよ」

 ヨハネス・ルクセンブルクは見事に食いついた。
 我が両親に次ぐちょろさであった。


 ダンスを終え、少し疲れたと言えば、すぐさま休憩室に連れていかれそうになったが、風に当たりたいとやんわり断った。ヨハネス・ルクセンブルクは表面上、にこやかにバルコニーまでエスコートしてくれた。

 そこで奴の名前は出さずに、ストーカーされ困っているのだと涙ながらに訴えれば彼は一も二もなく承諾した。

 恋人のふりならば、私にとっても彼にとってもハードルは低い。

 真実がどうであれ、私とヨハネス・ルクセンブルクの関係が奴にどう見えるかが重要なのだから。

 正直、グランハート家と縁を結んだ所で大した旨味はないため、この辺りが妥当だろう。

 大勢いる恋人の内のひとりになるつもりは私にも毛頭ない。

 始終ヨハネス・ルクセンブルクと共にいたからか奴が現れる事もなく、夜会は恙無く終わった。
    と言っても、奴同様甘ったるい台詞を垂れ流す、誰かさんのせいで精神的疲労度は蓄積されたが。

 奴に慣らされたからか、ヨハネス・ルクセンブルクの言葉は味気なく、余計苦痛に感じてしまった。

 奴という存在はどこまでも私を放っておいてはくれないらしい。



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